産業としてのeスポーツの未来は「教育」から

産業としてのeスポーツの未来は「教育」から
橋本太郎│ブロードメディア株式会社代表取締役社長/ルネサンス高校グループ代表/金沢工業大学虎ノ門大学院客員教授

教育現場の長年の問題である不登校児童の増加を解決する手立てはなんだろうか?その社会問題にeスポーツを活用することで活路を見出したのが、広域通信制高校事業を手掛けるブロードメディア株式会社だ。同社はeスポーツコースを備えるルネサンス高校グループを展開。その成果と現状について今回、橋本代表取締役社長に語ってもらった。

ルネサンス高校グループを 手掛けるうえでの企業理念
ブロードメディア株式会社は2005年に教育事業を開始し、2006年4月に茨城県大子町にルネサンス高等学校を開校しました。これは広域通信制高等学校として、教育特区制度による規制緩和のもと、学校法人ではなく株式会社が運営する学校になります。現在、愛知県豊田市と大阪府大阪市の姉妹校と合わせて3校(総称してルネサンス高校グループと呼びます)を運営し、これまで2万3,000人を超える卒業生を輩出し、在籍生徒数は9,000名規模に成長しました。
そもそも弊社は「創造力が生み出す優れた作品やサービスを広く社会に普及させ、より豊かなコミュニティーの形成・ 発展に貢献する。」ということを企業理念に掲げています。 そこで「優れた作品やサービス」を「優れた教育」に置き換えてもまったく同じ意味で通ずる、それがこの教育事業を 手掛けるに至った理由であり、背景です。弊社独自の複合的な教育事業としては、この「広域通信制高校事業」のほか、市場の拡大が見込まれる「eスポーツ教育事業」、不足する日本語教師を養成する「日本語教育事業」、DXで不足するエンジニアを養成する「プログラミング教育事業」があります。

そのなかでも今回は「eスポーツ教育事業」について、お話ししましょう。ルネサンス高校グループでは2018年4月にeスポーツコースを開講しました。また2020年には、中学生を対象にしたeスポーツとプログラミングを教える教室、いわば塾として「ルネ中等部」も誕生し、2024年2月現在で合計の在籍受講者数は900名を超えています。ルネサンス高校 グループには3つの本校(茨城県大子町、愛知県豊田市、 大阪府大阪市)のほかに、全国に7つのeスポーツコースのキャンパスがあります。なお、ルネ中等部は現在、中学校への通学扱いとなるフリースクール認定を受けています。 このeスポーツコースですが、実技指導に加えて、論理的思考を育てるプログラミングなどを提供している点が評価をいただいております。弊社としても、“楽しくeスポーツに必要な基本概念を学べる”ことは、事業を始めるにあたって大切にしていた部分になります。このコースで実践してい るのは、独自の「OODAループ学習」です。
OODAループとはアメリカで開発された意思決定のメソッドです。OODAとは、Observe(観察)、Orient(状況判 断)、Decide(意思決定)、Act(行動)の頭文字をとったものです。従来の一般的なPDCAサイクル、「Plan(計画)、Do (実行)、Check(評価)、Act(行動)」はいわゆるものづくりにおいて決められた工程の中で生産性を高める方法として非常に有効ですが、対面営業の現場や瞬時に動くこと が求められる際には、なかなか有効性を実感できませんでした。eスポーツにおいては、競技がスタートした瞬間から刻々と変化する状況に応じた仮説や作戦を立てながら、瞬時に何をすべきかを決断して行動する必要があります。そしてそれを連続して行うことが求められます。そうした対応能力の育成には、まさにOODAループ学習が適していると考えています。
ルネサンス高校グループのeスポーツコースのベースにあるのは、通信制高校としての活動です。実際、ルネサンス高 校グループには様々な生徒がおり、生徒それぞれの学習偏差値も高い人も低い人もいます。一般的に高校入学に際しては、すでに義務教育ではありませんので、入学判定基準の一つは偏差値となり、それによって区分される“輪切り” の状態が発生するわけです。これでは集団として相当狭く偏向してしまい、多様性に欠けることになってしまいます。 そうした一般論とは逆に、ルネサンス高校グループにはそうした輪切りや制約がありません。特にeスポーツコースは、 偏差値とは無関係にとにかくゲームをやりたい子供が集まるわけですから、コミュニティーそのものに多様性がしっかりと根付いています。
また全てのキャンパスで、ゲームが上手な生徒がそれほど上手ではない生徒を手助けする様子が見られます。基本的にeスポーツはチームプレーが求められますから、チーム全体をボトムアップすること自体は、そのゲームが上手な生徒にとってのミッションでもあるわけです。また、校内のカリキュラムとして、ルネサンス高校グループに所属しているゲームが得意な生徒が、ルネ中等部の講師を行うこともあります。もちろん、それは全員がやるわけではなく、“人格・ 見識が備わって、かつゲームが強い”ことが条件です。生徒たちにとっては校内で得られる勲章の一つになっており、 人に教えるという経験を得て卒業していく高校生になる側面があります。
実際に通信制高校とeスポーツ教育は非常にうまく合致しているわけですが、私自身にとっては「学歴ファーストの時代は終わっている。」という発見がありました。言い換える と「スキルファーストの時代がきている。」ということです。この先はスキルファーストのもとに、OODAループ学習やIT 技能といったスキルを身につけて大学に進学する、あるいは社会に出ていくことをめざす生徒をどんどん増やしていきたいと考えています。そうした高校生が育つと、日本社会全体のボトムアップにつながると確信しています。

