スポーツ産業学研究第34巻第2号

【原著論文】

プロスポーツクラブ経営におけるパートナーシップ形成・強化要因の質的分析:
オフィシャルパートナー企業の意思決定プロセスに注目して
山本悦史, 中西純司
JSTAGE


大学生アスリート版デュアルキャリアプロアクティブコーピング尺度の作成
-デュアルキャリア実現に必要な対処努力の測定と獲得に向けて-
筒井香
JSTAGE


体育教師の視点から見た体育理論の促進方法に関する研究:
「文化としてのスポーツ」の単元におけるオリンピック・パラリンピック教育に関する学習内容に着目して
乳井勇二, 岡田悠佑, 根本想
JSTAGE


【研究ノート】

近代スポーツのパースペクティブによるesportsの理解
宮崎悟, 曽良一郎, 犬塚詩乃, 加藤寛之, 山本和幸
JSTAGE


Jリーグ地域型クラブのスポンサー獲得活動に関する研究
-ファジアーノ岡山を事例として-
田中奏一
JSTAGE


JOCアスナビの成果について
-その変容と実態の調査を通して-
山中義博
JSTAGE


【レイサマリー】

プロスポーツクラブ経営におけるパートナーシップ形成・強化要因の質的分析:

オフィシャルパートナー企業の意思決定プロセスに注目して

山本悦史(新潟医療福祉大学)

近年、スポンサーシップアクティベーションやESG(環境・社会・ガバナンス)投資などをキーワードに、プロスポーツクラブと企業との持続可能なパートナーシップのあり方が活発に議論されるようになっています。しかしながら、現実には、時間の経過や市場環境の変化などの影響によって、プロスポーツクラブとスポンサー企業との関係性が強化されたり、あるいは解消されたりする可能性が存在しているにも関わらず、プロスポーツクラブとスポンサー企業間のパートナーシップが、どのようにして強化または解消されていくのかといった一連のダイナミックな過程にアプローチを行った研究は皆無の状況にありました。
本研究の目的は、サッカーJ2リーグに所属する水戸ホーリーホックとそのオフィシャルパートナー企業であるJX金属株式会社(以下「JX金属」とする)のパートナーシップ形成・強化過程に関するケーススタディを通じて、プロスポーツクラブと企業のパートナーシップが形成・強化される要因を明らかにすることにありました。ここでは、JX金属と水戸ホーリーホックの間ではじめてオフィシャルパートナー(プラチナパートナー)契約が締結されてから、その後、最上位カテゴリーであるトップパートナー契約への変更が発表されるまでの期間(その前後の期間を含む)において、JX金属側で展開された意思決定および合意形成のプロセスを追跡することを試みました。具体的には、ドキュメント資料の収集、関係当事者に対するインタビュー調査、さらには約16ヶ月間の参与観察といった複数の調査手法を採用し、両組織間のパートナーシップ形成・強化要因に関する質的分析を実行しました。その結果、JX金属と水戸ホーリーホックのパートナーシップ形成・強化の過程では、①パートナー企業における資源動員の創造的正当化、②クラブに対する共感の醸成、といった2つの要因が重要な役割を果たしていた可能性が示唆されました。また、JX金属内部における資源動員の正当化プロセスにおいては、多様な理由(正当性)の共存状態、オピニオンリーダーの存在、組織特性(構造・文化・規模)といった3つの事象が確認されました。それと同時に、水戸ホーリーホックに対するJX金属の共感が醸成されていく過程では、クラブのビジョン・ミッション・ブランドプロミス、経営改革、ブランドイメージといった3つの要素に対する共感が生まれていたことが明らかになりました。
本研究の結果からは、以下のような実践的インプリケーションを導き出すことができます。はじめに、新規パートナーの開拓や既存のパートナー企業との関係強化を目指すプロスポーツクラブの経営においては、ターゲットとなる企業の組織内部における「資源動員の正当化プロセス」の実態を適切に把握・理解し、これらの正当化を促進するための「理由(正当性)」を効果的に生み出していくことが必要視されます。加えて、パートナー企業からの「共感」を引き出していく過程では、クラブの将来像や存在意義を共有するための「物語り戦略(Narrative Strategy)」を展開していくことが重要であると考えられます。また、ここでは、労務管理や人事制度、組織の心理的安全性などに関わる経営改革を遂行し、クラブにおける組織能力の向上を図りながら、パートナー企業に対して大小様々な成功体験を提供しつづけていくことが、パートナー企業との関係強化という点において一定の有効性を発揮する可能性もあわせて示唆されました。さらには、クラブ独自のブランドイメージを構築するための具体的な実践を継続していくこと、あるいは、既に構築されたブランドイメージと適合性が高い企業をターゲットとしたスポンサーセールスを展開していくことも、パートナー企業の新規獲得や関係強化の促進要因になり得るということが明らかになりました。そして、プロスポーツクラブとのパートナーシップ契約をすでに締結している企業、あるいは今後、プロスポーツクラブとの間における契約締結を実行・検討しようとしている企業においても、クラブやこれらを取り巻く多様なステークホルダー(地方自治体や他のオフィシャルパートナー企業、サポーターなど)との間で「共通価値の創造(Creating Shared Value)」を図り、これらの実現に向けた取組を主体的かつ積極的に展開していくことによって、これまでには得られなかったような経営成果(認知度や従業員満足の向上、地域社会における信頼の獲得や新たなネットワークの構築など)が生み出される可能性が示されました。


