仮想空間だけではない、コミュニケーションを変えるメタバース

「仮想空間だけではない、コミュニケーションを変えるメタバース」
松尾遼
東京ケーブルネットワーク株式会社 未来創造部 未来開発グループ長

様々な分野で注目されているメタバース。単純な仮想空間ではなく、ライフスタイルを変革させる可能性があります。
そのキーワードは体験、共有、創作。
今はまだ各プラットフォーム、デバイスの普及状態に応じ、PCやスマホを主戦場としていますが、すでに主要なVR機器の販売台数はコンシューマーゲーム機と肩を並べ、ニッチ産業ではなくなってきています。
VR体験はアウトプットとして没入感を与えるだけではなく、モーションセンサーやトラッキングによるインプットがオンラインでの交流を新たなフェーズに押し上げています。そして、文章から静止画、静止画から動画へと発信方法が変わったのと同じように3DCGでの発信を誰しもができる時代が到来し、作られたものではなく、作る過程がメインコンテンツになっていきます。
本ウエビナーでは、メタバースと呼ばれる前からVR機器をつけ仮想空間内で活動、生活している立場から、メタバースの真髄について、そしてビジネスとして仕掛けようとしているリアルとのハイブリッド展開についてご紹介致します。

東京ケーブルネットワークが作成した旅館の3DCG

メタバースとの出会い
当社東京ケーブルネットワークは、後楽園スタヂアム(現:東京ドーム)の新規事業として1985年に設立され、1988年に東京23区初のケーブルテレビとして開局しました。東京ドームで行われる野球の中継や官公庁の映像制作、区民チャンネルの制作運営などを行なっております。そのような中、2020年に将来的な新規事業を創造する部署として未来創造部が設立されました。360度映像の研究から始まり、現在はXR事業の研究をしています。
私は入社後に番組制作を行う傍ら、高校生映画コンテストの審査員や、文京区映画祭の立ち上げなど行ってきました。
未来創造部ができた後にメタバースに関心を持ちました。最初は業務としてでしたが、徐々に個人としてハマっていき、メタバース内でカメラマンやイベント主催などを始めました。現在は、メタバース内の3次元空間「ワールド」のクリエーターとして、いくつか賞を頂いたり、仕事とプライベートの垣根を超えて活動しています。

メタバースの定義とは
メタバースの定義は様々なものがあると言われおり、色んな分野のメタバースが派生してきているのが現状です。経済産業省の令和3年の「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」という報告書には「他人数が参加可能で、参加者がアバターを操作して自由に行動でき、他の参加者と交流できる、インターネット上に構築される仮想の三次元空間および、空間内で行われるサービス」を「仮想空間」と定義としています。令和3年の時点では、まだメタバースの定義には踏み込んでいませんが、仮想空間の一つとしてメタバースがあるというふうに定義つけされています。

メタバースでは何が起きるのか?
今までのインターネットはオンライン上でインフォメーション(情報)を与えることが主な目的でしたが、メタバースの中では情報に加え「経験や体験」を与えることができます。3D空間上で誰かと一緒に観光やショッピング、映画鑑賞をするなど、ただ情報を得るだけではない、心に残る体験ができます。例えば誰かの音楽ライブにweb上で参加し、これまでのように一つのコンテンツとして見ると、ミュージシャンと自分は1対1の関係と言えます。しかし、メタバースでは体験を誰かと共有するので横のつながりもでき、ファンコミュニティが形成しやすいと感じます。また、メタバースでは体験ができるがゆえに「滞在時間」の存在があり、参加者に追加の情報を与えやすいということもあります。
NFTやWeb3.0はメタバースが必須のものとして語られることが多いですが、本質的には全く別物だと考えています。

整ってきたメタバース環境
現在のメタバースはNFTベースやVR対応、eスポーツ型など様々なものに広がりましたが、メタバースはかつて2007年に第一次ブームがありました。その時の代表格としてはセカンドライフです。
今回のメタバースブームを第一次ブームと同じように考えている方もいますが、当時と何が違うのかというと、その大きな一つは「通信環境の向上」です。光回線化が進んだことで、メタバースの天敵である他人数交流のタイムラグをゼロに近い形にすることができております。
2つ目は3D空間を描写するためのPCやモバイルの能力向上があります。これらにより、メタバースの環境が整ったといえます。
最後にVR/ARデバイスの実用化があります。VRに対応しているか否かは過去のメタバースとの一番の差だと思います。eスポーツ系のメタバースであるFotniteやApexはVRに対応しておりませんが、今後のメタバースを語るときに、このVRに対応しているかどうかで大きな違いがあると考えています。

