スポーツ法の新潮流 東京オリパラ組織委員会元理事問題の本質 ──利益相反

スポーツ法の新潮流
東京オリパラ組織委員会元理事問題の本質 ──利益相反
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士

日本でもいつか起こると思われましたが、ついに日本のオリンピック・パラリンピック関係者に逮捕者が出ました。2022年8月17日、東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京オリパラ」といいます)組織委員会の高橋治之元理事が東京オリパラのスポンサーから多額の資金提供を受けたとして、受託収賄罪の容疑で、東京地方検察庁特別捜査部に逮捕されました。
近年のオリンピック・パラリンピックでは、2002年ソルトレイクオリンピック招致に関する買収問題で永久追放処分が下されたり、2016年リオデジャネイロオリンピック招致に関しては、ブラジルオリンピック委員会の会長が贈賄容疑で逮捕されています。このようなオリンピック・パラリンピックの汚点は数々ありますが、日本でもこのような事態が起こったことは、オリンピック・パラリンピック関係者にとって痛恨の極みでしょう。
本件については、既に多くの報道がなされ、元理事が東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法第28条に定められた「みなし公務員」に該当することで、刑法上の犯罪である贈収賄罪の構成要件該当性が検討されています。贈収賄罪での犯罪成立に関しては、今後の捜査、起訴、裁判の中で明らかになるでしょう。報道されている以外の問題にも発展する可能性があります。
ただ、現代のスポーツビジネスでこの問題の本質を考えた場合、最も大きな課題は、スポーツビジネスの仲介者の「利益相反」でしょう。本稿では、現代のスポーツビジネスにおいて、このような事態に発展しないように、スポーツビジネスにおける利益相反をどのように防ぐのかを考えてみたいと思います。

利益相反とは

利益相反とは、一般的には、ある行為により、一方の利益になると同時に、他方への不利益になる行為のことをいうとされています。1)
読者の中にも、企業や一般法人の役員であれば、取締役や理事の利益相反取引のことが思い浮かばれるかもしれません。会社法356条では、取締役の競業及び利益相反取引の制限が定められています。一般法人法(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律)84条にも、同種の規定があります。ですので、株式会社の取締役や一般社団法人、一般財団法人の理事には、このような利益相反取引を行う場合の規制があります。さらに、公益法人法(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律)5条では、一般法人法上の利益相反行為の規制に加えて、公益認定の基準として、公益法人の役職員等に対する特別の利益供与が禁止されています。2)
また、我々弁護士は、弁護士法や弁護士職務基本規程において双方代理などが禁止され、依頼者との利益相反行為が厳しく制限されています。3)大学の教職員も、学外の企業・団体との産学官連携活動等(共同研究、受託研究、寄付金等の受入)を行う上で、教職員が企業・団体との関係で有する利益と、教職員の大学における責任とが衝突するため、利益相反マネジメントが行われています。
このように利益相反は、法律上禁止あるいは制限されるだけでなく、現在では、組織のグッドガバナンスの観点からも求められています。スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>においても、原則8として利益相反の管理が定められていますが、この表れでしょう。4)

代理ビジネスにおける利益相反
このような利益相反ですが、スポーツビジネスにおいては、特に代理ビジネスにおいて現実的な問題として表面化します。
わかりやすい例は、スポーツ選手の移籍におけるエージェントです。クラブがある選手の獲得にあたって、選手エージェントを名乗る方と交渉する場合があります。通常、選手エージェントは選手から報酬をもらって活動していると思いがちですが、業界によっては、クラブが選手エージェントの報酬まで払っている場合があります。この場合、選手エージェントは、選手を代理していると言いながら、クラブから報酬をもらうため、往々にして、報酬をもらっているクラブの意向を反映しがちになります。エージェントが、選手より自分、あるいはクラブを優先する活動を行うのは、明らかに利益相反でしょう。

今回の東京オリパラ組織委員会元理事も誰のために仕事をしていたのでしょうか。組織委員会の理事である以上、組織委員会の最大利益を目指すべきでしょうが、一方で、スポンサーの便益を図る活動を行っていたようにも見えます。また、コンサルタント料やスポンサー料から不明瞭な分配を受け取っていたのであれば、自己の便益も図っていたと思われます。
組織委員会の理事は「みなし公務員」に該当したため、受託収賄罪という犯罪が問題となっていますが、実態としての大きな課題は利益相反にあります。これが日本○○協会という中央競技団体の理事の場合を考えれば、まさに誰を見ながら仕事をしていたのかという利益相反の問題になります。

