SPORTS SCENE

▶秩父宮ラグビー場のハクセキレイ。ピッチや観客席には餌となるものがあり、構造物に隙間が多く雨風をしのぐことができるスタジアムは、都会の生き物にとっては素晴らしい環境だ。

秩父宮ラグビー場のハーフタイム。屈強な選手たちが芝を蹴りところどころ土が露わになったピッチをめがけて、やってくる生き物がいる。スズメより少しだけ大きく長い尾羽が特徴の野鳥・ハクセキレイだ。
試合前後やハーフタイムだけでなく、一方の陣地深くで試合が展開されているときなど、人が来ないタイミングを上手に見計らっては地面をしきりにつついて虫などを食べている。筆者の体感では、東京近郊のスタジアムに最もよく姿を表す野鳥がこのハクセキレイである。だが、このような光景がシーズンを通して日常的に見られるようになったのは、実は比較的最近の話だ。
ハクセキレイはもともとは冬鳥といって、夏の暑い時期にはカムチャッカ半島やサハリンで子育てをし、冬になると比較的温暖な日本へやってくる鳥だった。ところが近年になってすみかを急速に南へと拡大。東京では1970年代ごろから徐々に繁殖例が見られ始め、現在では一年中当たり前に見られる鳥となった。一般的には地球温暖化の影響で南から北へ生息域を移す生き物が多い中で、ハクセキレイは真逆の行動を取っているのだ。本来、セキレイの仲間は水辺の昆虫を主食とし岩場に巣を作るなど、人間の近くでは暮らさない。しかしハクセキレイは人を恐れず、都会の公園のちょっとした草地にいる虫や、人の食べ残しなどを採食したり、建物の鉄骨の上や軒下のわずかな隙間で巣作りができる。猛禽類や蛇などの天敵に襲われる危険や、巣が厳しい雨風に晒される恐れも少ない都市での環境を好んで求めていくうちに、次第に国内での生息域を広げて南へと移ってきたと考えられる。
1964年の東京五輪のころはまだ冬鳥で、競技が行われた10月はちょうど北から越冬のために南下してくるころだったと考えられるハクセキレイ。2回目の東京五輪が開かれた2021年には、すっかりいつでも見ることのできる存在となった。いつか東京で3回目の五輪が開催されるときは、また違った野鳥が見られるようになっているかもしれない。秩父宮ラグビー場のような天然芝のある屋外競技場は、スポーツの試合だけでなく、身近な生き物の暮らしの変化を体感することができる場所でもある。ぜひ、試合前後やハーフタイムにあたりを見回して、都会で逞しく生きる生き物を見つけてみてほしい。

▶文・写真│伊勢采萌子

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