スポーツ産業のイノベーション 二つの幸せ

スポーツ産業のイノベーション
二つの幸せ
植田真司│大阪成蹊大学経営学部教授

人は誰でも幸せになることを望んでいる。しかし、その幸せには、二つの幸せがある。「他人と競争して手に入れる幸せ」と「他人と分かち合って手に入れる幸せ」である。今回はこの二つの幸せについて考察してみる。

二つの幸せ 地位財と非地位財
経済学者のロバート・フランクは、他人との比較によって満足感・幸福感が得られる財を「地位財」、他人との比較をせずに満足感・幸福感が得られる財を「非地位財」と定義した。 「地位財」は、自動車、宝石、住宅などのモノや、所得、貯蓄、役職、名誉などの地位である。一方、「非地位財」は、健康、自由、愛、友情、良い人間関係などで、誰もが手に入れることができるものである。心理学者のダニエル・ネトルは、「地位財」は、短期の幸福感をもたらし、「非地位財」は、長期の幸福感をもたらすとしている。
また、「地位財」は、他人と比較することで幸福感を得るため、下を見て優越感を抱き、上を見て劣等感を抱く。そして欲を深め、さらに上を目指し、奪い合い、終わりがない。一方、「非地位財」は、他人と比較をしなくても幸福感を得られため、奪い合うこともなく、むしろ分かち合うことが出来る。
精神科医の樺沢紫苑は、精神医学でも、他人と比較する人は幸せになれないことがわかっているという。他人と比較ばかりしていると、他人の評価でしか自分の幸せを測ることができなくなるからだ。
多くの人が幸せを望み、「地位財」を求めるが、他人と比較しない方が、幸せになれそうである。「隣の芝生は青い」と言うように、他人の持っているモノは良く見え、自分の持っているモノの良さに気づかないものである。

二つの価値観 お金・モノ派と時間派
時間があれば働いて、収入を増やしモノを所有する「お金・モノ派」の人と食べていける収入があれば、働くより自分の時間を大切にする「時間派」の人がいる。  ウルグアイの世界でいちばん貧しい元大統領ホセ・ムヒカは、モノは私たちを幸せにしてくれないと言う。1940年代のウルグアイは、多くの作物が収穫できて豊かな生活をしていた。しかし、第二次世界大戦後、ヨーロッパの経済発展とともに、ウルグアイは農作物を輸出し、ヨーロッパの便利なモノを輸入するようになった。その結果、便利な生活を維持するために、より長く働かなければならなくなり、自由な時間が無くなった。ムヒカは、質素な生活でも、自由な時間を長く楽しむ方が幸せだったと言う。
幸せの国ブータンも、経済成長が過去10年間、毎年7.5%と順調であるが、幸福度は低下しており、「世界幸福度報告書2019年版」では156か国中95位になっている。原因は車が増え、交通渋滞、車のローン、環境の悪化、地方から都会への流入する若者の失業率の増加などで、便利になったが幸福度は低下しているのである。
グローバル化は、経済(お金・モノ)を重視する国にはメリットが大きいが、時間を重視する国にはメリットは小さく、格差が拡大する原因になっている。哲学者のトマス・ポッゲも、著書「なぜ遠くの貧しい人への義務があるのか」の中で、グローバルな制度的秩序がきわめて不正義であり、遠くの人々を貧困に陥れている」と言っている。
現に、世界には約70億人いるが、ユニセフの「世界の食料安全保障と栄養の現状」によると、2018年で8億2千万人以上が十分な食事ができずに困っている。
世の中は弱肉強食の生存競争ともいわれるが、野生の弱肉強食の世界は、獲物を獲るのは空腹の時だけである。無駄に獲物を獲ることはない。必要最小限の中で食物連鎖は行われている。むしろ自然の中で助け合っていることの方が多いといわれている。それに対して、人間は食べていける収入があるにもかかわらず、さらに収入を増やし、モノを私物化する。限られた資源を奪い合って戦争もする。野生の動物より、人間の方が野蛮ではないだろうか。

求めるべき幸福とは
戦後は、一生懸命働き、大量にモノを作り、競争に勝つことが求められた。しかし、地球にも限界があることが分かり、従来の美徳とされた消費文化は、環境破壊や、様々な格差を生む原因となっている。
わが国では、コロナ後は観光産業の復活が期待されているが、スウェーデンを中心に「飛び恥」といい、遠距離の飛行機の利用を控える運動が広がっている。環境への影響を計算すると、一人当たり10000キロ飛行は、レジ袋12500枚の石油使用に匹敵し、約50年分の使用になる。1)
本当にインバウンドに期待してよいのだろうか? 頻繁に消費や旅行をする裕福な人は、自己の幸福を手に入れているために、質素に生活する人を犠牲にしていることに気づいているのだろうか? 「グレート・リセット」、これからは新しい価値観が必要になるだろう。
誰もがスポーツできる環境というが、明日食事ができるかわからない子どもにスポーツをする余裕はないだろう。生活面でも不安のない幸せな社会を実現するためにも、奪い合いより分かち合いが求められる時代である。
1)一人当たりの飛行機(エアバスA320)の燃費は、1ガロン(約3.8l)で104.7マイル(約168km)。レジ袋1枚に石油18.3ml使用。日本のレジ袋年間300億枚使用で計算。

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