最先端アリーナを目指して──筑波大学の挑戦

最先端アリーナを目指して──筑波大学の挑戦
石野利和│筑波大学副学長・理事

何故つくばにアリーナ?

筑波大学は、昭和48(1973)年に筑波研究学園都市に開学した、国立大学の中では一番新しい総合研究大学です。そのルーツは明治5(1872)年に日本最初の高等教育機関として開設された師範学校までさかのぼり、その後東京高等師範学校、東京教育大学と続いて、いまの筑波大学になっています。約150年の歴史があり、日本の中で最も古いルーツを持ちながら最も新しい国立総合大学です。筑波大学の建学理念は「開かれた大学」であり、常に創造的な挑戦を続ける「未来構想大学」、あらゆる壁を越える「トランスボーダー」の精神を大事にしています。レーゾンデートルとして「改革」と「挑戦」を推進する、とにかく難しい課題であっても挑戦していかないと、他の大学の後を追っているだけでは存在価値はないという思いを強く持っています。そういう挑戦の一つとして今回のアリーナ構想があります。
筑波大学は国立大学として体育系・芸術系の学部を持つ唯一の総合大学で、ノーベル賞受賞者もオリンピック・パラリンピックメダリストも出しています。また「教・教」分離を徹底させ、学生が属する教育組織と教員が属する教員組織・研究組織を分離しています。教員構成によって教育プログラム、学位プログラムが拘束されないような柔軟性を持ち、研究面でも学際的、領域横断的な研究システムがすぐにつくれるような教育研究システムで運営されています。教員組織は「系」と表現されていますが、今回筑波大学でアリーナ構想に取り組むことを決めたときにも、まず大学の研究成果をアリーナにどう活かすかということをよく議論しなければいけないということで、10ある系の中でシステム情報系、体育系、芸術系、医学医療系、図書館情報メディア系、人文社会系といった色々な系の教員が参加した学内の研究検討委員会を設けました。 筑波大学があるつくば市は、日本最大のサイエンスシティです。大学・研究機関は、官民合わせて100以上あります。研究者は2万人以上で、つくば市人口(22万7,000人)の約1割が研究者という街です。都心からつくばまではTXで45分ですが、TX沿線にはかなり住民が増えていて、都内を除いても千葉、埼玉、茨城の沿線自治体の人口は110万人以上になります。
平成29(2017)年12月に、筑波大学アリーナの建設予定地を決めました。秋葉原から45分、北千住から34分のTXつくば駅から徒歩5分のところです。筑波大学の職員宿舎敷地で、3万3,000㎡の商業地です。国立大学法人の土地の有効活用の一方策として、アリーナ建設を考えました。

何を目指すのか?

筑波大学はアリーナで何を目指しているのか。まずアリーナの理念として、アリーナ事業を通じて筑波大学のブランド力の向上を目指しています。さらに、TXつくば駅周辺エリアをはじめとする筑波研究学園都市の地域振興や活性化のための拠点にしたいと考え、つくば市や茨城県とも協議しています。
大学も最近は産学連携や資産活用の取組を進めていますが、基本的には大学は収支均衡の世界で利益を上げる活動が上手でありません。今回のアリーナ事業は、民間の力を借りながら一緒にやっていかなければ成功しないと考えており、民間事業者の方には、次の4点を期待しています。
① 民間独自のコンテンツと、筑波大学が有する“アセット” を融合させた新たなコンテンツの開発。
② アリーナを拠点としたスポーツ産業、アリーナビジネスの実現。
③ つくばエリアのまちづくりと連動したアリーナの整備・運営。
④ イニシャルコスト、ランニングコストを縮減しつつも、集客力・競争力があり、長期の持続可能性を備えた施設・設備の整備。

