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テレビからストリーミングへの転換をスポーツ産業の成長に活かすために ──戦略スポーツコミュニケーションの視点から

テレビからストリーミングへの転換を スポーツ産業の成長に活かすために
──戦略スポーツコミュニケーションの視点から
齊藤恵理称│びわこ成蹊スポーツ大学教授 Splat株式会社 CSO

“ファン軸”が投資価値を最大化する

昨年のサッカーW杯では、世界中の人が一体となって熱狂し、日本国内でも「元気をもらった」という声が多く聞かれた。ABEMA TVが全試合無料生中継を行い、スポーツの観戦方法やコンテンツの楽しみ方、スポーツメディアの情勢とビジネスモデルの転換も本格化の様相を呈してきている。また、今年に入って、ゴルフの米国PGAツアーはジャパネットホールディングスが展開するBS放送とアプリの同時配信を無料で開始した。同社の狙いは、自社の番組制作の強みを活かして、世界最高峰の米国PGAツアーの隠れた本質的な魅力を磨き、伝えることでファンとの繋がりを醸成し、ショッピングへの連動、新商品の開拓、局の認知拡大など事業成長の機会に繋げることにある1)。
従来のテレビの視聴者数が複数の市場で減少傾向を示す2)中で、世界のスポーツファンの40.7%が、デジタルプラットフォームを介してスポーツのライブ配信を視聴しているとされ、39.4%のファンがライブ配信以外のハイライトやリキャップなどのコンテンツを視聴しているとされている3)。日本では、スポーツライブ配信の視聴は18.4%で、ライブ配信以外の視聴は21.7%にとどまっている3)が、今後増加していくことが予想される2)。
ライブ配信は、既存のテレビ放送では限定的だったスポーツ本来の魅力を最大化するコンテンツの創出につながる。アプリをダウンロードし、視聴し対話するファンとの直接的なつながりは、スポーツ組織や配信する企業の貴重なアセットになる。これにより、コンテンツのアクセスから放映権の収益、必要となる資質を備えた人材や機能など、スポーツビジネスの複数の側面に影響がもたらされるだろう。ファンが軸になっていくことから、ファンのエンゲージメントを持続的に高められるコンテンツ創り、実現するための体制づくり、そしてファンとのつながりを最大化するビジネスモデルの構築ができるかどうかが今後の事業成長の鍵になる。
2020年に開始されたBuzzerのような、バスケットボールやテニスの最もエキサイティングな瞬間をリアルタイムで短くファンに届けるという新しいサービスは、スポーツのライブという魅力を最大化し、ファンとのつながり方の可能性を拡げていくと感じている。
メディアの転換は、スポーツの本来の魅力が可視化される機会を創り、スポーツ組織とファンのつながり方を進化させ、企業の投資目的の多様化を促進するであろう。

対話によって作られるスポーツコンテンツの価値

デジタルメディア、SNSの普及で様々な情報を収集できるようになり、企業やスポーツ組織が一方的に情報を発信しても生活者に届きにくくなっている。接触する情報が多すぎて「自分が知りたいことだけ知っておけばいい」という人が全体の3割、SNS利用が多い若年層では4割前後という調査結果も示されている4)。
生活者は、スポーツに関する情報をどこから入手しているのか。PwCの調査は、スポーツ関連コンテンツの約8割は、ファンやイベントオーナーのエコシステム以外のクリエーターが引用を活用するなどして生成していると示している。いいねやコメント、シェアのエンゲージメントは、6割がスポーツ組織やスポンサー、放送局、アスリートの生成する投稿で起きているとしている5)。ブランドの価値やレピュテーション(評判)は、スポーツ組織や企業の一方的な発信で作れるものではなく、ファンの発信やオーディエンスとの対話で作られていると言える。権利所有者にとって、情報の統制が困難になる中で、ファンを獲得し、話題を目指す方向に導いていくためには、相手に伝えるではなく“伝わる”という視点でエンゲージメントを重視したコンテンツ作りと運用を行うことが重要になる。
UEFAは、アスリートやチームのデータを活用したコンテンツで保有アセット(データ)の価値を最大化し、ソーシャルメディアでオーディエンスを獲得、登録ユーザーやファンのデータベースを自社で集積し、直接のつながりを持つことでエンゲージメントを高める取り組みを開始している。欧米のNFTやスポーツベッティングによるマーケットの成長もこれらのアセットの活用が大きな要素となっているのではないだろうか。ファンと直接つながり、対話が中心になるコミュニケーションが進行していく中で、エンゲージメントを重視したコンテンツ作りと併せて、保有アセットをベースにしたエンゲージメントを高める仕組み作りも重要になると考えている。

