eスポーツが実現する課題解決の可能性

eスポーツが実現する課題解決の可能性
稲葉太郎│株式会社QTnet 経営戦略本部YOKAプロ部部長
小橋勝之│株式会社QTnet 経営戦略本部YOKAプロ部eスポーツ事業グループ長

九州の地場を中心に情報通信事業を展開するQTnetは、2022年8月 eスポーツ総合施設「チャレンジャーズパーク」を福岡(天神)に開設した。延べ400社以上の企業・自治体・教育機関等の方々が来館し、「eスポーツ」がゲームという娯楽の範疇を超えて、さまざまな業界から注目されている事が実感できる。民間企業は「従業員のエンゲージメントを高める手段」として、自治体は「住民の世代間交流の手段」として、教育機関は「新たな学生獲得の手段」として、eスポーツはそれぞれの目的達成のための手段として活用され始めている。eスポーツを新たなコミュニケーションツールとして位置づけ、地域コミュニティや産学官連携などとも絡めながら、eスポーツ施設運営事業者の立場から「チャレパ」での各種イベント事例をもとに、eスポーツが実現する課題解決の可能性を示す。

eスポーツ事業の立上げメリットと人材育成

QTnetは九州電力100%の子会社で、主にコンシューマ向けの光の回線と、法人向けのQTproという回線サービス、モバイル事業を行っています。我々は新規事業の部署で、九州で一番ワクワクする会社を目指しています。eスポーツ事業に踏み出し、昨年、天神にeスポーツのスタジアム:チャレンジャーズパークを開設しました(写真1)。

写真1 チャレンジャーズパーク

メディア露出が40件、プレス発表も30件と会社のプレゼンス向上にeスポーツ事業が寄与しています。このスタジアムを利用して、例えばライブ配信を手掛けている会社と組んでリアルタイム配信なども行っています。また、オープンイノベーションプログラムというコンペでもeスポーツ関連のビジネスアイディアが若手を中心に多数寄せられており、eスポーツ事業を立ち上げるメリットが顕在化してきています。
福岡市と一緒に台湾の企業と協業を始めている企画では、高雄に建設されるeスポーツの選手村と連携した取組もスタートするなどeスポーツ文脈で話題が広がっています。
最近、新規事業に関わる多くの皆さんの課題は一致していると感じています。こういう新しい取り組みは、いわゆる会社の出島から始めますが、どんどん出島が本体から離れてしまい、あいつは何をやっているんだ?と、取組み内容を理解してもらうことが難しくなるということです。
新規事業を3年、4年続けると、そういう課題が出てくることが各企業さん悩みです。そこで、我々はこの出島と本体を埋めるような、既存事業としっかり繋げるような取り組みを4年目で始めました。
もともと情報通信事業者ですので、コンシューマ向けの改善事業や法人向けの事業などに、eスポーツのスタジアムというリソースをうまくつなげる取り組みをここ1年は注力しています。我々は1,000人ぐらいの会社です_が、数パーセントの人間が新規事業をやっても出島だけで終わってしまい、少なくとも2割ぐらいの人間に興味を持って始めるようにならないと文化は変わらないと感じています。そこで、既存の部署から公募制でメンバーを集め、比較的若手のメンバー30名ぐらいで文化を創る事業、人材育成を我々のミッションに変えました。

プロチームと施設の運営

QTnetでは、2020年1月にプロeスポーツチームであるSengoku Gamingを運営する株式会社戦国を子会社化、2021年8月にeスポーツ施設チャレンジャーズパークを開設しました。我々の強みは当然ながら高速低遅延の光インターネットです。この部分と成長事業と掛け合わせたときにeスポーツを新規事業の領域として挑戦することに決めました。
eスポーツの世界はコンマ1秒を争う世界でもあり、我々の安定したインターネット回線が強みを活かせます。日本のeスポーツ市場を俯瞰して見ると、Sengoku Gamingがチーム運営事業者、チャレンジャーズパークが施設運営事業者という立ち位置になると思います。この2つの立場で我々QTnetグループはeスポーツ市場に参入しています。eスポーツ市場規模を改めて紹介すると、国内の2021年のeスポーツの市場は78億円で、その6割はスポンサーです(図1)。2022年でも116億円とまだまだ大きな規模ではありませんが、2025年には約180億と言うことで、どんどん大きくなってきており、我々も期待しています。

Sengoku Gamingというチームは、九州を拠点とする数少ないプロチームです。最大の特徴としては福岡市から公式で応援されているチームで、世界大会優勝経験者など、競技シーンで活躍している選手が所属しています。また引退後は福岡にあるeスポーツ専門学校で講師を務める選手もいます。
扱っているタイトルは3つのジャンルで7つのゲームタイトル(2022年11月時点)で、MOBAという陣取りのようなゲームのジャンルや、League of Legends、Rainbow、Six Siege、PUBG MOBILE、荒野行動、VALORANT、Racing等のタイトルもあります。
こういったところにSengoku Gamingは参加しており、WILDRIFTというタイトルでは、2年連続日本一を経験しており世界大会に進出している実績もあります。「eスポーツを通じて社会を元気に」とスローガンを上げており、eスポーツビジネスのエコシステム構築を推進し、世界を見据えた日本のチームです。
eスポーツ施設「チャレンジャーズパーク」が昨年8月にオープンしたときは、選手に加え、羽生善治先生もお越しくださいました(写真2)。我々は将棋センターも運営しており、非常にたくさんの棋士の方もご来店頂けており、将棋のeスポーツイベントも行っています。
パブリックビューイングも頻繁に開催しており、Sengoku GamingとDetonation gamingというチームがLeague of Legendsの日本一を決める最終決戦には100人の方がご来店いただきました。回数を重ねるにつれて来場者が増え、盛り上がっています。

