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スポーツ法の新潮流 アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題[後編] オリンピック期間中にアスリートの肖像等を企業のマーケティングに活用できるか

スポーツ法の新潮流
アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題[後編]
オリンピック期間中にアスリートの肖像等を企業のマーケティングに活用できるか
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・弁護士

2018年6月に開催されたサッカーロシアW杯は、日本代表チームの躍進もあり、大きく盛り上がりましたが、一方で、W杯開催時においては、本連載で解説してまいりましたメガスポーツイベントを活用したマーケティング活動も数多く実施されていました。
本連載では、これまで2回にわたって、アンブッシュマーケティングをめぐる法的課題について、前提となる知的財産の保護とコンテンツの自由利用のバランス、アンブッシュマーケティングの類型や規制方法について解説をしてきました。オリンピックやパラリンピックなどメガスポーツイベントに関するコンテンツを利用する場合にも、知的財産として保護される場合と表現活動や経済活動として自由な利用が認められる場合があり、どちらに該当するのかを見極めながら、その活用を検討する必要があります。
そして、昨今のメガスポーツイベントを活用したマーケティングは、インターネット上を中心として、イベント開催時期に、競技種目名(例えばサッカー)、開催国名(例えばロシア)、国旗、ユニフォームカラー(例えば青)、競技シーン、競技会場シーン、観戦シーンなど、法的に自由に利用が認められるコンテンツを利用し、現在のパーソナライズされた検索サービスやSNSを通じた、デジタルマーケティングが主流です。ロシアW杯開催時においても、google社は、サッカー、当日試合が予定される国の国旗やユニフォームカラー、競技会場シーン、観戦シーンなどを利用した広告活動を行い、Twitter社は「#マイベストイレブン」と称する広告活動を行っていました。
このような中で、①メガスポーツイベントの主催者は、開催都市、公式スポンサー、公式メディア、アスリートや観客の参加関係者などに向けてアンブッシュマーケティング規制ルールを定めたり、②知的財産法やアンブッシュマーケティング規制法などの法律によってアンブッシュマーケティングを規制しようとします。
ただ、このようなアンブッシュマーケティング規制については、前回までご説明いたしました平昌オリンピックパラリンピックにおける報告会や祝賀会公開規制の問題など、その法的合理性が課題になっています。そこで、今回は、オリンピックに出場するアスリートの氏名、肖像を企業のマーケティングに活用する場合に問題となるオリンピック憲章Rule40を題材に、アンブッシュマーケティング規制の法的合理性について解説をします。

1. Rule40とは

Rule40付属細則3項では、国際オリンピック委員会(IOC)「理事会が許可した場合を除き、オリンピック競技大会に参加する競技者、コーチ、トレーナーまたは役員は、当該大会期間中、身体、名前、写真、あるいは競技パフォーマンスが宣伝目的で利用されることを認めてはならない」と定められています。この大会期間とは、競技が行われる期間の前後の期間を含みます。
以前から、Rule40は、日常的にアスリートを支えるスポンサーシップにおいて、最も広告効果が高まるオリンピック開催時にアスリートの肖像等を全く活用できず、アスリートやそのスポンサー企業から大きな非難にさらされていたため(いわゆる#WeDemandChange運動)、国際オリンピック委員会(IOC)は、2015年、それまでの全面禁止ルールから一部緩和することを発表しました。緩和ルール(詳しくはRio 2016 Olympic Games – Rule 40 Guidelinesをご参照ください)においては
・事前申請制度(国際利用の場合はIOCに、国内利用の場合はアスリートのNOCと、利用地域のNOCに申請する)
・オリンピックやオリンピックの知的財産、その他オリンピックへの言及、関連用語の使用は禁止
・緩和ルールの導入の有無は、管轄するNOCの権限
とされ、アメリカオリンピック委員会(USOC)や英国オリンピック委員会は(BOC)は、2016年リオデジャネイロオリンピックから緩和ルールを導入しました。この緩和ルールに基づき、アメリカ代表の競泳選手マイケル・フェルプスは、リオオリンピック期間中にも関わらず、自身が契約するアンダーアーマーの広告に出演していました。しかしながら、USOCの緩和ルールは、6ヶ月前の事前申請や4ヶ月前からの広告開始を定めたことや、アスリートが代表になるかわからない中での広告出演が控えられたことから、課題が残ったとも指摘されています。

