プロスポーツクラブの地域ブランド戦略 -伝統産業から読み解くスポーツ産業の可能性
プロスポーツクラブの地域ブランド戦略
-伝統産業から読み解くスポーツ産業の可能性
林 邦彦(トヨタアルバルク東京株式会社 代表取締役社長)
松島鴻太(スポーツコミュニケーションKYOTO株式会社 代表取締役社長)
鈴鹿可奈子(株式会社聖護院八ッ橋総本店 代表取締役社長)
モデレーター:青井一真(フロム・シェフ株式会社 代表取締役社長)
Bリーグクラブの成長には、競技力や経営力だけでなく、地域社会との関係構築が欠かせない。では、長い歴史を持つ地域ブランドや伝統産業は、プロスポーツクラブをどのように見ているのだろうか。本セッションでは、アルバルク東京の林邦彦社長、京都ハンナリーズの松島鴻太社長に加え、創業330年以上の歴史を誇る聖護院八ッ橋総本店の鈴鹿可奈子社長を迎え、地域に根ざす組織としての共通点や違いについて語り合った。伝統と革新、地域文化とスポーツ、そしてSNS時代の情報発信まで——。異業種の視点が交差する対話から、地域ブランド戦略の新たな可能性を見出す。
地域特性によるクラブや事業展開の利点。マスコットはキラーコンテンツ
青井 今回は、京都の伝統ある名産品「八ッ橋」などのお菓子を手がける「株式会社聖護院八ッ橋総本店」の鈴鹿可奈子社長にご登壇いただきました。創業は元禄二年(1689年)と伝統産業を担ってこられた立場から、京都の地域特性も含めまして、プロスポーツとの接点をどのように感じられますか?
鈴鹿 伝統産業とプロスポーツという、一見、接点のないように思えますが、京都の人たちはそうした隔たりを作らない気質があると感じています。伝統産業と新しい産業の間で会合を設ける機会は多いですし、「業界が違えば、まったく別物」ということはまったくありません。どちらかといえば「オール京都でやっていきましょう」という考えのほうが強いです。例えばサッカー・Jリーグの京都サンガF.C.が誕生したときも、当初は不思議そうな視線を送っていた京都の人たちも、やがて世間話の話題に上がるようになりました。
これは私の考えですが、どんなものも日常の一つになってこそ、その地域のものになります。京都の伝統産業といえば着物が例に挙がりますが、着物を着ている人は京都でもたくさん見ますし、他の地域よりも日常に馴染んでいる印象です。同じようにプロスポーツが日常の会話の中で出てくるようになれば、それはもう地域に根ざしてきている証だと感じます。そうなるためには様々な活動を通して、その地域に入り込んでいく必要があるでしょう。これは伝統産業も同じことが言えます。単純にそこにあるだけで京都の人たちがみんな使う、のではなく、伝統産業側からその時代に合ったものを送り出すことで、初めて日常のものになる。そこがプロスポーツとの共通点だと思います。
青井 今回のシンポジウムにご登壇いただきました松島鴻太社長の「京都ハンナリーズ」も京都という地域に馴染まれている実感はありますか?
鈴鹿 あると思います。というのも、現在、マスコットの「はんニャリン」が様々な催し事に登場されています。そこで私も一緒に写真を撮らせてもらったのですが(笑)、そうした活動を通して、クラブを知らない人たちへ届く効果が大きいと思います。それにクラブ側も、例えば子供向けの
バスケットボールのゲームをお祭で設置してくださるなど、地域からの要望に対して快く引き受けてくださるので、そこにフットワークの軽さと「京都という地域に入り込もう」という姿勢を感じます。その結果、京都の人たちが京都ハンナリーズを自分たちのチームだと思うようになったのではないでしょうか。
松島 私は京都生まれ京都育ちで、京都への愛着の強さからクラブ運営に携わっています。京都の人たちに感じる印象は、スポーツに対しても“奥ゆかしい”ということです。どちらかといえば、周りの人たちの様子を窺いながら「あの人が応援しているから、私も応援しよう」、その逆で「応援してはらへんし、やめておこう」という姿勢が感じられます。
鈴鹿 意外と京都の人たちは好き嫌いがはっきりしているものです。本音と建前がありつつ、けれども自分を曲げない人が多いイメージが私はあります。
青井 林社長の「アルバルク東京」は東京都江東区にアリーナ「TOYOTA ARENA TOKYO」をオープンし、そこでは地域の方々がバスケットボールをプレーできる空間も設置されました。創設にあたって、地域柄の特性などは参考にされたのでしょうか?