大学生アスリート版デュアルキャリアプロアクティブコーピング尺度の作成
―デュアルキャリア実現に必要な対処努力の測定と獲得に向けて―

筒井 香(株式会社BorderLeSS)

EUガイドライン2012において,デュアルキャリアは「長い人生の一部である競技生活の始まりから終わりまでを、学業や仕事、その他人生のそれぞれの段階で占める重要な出来事やそれに伴う欲求とうまく組み合わせていくこと」と定義されています.欲求の重なりを上手くコントロールしてデュアルキャリアを遂行していく上で,アスリート自身はどのような努力を行うことが必要なのだろうか?という疑問が浮かびます.デュアルキャリアという複数の課題の両立を目指す場合,多様なストレス刺激に遭遇すると推察されることから考えて,アスリートに必要な努力の一つとして,ストレス刺激に対処するための「コーピング」が必要になると考えられます.
これまで作成されてきたストレスコーピングに関する尺度は,ストレスを良くないものと捉え,ストレス刺激を回避したり,ストレス反応を低下させるための対処行動を測定する意味合いのものが多い傾向にありました.しかし,アスリートが競技場面で実力を発揮したり,デュアルキャリアを実現するためには,自分自身の自己成長に必要なストレス刺激の存在を見極め,その環境に身を投じる覚悟も必要であると考えられます.このように,ストレス刺激を自己成長に積極的に繋げようとするコーピングのことは,Proactive Coping Theoryとして提唱されています.
学業と競技の両立というデュアルキャリアを遂行するということは,学業または競技のいずれかだけに努力の方向を絞るよりも,経験する出来事(刺激)が増えることからストレス刺激に出会うことも多く,ストレス反応が生じる可能性も高まります.どちらか一つを選ぶのではなく,両方を手に入れるためには,ストレス刺激をポジティブに捉えることや,学業や競技といった取り組む課題に応じて集中を切り替える力,タイムマネジメントなどの多様な対処努力が必要であると推察されます.特に,コーピングはどのような場面におけるものかという場面特異性が重要であることから,大学生アスリートによるデュアルキャリア遂行時に着目し,具体的にどのようなコーピングが必要であるかを調査することは意義があると考えられました.
そこで,本研究においては,デュアルキャリア実現に向けた対処努力としてポジティブな行動に繋げるコーピングのことを「デュアルキャリアプロアクティブコーピング(Dual career Proactive Coping:DPC)」と定義し,DPCのスキルの内容を明らかにし,その獲得に向けて大学生アスリートに必要とされる行動指針を得ることを目的としました.
研究1では,デュアルキャリア遂行時に用いた経験のあるコーピングについて明らかにすることを目的とし,6名の調査対象者にインタビューを行い,発話内容を質的に分析しました.また,研究2では,DPCについて測定する尺度を作成することを目的とし,大学生を対象に質問紙調査を行って,デュアルキャリア経験者406名のデータに対して統計を用いた分析を行いました.
