スポーツ産業学研究第34巻第4号

【原著論文】


観戦者のファンレベルと観戦満足度が地域愛着に与える影響の検討-居住地の違いに注目して-
井澤 悠樹, 出口 順子, 長谷川 健司, 清川 健一
JSTAGE

サッカー型eスポーツの実施がJリーグクラブへの態度,観戦意図に及ぼす影響
鳥山 稔, 藤本 淳也
JSTAGE

新聞社のメディア・イベントを再考する-2001年のウォーキング・イベントの事例にみられる「社会の公器」としての葛藤-
武井 陽太郎, 岡本 純也
JSTAGE

弓道競技に使用されるジュラルミン矢の座屈破損について
末次 正寛, 白木原 香織, 民秋 実
JSTAGE

グループレッスンの価値に影響を及ぼす会員特性:民間テニスクラブのグループレッスン受講者に着目して
霜島 広樹
JSTAGE

【研究ノート】


地域貢献活動のSROI測定-Jリーグクラブの社会連携活動「シャレン!」に着目して-
西村 貴之, 鳥山 稔, 田島 良輝, 神野 賢治, 佐々木 達也, 池田 幸應
JSTAGE

OTTでスポーツ中継の無料配信を増加させるための方策の検討
吉田 龍真, 児玉 ゆう子, 畔蒜 洋平, 平田 竹男
JSTAGE

Jリーグ地域型クラブによる集客戦略に関する研究-ファジアーノ岡山を事例として-
田中 奏一
JSTAGE

【レイサマリー】


観戦者のファンレベルと観戦満足度が地域愛着に与える影響の検討:居住地の違いに着目して
井澤悠樹(東海学園大学)
出口順子(東海学園大学)
長谷川健司(太成学院大学)
清川健一(株式会社ブレイザーズスポーツクラブ)

2022年に施行された第3期スポーツ基本計画の政策目標の1つに「スポーツによる地方創生、まちづくり」が掲げられており、プロスポーツチームをはじめとした様々な地域スポーツ資源のすべてが、スポーツによる地方創生、まちづくりを促す触媒となることが期待されています。また、近年ではプロスポーツを中心として地域密着型経営の傾向が強まっており、いかに自治体をはじめとした地元地域との良好な関係性を構築するかが重要となっています。一方で、まちづくりや地域活性化を促進させるためには、地元地域に対する愛着(以下、地域愛着)が育まれていることが必要であると多くの先行研究によって指摘されています。地域愛着が育まれている場合、当該地域内に居住している人は定住意向が強くなったり、地域課題を協力して解決しようという意思の強化、コミュニティ力の強化に繋がるとも指摘されています。一方、当該地域外に居住している人が地域愛着を形成している場合は、当該地域への再訪意図が高まるとも指摘されています。つまり、チームの存在が地域愛着を育むプラットフォームになり得ているか否かが重要となります。ファンや観戦者がチームの存在を介して地域愛着を育めている場合、チームの存在が地域全体を活性化させる公共的な役割であることを説明できるだけではなく、チームが地元地域からの多様な支援を獲得する上での有用な資料となり得ることも期待できます。
そこで本研究では、社会的アイデンティティ理論とファンや観戦者の地域愛着を取り扱っている先行研究での知見を踏まえて、観戦者のファンレベルと観戦満足度(サービス満足度・ゲーム満足度)が地域愛着に与える影響を明らかにするとともに、居住地の違いによる一連の影響の違いを明らかにすることを目的としました。
2023年2月6日に、Vリーグディビジョン1に所属するプロチームのホームゲーム観戦者を対象として、質問紙調査を実施しました。配布数は489部、回収数(率)は488部(99.8%)、そのうち18歳以上でホームチームのファンであると回答した者のみを分析の対象とした結果、有効標本数(率)は229部(46.9%)でした。
分析の結果、以下のことが明らかとなりました。
1) 観戦者のファンレベルは、サービス満足度およびゲーム満足度に有意な影響を与えていました。
2) 観戦者のファンレベルは、地域愛着に有意な影響を与えていませんでした。
3) 観戦者のサービス満足度は地域愛着に有意な影響を与えていましたが、ゲーム満足度は有意な影響を与えていませんでした。
4) 観戦者の居住地の違い(ホームタウン内居住者・ホームタウン外居住者)で一連の影響を検証した結果、両者ともサービス満足度のみが地域愛着に有意な影響を与えていました。また、その影響力に居住地の違いは認められませんでした。
5) 居住地の違いにかかわらず、ファンレベルがサービス満足度を介して地域愛着に与える影響には、有意な間接効果が確認されました。
以上の結果から、チームがファンや観戦者の地域愛着を育むためには、いかに熱心なファンを育成して(=ファンレベルを高めて)、試合観戦時に享受するサービスに対する満足度を高めることができるかが重要であると考えられます。これまで、熱心なファンの育成は試合観戦意図やグッズの購入意向を高めたり、チームに対する支援意図を高めることに繋がるということが報告されています。しかし今回の結果は、そういったチームへの恩恵をもたらすことに限らず、ファンづくりは地域愛着を育むことに繋がるという新たな知見をもたらすものと考えます。
以上のように、本研究の結果は、チームの存在がスポーツを通したまちづくりや地域活性化に繋がる役割を担うことができていると理解でき、地域密着型経営を標榜するチーム運営における貴重な実践的インプリケーションであると考えます。

