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スポーツ法の新潮流 アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題[中編]現在におけるアンブッシュマーケティングの規制方法

スポーツ法の新潮流
アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題[中編]現在におけるアンブッシュマーケティングの規制方法
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・弁護士

2018年2月に開催された平昌オリンピック冬季大会の前に発生した、アスリートの所属企業や学校による壮行会の公開禁止について、2月23日、日本オリンピック委員会(JOC)や日本パラリンピック委員会(JPC)がアスリートの所属する学校については、報告会や祝賀会の一般公開を可能とする旨の新たな指針を示しました。
また、平昌オリンピック冬季大会時においては、アスリートの所属する学校が、同大会におけるアスリートの競技結果を広報することを禁じていましたが、平昌パラリンピック冬季大会時においては、学校の広報の場合、所属するアスリートの競技結果を広報することは認められ、写真は別リンクにする、というルールになりました。
しかしながら、前回述べましたとおり、主催者と直接契約していない学校がオリンピックやパラリンピックに関するコンテンツを利用する場合は、学校の広報において法律上保護される知的財産が利用されているのか見極める必要があり、単に競技結果を広報するだけであれば、仮に写真が同一サイトで掲載されていたとしても、知的財産法上の問題は生じないと思われます。
このように大きな話題となったアンブッシュマーケティングに関するルールですが、今回はそもそも「アンブッシュマーケティング」とはどのようなものかを解説したいと思います。

1. アンブッシュマーケティングとは何か?

この点、アンブッシュマーケティングとは、アンブッシュが「待ち伏せ」の意として、日本においては、従来から、以下の類型が説明されています。
①スポンサーである旨の虚偽表示
例)オリンピック公式スポンサーと虚偽の表示を行うマーケティング
②イベント関連の標章と同一・類似のマークの使用
例)オリンピックロゴに似たマークを使用するマーケティング ③イベント関連の標章と同一・類似のマークを使用しない以下の類型
i. イベントで行われる競技種目をテーマとした広告等
例)広告において駅伝やマラソンをテーマにするマーケティング
ii. イベントの出場アスリートや出場チームと契約し、当該アスリートやチームに言及する広告
例)広告において出場アスリートや出場チームを起用するマーケティング
iii. イベント開催会場・競技場その他の付近で行う、広告物の掲出や販売活動
例)マラソンコースのテレビ映像に映る場所に屋外広告を掲出するマーケティング
近年の傾向としては、①、②、③ iiiなどの従来の典型的なアンブッシュマーケティングは、知的財産法に基づく権利行使や、公式メディア規制、競技場に限られない行政によるクリーンべニュー規制を活用することで下火になっており、むしろイベント開催時期に、同じ競技種目をテーマとしたマーケティングや、さらには、競技種目名、開催国名、「世界大会」「スポーツ大会」などの用語、対戦表、トーナメント表、競技結果、競技会場などスポーツイベントが想定されるシーンなど、法的に自由に利用が認められるコンテンツを利用したマーケティングが行われています。また、このようなワードは、インターネットにおいて、イベント開催時に話題となる検索ワードなどとリンクし、ユーザーへのマーケティングに活用できるほか、現在のパーソナライズされた検索サービスやSNSを通じて、興味のあるユーザーにダイレクトに表示する手法など、どんどん進化しています。
中には、イベントの公式スポンサーであったとしても、主催者に対する事前アプルーバルの時間的、費用的コストを懸念して、自らこのようなマーケティングを行っている事例も散見されます。