研究1の結果,対象者はデュアルキャリアを遂行する時に,「解決思案的思考」「レジリエンス的思考」「肯定的思考」「プロアクティブ回避的思考」「プロアクティブ回避的行動」「戦略的行動」「カタルシス」の7つのコーピングを活用したことが明らかになりました.特に,「プロアクティブ回避的思考」「プロアクティブ回避的行動」は,まず一度自力で調整できるか検討し,できないと判断したものに関しては考えないであったり,多様な取り組みを行ったり多数のコミュニティを持つことで,今直面している課題とは異なるところへ意識をシフトするといった,よりプロアクティブな回避を意味し,デュアルキャリア遂行時に必要なコーピングとして特徴的であると考えられました.
続いて研究2では,「心身の解放」「レジリエンス的思考」「認知変容」「プロアクティブ回避」の4因子23項目の大学生アスリート版のデュアルキャリアプロアクティブコーピング尺度(DPCS)が作成されました.DPCSの得点と実力発揮度とストレス対処度の関連を検討した結果,DPCのスキルを獲得することが,実力発揮度とストレス対処度を高めることに繋がることが示唆されました.DPCのスキル獲得に向けて大学生アスリートに必要とされる具体的な行動指針としては,DPCSの下位尺度の内容から以下が考えられます.
1)心身の解放:心身を解放できる場所や人との繋がりを把握すること.
2)レジリエンス的思考:難しいことに挑戦している事実を受け入れることで,「やってやる」という気持ちを高め,時間の有効活用の方法を試行すること.
3)認知変容:物事には二面性があることから,角度を変えて捉えて見ることや,これまでの慣れたやり方以外の多様な対策を試行すること.
4)プロアクティブ回避:複数の課題に取り組んでいるからこそできる,積極的な課題からの離れ方について計画すること.
今回、二つの研究から,DPCのスキルとして「プロアクティブ回避」「レジリエンス的思考」という共通項が得られました.「プロアクティブ」とは前向き,積極的といった意味合いがありますが,「回避」とは避けることであり,アスリートの中には「回避=逃げる」というイメージがあるため,競技を休むことができなかったり,休んではいるものの思考が休まらずに苦しむことも少なくありません.そんな時に,競技以外にもエネルギーを注ぎたいと思える活動や競技関係者以外のコミュニティーがあることで,一時的に競技以外に向かってプロアクティブな回避行動をとることができることは重要なスキルと言えるでしょう.また,レジリエンスとは,困難な環境にもかかわらずうまく適応する過程・能力・結果と定義され,Flachはレジリエンスを,ライフステージの移行やライフイベントで生じるストレスのために心理的にネガティブな状態に陥っても,混乱した状態を統合し,新しい生き方を発見して,自己を立て直す内的な力であるとしています.この力はアスリートが競技者としてのキャリア,学生としてのキャリア,働く人としてのキャリア,家庭人としてのキャリア等というように,多様なキャリアをポジティブに生きる上で必要な力であると考えられます.アスリートがデュアルキャリアの形成を通じて,DPCのスキルを獲得することが明らかになれば,このスキルは社会に出ても役立つものであり,新たなスポーツの価値としてスポーツ産業を活性化させる一つになると考えられます.


タイトル体育教師の視点から見た体育理論の促進方法に関する研究:
「文化としてのスポーツ」の単元におけるオリンピック・パラリンピック教育に関する学習内容に着目して

乳井勇二(育英大学)

