「埼玉西武ライオンズのファンマーケティング戦略~ICT環境の変革に伴うファンマーケティング戦略の変化と展望~」(1)
「埼玉西武ライオンズのファンマーケティング戦略~ICT環境の変革に伴うファンマーケティング戦略の変化と展望~」(1)
吉田 康治(株式会社西武ライオンズ事業部部長)
【概要】プロ野球の球団ビジネスはICTの進歩によって、この十数年で大きな変化を遂げてきました。ここでは、埼玉西武ライオンズが、2008年~2019年に取り組んできた「ファンマーケティング戦略」について、CRMを中心にご紹介いただきます。ライオンズは、どのような戦略で、どのような成果を出したのか。そして、2020年の新型コロナウィルスの感染拡大によって、プロ野球の球団ビジネスはどのような影響を受け、withコロナの「ファンマーケティング戦略」はどのように変化していくのか、ICT戦略などを中心にご紹介いただきます。
簡単に自己紹介をさせていただきます。
私は、2008年にインターン学生として、ライオンズに行きまして、2009年に入社しました。入社以降はCRMの導入・運用に携わり、その後コンシューマー部門のチケッティングとあわせて、観客動員の増加や、チケットの売り上げの増加に関わる業務に従事してまいりました。
現在はこれらの内容に加えて、スタジアムのオペレーションや球団アプリの導入運用など顧客の利便性や顧客体験価値を高める業務にも取り組んでおります。ライオンズが行ってきたBtoC領域のマーケティングに長く関わっておりますので、今日はそのあたりのご説明をさせていただければと思います。
本日のアジェンダですが、以下の3部構成になっております。
1)2008年から2019年のライオンズのマーケティング。
2)2020年から新型コロナの影響がどの程度だったか
3)2021年からのwithコロナのICT戦略
Ⅰ.2008年から2019年のライオンズのマーケティング
2008年のライオンズの集客力と収益の柱
こちらは2008年の10月22日にクライマックスシリーズの第5戦の三塁側の写真です。この時は、ホーム(ライオンズ)のベンチが一塁側で、ビジターチームの三塁側の客席は空席が目立つ試合が多くありました。写真の試合も、クライマックスシリーズの王手をかけた、ライオンズはこの試合に勝って日本シリーズ進出を決める試合ですが、こういう価値が高い試合において、三塁側がビジター側とはいえ、まだ空席が目立つんだ、というのが私のすごく印象深い、集客面に関してはまだまだ課題があると思えた一枚です。
ここからライオンズがどうやってマーケティングを進めていったかというのを、まずはご説明させていただきます。
2008年当時のライオンズの集客力を4つの視点でご説明します。
1つ目が、クライマックスシリーズの優勝決定戦でも球場が満員にならないということ。
2つ目が、2008年はプロ野球の試合は72試合だったのですが、完売の試合数が4試合と完売試合がほとんどないこと。
3つ目の数字が、2008年の観客動員数は平均1万9633名。球場のキャパに対して平均的に何%埋まっているか?という座席の稼働率は56.4%でした。
4つ目が1年前の2007年の観客動員数というのがNPB12球団で最下位でした。
2008年のライオンズの集客力を4つの指標で捉え、課題も伸びしろも多いということを、認識しておりました。
では当時、収益(利益ではなく売上)の柱は何だったか?ということですが、BtoCとBtoBで分けていますが、左の2つはBtoCで右の3つがBtoBです。BtoCに関しては、チケットと物販でほぼほぼ半分ずつのイメージです。BtoBに関してはBtoCの物販よりもすこし小さいですが、放映権で、まず1個の柱があって、スポンサーに関しては物販やチケットと同じぐらいの売り上げがありました。
5本目の柱のその他は、いわゆるイベント、コンサートとか、貸し会場を含めた収益が野球以外で上がる部分です。
収益は大きくなっていますが、種類としては今も変わっていません。
どのように観客動員を増やすか
ここで経営≒「継続的な成長」というふうに定義をさせてもらいますが、単年でどうこうではなくて、中長期で考えて、という意味です。当時は、まずファーストステップとしてBtoCの領域に注力し、その後、具体的にはお客様が集まってきたら、それなりの価値が出てくるため、セカンドステップとしてBtoBの領域に注力する、と優先順位を決めました。
具体的には、来場ファンUUを増やし、観客動員数を増やし、また観客動員数の増加から派生する球場収入のアップをステップ1として考えました。
