スポーツ産業のイノベーション 見えていないモノを大切にし、適切な選択をする

スポーツ産業のイノベーション
見えていないモノを大切にし、適切な選択をする
植田真司│大阪成蹊大学経営学部教授

今の世の中は、便利でありながら、なぜか幸福を感じない。きっと、効率などの見えているモノを重視し、見えていない大切なモノを忘れているからではないだろうか。今回は、我々が見えていないモノに気づかないために、起きている課題について考えてみた。

効率や便利の追求の弊害
農業では、防虫剤、除草剤、殺虫剤などの農薬、化学肥料を使い。ものづくりでは、大量の資源を使い、大量生産、大量廃棄をする。仕事は分業し、工場では人が機械の面倒を見ている。経済学者のE・F・シューマッハーは、著書「スモール・イズ・ビューティフル」の中で、「効率優先が、仕事から人間らしさを奪い、仕事を単なる機械的な作業に変えてしまった」と言っている。
国内では、自殺者が年間約3万人、自殺と判断されない変死体が約15万体、さらに少子高齢化社会で医療費、介護費、年金問題などがある。我々の世代より子どもたちが、将来深刻な社会問題に立ち向かうことになる。
世界に目を向ければ、先進国の犠牲になっているのが南半球の国々である。例えば、輸入する食料を自国で生産すると必要になる水の推定量を「バーチャルウォーター」という。NHKの取材によると、トマト1個に50ℓ、ワイン1本に650ℓの水を使用する。牛肉1㎏だと、餌として穀物を育てる水が必要になるため15000ℓ使用する。1)
南アフリカでは、水不足に関わらず、日本を含む先進国にワインを輸出するため、工場が大量の水を確保する。結果、周辺の住民に水が行きわたらず困っている。
我々は、食料を輸入しているつもりが、知らないうちに大量の水を輸入し、水不足の原因をつくっているのである。
人間を機械のように扱う社会、一部の人だけが豊かになる社会、人間が求めている感性を軽視した社会が、我々を不幸にしているのではないだろうか。

見えていないモノを見て、価値観を変える
我々は、何か行動する時、奪い合うように目先の利益を優先する。しかし、こころは満たされない。むしろ、助け合うように他人が喜ぶ行動を優先した方が、こころが満たされるのではないだろうか。なぜなら、助け合いが人間にとって安全・安心と平和をもたらすからである。
企業も、損得より善悪を優先する必要がある。善悪は、社会の損得と言える。渋沢栄一は「道徳経済合一」を唱え、二宮尊徳は「道徳なき経済は犯罪である」と言い5つの徳をあげている。仁=社会を幸せにする活動。義=不正や偽りで相手を陥れない。礼=感謝し、謙虚でいる。智=より良く改善する。信=信頼関係を築く。
さて、人間は、猿人から数百万年という時間をかけて自然環境に対応しながらゆっくりと進化してきた。しかし、すばらしい知恵を手にした現代人は、わずか数百年で、便利で快適な文明社会を築いたが、あまりにも変化が速すぎるために、地球も我々もこの変化に対応できていないようだ。地球上にゴミが増え、環境は破壊され、危険な原発が稼働し、人は運動しなくなった。このままでは人類は絶滅するかもしれない。
人間が本当に知恵ある生き物なら、見えていないモノの大切さに気付き、欲望を乗り越え、不便でも益のあるより良い社会に変えなければならない。

スポーツに必要なモノ
スポーツも、勝利やメダルの数だけを見ていると、大切なモノを見落としてしまうだろう。勝者の横には必ずは敗者がいる。オリンピックで我々が観ているアスリートはごく一部であり、恵まれない環境の中で、夢を追いかけている多くのアスリートがいるのである。
勝つために限界に挑み、ケガと隣り合わせで競技をするアスリートたち。勝つために、ルール違反をするように追い込まれるアスリートたち。プロは、収入が数百万円から数百億円と1万倍の格差がある。この過酷な競争や格差が、アスリートを幸せにしているのだろか。
資本主義では、資本家が労働者を競争させ、資本家と競争に勝った一部の労働者のみが富を得ている。
富が集中することについて、経済学者のジョセフ・E・スティグリッツは、「新自由主義で、富が富裕層から全体に分配されると考えたが、自由な競争が資本主義をゆがめ、不平等な経済システムになった」と言っている。

また、我々は富を奪い合っているが、人類学者の山極寿一は、「狩猟採集民は、狩に行けない人がいたら、自分の道具があるのに、分配するために、わざとその人の道具を借りて狩に出た」という。すばらしい思いやりである。

経済には道徳が必要であるように、スポーツにも人を思いやるこころが必要である。そして、見えているモノだけでなく、見えていないモノも見て、今までとは異なる適切な選択をすることである。そうすれば、誰もが豊かな心でスポーツが楽しめ、格差のない幸せな社会になると考える。

▶1)NHK“地球のミライ”は私たちの手に 持続可能な社会へVol.2
https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0019/topic036.html

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