eスポーツコースが教育現場にもたらした効果や成果の数々
ここからはeスポーツコースが教育現場にもたらした効果をお話しします。その成果が目に見えるものとして、生徒やその保護者からいただく様々な反応があります。以下は、実際に生徒のご家族から頂戴したコメントになります。

「息子に友達と高校のオープンキャンパスに行ってくると報告を受けた。中学校時代不登校だった自分の息子が進学先を自主的に探してくることに驚き、涙が出るほど嬉しかった」
「中学校の頃いじめられていた息子が、eスポーツコースを通じてたくさんの友達ができて、休みの日もみんなで一緒に遊びに行くような関係になれて本当に感謝しています」
「通い始めたときは家から出られるのかと不安だったが、数ヶ月したら、今まで1人で乗れなかった電車で通塾できるようになってとても驚いた。興味のあることだったら、困難を乗り越えられるパワーが湧いてくるのだと嬉しくなった」

中には、入学当初は親御さんに手を引かれながらキャンパスまで来ていた生徒が、やがて一人で通学するようになった、という話も聞きました。特にルネ中等部は学校ではなく、塾もしくはフリースクールの扱いになりますが、通っていた中学校で不登校になってしまった、もしくはその傾向がある子供たちが嬉々としてルネ中等部に足を運ぶ姿を見ると感慨深いものがあります。
また、まだ一部での取り組みですが、、生活習慣について 大学病院の医師の指導を受ける機会も設けております。というのも、eスポーツをするうえではどうしても、同じ姿勢で長時間取り組むことになるので、そこには人体に及ぼすマイナスの影響も生じます。肩こりや眼精疲労を軽減するには正しい姿勢が効果的ですし、言い換えれば、eスポーツで 常に最大限のパフォーマンスを維持するためには不可欠な要素というわけです。
ほかにも、適切な栄養バランスや生活リズムの重要性も講義していただいています。eスポーツコースの生徒は生活 サイクルが夜型になりがちな傾向にありまして、いかにしっ かりと睡眠をとることが大事かを伝える必要があります。ここでポイントなのは、“健康にいいから”という正攻法では なく、“ゲームで強くなるために”というeスポーツに励むうえで当然ともいえる観点が、最大の説得力を伴うということです。