2017年から2018年にかけて改訂された学習指導要領では体育理論領域の充実が求められ,先行研究では教員養成段階の指導方法の習得,教員研修を通した体育教師の体育理論についての指導力の向上,体育理論の学習指導モデルの開発などが提案されてきた.しかし,促進方法はあくまで理論的な考察として示されたものであり,その妥当性や具体的な内容等についての検討が行われていないのが現状である.そこで本研究では,中学校及び高等学校体育理論領域「文化としてのスポーツ」の単元におけるオリ・パラ教育に関する授業を行う際の困難とその解決策を明らかにして,授業の促進方法を検討することを目的とした.その際,授業を行う際の「困難」とその「解決策」を体育教師の視点から検討した.
「困難」については,先行研究を参考に質問項目を設定し単純集計を行い,「解決策」については,自由記述にて回答を求め,KJ法を用いて分析を行った.
その結果,「困難」における中学校体育教師の回答では「時間が取りづらい」が最も多く,高等学校体育教師では「教材が不足している」が最も多かった.そして,これらの結果は先行研究と概ね同様の結果であった.
次に,困難の「解決策」についての回答では,中学校及び高等学校の体育教師で「教材の確保」が最も多かった.さらに,中学校体育教師では,「計画の検討」,「意識・理解の向上」,「授業の工夫」,「実践事例の充実」,「環境の改善」の順に6つの概念が抽出された.高等学校体育教師では,「授業の工夫」,「計画の検討」,「意識・理解の向上」,「環境の改善」の順に5つの概念が抽出された.
これらの結果から,体育理論領域「文化としてのスポーツ」の単元における授業の促進方法として,「教材の確保」を必要としている体育教師は特に「オリ・パラ教育教材の活用の推進」,「計画の検討」を必要としている体育教師に対しては「教科横断・領域横断の学習指導モデルの開発」,中学校及び高等学校体育教師の「授業の工夫」や「計画の検討」に対する優先順位の違いについては「専門性に基づく学習指導モデルの開発」の3点を示唆された.なお,本研究は「文化としてのスポーツ」の単元におけるオリ・パラ教育の学習内容に限定して促進方法を検討した.そのため,今後は他の領域についても,本研究と同様に課題や解決策をデータに基づいて分析することが必要である.その際,単元と課題や解決策の関係性や,教員の関心や専門性と単元に対する課題や解決策の関係性に着目していくことで,体育理論全体のより効果的な促進方法を解明することが可能となり,今後の課題としたい.


近代スポーツのパースペクティブによるesportsの理解

宮崎 悟(岡山大学)

esportsは1990年代後半から欧米や韓国を中心に発展し、2000年代からは世界的な競技大会が開催される等、若者を熱狂させる新しいスポーツジャンルとして隆盛しているようです。日本では2018年がesportsの元年と言われており、日本でもesportsの社会的認知度が一定程度高まってきているようにも見えます。しかしその一方で、「esportsはそもそもスポーツと言えるのか」や「コンピューターゲームは悪徳である」といった偏見や批判もあり、また日本におけるesportsの認知度も約4割程度と推定されることから、日本においてesportsが社会的に十分受容されている状況にはないようにも見えます。
なぜ日本においてesportsに対する偏見や批判が生じるのでしょうか。この問いに対し、本研究では、現代社会において少なくとも一般的と考えられているGuttmannの近代スポーツの概念を通じてesportsの概念を捉え、その意義や振興を考察することでesportsというものを相対的に理解することを試みました。Guttmannは組織性・競争性・身体性を備える概念を近代スポーツと定義しましたが、本研究では組織性と競争性に着目した分析枠組みを構築し、これを通じてesportsを捉え、これに対する偏見や批判について検討しました。
その結果、esportsはGuttmannの近代スポーツの定義には該当しない「自発的なプレイ」(遊びが行動や文化に影響を与える)と、定義に該当する「組織的な競技」(組織性・競争性)とを備え得る概念であり、その点で近代スポーツに近似する概念であるとも考えられます。しかし、esportsに対する批判や偏見により、「自発的なプレイ」と「組織的な競技」の両者が混同されて理解(誤解)される可能性があることが示唆されました。
このような示唆は、一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)によるesportsの定義「広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称」にも表れているように思われます。つまり、例えば、オリンピック・スポーツのような特定のスポーツ・イデオロギーからの批判(esportsはスポーツではない)や、コンピューターゲームやビデオゲームに対するマイナスのイメージ(ゲームは悪徳である)といった偏見からesportsを捉える世間の風潮や研究者等の個人が、特にesportsのネガティブな影響に関して両者を混同して議論しているのではないでしょうか。


Jリーグ地域型クラブのスポンサー獲得活動に関する研究
-ファジアーノ岡山を事例として-

田中奏一(京都先端科学大学)