2. アンブッシュマーケティングの規制方法

前回述べましたとおり、オリンピックパラリンピックなどのメガスポーツイベントでは、その公式スポンサーに対して、スポンサー契約に基づき知的財産の利用を許諾し、そのスポンサー料も莫大なものになりますので、国際オリンピック委員会(IOC)は、主催者として、公式スポンサーでないものが、スポーツイベントに便乗した広告宣伝活動を行わないように、アンブッシュマーケティングを規制しようとします。それでは、アンブッシュマーケティングの規制方法としては、どのような方法があるのでしょうか。
①主催者が定めるアンブッシュマーケティングルールによる規制
i. 開催都市、公式スポンサー、公式メディアなどに対する契約条件としての規制
まず、1つ目の方法として、イベントの主催者は、自らが直接契約を締結する組織委員会、開催都市、公式スポンサー、公式メディアなどの契約相手に対して、主催者の保有する知的財産に限られないイベントコンテンツの利用条件、クリーンべニューの実施など、自ら定めるアンブッシュマーケティング規制ルールを契約内容に盛り込み、遵守させることで、アンブッシュマーケティングを規制します。
ii. アスリート、観客やボランティアなど、参加関係者に対する参加条件としての規制
2つ目の方法としては、イベントに参加するアスリートなどに対して、アンブッシュマーケティングに関与しないよう禁止する方法です。このような参加関係者は、参加にあたり主催者との間で参加契約を締結しますので、この参加契約の中において、自ら定めるアンブッシュマーケティング規制ルールを盛り込み、遵守させることで、アンブッシュマーケティングを規制します。
この方法として最も有名なルールは、オリンピック憲章第40条(いわゆるRule40ルール)です。「IOC理事会が許可した場合を除き、オリンピック競技大会に参加する競技者、コーチ、トレーナーまたは役員は、当該大会期間中、身体、名前、写真、あるいは競技パフォーマンスが宣伝目的で利用されることを認めてはならない」との規定に加え、さらに詳細なガイドラインを定め、これらの参加関係者に遵守を求めることで、公式スポンサーや公式メディアなど以外の第三者との間での、参加関係者の肖像権などのコンテンツの利用を禁止しています。
その他、競技会場に入る観客に対して、企業の広告活動を禁止したり、SNSでの投稿を制限するなどの観戦約款を定める例もあります。
iii. 直接契約下にない第三者に対する規制
3つ目の方法としては、イベントの主催者が、アンブッシュマーケティング規制ガイドラインなどを制定し、直接契約下にはない(開催都市、公式スポンサーや公式メディア、アスリート、観客などの参加関係者などではない)第三者に、その遵守を求めるものです。
具体的な例でいえば、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が「大会ブランド保護基準」との名称の、アンブッシュマーケティング規制ガイドラインを定め、オリンピック・パラリンピックマーク等の保護とアンブッシュマーケティングの防止を求めています。
このようなガイドラインにより、直接契約下にない第三者が自主的にアンブッシュマーケティングを控えることになれば、アンブッシュマーケティングは規制されることになります。
②法律による規制
i. 知的財産法による規制
アンブッシュマーケティングがイベントの主催者が保有する知的財産法上保護される知的財産を無断利用する場合、主催者以外の者は、法律上その無断利用が禁止されますので、このような知的財産を利用するアンブッシュマーケティングは規制されることになります。
特にスポーツイベントに関連する、知的財産法上保護される知的財産は、前回述べましたとおり、著作権法、商標権法、不正競争防止法、判例上のパブリシティ権などが考えられますので、著作物となるようロゴを工夫したり、商標登録を行うことで、アンブッシュマーケティングを規制できます。
もっとも、知的財産法に基づく知的財産にならない場合は、第三者の表現活動、経済活動の自由が認められますので、このような規制を及ぼすことはできません。
ii. アンブッシュマーケティング規制法による規制
また、近年のメガスポーツイベント開催にあたってアンブッシュマーケティングの規制には法的な限界があるため、アンブッシュマーケティング行為そのものを規制する法律を定める方法もあります。  2012年に開催されたロンドンオリンピックパラリンピック競技大会に関しては、イギリスで、「London Olympic Games and Palalympic Games Act」(いわゆるロンドン特別法)が定められ、ロンドンオリンピックパラリンピックとの間に何らかの関係を示唆することについての権利を認め、組織委員会に何らの許諾なく、このような示唆を行うことを禁止しました。

以上のようなアンブッシュマーケティング規制については、冒頭に申し上げたような問題も発生しており、特にRule40ルールに関しては、ドイツのカルテル庁がRule40ルールの独占禁止法上の問題を検討していることを受けて、日本の公正取引委員会競争政策研究センターが設置した「人材と競争政策に関する検討会」の報告書においても独占禁止法上の問題を指摘されるなど、日本でもその法的合理性の検証が始まっています。次回は、このようなアンブッシュマーケティング規制の法的合理性について解説を行いたいと思います。

▶ 道垣内正人・早川吉尚編著「スポーツ法への招待」(ミネルヴァ書房)
▶ グレンM.ウォン、川井圭司著「スポーツビジネスの法と文化」(成文堂)
▶ 足立勝「アンブッシュ・マーケティング規制法」(創耕舎)
▶ 日本スポーツ法学会監修「標準テキストスポーツ法学(第2版)」(エイデル研究所)
▶ 株式会社電通法務マネジメント局編「広告法」(商事法務)

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