その後、観客動員数の増加に伴う知名度アップを利用して、広告協賛などの法人収入のアップをステップ2のBtoBの領域で考えました。
ではステップ1の観客動員数はどうやって増やすのか?というところですが、まずは現状把握を行い、内的環境要因とプロ野球の特性ということで2つあげました。
まずは内的環境要因ですが、2007年は12球団最下位と低迷していました。
ライオンズの本拠地がある所沢市は商圏人口が33万人くらいで、他球団の本拠地の人口に比べて10分の1とか20分の1くらいの規模と、決して多くない。しかしながら、所沢に移転した1年目の1979年以降に根付いている8万人規模の有料の会員組織がありました。
次に、プロ野球は公式戦で70試合以上、時には平日の3連戦とか、火曜日から始まる6連戦などがあり、集客ビジネスとしてはきつい、という面がプロ野球の特性です。加えて、首都圏にはプロ野球の球団が5球団もあるということで、野球好きに来てもらうとなっても5球団に分かれてしまう。このあたりの現状把握をしました。
観客動員を増やす戦略と戦術
次にどうやって観客動員を増やすかという戦略をシンプルに2つ掲げました。
まずは来場ファンUUの増加を徹底的に行う。
2つ目に観戦価値を高めて、再来場を促す。
2つともシンプルですが、この2つに徹底的に時間もお金も投下しました。再来場というのは、いわゆる一見さんよりロイヤルカスタマーという定義です。当時、他球団では、広い商圏に対して一見さんを増やす戦略を取られている球団もありましたが、我々は商圏人口も少ないし、会員組織もあるので、ロイヤルカスタマー化に注力したほうが合理的であると考え、このような戦略を取りました。
球場の収入というのは一般的な小売と一緒だと思いますが、来場して頂くファンの数×来場回数×客単価で決まります。この中のどこにテコ入れするかということで、優先順位としては来場ファン数を増やすというのを徹底的にしました。
2つ目にロイヤルカスタマーを増やすということで、一度来てくださった方に関しては、再来場回数が増えるように、観戦価値の向上を目指しました。売り上げを増やしたいというのは当然ありましたが、売り上げを増やすためにどこを増やすか?というところで、来場ファンUUと来場回数の増加に優先的に取り組みました。
以上の通り、ライオンズのBtoC領域の目的は観客動員数を増やすこと。その戦略の1つ目は来場ファンUUの増加、2つ目として観戦価値の向上で再来場してくれるロイヤルカスタマーを増やすということです。この流れを作り観客動員数の増加を目指しました。
次に戦術をお話します。
1つ目の戦術、来場ファンUUの増加に関しては3つ行いました。
1つ目は入会し来場しやすいファンクラブを作ること。2つ目は継続入会したくなるファンクラブにすること。そして3つ目がCRMシステムの導入と活用です。2つ目の戦術、観戦価値の向上は後ほど説明します。
まずは来場ファンUUの増加ですが、入会して来場しやすいファンクラブを作るということを念頭におきました。
これは2009年から現在まで一貫しておりますが、お得な設計にしています。まず入会金を低く設定し、入会のハードルを低くしています。加えて、入会すると来場したくなるような仕組みと言うことで、招待券やチケットの割引を特典としております。定価3800円のチケットが年会費3500円の特典としてもらえる(※)ということで、普通にチケットを買うよりファンクラブに入った方がお得な設計にしています。加えてユニフォームがもらえたり、選手の情報誌がもらえたり、動画配信サービスの割引があったりということで、おそらく、客観的に比較をすると、チケットを買うよりファンクラブに入った方がお得なんじゃない?と思っていただけるような制度設計にしております。
※新型コロナウイルスの影響で、2020、2021シーズンは実施を見合わせました。
加えてチケットが先に買えたり、ポイントがチケットに交換できたり、と来場しやすいということも意識した制度設計にしております。
これが1つ目の入会、来場しやすいファンクラブに関する説明です。
2つ目が継続入会したくなるファンクラブということで、4点。まずファンクラブに入ったらチケットやグッズの購入でポイントが貯まります。これはチケットなどに交換できますが、さらに購入すればするほどステージアップしてポイントの還元率が上がりますというのがセットになっています。
単年度で考えると単純に沢山ものを買うと沢山ポイントが貯まりやすいということですが、貯まったポイントや上がったステージは次のシーズンまで有効ということで、この点が、継続入会したくなるファンクラブとして設計しております。