2. 日本におけるRule40と独占禁止法上の問題

日本オリンピック委員会(JOC)は、このような緩和ルールの導入を見送っており、日本のアスリートや日本の地域でのマーケティングについては、従来の全面禁止ルールが運用され続けています。日本では、前述の「がんばれ!ニッポンキャンペーン」におけるアスリート肖像の一括管理制度は終了し、現在では、JOCシンボルアスリート制度が導入されているため、アスリートがJOCにどこまで自らの肖像管理を委ねるかはアスリートの選択次第になっています。ただ、特にJOC協賛企業でない企業がオリンピック期間中にJOCに管理を委ねていないアスリートの肖像を使用した広告を実施することについては、当然Rule40の全面禁止ルールの中で認められていません。
このような日本におけるRule40の問題について、日本の公正取引委員会競争政策研究センターが設置した「人材と競争政策に関する検討会」の報告書においては、「第6 単独行為に対する独占禁止法の適用 4 役務提供に伴う成果物の利用等の制限」にて、ドイツのカルテル庁がRule40の運用について「競争を制限しており、ドイツオリンピック連盟及び国際オリンピック委員会は市場支配的地位を濫用している疑いがあるとして、両団体について調査を進めている」ことを指摘し、役務提供者の肖像等の独占的な利用を許諾させる行為(肖像等の独占的許諾義務)について、自由競争減殺の観点、競争手段の不公正さの観点、優越的地位の濫用の観点から問題となりうることを指摘しています。
当該報告書にはこれ以上の指摘はないものの、アスリートの肖像等に関し、独占的な利用を許諾させる行為(肖像等の独占的許諾義務)が独占禁止法上の問題になった日本の事例としては、プロ野球選手肖像権訴訟事件(知的財産高等裁判所判決平成20年2月25日)が存在します。本件は、33名のプロ野球選手が、所属する球団に対して、プロ野球ゲームソフト及びプロ野球カードに関して、選手の氏名及び肖像を第三者に使用許諾する権限を有しないことの確認を求めた事案でしたが、統一契約書に基づき選手の肖像権を球団に移転させる条項は球団による「優越的地位の濫用」(独占禁止法第19条、旧一般指定第14項)に該当すると主張されていました。裁判所は、プロ野球のドラフト制度、球団の保留制度、統一選手契約書による締結により、選手の契約相手方選択の可能性が制限されていることから、球団の優越的地位を認めています。ただ、選手が主体的に商品広告等へ関与する途があることや、使用料の分配があり、分配率の交渉余地があることから公正競争阻害性を否定したため、結果として、「優越的地位の濫用」は認められませんでした(同判決で引用される原審東京地方裁判所判決平成18年8月1日)。
本件からRule40における日本の全面禁止ルールを考えるに、オリンピックは出場するアスリートにとって唯一無二の大会であり、他の大会を選択する余地がない上、オリンピック憲章を変更の余地なく遵守しなければならないことからすれば、オリンピックの主催者の「優越的地位」は否定することは難しいでしょう。また、他国のような緩和ルールが導入されていない日本においては、オリンピックを全く想起させないアスリートの肖像の利用までもが一切禁止されてしまっているため、公正競争阻害性が認められる可能性も極めて高いと思われます。少なくとも、他国オリンピック委員会が採用している緩和ルールについては、JOC、JPCも導入せざるを得ない状況にあると考えられます。

3.さいごに

~アンブッシュマーケティング規制はどうあるべきか  アンブッシュマーケティングは、確かにメガスポーツイベントの主催者にとっては、保有する知的財産や公式スポンサー、公式メディアなどの保護のために規制すべきマーケティング手法ではあるものの、規制にあたっては、法的合理性の裏づけが必要であり、主催者が定めるアンブッシュマーケティング規制ルールを締結している契約当事者か否か、知的財産の保護とコンテンツの自由利用とのバランス、独占禁止法などの経済法の遵守などを慎重に検討しなければならないでしょう。
アンブッシュマーケティング規制はマーケティング活動の競争の問題であり、企業は、より安いコストで高いマーケティング効果を狙います。アンブッシュマーケティング規制に法律上の限界がある現状において、極めて高額のコストが必要になるメガスポーツイベントのスポンサーシップにおいて主催者がやるべきことは、自らの高額のスポンサー料に見合うスポンサーメリットを充実させ、競争に勝つマーケティング効果を提供するほかになりません。日本における昨今の過度のアンブッシュマーケティング規制の議論を見ると、それはすなわち、主催者が提供するスポンサーメリットのマーケティング効果が極めて小さく、弱弱しいものであることを自ら立証しているとも感じられます。
特にインターネットに主戦場が移った現代のマーケティング活動では、従前の対策であった知的財産法による規制やクリーンべニューなどの規制があまり実効的でないため、本稿で述べたような、知的財産法の限界、独占禁止法による限界以上に、アンブッシュマーケティング規制の現実的対策が難しくなっています。となると、もう規制としての排除モデルは限界であり、現状のスポンサーメリットのマーケティング効果の脆弱性からすれば、むしろインターネット上のマーケティング手法を最大限活用し、かつ主催者への事前アプルーバルの負担を軽減するなど、効率的かつ開放的なスポンサーメリットの提供を模索せざるを得ないのではないでしょうか。
日本においても、2020年東京オリンピックパラリンピックまでに、アンブッシュマーケティング規制に関する議論がさらに深まり、公式スポンサー、公式メディアであるか否かを問わず、法的合理性のあるマーケティング活動が実施できるようになることが望まれます。

▶︎なお、日本オリンピック委員会(JOC)は、2018年平昌オリンピック、ジャカルタアジア大会から、アスリートの所属企業が誓約書を提出することに加え、掲出時期、広告表現、広告使用媒体などの使用条件の下、一部緩和ルールを導入しています。

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