スポーツ産業を測る  スポーツボランティアはスポーツGDPに含めるべきか その1

スポーツ産業を測る
スポーツボランティアはスポーツGDPに含めるべきか その1
庄子博人│同志社大学スポーツ健康科学部准教授

するみる支えるスポーツ、とよく言われます。近年のスポーツイベントは多くのスポーツボランティアが活躍しており、例えば、2020東京オリパラでは、競技会場や選手村などで活動するボランティアが延べ7万人を超える人数であったようです。また、メガスポーツイベントに限らず、地域のスポーツ指導者や審判、部活動の送迎や会場設営など、細かな(そしてとても重労働な)スポーツボランティアまで含めれば、多くの無償労働によってスポーツ活動が成立しています。これまで研究では、スポーツボランティアや無償のスポーツ指導者の経済評価のような分野はありますが、スポーツ全体の経済活動の中でどのように位置づけられ、具体的にスポーツGDPにどのように反映させるべきなのか考えたいと思います。

GDPの計算ルールを定めている国民経済計算体系(SNA)では、「生産の境界」という考え方があります。生産の境界には「SNAの生産の境界」と「一般的な生産の境界」があり、さらにその外側は生産ではない活動として定義されています。(図)SNAの生産の境界では、市場で財・サービスを生産する活動はもちろん、自給的な農業や政府の活動、非営利組織などの取引も含まれます。また、一般的な生産の境界内では、無償労働として家事労働やボランティアなどが含まれます、そして生産の境界の外(生産ではない活動)には、食事や睡眠や運動などが含まれます。一般的な生産の境界の中か外かの違いは、誰かに頼むことができれば一般的な生産の境界内であり、頼むことができなければ生産の境界外、と決まっています(委任可能性基準)。スポーツボランティアは、他の人に頼むことができる、という意味で一般的な生産の境界内ですが、無償で市場での取引がないのでSNA生産境界の外に位置づけられると思います。また、食べること、睡眠、運動などは、他人に自分の代わりにしてもらうことはできないので、経済的な意味での生産活動ではない、と定義されています。


この生産の境界が、実際のGDP推計で問題となります。例えば、家事サービスを自分でやればGDPが増えず、家事サービスを市場に外注すればGDPが増える、ということは、現実の取引で生じる金銭の動きに対しての整合性は取れているように見えますが、どちらも同じサービスの量が生産されているのに、GDPが一致していないとも言えます。そのため、SNAでは無償労働に対して、GDP統計の本体とは別に無償労働のサテライトアカウントを作成することが勧告されています。ただし、無償労働を貨幣換算することの難しさや、経済学的ないくつかの理由から今のところSNA生産境界には入りそうにありません。

さて、スポーツボランティアですが、これはスポーツ活動を成立させるために必須の活動で、かつ、市場に外注すればスポーツGDPが増えて、非市場部門にて無償でやればスポーツGDPが増えない、ということは、生み出されたスポーツ活動の総量とスポーツGDPの総量が整合的ではないので、整合性を取るためには、スポーツボランティアであってもその費用を評価すべきであろうと考えられます。少なくとも、市場部門で生み出されるスポーツGDPと、スポーツボランティアの機会費用は同時に算出して比較検討することがスポーツの生産の境界内を正しく評価することだと思います。

なお、スポーツボランティアも2つのパターンを考える必要があると思います。1つ目は、オリンピックのように法人組織に属して行うボランティアの場合と、組織化されていないボランティアです。法人化されている場合、対家計民間非営利団体としての産出額(人件費など)はGDPに計上されていますので、有給の職員以外に、スポーツボランティアは無料で調達した労働力だと捉えることができると思います。この場合は、有給職員の人件費やその他イベント会社などの人件費から類推して、比較的容易にスポーツボランティアの人件費を推計することができると考えられます。難しいのは、2つ目の組織化されていないボランティアで、例えば部活の試合の送迎にいくらの価値があるのか、妥当な金額を推計することは難しいかもしれません。

ここまで紹介した考え方は、スポーツボランティアを労働として捉え、その機会費用を一般的な人件費として代替評価しようとする考え方です。しかし、そもそも、スポーツボランティアの報酬は「喜び」「繋がり」「生きがい」のようなプライスレスなものだ、という反対意見は当然あると思います。そこで、直接的なコストを評価するのではなく、環境の価値のように間接的に評価する考え方もあると思います。この場合、スポーツボランティアをスポーツ資源の一種として考え、スポーツGDPに対する寄与分を評価するということになると思います。他のスポーツ資源としては、自然環境や天候、クラブやチームの存在も入るでしょう。この考え方は次回に書きたいと思います。

▶謝辞 本稿の内容は、釧路公立大学の川島啓准教授にご助言いただきました。ありがとうございます。
▶1)内閣府経済社会総合研究所, 2008SNAに対応した我が国国民経済計算について(平成23年基準版)

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