サッカー型eスポーツの実施がJリーグクラブへの態度,観戦意図に及ぼす影響
鳥山稔(大阪成蹊大学)
藤本淳也(大阪体育大学)

eスポーツとは、電子機器を用いた娯楽や競技を指し、ビデオゲームを用いて他者と仮想空間上で競い合う行為である。eスポーツには、暴力性や依存性といった課題が指摘されている。しかし近年では、幸福感や認知力向上、企業ブランドの強化などのポジティブな影響も確認されており、eスポーツのもたらす価値に着目する動きが進んでいる。
日本ではeスポーツ市場が急速に成長しており、Jリーグも若年層ファンの獲得を目指して積極的にeスポーツを導入している。特に「FIFAシリーズ」を用いたeスポーツ大会が、実在するクラブへの愛着や態度形成に与える影響に注目されている。しかし、これまでの研究では、スポーツを題材としたビデオゲームがゲーム内に登場する選手やチームに与える心理的な変化を定量的に分析したものは限定的である。特に、対戦に重きを置くeスポーツを通じて、プレイするチームに対する態度の変化を実証した研究はほとんど行われていない。
そこで本研究は、サッカー型eスポーツにおいて特定のJリーグクラブを使用することによる特定クラブへの心理的態度の変化に着目をし、eスポーツ実施前、実施後、実施3か月後での態度の変化を明らかにすることを目的とした。本研究で設定した仮説は次に通りである。

仮説1:クラブに対する「認知」は,eスポーツの実施前,実施後,その3ヶ月後のいずれかの間で有意な差がある.
仮説2:クラブに対する「関心」は,eスポーツの実施前,実施後,その3ヶ月後のいずれかの間で有意な差がある.
仮説3:クラブに対する「愛着」は,eスポーツの実施前,実施後,その3ヶ月後のいずれかの間で有意な差がある.
仮説4:クラブに対する「ロイヤルティ」は,eスポーツの実施前,実施後,その3ヶ月後のいずれかの間で有意な差がある.
仮説5:クラブのスタジアムでの試合観戦意図は,eスポーツの実施前,実施後,その3ヶ月後のいずれかの間で有意な差がある.

本研究では目的を達成するため、サッカーゲームである「FIFA18」を用いて実験を行った。実験は6人で1つのリーグを作成し、1人1日1試合(試合時間は10分間)を1週間に5日(休日を除く)行い、2週間で合計10試合行った。本研究では、2週間のリーグ戦の間は全員同じJリーグクラブを使用するように指示をした。調査については、実験を開始する前に事前調査を行った後、2週間のリーグ戦を行い、リーグ戦が終了した後に事後調査を行った。そして、実験が終了してから3ヶ月後に再び調査を実施した。分析には対応のある一元配置分散分析を用いて有意差を確認した後、多重比較を用いて有意部分の確認を行った。
本研究の結果、クラブに対する心理的態度はeスポーツ実施前よりも実施後の方が有意に高い値を示した。また、eスポーツ実施後と3ヶ月後では、観戦意図を除いたすべての項目において有意な差は認められなかった。したがって本研究で設定した仮説は支持される結果となった。上記の本研究の結果を総括すると、eスポーツを繰り返し実施することで特定のJリーグクラブへの心理的な態度は強まり、長期的に維持する可能性が示唆された。

「新聞社のメディア・イベントを再考する
―2001年のウォーキング・イベントの事例にみられる「社会の公器」としての葛藤―」
武井陽太郎(一橋大学)
岡本純也(一橋大学)