国民のため、相手のためというデタラメ
このような利益相反の場合、日本では、全員のためにやったので問題ない、仕事の対価である以上自らが報酬をもらっても問題ない、などの主張がよく行われます。日本人は、全体利益を中心に考えるため、利益相反の前提となる個々の利益意識が低くなり、利益相反意識も低いため、このような主張が行われます。今回の問題で、東京オリパラ組織委員会の元理事も、「国民のためにやってきた」趣旨のことを述べていると報じられています。このような発言は、日本のスポーツビジネスでもよく見られ、「スポーツの育成、普及のためにやっている」、「相手のためを思ってやっている」という話はよく出ます。しかしながら、お金の流れをよく見れば、自分あるいは自分の関連会社でしっかり利益を得ていることは少なくありません。なかには、自分はボランティアで理事をやっている、といいながら、自らの関連会社で代理店手数料をきちんと受け取っている理事もいました。つまり、自己の利益を得ているにもかかわらず、このような便法を使ってそれを隠そうとしており、利益相反の意識が極めて鈍麻している裏返しでもあります。
また、日本のスポーツビジネスにおいて、仲介する者を信頼しすぎている場合もあります。スポーツ組織もスポンサーも代理店任せで、スポーツ組織として何を実現したいのか、スポンサーとして何を実現したいのかがあまり明確ではない場合は少なくありません。このような状況は、代理店の立場から見ると、自分たちがいるからビジネスが成り立っているという「過信」を生みます。また、無関心を材料に、代理店報酬の様々な差配が行われたり、ブラックボックス化が起こりがちです。

日本で利益相反をどう防ぐか
今回、東京オリパラ組織委員会の理事会で、他の理事や監事は、元理事の活動に対して、どれくらい監督機能を果たしていたでしょうか。上記のような、元理事はオリンピックのために頑張ってくれている、国民のために尽力してくれている、元理事なら大丈夫などの過度な信頼から、十分な監督ができていなかったのではないでしょうか。 また、スポンサーは、自らが元理事に支払った費用の行き先にどれくらいの関心を持っていたのでしょうか。元理事の言われるがまま対応していたのではないでしょうか。

利益相反に関しては、法律の規定を参考に、役員会の承認があったらいいのではないか、双方が同意しているのであればいいのではないか、との意見もあります。しかしながら、グッドガバナンスの観点からは、利益相反に関して透明性や説明責任が求められます。そもそも利益相反行為を行った者の問題もありますが、それをチェックする仕組みが極めて重要になるでしょう。特に代理店ビジネスの場合は、スポーツ組織もスポンサーなどの取引事業者も、代理店ビジネスの利益相反に対して双方が主体的に監督、対外的説明が求められるでしょう。
札幌オリンピック・パラリンピック招致も話題になっていますが、スポーツ界において、このような利益相反に対する透明性、説明責任を尽くさなければ、今後国民の十分な理解は得られないでしょう。
▶1)会社法356条1項 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
▶2)公益法人法5条(抜粋) 行政庁は、前条の認定(以下「公益認定」という。)の申請をした一般社団法人又は一般財団法人が次に掲げる基準に適合すると認めるときは、当該法人について公益認定をするものとする。 三 その事業を行うに当たり、社員、評議員、理事、監事、使用人その他の政令で定める当該法人の関係者に対し特別の利益を与えないものであること。 四 その事業を行うに当たり、株式会社その他の営利事業を営む者又は特定の個人若しくは団体の利益を図る活動を行うものとして政令で定める者に対し、寄附その他の特別の利益を与える行為を行わないものであること。ただし、公益法人に対し、当該公益法人が行う公益目的事業のために寄附その他の特別の利益を与える行為を行う場合は、この限りでない。
▶3)弁護士法25条(一部) 弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第三号及び第九号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。 一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件 二 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの 三 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件 四 公務員として職務上取り扱つた事件 五 仲裁手続により仲裁人として取り扱つた事件
▶4)早稲田大学研究倫理オフィス利益相反マネジメント https://www.waseda.jp/inst/ore/conflict/
▶5)スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>原則8 利益相反を適切に管理すべきである。 (1)役職員,選手,指導者等の関連当事者とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理すること (2)利益相反ポリシーを作成すること

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