3つ目がCRMシステムの導入と活用です。2つに分けて説明します。
1つ目ですが、戦略が来場ファンUUの増加ですので、これが正確に把握できるシステムが必要でした。2008年当時、CRMシステムはプロ野球界では一般的ではなく、また高価で、社内でも導入を悩みましたが、情報システムと体制が整ってこそ、戦略が成立するということで、ここには大きな投資を行いました。
具体的に体制というのは、主体的にデータ活用を推進できる専任の組織がある、情報システムに詳しい人材の採用を進めるということです。
情報システムとは、個人情報や顧客の行動情報が網羅的に把握できているということです。また社員じゃなくても比較的容易に扱えるインターフェイスにしてほしいというのをあげていました。セキュリティに関しては情報が漏れると大変ですので一般の水準以上にして欲しい、ということで、戦略だけではなくて、CRMシステムを、情報システム、体制を含めて設計しました。
CRMシステムの2つ目ですが、来場ファンUUの把握に加えて、ロイヤルカスタマー化、つまり来場回数の増加や、使っていただける金額の増減を正確に把握できる仕組みが必要で、これもCRMで対応しています。
潜在的なお客様に対しては、認知の向上や新規接点の構築。その上の見込み客に対しては、露出の拡大や1回目の来場を促したり、そして、ロイヤルカスタマー化したお客様に対しては、より一層のロイヤルカスタマー化であったり、継続入会をしてもらえるような促進であったり、ということになります。
次に戦略の2つ目です。観戦価値の向上ということで3つご紹介します。
1つ目は、ほぼ毎日、試合後のフィールドを解放したことです。試合終了後の十数分後には観客はどなたでもフィールドを体験できますよ、というアナウンスを流して、この写真のようにフィールドを楽しんでいただけます。
2008年当時は、試合直後のフィールドに観客が入るというのは難しく、年に1,2度、特別な試合の後にできるかどうかということが一般的でした。ほぼ毎日フィールドに降りられるというのはおそらく2008年当時はライオンズだけであったと記憶しております。球場に来て、試合に負けたとしても、その後に楽しんでもらえるイベントを用意しておくという意図です。
2つ目が1つ目と似てはいますが、少し趣向が違い、バッティング体験や、さっきまでプロのピッチャーが投げていたマウンドでピッチング体験など、こういうイベントを毎日ではないですが、ある程度の頻度で実施していました。
最後はハード部分になりますが、本拠地球場は2008年当時には築30年程度が経過し、老朽化が進んでいたため、シートやトイレのリニューアルを2008から2009年で行いました。当時は珍しかったグループシートであったり、臨場感を味わえるようなフィールドに近いシートであったり、球場のトイレを一気に改装することで観戦価値の向上を図りました。
2008年から2019年は色々な変化もあったので、2つご紹介します。
2008年にCRMシステムを導入して、その当時は企業が顧客情報を管理するという意味でCRMということでしたが、スマートフォンやSNSの影響で少しずつ、顧客による関係性の管理というCMRに、徐々に移行していっていると思います。12年間くらいで少しずつ関係性が変わっていったと考えております。
具体的にはファンのことを第一に考え運営するというのは元々やっていましたが、より深く、ファン心理を考えるようになりました。ファンの立場になって施策を考える、SNSのファンの声が入ってくるというのは良いことも悪いこともわかるようになってくるため、それまではデータを中心に見ておりましたが、少しずつお客様の声を強く意識するようになっていったという変化があります。
2つ目がライオンズとしてはここ数年の話です。
少し矛盾があるかもしれませんが、CRMシステムの導入で1to1のマーケティングができるようになったのでは?と考えられますが、実際には2015,6年頃まで1to1というのはほとんどできていませんでした。最近少しずつできてきている感覚があります。
それは多くのお客様がスマートフォンを持つようになり、またクラウドやMAツールが普及し、低価格になったことで、我々も1to1がシナリオを組んでオートメーションでできるようになってきました。2008年から2015,6年頃までは仕組みはありましたが、お金が高くてなかなかできない、時間もかかってしまうので、結局マスマーケティングばかりというのが現実的でしたが、ここ数年に関しては、こういうお客様にはこういう情報を流そうだとか、こういうタイミングで情報を流そうといったいわゆる1to1がすこしずつできてきているということがあります。