写真2 羽生善治先生にお越しいただいオープニング

eスポーツ活用事例

先日、本店と全国の支店をオンラインでつなぎ、予選を勝ち抜いた社員の決勝戦を全員で観戦する企業レクレーションを実施しました。テレワークによって、従業員のコミュニケーションが減って従業員エンゲージメントも低下しがちの中、エンゲージメントを高める方法の一つにeスポーツが使われている事例だと思います。eスポーツを顧客接点づくりや既存のお客さまの満足度を高めるツールとしてイベントを依頼される企業もございます。
また、ゲーム依存で悩む親子向けイベントも行っております(写真3)。

写真3│ゲーム依存で悩む親子向けイベント

ゲームはネガティブに捉えられている部分がまだあると実感しております。我々はその光と影の両方と向き合うことが大事だと考え、こういったイベントも実施しております。毎週末eスポーツ体験会を90分500円という価格で行っております。親御さんからは、「子供の好きなようにさせてあげたいけど、本当にこのままゲームを続けさせて良いのか悩んでいる」という声をお聞きします。だからこそ、ゲームとの正しい向き合い方、親の方が正しくゲームを理解してもらうことが大事だと思います。近隣のeスポーツ部がある高校と提携しておりますが、彼らは一生懸命ゲームをやっています。その姿と外で野球部が素振りをしている姿と何ら変わらないですが、親はずっとゲームばっかりやると感じてしまう。そこが子供達からしたら同じスポーツを頑張っているのにと、なかなか理解が得られない点でもあります。
シニア層向けのeスポーツイベントも全国各地で増えてきており、認知症予防や社会的交流の場の提供を目的に、自治体が主催となって開催しています。我々も高齢者向けにシューティングゲームやレーシングゲームを実施した事例があります(写真4)。

写真4 シニア世代 へのeスポーツ体験会

eスポーツの教育への活用

次に教育という切り口で行くと、eスポーツ体験とプログラミングの体験会を行った事例もあります。自分たちでゲームを創って大型モニターに映し、それをプレイするということで、子供たちの満足度が非常に高く、教育でプログラミングを教えるだけでは、なかなか子供たちもすんなり入ってこないところをeスポーツ体験を組み合わせることで、楽しみながら、学ぶことができると思います(写真5)。
また、若い世代の方はゲーム配信を見る方が多いのですが、ゲーム配信という職業体験イベントを企画しております。

写真5 子供たちへのeスポーツ&プログラミング体験会

リアル施設の活用意義

この他、eスポーツ以外のイベントとしてもご利用いただいており、スタートアップのピッチコンテストを実施したことがありますが、eスポーツ施設はどこの施設も収益化が非常に難しい大きな課題だと思います。特に平日の賑わいを作っていくために、「大型モニター」、「高速回線配信機材」、福岡市の中心街という「立地の良さ」を活かし、どんなイベントが出来るかを日々考えております。
一例として、九州産業大学芸術学部のデジタルアート展覧会をeスポーツ施設で開催しました。学生の皆さまにこういった場を知っていただくことで、この企業でこんな施設も運営しているんだと、リクルート的観点からも効果が期待できると思っております。
次に麻雀タイトルのパブリックビューイングイベントを開催した例です。2022年の5月から9月にかけ計10回ぐらい、プロの麻雀選手が監督となり、Vtuberが選手となって麻雀ゲームのリーグ戦を行いました。当初、会場は福岡だけでしたが、反響が大きく名古屋でも開催しました。一番多いときで150人に来ていただきました。メタバースなど仮想空間の話題も多いですが、リアルな物理空間でのコミュニティを求めていることもあると実感したイベントでした。
学生のeスポーツ大会では、オンラインオフライン含め16チーム計80名の参加がありました。通常、オンラインで通信ヘッドセットをつけて会話しながら行いますが、今回、オフラインで参加した方々は5人が一列になって試合を行いました。参加者に何が一番楽しかったか?と聞くと「勝利した時に横の選手とグーパンチができたこと」との答えで、やはり人とのリアルな接触を伴うコミュニケーションは満足度が高いなと感じました。

eスポーツの様々な可能性

いくつかのイベントを紹介しましたが、eスポーツで解決できることは非常にたくさんあると思います。単にeスポーツのイベントを行う場所だけではなく、さまざまな解決手段につながっているとも感じています。
eスポーツ施設が社会とつながる場として、生きがいや楽しみを増やすことに貢献できていると思います。また、eスポーツを活用したプログラミング教育や団体戦のゲーム等チームビルディングの構築など教育ツールとしても活用されています。
また、街づくりという視点で見ても、にぎわいを創る有効なツールになってきており、このeスポーツがあらゆるつながりや可能性を作っています。
この他、他社との取組み事例を紹介すると、ホテルニューオータニ博多さんから、eスポーツで盛り上がっている若年層を取り込むために、eスポーツルームを作りたいという相談を受けました。我々のスタジアムと全く同じ設備をホテルに設置したところ(写真6)、地元のテレビ局からの反響も大きく、ホテル側としても大きな宣伝効果があったようでした。当社がeスポーツに取り組んだことにより他社とコラボすることができた好事例だと感じております。