日本の新聞社は、伝統的にさまざまなイベント事業に取り組んでいます。例えば、全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)や、東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)など、読者の皆さんもご覧になったことがあるのではないでしょうか。また、新聞社はスポーツだけではなく、芸術、教育などさまざまな分野で社会貢献をしています。ちなみに、新聞社がイベントを開催するのは、世界的にも珍しいことだそうです。
それでは、なぜ新聞社はイベント事業を行っているのでしょうか。一般的には、「相補効果・相乗効果」を期待しているとされています(※詳しくは、伊丹敬之『経営戦略の論理―ダイナミック適合と不均衡ダイナミズム』を参照してください)。すなわち、新聞社はイベントを実施することによって、新聞の売上げ部数を増やしたり、色々な企業にたくさん広告を出稿してもらったりすることによって、収益の増加を図っているといえます。
しかし、2020年に実施された夏の甲子園は、コロナ禍という特殊な時代状況を考慮する必要はありますが、「甲子園大会があってもなくても部数の減少度合いがさほど変わらなかった」(宝島特別取材班編『朝日新聞の黙示録―歴史的大赤字の内幕』)とされています。
また、肝心の新聞の売上げ自体も右肩下がりとなっています。日本新聞協会の発表によれば、最盛期は1世帯につき1部以上の新聞が読まれていましたが、2023年には0.49部となってしまいました。まだ日本では顕在化していませんが、アメリカでは新聞社が倒産することによって、さまざまな社会問題が生じています。例えば、人びとが信頼できる情報を得る手段が無くなってしまうことで、偽情報が広まりやすくなる恐れが指摘されています。
新聞社は経営が悪化する中で、収益を圧迫しているとされるメディア・イベントの廃止を検討するようになりました。しかし、新聞社の経営危機、それに伴うスポーツ文化の根底を揺るがしかねない事態について、学術的な議論はあまりされていません。
本稿では「本当にスポーツイベントは利益を生まないのか」、読売新聞社が2001年に実施した「アメリカ横断ウオーク2001」について、社史や社内報などの資料を用いて検証をしてみました(個別事例分析)。
このイベントは、新聞記事だけではなく、インターネットでイベントの様子を報じるようになった先駆的な取り組みでした。当時はまだ、インターネットに触れたことがない人々が多かったため、顧客創出の好機だと見なされていました。また、当時のインターネット利用者は比較的若い人が多く、「若者の新聞離れ」に歯止めをかけることも狙いの一つであったと考えられます。しかし、その結果について、費用対効果があまり良いわけではなく、収支はトントンくらいだったと考えられます。すなわち、部数や広告収入の増加にはあまり繋がらなかったと考えられます。
それでは、「なぜ新聞社はイベントの収益性を改善できないのか」という疑問が生じます。おそらく、そこには新聞社ならではの理由があると考えられます。新聞社には、「社会の公器」と「私企業」という2つの顔があります。つまり、報道機関として国民の知る権利を守るために、正しい情報を伝える責務があります。一方で、私企業として利益を上げなければ会社が倒産してしまいます。
しかし、私企業としてメディア・イベントを通じて収益の増加を図ることは、商業主義に走っているという批判の矢が向けられるかもしれません。つまり、報道機関であるにも関わらず、自社のイベントばかりを取り上げることは、情報の公正さを損なってしまう可能性があるからです。けれども、近年は経営が厳しくなっているのが事実です。新聞社は、このような「葛藤」の中でイベントを実施していると考えられます。
新聞社が倒産することによって生じる社会全体への悪影響を鑑みれば、イベント事業の収益性を高めていくことが必要だといえます。一方で、新聞社は報道機関として、税制などの面でさまざまな優遇を得ています。それにも関わらず、財務状況を公表していないことに対して批判が向けられています。今後、新聞社は積極的に情報公開を行うべきでしょう。
いずれにせよ、現在新聞社は大きな変化の渦中にあります。しかし、メディア・イベントに関する研究は停滞しています。あらためて新聞社が実施するイベントに着目し、今後のあり方について真剣に議論していくことが大切だと思います。

弓道競技に使用されるジュラルミン矢の座屈破損について
末次正寛(鈴鹿工業高等専門学校)
白木原香織(鈴鹿工業高等専門学校)
民秋実(鈴鹿工業高等専門学校)