2008年から2019年までの成果
2008年から2019年までの成果を5点、ご説明いたします。
まず戦略の1つであった来場ファンUUの増加についてですが、2008年当時は45,000人でしたが、2019年には85,000人に増加し、87%アップしました。
2つ目が年間観客動員数についてですが、2008年の138万人が2019年には182万人と31%増加しました。
3つ目がチケット(シーズンシートを除く)の売り上げですが、2008年の売り上げを100とした場合の2019年の売り上げは294となり、194%の増加で、3倍近く増えました。
4つ目がまとめたものですが、点線までがファンクラブ会員の方、いわゆる来場ファンUUに関するデータです。2008年に45,000人だった有料会員が年間7.5回来場し、その合計が34万人です。年間観客動員数の138万人の中の34万人ということです。来場ファンUUが2019年には85,000人となり、約4万人増加し、平均来場回数は変わらず7.5回で、対象者の総来場回数は64万人となりました。この間で、約30万回分の来場が増加しました。
加えまして、30万人のファンクラブ会員の来場が増えると、その同伴者が一人の会員あたり0.4から0.5人が増えます。つまり、会員本人の30万回の来場増は、同伴者を含めると42万人~45万人の来場が増加したと試算できます。この間で、年間観客動員数が44万人増加しており、会員の来場増加分が年間の観客動員数の増加分とほぼ一致するということで、来場ファンUUの増加が、総来場に好影響を与えていると言えます。
以上のことから、CRMを導入して来場ファンUUを増やして、来場会員数が増えることで、同伴者が増え、それが年間観客増員の増加につながったということで良かったと考えております。
ちなみに平均来場回数が増えていないことについては、増えていないというよりは、維持できてよかったという考えです。そもそも、長期の会員の方が、新規の会員の方より平均来場回数は多い傾向にあり、新規会員が増えると、平均は下がると考えていました。しかしながら、増えていない≒維持できたということで、長期の会員の方はより一層来場回数を増やしていただき、新規の方も早い段階で来場回数を増やしていただいたと考えております。いずれにしましても、維持できたことは、大変良かったと評価しております。
2017年にはチケット単価を上げたということもあり、観客動員数以上にチケット収入は増えています。観客動員が伸びて、完売になる試合も増えてきましたので、チケット単価を上げて良いと判断をしました。先述の通りですが、観客動員が伸びたということがチケットの売上を押し上げたと評価しております。
最後に定性的な評価になりますが、2008年との集客力についての比較です。4つの点を挙げていました。
1つ目はクライマックスシリーズの優勝決定戦でさえ、満員にならないということがありましたが、2019年のクライマックスシリーズでは、平日の試合も含めてすべての試合でチケットは完売し、ライオンズファンがスタンドを埋め尽くしました。
2点目が完売試合の数ですが、2008年は4試合だったので、2019年は22試合と、18試合増加しました。
3つ目が観客動員数と席の稼働率ですが、観客動員は試合平均で5,000人強、比率で言うと約29%増加しました。座席稼働率は約20%増加して、感覚的には休日はほぼ満員になるようになりました。休日はほぼ100%になり、平日は60%くらいという感じです。
最後4つ目の12球団で最下位だった観客動員はどうなったかというと、2位しか上がっていなくて10位です。我々もそうでしたが、他球団もこの10年で、すごく伸びています。そういう意味で、当社の実績が伸びていないというよりは、他球団とともに伸びたと評価しております。
最後に見た目のイメージですが、2008年に空席が目立っていた客席が、2019年には完売になった、というのがこの12年間のストレッチになります。
「埼玉西武ライオンズのファンマーケティング戦略~ICT環境の変革に伴うファンマーケティング戦略の変化と展望~」(2)https://sportsbusiness.online/2022/03/09/lionz-3/
本稿は、2022年1月11日(火)に開催されたスポーツ産業アカデミーでの講演内容を編集したものである。