写真6 他社との共創事例(ホテルニューオータニ博多)

Q&A

Q. 九州発信でいろんなことをやっていく意気込みがあると思いますが、将来の展望をご紹介頂けるところがあったら教えていただきたいです。
A. 我々の大きな強みがSengoku Gamingというプロチームを抱えているところだと思っています。そのホームスタジアムがチャレンジャーズパークですが、まだまだそこのうちだし方が弱いなと思っています。チームを抱える強みをしっかりと出していきたいです。eスポーツはオンラインでできるので、選手は全国に散らばっておりますが、少しずつ福岡に住んでもらって、福岡を拠点にできる選手が出てくれば、今まで以上にファンミーティングができるため、ファンコミュニティをしっかりと作っていきたいです。その中で、ファンのグッズ展開などの広がりが生み出せるものと考えております。
もう一点は、土日の来場者は増えてきたものの、やはり平日昼間の利用は引き続き課題となっております。企業さんのイベントやeスポーツに関わりがないところでも法人営業としっかりとタッグを組み営業活動に注力したいと思っています。

Q. 例えばサッカーで言えばアビスパ福岡など地元に根差したチームがあって、ファンがあって地域がそこで一体化するという構造がありますが、戦国というチームは、選手が福岡にいなくてもよくて、実はファンや視聴者も福岡で盛り上がるという現地のローカルな特性は必ずしも必要ないですよね。今までのプロチームの地域での盛り上がりという関係性とは違ってくると思いますがいかがでしょう?
A.オンラインで遠隔でできるスポーツなので、このリアルの場所が必要なのかどうかと言うところの議論がありました。施設開業1周年記念で学生の大会の盛り上がりを見ると、リアルな場所の必要性を感じました。お金払ってこのスタジアムに土日来てくれるのは何故かと言うところをインタビューすると、ここに来ることで全然違う友達と会え、自宅に帰った後もオンラインで繋がることができ、リアルとバーチャルのつながりがポイントじゃないかなと思っています。

Q. オンラインで出来るものをわざわざオンサイトスタジアムでやり、リアルな臨場感を持たせることが裏表の関係で、今後期待できるところだと思います。ネットに拡張した状態の中でも、福岡に地域密着で定着するための接触面は、そこに住んでいる人しかないように思います。そういう人自体は仮想空間に移行しても地に足が着いているはずなので、例えばアビスパ福岡のようなスポンサープログラムのような一体化醸成のきっかけになると思います。
A. eスポーツもリアルスポーツと同じようなコミュニティというか、サポートしていただけるような仕組みができれば美しいなと常々思っております。

Q. 子供のゲーム依存について親の悩みを解消するという観点で言うと、親の考え方を変え、ゲームをしていることを喜ぶような心理状態にかえていくというケースがあると思いましが、どのように腹落ちさせますか?
A.ゲームをよくする子供の親の方が、自分がゲームに対する受け止め方を変えた瞬間に子供との向き合い方も変り、子供も是認されたと認識したことで、すごく関係が良くなったというリアル体験を語られます。この話が一番響くと思っています。
また、元プロの専門学校講師の方が実際に自分の歩んだ道をしっかり話すことが、親に理解してもらう良い機会で、eスポーツ選手のセカンドキャリアまで見えてくると、親もすごく安心すると思います。子供が将来、もし活躍できなかったときも、受け皿まで我々がしっかり取り組んでいけば、理解が深まっていくと考えています。
子供にとって、単純にゲームではなくコミュニティを作るツールになっている部分もあり、それを取り上げるのは、コミュニティから遮断することなのでそこの理解も大事だと思います。
今の子供たちはコミュニケーションの仕方が変わってきていて、遠隔の知らない友達とイヤホン片手に会話をしており、今の時代に沿ったコミュニケーションのあり方をリアルにゲームをしながら勉強できている面もあると感じています。親が禁止するものは、だいたいの親が想像できないもので、その辺が変わっていくには、社会の変わり目が必要なのでしょうね。

Q. 国体やアジア競技会など活躍できる場が広がってきており、親の理解もこれから先変わっていくのではないでしょか。オリンピック競技になった特にスケートボードはもう不良の遊びじゃなくなっていますよね。そういう変革がどこかであるかもしれません。
A. そこを期待して様々な取り組みをしていきたいと思います。

▶本稿は2022年11月8日(火)に開催されたスポーツ産業アカデミー(ウエビナー)の内容をまとめたものである。

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