音響ブランドnwmが広げる スポーツの可能性

音響ブランドnwmが広げる スポーツの可能性
坂井 博│NTTソノリティ株式会社代表取締役社長

NTTグループ初の音響ブランド“nwm”(ヌーム)を展開するNTTソノリティ株式会社が、nwmプロダクトやサービスを通じ、国内外のスポーツ・eスポーツの在り方をどのように広げるか、その可能性について解説する。

音を仕分ける。音を閉じ込める。

 NTTソノリティ株式会社の設立は2021年の9月1日で、2年を迎えたところになります。NTT持株会社の直轄会社で、NTT研究所の技術を活用したビジネスを展開している会社です。
 音を仕分ける技術と、音を閉じ込める2つの技術をコアコンピタンスとして、コンシューマー向け製品であるイヤホンの販売、音響技術のライセンスビジネスに加え、最近は企業の音声DXをサポートする事業も始めています。
 まず音を仕分ける技術ですが、これはマイクの技術です。色々な環境音がある中で、特定の音を選んで、それを相手に伝える技術になります。感覚的に言うと、パチンコ屋で電話会議をしても、まわりの音が消え自分の声だけをマイクが拾って相手に伝えるので、パチンコ屋にいることがばれない、あたかも静かな部屋から会議に参加していると相手に思わせるレベルのマイクです。
 もう一つの音を閉じ込める技術は、スピーカーの技術で、音を一定の空間の中だけに閉じ込める技術です。

図1│IMLとPSZ

 図1の右の図ように、耳の周りの丸い円の内側では音が聞こえていますが、外側は音が打ち消されて聞こえなくなります。

図2│必要な音だけを取り出すインテリジェントマイク

 音を仕分ける技術をインテリジェンスマイク技術〈図2〉、音を閉じ込める技術をパーソナライズドサウンドゾーン技術(PSZ技術)〈図3〉と呼んでいます。

図3│全方位に音漏れを防ぐ

 インテリジェントマイク技術は、ビームフォーミングと、スペクトルフィルターという2つの技術から構成されます。 ビームフォーミングは、非常に近い距離に設置した2つのマイクの間で、どれだけ音のレベルが減衰してるかをリアルタイムに測定しています。音は発生した直後は非常におおきな減衰率で減衰し、遠くにいくにしたがって減衰率が小さくなるという性質があります。この性質を利用して、減衰レベルが大きい音を近くで発せられた音、減衰レベルが小さい音は遠くで発せられた音だと判断し、マイクのそばにある音だけを抜き出すという技術です。
 スペクトルフィルタは、集音された音声の中で人の会話を狙って抜き出します。
 これらの技術により、例えばカフェでオンラインのミーティングするようなケースでも、横に座っている人の会話やPC等の作業音、店内のBGMなどは拾われず、自分の声だけが相手に伝わります。工場のような非常にうるさい場所でも、工作機の音が綺麗にカットされてお話されている方の声だけを伝えることができます。
 次にパーソナライズドサウンドゾーン技術(PSZ技術)は、音を特定の空間内に閉じ込める技術です。

音の性質

 音は、波が広がるように空間に広がっていきますが、実は全く逆の形をした波(位相が180度ずれた波、逆位相の波と呼んでいます)をぶつけると、二つの波が足しあわされてプラスマイナスゼロとなり、音が消えるという性質があります。その原理を応用し、音を出すスピーカーと、逆位相の波を出すスピーカーを並べ、波を同時に出すと、耳元では音を出すスピーカーから流れてくる音楽が聞こえますが、離れたところでは音を打ち消すスピーカーからの音波と音を出すスピーカーからの音波が打ち消しあって、音が聞こえなくなるという仕組みです。適用事例にあわせて音を閉じ込める範囲を調整し、製品として仕上げています。

図4│音漏れを防ぐことで広がる利用シーン


 例えば航空機で、現在はヘッドホンを付けて映画を楽しんでいるかと思いますが、この技術をシートのヘッドレスト内のスピーカに適用すると、ヘッドフォンを使わなくても音楽や、映画の音声をまわりへの音漏れを気にすることなく楽しむことができます。ヘッドホンで耳を塞ぐこともないので疲れませんし、さらに、例えばCAさんが食事を持ってきて話しかけられても、その声に気付いてコミュニケーションも円滑にとることができます。
 PSZ技術を搭載したコンシューマー向けイヤホンも製造販売しています。このイヤホンは耳を塞がないオープンイヤー型のイヤホンで、アクティブノイズキャンセリングで周りの音を完全にシャットアウトして音楽を没入して楽しむというより、周りとつながっている、コミュニケーションがとれる状態で、そこに周りには聞こえない自分だけの音響空間をプラスするという新しい体験を提供しています。有線タイプと完全ワイヤレスタイプの2種類をAmazon、楽天などのECサイトや、ビックカメラ、ヨドバシカメラ等の量販店で販売中です。