VRデバイスの必需性
2021年後半からメタバースが検索ワードとして上がってきており、またメタバースがテレビ番組などでも取り上げられるようになりました。2021年秋にFacebook社がメタ社に社名変更したことが大きな要因の一つであるとは思います。しかし、Facebookが突然大きな方向転換したかのように言われていることもありますが、実際にはFacebook社が2014年にOculusというHMD(ヘッドマウントディスプレイ)企業を買収したことから方向転換が始まっています。
このことからもメタ社もメタバースについてHMDを装着して体験することを想定していることがわかると思います。現在、多くのメタバースプラットフォームも現状で受け入れられやすいPC/モバイルに対応していますが、VRデバイス対応を想定し作られています。
メタバース=VRではなく、VR体験=HMDではないですが、VRデバイスとメタバースは、切り離せないものだと考えております。VRデバイスが必要ない仮想空間では、今までのゲームとあまり変わりませんが、VRデバイスによって体験が変わってきます。
VR機器が一般的になり、例えばSIMが内蔵された5GのHMDなどができれば、メタバース=VRと感じられる世界になるかもしれませんが、現状ではメタバース=VRとまではなっていません。

入力デバイスとしてのHMDとバーチャルの捉え方
HMDはテレビのように映像を見ることに加え、入力デバイスであります。デバイスを手や足に装着することで自分の動きをそのままアバターに反映させることができます。これによりメタバース空間内でボディランゲージなどノンバーバルコミュニケーションがとれ、「誰かと一緒になにかする」といった体験感が大幅に増します。
例えば、実際に音楽ライブに行く時に、ただライブを見るだけでは無く、ライブ前に観光したり、ライブ後にご飯を食べたりすることなど、誰かとともに過ごして時間の全てが思い出になります。メタバースでも同じように、メタバース内に作られた環境や、前後の時間、他者との会話の全てが体験になります。YoutubeやNetflixなどの映像を見るだけのコンテンツとの違いがここにあります。
バーチャルというと仮想を連想しますが、これは翻訳が間違っていると言われています。バーチャルというのは、見かけた形は原物そのものではないが、本質的、あるいは効果としては現実であり、原物であること。例えばウェビナーも物理的には会ってはいませんが、かといって仮想ではなく、現実として起こっていないことではないです。バーチャルを現実に存在しないものと捉えると、少し感覚が違うのかなと思います。

バーチャル空間を考える
「龍が如く」という歌舞伎町や道頓堀などの現実世界がリアルに再現されたゲームがあります。普段見慣れた街で非日常を味わえる魅力がありますが、逆に「バーチャル世界で歩きなれた街に実際に訪れる」という捉え方があります。私も「龍が如く6」で再現された尾道がどんな所なのか興味が湧き、実際に訪れました。アニメや映画の舞台になった聖地巡礼という文化は随分昔からありますが、私自信、バーチャルで体験した所に実際に行ってみたいと思ったことに驚きました。この頃から、バーチャル空間は観光プロモーションに活用できると強く思うようになりました。
実際に2020年5月にバーチャル渋谷が登場しました。

clusterで私自身が行っていること
コロナ前は旅をして写真を撮ることが趣味でした。写真をみてもらう空間があれば良いなと考え、メタバース内に写真展示場を作りました。実際にリアルな写真展示会に参加したこともありますが、ギャラリーを借りたり、運搬したり、パネルを貼ったりと大変です。それでもなかなか集客は難しい。しかし、メタバースであれば無料で簡単に作ることができ、世界中から見に来てくれます。
自分の頭の中にしかなかった世界を実際に3D空間に作り、HMDをつけたことで目の前に立体的に現れ、しかもそこに人が来てくれることに大きな感動がありました。
また、先ほどの映画祭をメタバースで行ったり、写真展示場以外のワールドも作ってみたら、そこがたまり場として人気となり、色々な人との交流ができました。写真を見てもらうための写真展示場を作ったところから、場所やコミュニティーを作っていくことや、来てくれた人に楽しんでもらいたいという興味に移っていきました。
メタバース上でのイベントは、例えばロゴなどのデザインができる人やワールドを作る人、撮影をする人など、お互いの得意分野を持ち寄りながら世界を作っています。
スポーツで言うと、土日祝日の朝はラジオ体操をしています。家から出ずにラジオ体操ができると言うことで、HMDをつけて朝一緒に50人くらいでラジオ体操をしているメンバーがいます。また、毎週火曜日はスクワット体操などをしています。エクササイズビデオなどを一人で見て運動していると最初は楽しいけど、なかなか長続きしない場合もありますが、メタバース上でHMDを被って誰かと一緒にやることでモチベーションが維持できると思っています。