弓道競技においては、アルミ合金(ジュラルミン)製の矢が広く用いられている。矢を射る際は、先端部分が弓幹から的(まと)方向へ若干の長さだけ出ている必要があるが、稀に弓幹の内側へ入り込んでしまう場合がある(これを、“引き込み”という)。引き込みは、射手が弦を引きすぎた時、あるいは自分に合っていない短い矢を使った時などにおいて生じる。この状況で弦を離すと、矢は弦と弓幹の間でサンドイッチ状態となって軸方向の強い圧縮荷重を受け、座屈荷重に達して破損することが懸念される。破損した矢の破片は射手の眼前を飛び散ることになり、周囲の人間も含めて非常に危険である。

本研究ではこのような事故を念頭に置き、静的ならびに動的負荷条件下におけるジュラルミン矢の座屈破損について実験的な検討を行った。実験に供したジュラルミン矢は、A矢とB矢の2種類である。A矢は弓力が98 N程度以上の比較的弱い弓で使用される細めの矢、B矢は弓力が147 N程度以上の比較的強い弓で使用される太めの矢である。実験の結果、A・B矢ともに座屈による矢の破損(中央部で二つに破断)が確認され、破断部は鋭い金属の破面が露出していた。座屈荷重はA矢で約50 N、B矢で約65 Nであり、それぞれの矢に使用される弓の力に対してかなり低い値であった。すなわち、引き込みの状態で矢を離した場合は、座屈現象によって矢が破損・破断する可能性が極めて高い。

引き込みの事故は稀であるため、指導者でもその危険性を認識していない場合があり得る。稀にしか起こらないが起こった場合は重傷を負う可能性が高いことを念頭に置いて、初心者の指導等を行う必要がある。

「グループレッスンの価値に影響を及ぼす会員特性:民間テニスクラブのグループレッスン受講者に着目して」
霜島広樹(福岡大学)

マーケティングの研究分野においては、消費者の満足度や再購買に影響を及ぼす要因としてサービスの品質が重要とされ、サービスの質向上を目的とした様々な研究が蓄積されてきました。一方で、品質が良ければ消費者がみな等しく高い価値を感じたり、満足したりするわけではなく、指導者やプログラム内容が同一のものであったとしても、会員によって満足度が全く異なる場合があります。特に、グループレッスンにおいては、マンツーマンのレッスンと異なり複数の会員が同時に受講することから、会員同士の相互作用がプログラムの満足度などに影響を及ぼすことが想定されます。優れた指導者によって展開されるプログラムであっても、受講態度やマナーの悪い会員が存在することによって、他の会員における満足度や再行動意欲の低下がもたらされることは想像に難くありません。つまり、会員はサービスの価値に影響を及ぼすといった観点から、サービスの受給者でありながらも、経営者や指導者と共にサービスを作り出す生産者であり、特にグループレッスンにおいてはそのような傾向は強いものと考えられます。
昨今のマーケティング研究においては、企業は顧客と共に価値を創造していくといった価値共創の視点からマーケティングを考える「S-Dロジック」を基にした研究の展開がみられますが、この内容を踏まえると、サービスの価値を高めるためには、サービスの提供者側だけでなく、顧客自身の素養や資質も重要であると考えられます。つまり、グループレッスンの価値を高めるためには、指導者の能力だけでなく会員側の能力といった側面も重要であると考えられ、グループレッスンを展開する事業者にとって、レッスンの価値を高める、あるいは損なうような会員の特性に関する情報は有益な知見になるといえます。
そこで、本研究ではグループレッスンの価値に影響を及ぼす会員特性について、民間テニスクラブにおけるグループレッスン受講者に着目して検討を行うことにしました。研究はグループレッスン業務に従事した経験を持つコーチに対するインタビュー調査(研究1)と、グループレッスンを受講する会員に対する質問紙調査(研究2)によって行われました。
研究の結果、グループレッスンの価値に影響を及ぼす可能性のある様々な会員特性が示されました。統計的な分析においても、会員のクラスメンバーに対する評価はグループレッスンの総合評価に対し一定の影響力を有していることが示され、クラスのメンバーにおける「人間性」、「レッスンへの取り組み・姿勢」、「プレースキル」といった要因が、会員のグループレッスンの総合評価へ影響力を及ぼしていることが確認されました。この結果を踏まえると、グループレッスンの価値を高めるためには、例えばスタッフの研修などの指導者に対するアプローチだけでなく、「良い顧客」を選抜できるようなシステムの構築や顧客教育を円滑に行えるような仕組みづくりが重要となることがわかります。現状、民間スポーツクラブなどでは、基本的に全ての入会希望者が受講可能なシステムをとっている企業が多いですが、今回の研究を踏まえると、他の会員に対して悪影響を及ぼすような特性を有する会員は、グループレッスンからマンツーマンのプログラムへ移行させる(グループレッスンを受講させない)といったシステムを構築しておくことが重要といえます。あるいは、グループレッスンにポジティブな影響を及ぼす特性を有した会員を積極的に確保するといった方策も、会員全体の満足度や継続率の向上を促す上で重要になるといえます。また、会員の「人間性」、「レッスンへの取り組み・姿勢」といった側面に関して、クラブ側がこれらを高めるような顧客教育を実施するのは様々な障害が予想されますが、「プレースキル」については改善することが十分可能な要素であり、習いごとといった観点から考えれば、レッスンの受講を通して着実に会員の技術力を向上させることは、十分なエフォートを割いてクラブが取り組むべき課題であるといえます。民間スポーツクラブのグループレッスンにおいては、技術向上を主目的としているものや、健康・体力作りやストレス解消を主目的にしているものなど、多種多様な参加動機を有した会員が混在すると想定され、このような実態を踏まえてプログラムを構築することは重要となります。しかし、プログラムを通して会員の技術力を向上させることは、仮にレッスンを受講する動機として技術向上に対する欲求が低い場合においても、会員全体としての満足や継続化を高める上では重要となり、時として、直接的な技術指導は行わないよう留意しつつも、結果的に技術力は伸びるようなレッスンの展開やプログラムの構成を行う工夫が、指導者や経営者に求められると考えられます。