Jリーグクラブの売上高と広告収入を見ると,多額の入場料収入は見込めないJ2では,地域型クラブは親企業型クラブに比べて大きな広告収入を得るほどのスポンサーを獲得することは難しいことがうかがえる.
本研究は,J2リーグの地域型クラブであるファジアーノ岡山を事例分析することで,特定の後ろ楯を持たない地域型クラブが,チームの成績に関わらずどのようにスポンサーを獲得すること可能であるかを検討することを目的とした.
地域型クラブは,特定の後ろ楯となる親企業を持つ親企業型クラブに比べて,広告収入で不利であるデータが示されているが,ファジアーノ岡山は,地域型クラブとして多くの広告収入を得ている.ファジアーノ岡山のクラブスタッフの営業担当と,クラブのスポンサー3社の社長にインタビューを行った.その内容とクラブ内部資料を元に,ファジアーノ岡山が多くのスポンサーを獲得してきた要因を検討した.
ファジアーノ岡山のスポンサー活動において特徴的な点として,3が分析された.⑴経済的な価値ではなく,クラブチームの理念を伝えることからスポンサー営業を始める点,⑵短期的な営業成績ではなく,中長期的な協調関係を築くことを重視している点,⑶スポンサー契約を結んでいる企業の経営者などから営業先を紹介してもらうなど,人的ネットワークを活用し,さらにスポンサー企業からのアイデンティフィケーションを引き出している点である.
ファジアーノ岡山は,「広告ではなく夢を売っている」.クラブの理念を愚直に訴えかけ,共鳴した企業にスポンサードを決断させる.そのために,長い期間をかけ,まず人として好きになってもらうことから始める.出会い方や人間関係にも細かく気を使う.スポンサーのクラブに対する組織へのアイデンティフィケーションに細心の注意を払っているといえる.こういった営業が,人の心を動かすのには適していると考えられる.


JOCアスナビの成果について-その変容と実態の調査を通して-

山中義博(早稲田大学スポーツビジネス研究所)

本研究の目的は, 日本オリンピック委員会(以下, JOCという)が運営する, 企業と現役トップアスリートをマッチングする就職支援制度(以下, アスナビという)が2010年に創設されて以来, 13年以上が経過した今, これまでどう変容したかを含め, その実態を確認することにより, アスナビの成果を明らかにすることである. 尚, アスナビによる就職実績は, オリンピック強化選手を中心とし, 2023年4月1日時点で, 219社, 368人に上る.
筆者によるアスナビに係わる最初の研究成果は, スポーツ産業学研究, Vol.28, No.2, pp189-205,2018において, 『人事労務管理から見た新しい企業モデル-「アスナビ」をケースとした雇用に関する概念抽出を通して-』という題目の原著論文(以下, 山中他(2018)という)として掲載され, アスナビによりトップアスリートを採用した企業12社のインタビューを通じて, 人事労務管理領域での取り組みを一部明らかにし, アスナビに新しい企業スポーツモデルの可能性を見い出した.
本研究においては, 主に2023年のJOCの公開データ, JOC主催企業向けアスナビ説明会配布資料, 及びJOCのアスナビ責任者へのインタビューによりデータを収集し, アスナビの初期段階に分析した山中他(2018)のデータとの比較も行いながら, 就職決定推移-年度別, 就職決定数-競技種目別・男女別, 就職概況, 及びアスナビアスリート入社後のJOCサポートの観点から, アスナビの変容と実態について定性的な分析を行った.
分析の結果と考察を通して, アスナビは, その下地となるワンカンパニー・ワンアスリート構想(*)の考え方に賛同する企業を増やすことにより, アスナビアスリート入社後のJOCサポートを機能させながら, オリンピック・パラリンピックの個人種目の大学新卒者の採用を中心に, 企業の大企業・中小企業比率とアスリートの男女比率がほぼ拮抗する中で, 実績を積み上げ, 定着してきたと考えられる. 一方で, アイスホッケー, ラグビーといった女子の団体競技にアスナビが活用されている事例も示され, アスナビの展開範囲を広げる可能性も示唆された. また, 引き続き, アスナビの冬季五輪種目と地方への展開に課題を残していることも伺えた.
* ワンカンパニー・ワンアスリート構想:英国のBOA(British Olympic Association)が推進したO.P.E.N(Olympic Paralympic Employment Network)という, アスリート達を一つの企業が丸抱えするのではなく, 複数の企業が分散して雇用することにより, 夫々のアスリートが経済的に安定し, 且つ職場の支援の下, 十分な練習時間を確保し, 競技力の向上を図り, 目標に向かって進むことを目的としたプロジェクトの下地となった考え方であり, アスナビの原点となる考え方とも言える。

関連記事一覧