スポーツ産業のイノベーション─㉚ 道徳倫理が「ヒト」を育て、社会を変える
スポーツ産業のイノベーション─㉚ 道徳倫理が「ヒト」を育て、社会を変える
植田真司│大阪成蹊大学経営学部教授
経済が発展し世の中が便利になっても、B社の保険金不正問題、J事務所のセクハラ問題とそれを隠ぺいしていたマスコミ、T歌劇団のパワハラ疑惑、N大学の違法薬物など、道徳倫理に関する社会問題は後を絶たない。
なぜ不正が無くならないのか? なぜセクハラやパワハラが無くならないのか? なぜ不祥事がおきるのか? 今回は、道徳倫理の大切さについて考察した。
なぜ道徳倫理の大切さ。
生まれたばかりの「ヒト」は動物と同じで、秩序が分からない。そこで道徳を学び「人」になる。さらに、世間で人とのかかわり方の倫理を学び「人間」になる。
しかし、学校でも社会でも学力などの認知スキルが中心で、道徳倫理などの非認知スキルを学ぶ機会は少なくなっている。これは、世の中が「徳」より「才」を優先し、ビジネスの成功や経済発展を目指しているからだろう。その結果、「ルールさえ守れば何をしてもよい」や「みんながやってるから大丈夫」と考えるようになり、不正をしてしまうのではないだろうか。
例えば、10円盗む泥棒がいたら、最初は捕らない。すると、みんながやっているからと10円泥棒が増え続ける。そこで慌てて、10円泥棒を捕まえようとすると、すでに多くの人が罪を犯しており取り締まれない状況になっている。
賭けマージャンがそうである。今や少ない金額の賭けマージャンで処罰されるケースはまれだろう。このように小さな問題を見過ごすと、どんどんエスカレートし、取り返しがつかないようになる。
また、イェール大学の心理学者、スタンレー・ミルグラムは、ドイツのアウシュヴィッツ強制収容所でユダヤ人の大量移送に関わり絞首刑となったアドルフ・アイヒマンが、普通の人に見えたこと、また彼が裁判で「命令に従っただけ」と主張したことにある疑問を持った。多くの戦争犯罪人たちはそもそも特殊な人であったのか、それとも普通の人でも残虐行為を犯すようになるのか。これを明らかにするために疑似の電気ショックを与える実験を行った(ミルグラム実験)。結果、普通の人でも、一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことが分かったのである。
我々は道徳倫理を忘れると、誰でも冷酷なことする可能性があるということ。だからこそ、普段から道徳倫理をこころに刻み、常に何のために行おうとしているのか、自らに問う必要がある。
道徳倫理を欠くデメリット
企業の目的は利益追求であり、「儲けることが最優先」「利益のためなら何をしてもよい」と考えている人もいる。しかし、利益優先の価値観や思いやりのない行為は、人を傷つけて、信頼関係を壊し、長い目で見ると思っている以上に経済損失の大きいことが分かる。
道徳倫理を欠く、不正やマナー違反や無礼な態度によってどれだけの経済損失が起きているのか。『Think CIVILITY』の著者クリスティーン・ポラスは、「無礼な態度が、同僚や部下の健康を害し、周りの人の思考能力を低下させ(創造力の低下)、回りの認知能力を低下させ(注意力の低下)、周りの人を攻撃的にする」と述べている。アメリカ心理学会の試算によると、職場のストレスによるアメリカの経済損失は年間5,000億ドルという。
健康経営の視点からも、厚生労働省保健局『データヘルス・健康経営を促進するためのコラボヘルスガイドライン』によると、病欠による損失が健康関連総コストの4.4%に対し、疾病就業による損失は77.9%となっている。職場の人間関係がストレスになり大きな損失をもたらしていることが分かる。ビジネスの成功や経済の発展を長期的に願うなら、まず「才」より「徳」、道徳倫理を身につけることである。
マネジメントの父ピーター・ドラッカーは、「企業の目的は利益追求ではない。利益を目的にすることは的外れであり害である」といい。二宮尊徳は、「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」と述べ。渋沢栄一は、「徳」を「論語・道徳」、「才」を「算盤・経済」とし「論語と算盤」や「道徳経済合一」を提唱している。
スポーツマンシップの大切さ
スポーツにおいては、スポーツマンシップが問われるが、その意味を理解している人がどれだけいるのだろうか。多くの人は、「ルールを守ること」「最後まであきらめないこと」「全力を尽くすこと」と答えるが、スポーツマンシップとは、「人を思いやること」「人を尊重すること」である。その意味は、「ルールを守らなければならない」のでなく、相手のために「主体的にルールを守ること」なのである。
スポーツマンシップを身につけることは、道徳倫理を身につけることと同じであり、人間関係を構築し、社会を明るく平和にし、生産性も向上させるのである。
仕事も、思いやりを持って、良い仲間と協力し合い、世間から感謝され、自らも成長すれば、結果もついてくる。まさに、ホワイト企業は、道徳倫理を重視した組織であり、既にGoogleやMicrosoftは「徳」や「礼節」を重視している。
これからは、間違いなくスポーツマンシップや道徳倫理が求められる時代である。