林 「TOYOTA ARENA TOKYO」の場合、ポテンシャリティーこそ非常に高いのですが、その反面、他競技のスポーツ施設や関連施設がバラバラに点在する地域にあるんです。それらと連携したい思いはありつつ、そのためにはできるかぎりモビリティを強化していくかが課題だと考えています。
一方で地域開発において重要な鍵は「子ども」だと思っています。というのも、子ども達が「行きたい」と言えば、親御さんは「行こう」となりますよ。その動きを作る上で、マスコットはキラーコンテンツになりえます。先ほど「はんニャリン」の話がありましたが、私たちもシーズン前後に行政へ挨拶にうかがう際は必ず、マスコットを連れていきます。すると、鈴鹿社長のように、そこの職員の方々が「写真を撮らせてください」と走ってきてくれます。地域に根ざしていくために今後も、マスコットには活躍してもらいたいと願っています。
鈴鹿 私どもの「聖護院八ッ橋総本店」ではマスコット展開を考えておらず、商品そのものをどのように見せるかに重点を置いています。ですが、大阪万博がミャクミャクの登場によって爆発的に火がついたように、目に見えないものや具体的ではないものを増大させるうえで、マスコットの力はとても影響力があると感じます。
SNSなど時代に合わせた手法を取り入れながら、次のステップへ
松島 「聖護院八ッ橋総本店」といえば、まさに京都を代表するような歴史ある企業です。その一方で、鈴鹿社長がおっしゃられたように「今の時代に合ったものを送り出す」際の判断基準はあるのでしょうか。おそらく守るべき歴史や変えてはいけない伝統があると想像するのですが…。
鈴鹿 よく聞かれますが、それほど「これを守らなければいけない」と考えたことはありません。私が考えているゴールは「八ッ橋というお菓子が100年後も200年後も『美味しい』と思って食べてもらい続ける」ことだけです。それに適していれば、味を揺るがすことや従来のお客様を裏切るようなこと以外であれば、どんなこともチャレンジしてみればいいと考えています。
林 現代のように世間に情報が溢れている中、お菓子も競争が激しいと想像します。そのなかで伝統を守りつつ、一方でメディア露出やSNSを含めた発信をやっていかなければならないと思うのですが、それらの戦略について考えていることはありますか?
鈴鹿 その点は私も課題に感じている部分です。やはりSNS上の反応は商品や企業のイメージにもつながります。無視できない存在になっていることは確かです。そこで社内で立候補者を募り、SNS対策委員会なるチームを立ち上げました。「どういうアプローチが会社に合っているか?」について若手の意見を聞きながら、模索している段階です。
それこそバスケットボールの世界はSNSの力がとても大きいと思いますが、ご自身の中でルールや基準はありますか?
松島 試合結果や選手情報を早く、新鮮なうちに出し続けることは当然です。ですが、最も重要なのは、エラーが起きたときの即時対応です。例えばチケットのシステムにエラーが生じるなどアクシデントが発生したときに、誠実に速やかに向き合っている事実をSNSで発信することを心がけています。やはりスポーツチームは誠実さが求められますし、対応次第では失敗やピンチをチャンスに変えることも可能だと思います。
林 私は「短い言葉で発信する」ようにしています。スマートフォンが普及し、SNSを利用する際も、見る側は次々と新しいコンテンツや情報へ手を動かします。「できるだけ短い文量で面白いと思ってもらえるか」さらには「次に移ることなく、我々のSNSに見てもらえるようにつなげていくこと」を今はいちばん大切にしています。
またプロスポーツですから、それこそ1万人くらいの方々が見ている環境でプレーしています。そこで選手たちが「できる限り近い存在」でありながら「手が届かない」、そんな距離感を保つ工夫が必要です。これは意図して作るものではありませんが、例えば選手の素顔やギャップを届けることも一つの手段です。「この選手はいつも厳しい顔をしているけれど、私生活ではこんなにかわいい顔をしているんだ」といったものを様々なコンテンツが街にある分、うまく散りばめていくことに取り組んでいます。
鈴鹿 京都はスポーツへの関心が比較的低いと思います。ここからは「スポーツが面白いものだ」と感じてもらう機会を作ることが必要で、それはSNSだけでなく、実際に会場に足を運んでもらうことがいちばん。私自身もバスケットボールの試合を観戦して、熱を感じたいと思います。
松島 鈴鹿社長のお話を聞いて、目の前のことに必死になるだけでなく、もっともっと未来を見据えてながら、自分自身も学び、成長しながらクラブ運営に携わっていかなければと感じました。京都ハンナリーズの成長が地域の発展に貢献できると強く実感しましたので、引き続き皆さんと連携しながら新しい価値を生み出していきます。
林 今回、鈴鹿社長のように異業種の方々の率直な意見や知見に触れることができて、とても有意義でした。また地域やクラブの生い立ちによって、ステークホルダーに対する戦略や戦術も異なることにあらためて気づく、そんな機会になりました。今日はありがとうございました。
■質疑応答
Q.地域とアリーナの関係性について、アルバルク東京は東京都立川市から都心部へ移られましたが反対の声などはありませんでしたか?