「地域貢献活動のSROI測定 -Jリーグクラブの社会連携活動「シャレン!」に着目して-」
西村貴之(金沢星稜大学)
鳥山稔(大阪成蹊大学)
田島良輝(大阪経済大学)
神野賢治(富山大学)
佐々木達也(城西大学)
池田幸應(金沢星稜大学)

スポーツを通じた社会課題の解決やまちづくりへの期待が高まりをみせています.
Jリーグは2018年より,地域の人,企業や団体,自治体,学校など多様なステークホルダーとの連携・協働により,教育,ダイバーシティ,健康,世代間交流などの社会課題に取組む活動「シャレン!」を推進してきています.
今回の研究では,「シャレン!」の社会的インパクト(=事業や活動の結果として生じる社会的な変化や効果)を可視化し,その社会的インパクトを高めるためにはどうすれば良いかという知見を得ることを目的にしました.
具体的には,J リーグクラブ「ツエーゲン金沢」のホームゲームに合わせて2022年10月に実施された「Future Challenge Project 2022」【動画:https://www.youtube.com/watch?v=O25rTgCy0VQ】を対象事例として,SROI(Social Return on Investment =社会的投資効果)の値を算出することで社会的インパクトの可視化を試みました.
SROIとは,「シャレン!」のような社会貢献活動の「何がどれくらい良かったのか」ということを貨幣価値に換算し,費用に対して,どれくらいの価値を生み出したかを算出する分析手法です.
SROI 値の算出は,1)ステークホルダーの選定,2)発生費用の算出,3)アウトプット及びアウトカムの確認,4)アウトカムの貨幣価値換算,5)SROI値の算出,という5つのステップで実施しました.関係者への電話インタビューやメールによる聞き取り,プロジェクトが掲載されたホームページ, SNS,新聞等の各種メディアへの掲載内容,筆者自身のプロジェクトへの参与観察によってデータを収集し,共同研究者での相互参照によって手続きの妥当性を確認しました.
加えて,今回の分析では,発生費用の算出において,実際に支払いが発生した費用のみ計上し,教育活動やボランティアで参画している大学生の人件費を計上していない【パターン①】と,パターン①の大学生の人件費を1,000円/時間の時給換算で試算した【パターン②】の2パターンで算出しました.
その結果,SROI値は「4.93【パターン①】」,「2.36【パターン②】」と算出されました.つまり,「Future Challenge Project 2022」はかかった経費の4.93倍【パターン①】,もしくは2.36倍【パターン②】の社会的価値を生み出していたことが明らかになりました.具体的な算出根拠は論文本文に記載しています.
今回の研究から得られた新たな知見としては, 1)イベント当日の活動だけでなく準備活動においても社会的インパクトが発生していること,2) 複数のステークホルダーが連携・協働し,費用を出し合った結果,共有可能な社会的価値が生まれていること,3)複数パターンのシミュレーションによりSROI値の変動要因を検討するという活用方法を提示できたこと,の3点があげられます.
今後はSROI分析の精度向上のための検証や検討を進めるとともに,今回の測定結果をステークホルダーと共有し,プロジェクトが生み出す社会的インパクトの最大化にむけた実践にも結びつけていきたいと考えています.