共創型スポンサーシップが成長を生み出す
スポンサーシップの取り組みも変化している。TVがメディアの主体であった時代は、企業名や商品のロゴが露出する活動が中心だった。多種多様なデバイスを介したデジタルメディアが主体となり、従来の視聴率や露出量という指標のみでは、ターゲットへの露出効果が明確にわからないため効果が見込めず、単に認知度の向上を目的に多額の投資することは難しくなっている。欧米では、スポンサー企業がスポーツの価値をマーケティングや営業、社会貢献、ステークホルダーエンゲージメント、ホスピタリティプログラムなど、経営課題の解決や企業価値の向上に活かすことに注目が移っており、投資も増加傾向にある。20業界、7市場で合計100件のスポンサーシップを分析した調査レポートでは、スポーツスポンサーシップは2021年に107%増加、ファンベースの購入意向を平均で10%向上させたと示されており、スポーツ産業の成長を支える要素の一つになっていると考えられる3)。
企業の経営課題は多様化し、複雑化しているが、持続可能な社会の実現はグローバル共通の課題であり、企業価値の向上に欠かせないアジェンダになっている。今後、スポンサーシップは、単なる認知度向上ではなく、社会における役割と責任を意識し、企業、スポーツ組織やアスリートの共創の取り組みにしていく必要がある。そして実現するために、イベントコンセプト、大会運営、アクティベーション、ホスピタリティ、人材育成、経営モデル全般に、持続可能な社会の実現に向けた視点を入れる必要がある。

▶ジャパネットホールディングスが展開するBS放送(BSJapanext)とアプリで同時無料配信されているゴルフPGAツアー 写真提供:BSJapanext

スポーツの役割は啓蒙から行動へ

先の見えない時代において、スポーツは、地球規模の課題の解決や明るい未来の創造に貢献し、社会的役割も大きくなると考えられる。サッカーW杯でも見られたように、スポーツは、人や社会を元気にしたり、つなげたり、人の心や行動を動かす原動力を持っている。今後、この力を単に人の幸せや環境問題などの啓発への活用で終わらせるのではなく、もっと社会の前進に積極的な役割を見出すべきではないか。パーパスドリブン、カーボンニュートラル、DE&I、SDGsへの取り組みなど、すでに動きが始まっているところもあるが、義務感や圧力でやらされるのではない取り組みが求められている。
アスリートは、SNSなどを通じて支援者やファンと直接つながる機会が増え、対話を通じて社会課題について意識するようになり、関連した内容の発信が増えている。この輪を拡げ、より良い未来につながる行動喚起を促すことができれば、スポーツの社会的役割の重要度は高まり、投資価値も高まるのではないだろうか。スポーツ組織は、社会における役割と責任に向き合い、既成概念にとらわれない持続可能なビジネスモデルを模索し、支援者と共にグローバルな視点で深く幅広い変化を起こすことが求められていると言えるだろう。

フィードバック経済を捉える

企業の経済価値、社会価値は、顧客の評価、世の中の評判(レピュテーション)に左右される時代になっている。SNS上の「いいね」やレビュー、コメントで人が行動し、それがビジネスやブランドに影響を与えている6)。世の中に影響力のあるスポーツやアスリートにとって、レピュテーションがもたらすインパクトはさらに大きい。
スポーツ、アスリートは人の心と行動を動かす力を持ち、フィードバック経済の拡大を加速させる。さらに、他の産業のプレーヤーと比べて、社会に対する役割が極めて大きい。この役割がもっと多くの人に評価され、企業や社会、人の成長に資する戦略的な活用が行われるようになれば、スポーツを取り巻くエコシステムの好循環を作り出すことができるのではないか。但し、そのためには、この力を戦略的に発信し、ポジティブな対話につながるコミュニケーションしていくことが重要になる。役割を果たすことができなければ、レピュテーションは下がり、ファン・スポンサー離れを引き起こすことに繋がりかねない。戦略的な活用をするためには、スポーツイベントやアスリートが、実際にファンや社員、ステークホルダーの意識や行動にどんな変化を与えたかを可視化し、ポジティブなエネルギーを生み出せるレピュテーションをどう構築しマネージしていくかという視点をもつことが重要になる。発信した内容が世の中でどう受け止められているのか、どんな影響が起きているのか、何が人のエンゲージメントを生み出しているのか、何が期待されているのか、受け入れられないメッセージをいくら発信続けても成果にはつながらない。
レピュテーションをベースにして戦略的にスポーツを活用するという、戦略スポーツコミュニケーションの視点を持つことで、スポーツへの投資価値は高まり、もっと世界を元気にし、人にエネルギーを与え、新しい明るい未来をイノベーティブに創造することに貢献できるだろう。

▶1)ジャパネットホールディングス、書面インタビュー、2023年2月10日実施
▶2)Adjust ブログ, 2021年8月25日
▶3)Nielsenグローバルスポーツマーケティングレポート, 2022年4月19日
▶4)保高隆之, 放送研究と調査, December 2018 5)PwCスポーツ産業調査2021
▶6)The Rise of the Feedback Economy, Reputation.com

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