ウェルビーイングとメタバース
この時代、これ以上の便利さや、物質的な幸福と言うよりも持続的な幸福であるウェルビーイングがキーワードだと思います。これまでの、働いて物を買う時代からモノからコトを体験する時代になってきており、それは、物から心へと言えるかももしれません。ウェルビーイングを満たす一つとしてメタバースがあると考えています。メタバースは単なる3次元空間とか、ビジネス的にどうかという見方もありますが、ただ3次元空間があるだけではなく、その中で誰かと共に物作りをしたり、体験すること自体に喜びがあります。仮想空間の中でも、誰かとともに何かを共有する時の感情の揺さぶりはリアルであり、そこで生まれた愛情や友情は仮想ではありません。

メタバースの先
そもそも人間の知覚できる感覚は限られています。例えば視覚でいえば、電磁波のうち0.40-0,75umの領域を検出できるだけだし、聴覚も20Hzから20kHzまでしか認識できません。人間が捉えている世界はこのような感覚器を介して脳に投影した現実世界の写像と言う見方もできます。
捉えられる世界が限られた領域である以上、人間は生きているだけでバイヤスがかかっているともいえます。例えば、あるデバイスにより、目や耳を使わないで脳に直接情報を届けられれば、人間自体が機能拡張し、バイヤスのかからない世界が見える可能性があるかもしれません。このようなこともメタバースの先にはあるのかなと思っています。

TCNで実施している事業
TCNでは実際にある場所の3DCGにすることを主に進めています。自由な空間が作れるのに、なぜわざわざ実際にあるものをメタバースにするのかというと、一つ目は、実際の場所が培ってきた歴史や文化の投影があります。実際に先ほどのバーチャル渋谷に立って周りを眺めると、渋谷の空気感を味わえます。全くのオリジナルの世界にいることと違い、実際に渋谷にいるような感情を持てることが重要だと考えています。
2つ目は、3Dアーカイブがあります。物質的な建物はいつか無くなるが、3DCGにしておけばいつでも戻ることができます。首里城など無くなったものでも3DCGにしておけば、いつでもそこに戻ることができます。例えば小学校など老朽化によって壊さないといけない建物も、3DCGにしておくことで、何年か後に、そのメタバースの中で同窓会をすることもできます。
3つ目は、シミュレーションの実現(デジタルツイン)です。気流の流れや、避難の流れがシミュレーションできます。すでに国交省では街全体、国全体をデジタルツインにしていくことが始まっています。
4つ目としてミラーワールドがあります。VRとARがつながって、ハイブリッドのイベントなどができます。例えばリアルイベントがあったときに、体が不自由な人はVR上でイベントに参加して、VRとARを利用することで、その場にいるように楽しむことができます。また同じ街をリアルとバーチャルで同時に歩いたりすることもできます。
5つ目は、事前体験です。観光などに使えると思いますが、リアルの世界では空間やイベントは事前体験できませんが、メタバースではできます。今までは実際には行けないからメタバースで行くということでしたが、今はメタバースで歩いたところを実際に行ってみたいと言う行動欲求の変化があります。
最後に、現実に+を行うことで非現実間を味わうことができます。全く知らないオリジナルの世界より、本当にある場所での非日常なイベントの方が、新しい体験を与えてくれると思います。
XR事業(VR、A R、M R)でメタバースを総合的に考えることで、一歩先、二歩先を進めるのではと考えています

Q&A
Q.視聴や聴覚以外に触覚や、嗅覚、味覚も体験できるVRデバイスは登場しますか?またスポーツに必要なVRの感覚は何でしょうか?
A.2.3年で触覚デバイスが出てくると言われています。味覚も6種類しか感覚がないので、10年くらいで登場すると言われていますが、嗅覚は非常に難しいと考えられています。
スポーツにとっては、人間がアウトプットするところ、アイコンタクトやノンバーバルなコミュニケーション、何となく気で感じる、空気感を相手のデバイスに入力していく技術、目配せというかアイトラッキングを伝える能力が不足していると思います。