A.林 立川市での活動自体は、東京2020オリンピック・パラリンピックの関係で移転・移動をせざるをえなかった事情がありました。そのため、立川市の方々も暫定措置だという認識があったと思います。ただ当初は3年を想定していたのが最終的に5年活動していたので、むしろ好意的に受けとめていただけました。現在では立川市にお住まいの方々も、移動に1時間半ほどをかけて「TOYOTA ARENA TOKYO」へ来ていただけています。ですから、立川市から移転する際に大きな反発はなかったと感じています。
Q.京都ハンナリーズの場合は新しいアリーナが誕生するということで、慣れ親しんだ地域から離れることに対する受けとめはいかがでしょう?
A.松島 現在は4,000人規模のアリーナで集客を図っており、全試合でチケットを完売するような状態にあります。ですが新アリーナは9,000人規模になりますので、2年後に控える移転に際して、それに見合った集客力を身につけなければいけません。新アリーナは京都市の隣の向日市に建設予定で、既存のファンをしっかりとグリップしつつ、エリアを変えて新しいファンベースを開拓することを大きなチャレンジとして、ポジティブに捉えています。
Q.アルバルク東京はトヨタ自動車、京都ハンナリーズは街という、それぞれのステークホルダーに対して、どのような価値を還元していくことを戦略的に企図しているのか、あるいは可視化して評価しているのか、お聞かせください
A.林 アルバルク東京はトヨタ自動車の企業チームがルーツにあります。当初は「同じ会社の仲間として頑張ることで一緒に難局を乗り越えていく」ことがスポーツとしての一つの価値でした。ですがプロクラブになったことで、豊田章男会長からは「ビジネスとして成功しなければいけない」かつ「地域に愛され、たくさんの人に支えてもらいながら、そのうえで強くなければならない」というお話がありました。
そこで鍵となるのが「TOYOTA ARENA TOKYO」です。スポーツ以外の催し事を通して地域全体で盛り上がりながら、なおかつスポーツの熱狂や競技が与える勇気などを提供していきます。アリーナを起点とし、アジアや世界に対してトヨタ自動車のアルバルク東京というクラブの価値をどれだけ高めていくかが、今後の我々のチャレンジだと考えています。
A.松島 京都ハンナリーズの場合は真逆になります。我々のクラブ経営はステークホルダーに囲まれているビジネスです。株主は二の次で、地域の皆さんが幸せになることを第一に考えています。では、それは何が必要かというと、一つは「クラブが持続可能に成長し続けること」だと思います。ですから、しっかりと収益を上げて、黒字経営を続けることがベースになります。それができなければ、他競技で見られるようなクラブの譲渡も起きてしまうでしょう。
クラブで働いている人はもちろん、応援してくれるファンの方々、支えてくださる企業さま、その皆さんにポジティブなハッピーな気持ちで関わっていただき、一緒に成長していくことを実現していきたいと考えていますし、私が必ずやらなければいけないことです。
A.鈴鹿 私たちの場合は、お客様によって支えられています。ですから皆さんが「美味しい」と、ハッピーになっていくことを目指すしかありません。常々、社内で口にしているのは「これまで買ってこられた方々が『自分たちはもうこのお店の顧客、対象ではないんだ』と思うことがあってはならない」というものです。そこは意識している部分になります。