アリーナ運営の基盤としての筑波大学のアセット

アスレチックデパートメントのイメージポスター

筑波大学の“アセット”として、次の6点を提案しています。
第1にアスレチックデパートメント(AD)の取り組みが挙げられます。いま大学スポーツの改革が大きな課題になっています。学生アスリートの安全・安心の徹底、学業との両立、チームの強化、学内・行政・企業・地域・メディアとの繋がりの拡大と発信、などの取組が求められていますが、筑波大学では平成30(2018)年4月に日本版NCAAの最初のきっかけとして、学内組織としてアスレチックデパートメントを設置しました。
第2のアセットは、自由視点映像、VRスタジアム、ARスタジアムなどアリーナに有効な筑波大学の研究成果の活用です。VRスタジアムについては、かなり大きなスタジオを大学の中に持っていて、エンパワーメント情報学プログラムという博士課程の修了式はVRのパルテノン神殿の中で行われています。VRスタジアムをアリーナのような大きな空間でやりたいという思いがあります。またARスタジアムも、技術的には十分にやっていけると思っています。

VR(バーチャルリアリティ)スタジアムモードのイメージ

最新デジタル技術を活用した動作分析のイメージ

第3のアセットは、スポーツ科学のためのデータ分析コンテンツです。筑波大学の体育系では、アスリートの動きや戦術を、最新デジタル技術等を活用して分析する研究が進んでいます。
第4のアセットは、スポーツビジネスやスポーツマネジメントの専門家育成や技術開発、あるいはベンチャー企業の育成支援を、アリーナを使って実現することです。例えば、スマホを使った顔認証によるチケッティングや入退館システムの開発、ICTを使ったファンのエクスペリエンスを高めるサービスの開発、観戦者の興奮度を計測して魅力的なコンテンツ制作などが考えられます。あるいはアリーナを用いた地域活性化の手法の研究などもあります。そういうさまざまな分野での研究と人材育成にアリーナを活用できるのではないかと思います。
第5のアセットは、スポーツ医学の専門医の供給です。筑波大学には、大学病院と体育系を持っているので、スポーツ医学の専門医やスポーツトレーナーを供給することで、医療・研究・教育の幅広い事業の展開が可能になります。例えば、アスリート、一般健常者及び疾患のある方の治療やサポートが考えられます。また、アンチドーピングの研究・教育も展開が可能でしょう。
最後に、筑波大学が保有している膨大なアートリソースの供給です。芸術系からは、オープンリサーチスタジオとして、ガラス張りの「見える」実験室をアリーナの中に設置するような取り組みも提案されています。
では、これらのアセットを組み合わせて、どのようなアリーナ事業ができるのでしょうか。
例えば、スポーツとエンターテインメントの融合です。フットサルやバスケットボールなどの公式試合で、通常のスポーツ観戦にとどまらずテクノロジーを用いてユーザー体験型コンテンツの提供ができるのではないでしょうか。また公式試合の生中継の3次元化やスポーツ科学のためのデータ分析も考えられます。
また、スポーツ産業のためのスタートアップの集積地としてアリーナを活用することが考えられます。アリーナの附属施設として、コラボレーションスペースやデジタルファブリケーションツールをそろえたスタートアップセンターを設置し、秋葉原からの交通の便の良さと最先端技術が集積するつくばの特長を生かすことができます。またアリーナでは見本市を開催してはどうでしょうか。筑波大学は、全国大学の中で大学発ベンチャー数は第3位で、ベンチャー意欲に溢れる雰囲気があります。
さらに筑波大学のアリーナでは、TX(つくばエクスプレス)との連動の取組を進め、秋葉原の改札を抜けたところから、最先端の感動の世界を生み出すことも考えています。
筑波大学では、現在アリーナの事業化に向けてマーケットサウンディングを実施しつつ事業スキームを検討しています。多くの民間事業者の参加が期待されます。

▶︎本稿は、2018年6月5日(火)に早稲田大学国際会議場で開催された「スタジアム&アリーナの新展開~エンターテイメントから街づくりまで~」の講演内容をまとめたものである。

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