不登校という課題を解決するためのeスポーツ
さて、eスポーツと教育の親和性をテーマに、先で触れました不登校の子供が学校に戻ってきたケースを踏まえ、私どもが提言するのは「ゲーム疫学」という考え方です。昨 今、不登校児童の生徒数は年々、増加しています。というよりも、これまでも現実として存在していたのに表に出てこな かった問題が、生徒が発信できる時代になって顕在化し た、という見方のほうがいいでしょう。
そもそも不登校になること自体を一種の疫病のようなものだと考えた際、それを治癒するための根底には“人と人 とのつながり”があります。そのつながりが切れてしまうから、メンタルがどんどん悪化するのだと思います。もちろん従来は、先生と生徒、教室内で構築される関係性がそうしたつながりとして存在していたわけですが、もはやそのアプ ローチだけでは難しいのではないか、という考えに至っています。ルネサンス高校グループは、長年にわたりそうした生 徒を多く受け入れてきました。通信制高校だから何とか通えるという生徒は今も増え続けているのです。
それに対して、eスポーツはインターネットやゲームを介して人とつながる、ツールになります。もっとも、これまでは ゲームそのものの負の側面ばかりが強調されてきました。そもそもeスポーツとビデオゲームの違いが分からない大人も 多いのも現実です。ですが、eスポーツは、仲間とプレイするために学校という環境に戻ってくるという正の側面そのものを備えています。実際に、eスポーツコースでチームを組んでいる生徒たちのつながりはとても強く、メンタルヘルスの観点においてもワクチンのような非常に高い効果を感じて います。とはいえ、これは現場における経験則になりますの で、今後は「ゲーム疫学」として学術的に研究してみたいと 思うところです。

eスポーツの未来を教育現場から
ルネサンス高校グループは校内に留まらず、学外での活動も活発に行なっています。「東京ゲームショウ」などの様々なイベントのブース紹介を生徒たちが手がけることも、その一つです。また、昨年の8月には和歌山県で「eスポーツキャ ラバン」を開催しました。これは商業施設「和歌山マリーナシティ」を舞台に、ルネサンス高校グループの生徒と地元の高校生による合同キャンプのようなもので、eスポーツを促進するイベントです。和歌山県との共催で、地元企業のご支援もあり、eスポーツが身近なものになる機会となりました。今後も地域を問わず、ご要望があればキャラバンを展開 していきたいと考えております。
弊社としては地域貢献とeスポーツコミュニティーの発展 にこれからも寄与していく考えです。eスポーツの発展には地域性が欠かせませんし、現状は日本国内において産業としてまだまだ難しい部分もありますが、今後は産業につな がるeスポーツの未来を、まずは教育現場から作り上げていきたい。eスポーツに集う多様な人材を育成したいと思っています。教育現場における学校のありかたとして必要なのは、今や多様性です。「人と異なる=人に劣る」ではない、ということに対応していくことが今後はますます求められますし、私どもも愚直に対応していきたいと思います

Q&A
Q. お話に出てきた「ゲーム疫学」とはeスポーツに対するネガティブな要素を払拭する、そんな印象を受けました
A. 言葉自体は、私とスタッフによる造語になります。経験則から確信を持ってはいるのですが、学術的な裏付けを得 るには膨大な作業が生じてくるものですから、興味ある研 究者の方々に仮説を持ち寄って研究していただきたいと思 います。
不登校児童数の増加をある程度緩和できるとすれば、これは素晴らしいことだと考えています。私たちは毎年、数百人という単位で、以前は学校に行けなかった子供が“回復する”姿を見ていますので。公衆衛生的なメリットを見出せるかもしれません。

Q .“人と人とのつながり”が当事者のメンタルを回復させる、という研究自体は心理学の分野では多くあると思いますが
A. その見解自体は存じ上げております。ここでポイントになるのは、その“人と人とのつながり”がどういうものであるかです。抽象的な概念や特定の環境下で行う「実験」ではなく、本当に誰でもどこでもできるeスポーツだからこそ可能なことがあると思い、私たちは努力してきました。もし心 理学がすべてを解決できるのであれば、不登校児童問題が現状のようにはならないわけですから。