「OTTでスポーツ中継の無料配信を増加させるための方策の検討」
吉田龍真(早稲田大学)
児玉ゆう子(兵庫大学)
畔蒜洋平(早稲田大学)
平田竹男(早稲田大学)

スポーツ中継のOTT(Over The Top -インターネット回線によってアクセスできるコンテンツ配信サービスの総称-)はサブスクリプションが中心だが、中継が無料で視聴者に届けられることは、スポーツの普及を考える上で欠かせない要素の1つである。本研究は、OTTにおける2023年のスポーツ中継の無料配信の現状を明らかにし、今後の発展の可能性を検討することを目的とした。
調査対象は、米国の5大スポーツ(NFL・NBA・MLB・NHL・MLS)と女子プロスポーツの9競技(バスケットボール、サッカー、ソフトボール、アメリカンフットボール、アイスホッケー、テニス、ゴルフ、ラクロス、ラグビー)、日本国内のOTTで無料のスポーツ中継が確認できたTVer、スポーツブルを対象とし、2023年にOTTにて無料で視聴できるライブ配信の内容などについてweb調査を行った。
結果、アメリカの5大スポーツでは、無料のライブ中継が行われていなかった。女子プロスポーツで無料の中継が行われていたのは9競技中2競技(バスケットボール:WNBA、ラグビー:WPL)だった。WNBAではTwitter社が放映権を所有する試合を無料配信し、WPLでは公式YouTubeで無料配信が行われていた。日本では、TVerが地上波と同時配信する形で大型コンテンツのライブ中継を行い、スポーツブルでは高校生の大会や放映権料が高価でないと予想されるスポーツを中心に無料のライブ中継が行われていた。スポーツブルはライブ配信・見逃し配信ともに無料で行っているコンテンツと、無料のライブ配信後に見逃し配信を有料で行っているコンテンツがあった。
OTTで無料配信されているスポーツ中継は、広告収入と有料の見逃し配信により収入を得ながら配信していることや、地上波放送局から映像の提供を受けて配信していること、テクノロジー企業による配信や配信権を有している競技団体やリーグ自身が安価な配信プラットホームを使用することで成り立っていた。
以上から、①広告収入や有料の見逃し配信などの組み合わせで一定の収入が見込める②配信事業者の映像入手経路の確立③YouTubeなどのツールや自前ネットワーク・D2C(Direct to Consumers –視聴者に直接届けるサービス-)を活用したリーグや競技団体等の配信の3つが、OTTによる無料のスポーツ中継の増加に欠かせない方策となる。

「Jリーグ地域型クラブによる集客戦略に関する研究-ファジアーノ岡山を事例として-」
田中奏一(京都先端科学大学)

本研究は、Jリーグの地域型クラブであるファジアーノ岡山を事例にホーム開催試合の集客戦略を分析したものである。地域型クラブは、親企業の支援を受ける親企業型クラブに比べ集客が難しいとされている中で、ファジアーノ岡山がどのように観戦者数を増加させているのか、クラブスタッフへのインタビューを基に検討した。
2017年の集客戦略では、ファジアーノ岡山は試合ごとの観戦者データを蓄積し、過去の傾向を基に観戦者数を予測し対策を立てていた。観戦者数に影響を与える要因として、天候、対戦相手、試合の日程が大きく、特に強豪クラブや有名選手との対戦時には観戦者が増加することが示された。
一方、2024年の集客戦略は、社会情勢の変化により大きく変化していた。スポンサー企業による団体観戦の減少や、新型コロナウイルスの影響によって、集客が難しくなったことから、ファジアーノ岡山はCRM(顧客関係管理)を導入し、観戦者の購買履歴やアンケートを基にデータ分析を行っていた。この分析により、新規顧客の取り込む施策が強化されており、観戦理由を増やす3つの要素などが活用されていた。
本研究は、ファジアーノ岡山が独自の観戦者分析と戦略を通じて観戦者数を増加させている事例を示しており、他の地域型クラブにも応用可能であると考えられる。

 

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