Q.2Dのゲームも例えばWiiやS W I T C Hのように、自分の動きをアバターに投影するでデバイスがあるが、あれもメタバースと言えるのでしょうか?
A.メタバースの定義もあやふやで、「あつ森」もメタバースか?と言う議論もあるが、少なくとも多人数で入れるというのが要件であると思います。そう言う意味ではあつ森もメタバースかもしれませんが、今後生き残るメタバースはVRデバイス対応のものだと思います。
そもそもメタバースの定義は技術的というより生き方だと考えており、体の部分を無視して、より本質的な魂と魂で会話するといった所があります。障がいも年齢もLGBTQも関係なく、体という殻を取っ払って、会話できます。そこがメタバースの本髄だと思います。
目や耳など人間の器官はデバイスの一つであり、機能拡張していく中で、もし脳に直接電気信号を送って景色を見せることができたら、もしかしたら目の代わりになる技術が発達していく可能性もあります。体の器官を飛び越して脳が見ている世界が作られていくのか、今の器官が拡張されていくのか、どちらが早いかと言うことかもしれません。

Q.ウェルビーイングのお話の中で「感情の揺さぶり」というのがありましたが、感情が共振するような空間がメタバースの中にあると言うことですか?
A.例えば私自身が歌うことが好きで、リアルではカラオケ程度しかありませんが、自分の歌を誰かに聞かせたいときに、メタバースではライブ会場を作ったりして実現できます。本質的に自分がやりたかったことが、現実世界では難しいが、メタバースではできてしまいます。今まで人前で歌おうなど思ってもいませんでしたが、ここでならできるぞと。

Q.メタバースで夢の実現とはどんなことですか?
A.全てがバリアフリーになっていきます。体が不自由でも他人数でリアルタイムで話をしながら世界中を旅できたり、月にも行けます。それがただ仮想で作られた月ではなくて、様々なセンサーで月の状態をリアルタイム再現した月に行けるような未来もあるのかなと思います。

Q.リアルタイムで巨人戦を見ることや、例えば審判の位置や、ベンチの位置から試合を見ることもできますか?
A.ゴールデンウィークにキャノンが巨人阪神戦でボリメトリックという技術を使い100台のカメラで撮影しました。リアルタイムで好きな角度の映像を処理できる技術ですが、それが進化すると、本当にそこにいるような体験ができるようになるでしょう。需要と供給があるので、コスト的に合う、合わないはあります。野球は実験の場としてはとても良くて、スマートグラスなど色々やっていますが、実用化に至らないのは、まだコストの問題があるからだと思います。機材の値段が下がり、観る側もお金を払うものだとなれば変わってくるかもしれません。

Q.同じアバターでプラットフォームを行き来できることが大切だと思いますがいかがでしょうか。
A. 例えばVRMという規格のアバターは色々なメタバースで使えます。違うプラットフォームで入手したアイテムや体験したことをNFTとして、他プラットフォームに移すなどが将来的にはあるかもしれません。

Q.社会や医療や教育の分野でどのような利用が考えられますか?
A.大いにあると思うし、コミュニティビジネスのチャンスだと思います。例えば自習室で一人で勉強するより、誰かのアバターが隣にいる方が捗るだろうし、先ほど言ったようにメタバースは時代や場所を飛び越えることができるので、本能寺の戦いを見られたり、奈良の大仏の手のひらの上に乗れたりするかもしれません。

Q.2Dから3DCGからの「その先」とはどういった世界
A.3DとVRが当たり前になってきた時に、建物のアーカイブを作り始めたのでは間に合いません。ですので、今のうちから作り始めています。また、VRをつけた時のコミュニティとして、医療や教育もあります。世の中がスタートしてから走り出したのでは間に合わないので、先手を打っている状況です。

Q.アバターの本人確認は重要だと思いますが、どのような方法でしょうか?
A.メタバースの世界はインターナショナルなので、NFTを使ってアバターと紐付ける動きがあります。ブロックチェーンの技術を使って本人確認するような流れになるかもしれません。

※本稿は、2022年6月14日(火)に開催されたスポーツ産業アカデミー(ウエビナー)の内容をまとめたものである。

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