Q. 歴史をたどれば、スポーツ自体も“遊びの延長”と捉えられていた時代があり、やがて教育活動のなかで人間形成に大いに役立つことから“体育”として確立されたとなると、eスポーツも今後そのようになる可能性も秘めています
A. 我々が持つような認識が広がれば広がるほど、救われる若者が増えるのではないか、という思いは強くあります。eスポーツの実態を知らない方々が語ると、どうしてもネガティブになってしまいます。また、「行き場のない子供たちが集まるのであれば積極的にやればいい」と割り切ってeスポー ツを推奨する自治体の話も聞きますが、前向きな点は肯定しつつも私は違和感を覚えます。
私たちはあくまでも教育の一つの体系としてeスポーツと向き合っています。その副産物として、不登校だった子供が学校に戻る、という成果が出てきました。仮に「とにかく集めて何かをやらせておけばいい」というスタンスですと、おそらく同じような成果は生まれないでしょう。
真剣に取り組む遊び、それこそがコンテンツビジネスの本流です。私どもも長年、コンテンツビジネスを扱ってきて、仕事なのか遊びなのかわからない人たちの集まり、と見られがちですが、もちろん真剣にやっていますし、そこには「人の心を動かすものを生み出す」「それを社会に普及させる」 という思いが原点にあります。教育事業を始める際も厳しいお言葉をたくさん頂戴しましたが、eスポーツコースの現状を見ると、「やってよかった」と感じてやみません。

Q. ルネサンス高校グループにはプログラミング教育が含まれていますが、それはITエンジニアを輩出する、といった 実績にまで発展しているのでしょうか?
A. eスポーツコースの中にも、実践的なプログラミングソフ トウェアを通して学ぶ機会があります。生徒の中には実際に自分たちでゲームを作って遊ぶ様子も見られます。
そこから本格的なゲーム作りに進む生徒もいます。ただ、それはどちらかといえば例外的です。ですから、今年1月から教育機関の「テックキャンプ」に加わっていただき、今後 カリキュラムを開発して高校生向けの本格的なプログラミングの学習機会を提供していきたいと考えています。「テックキャンプ」は短期間でプログラマーとして就職(転職)できるスキルが身につく点が高い評価を受けている、弊社のグループ企業の事業です。その教材とノウハウを今度は高校生に提供するわけです。

Q. ルネサンス高校グループの卒業生の進路について、最近の傾向や特徴はありますか?
A. eスポーツコースの生徒たちはかなり高い確率で進学をしていますし、中にはゲーム会社に直接採用されて就職した子もいます。不登校だった子が学校に戻って未来が開けた、そんなサクセスストーリーがあります。
最近の傾向としては、大学に進学するケースが増えま した。また、以前は不登校児童が在校生徒数の多くを占めていた時期もありましたが、今では中学からの進学先として当校を選ぶ生徒が増えています。そういう子供たちは 「教室に閉じ込められないで学びたい」という意図を持っています。それは“人と人とのつながり”から離れた状況ではないか、という批判もありますが、現代社会においては、もうSNSを中心に、今の若年世代は大いにつながりを持っているわけです。世代の特徴かもしれませんが、従来とはまるで違う種族、と言っていいほどの、つながりの密度がそこにはあります。
当校の現場においても、私たちの見えないところで生徒 同士は膨大なつながりを持っています。その点に関してで すが、人とつながることには何ら問題はありません。ただ、 それが実生活で、なおかつ大人たちと対話できるかとなると話は別です。仲間内で通用している生徒をいかに社会の中で馴染めるように育てていくか、これが今後の学校の役割の一つになってきていると思います。それも、当事者であ る彼らが拒絶しないような形で、です。

Q. 今後の展開をお聞かせください
A. ルネサンス高校グループの3つの本校のうち、茨城と愛 知はどちらかといえば地方都市の立地になります。3校目は幸運にも大阪で開校することになり、大都市のど真ん中であったことが、全体の規模をぐっと押し上げてくれました。 4校目に関しては様々な環境が整えば十分可能性はありま すが、やはり時間はかかると思います。
一方で、eスポーツコースのキャンパスはより柔軟に開設できます。そこに通えばハイエンドのPCや設備があり、生徒たちにとっては学校がより身近になります。その点では、できればeスポーツキャンパスは全国各地で展開したいと考えています。
とはいえ、教育として扱う以上は粗製濫造というわけにはいきませんから、講師の確保やカリキュラムの制定、設備投資も含めて精査しながらチャンスを伺っていく必要があります。本校とキャンパスのどちらも需要があると思いますの で、時間軸は異なりますが、ともに実現に向けて頑張ってまいります。

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