図5│有線と無線で商品展開

nwmのスポーツ利用

 さて、このnwmとスポーツのコラボレーションについて、考えていることをいくつかお話しします。スポーツの中でのコミュニケーションの価値はどんどん高まっています。例えばカーリング女子のモグモグタイムや、東京2020スケートボード女子決勝戦の試合中、選手がリラックスしながら楽しく会話をしている姿が象徴的な場面だと思います。
 また、コミュニケーション力そのものが競技力として問われるものもあります。ブラインドサッカーは、選手同士の声のかけ合いが勝敗を決める重要な要素になっています。このように、スポーツが多様化してきている中で、スポーツに対するコミットの仕方も多種多様になってきています。
 実際、どんなスポーツの場面でマッチするのかというと、例えばスポーツクライミングの場面です。周りの環境もしっかりと捉え、他の人たちとコミュニケーションを取りながら、音楽でリラックスしてスポーツを楽しむことができます。次にeスポーツ。例えば、ゲーミングチェアにPSZ技術を搭載したスピーカーを埋め込めば、横に座るチームメートとスムーズに会話をしながら協力して戦略的にゲームを進めることができます。ゲームの臨場感の高い音はしっかりシートから聞こえますし、その音は周りにはもれず自分だけが聞こえる、という環境が実現できます。
 スポーツを見るという観点も考えられます。例えば、大リーグスタジアムの熱気を直接体験しながら、耳元では自分だけにしか聞こえない日本語の野球の解説が聞こえてくるような、新しいスポーツの楽しみ方もできると思います。
 最後にスポーツを支えるサポータの方たちにもコミットして行きたいと思っています。監督、コーチ、トレーナー、栄養士や、マネジメントのスタッフの方など、様々な立場の方々がスポーツを支えています。こういった様々な立場の方が練習中も試合中もコミュニケーションを密に取る必要があると思っています。アメリカンフットボールやバスケットボールの試合では、ヘッドセットを付けたコーチ、監督の姿が見られますが、こういったコミュニケーションをとる上で、物理的な環境に縛られないnwmのワイヤレスイヤホンをつけるのは、非常に相性がいいと思います。選手がゲームをしている臨場感、生の試合の様子を耳で感じ取りながら、バックヤードでコーチ陣がコミュニケーションを取って選手に指示を出すようなことが実現できると思います。

Q&A

Q. 今日のお話はインテリジェントマイクとパーソナライズドサウンドゾーンの2つの技術のお話ということですね
A. nwmは、音の閉じ込める技術と音を仕分ける技術の総体をあらわすブランドになりますが、現在皆さんにお届けできているプロダクトは、パーソナライズドサウンドゾーン技術を用いたものになります。

Q. 新しいデバイスは当然にスポーツのあり方を密に変えるので、新しく変わっていく可能性を感じています。また、拡張身体のお話がありましたが、もう少し詳しく教えていただけますか?
A. NTTソノリティのイヤホンは、周りのリアルな音と、イヤホンから流れてくるデジタルの音を同時に体験し、いわゆる音声XRのような今までにない音の楽しみ方を提案しています。ちょっと大袈裟かもしれませんが、聴覚の拡張ですね。NTTでは視覚、聴覚だけではなく、筋肉や体力を、サイバーの力を使って拡張するというような研究開発にも取り組んでいます。

Q. 現実に存在するスポーツの中でデバイスの活用がどんどん広がっています。例えばサッカーだったらビブスを着ると、その人の身体情報がデータ化できます。それは通常のスポーツを邪魔しないで、パフォーマンスをさらに良くするという、新技術の話だと思います。しかし、コーチの話が試合中にリアルタイムで選手に繋がったり、選手同士で会話ができることは、通常のスポーツだとほとんどNGだと思います。例えばダンスやフィギュアスケートは音楽に合わせて踊りますが、音がこれまでスポーツのパフォーマンスにおいて重要なキーファクターになっているケースはそんなには無いようにも思います。
A. ビジネス考える上で、私たちも同じところで立ち止まっているところが正直あります。ダンスをするときに音楽をそれぞれイヤホンで聞き、横の人と会話をしながら練習するみたいことはありますが、ルール上駄目なスポーツでどのように活用していくかは大きな課題の一つです。

Q. 練習の時にパフォーマンスが上がるサポートをするのが現状ですが、音を使うことで、作戦や戦略に結びつくような考え方があると面白いと思いました。新しい技術なので、スポーツの楽しみ方や、新しい考え方ができるっていう可能性はすごく感じます。スポーツは言葉によるコミュニケーションを取らないことが基本的特徴だと気づかされました。
 例えばeスポーツは、ご家族からすると、夜遅くに子供たちが喋りながら作戦を共有しながら戦う場面も多いです。こういう場面でも技術によってコントロールできるとeスポーツの環境がより良くなるように思いました。
A. 様々な場面での騒音の話はよく伺います。大会会場で鳴らしてる音を、このイヤホンに閉じ込めると、静かにすることはできます。また、ロードノイズのような、何か決まった周波数の間に挟まってるような音であれば、劇的にノイズを軽減することができる技術もあります。さらに、人間の声を封じ込めることが完全に達成できれば、家族に迷惑かけない環境が作れ、eスポーツの人口増加の一助になりますね。大きなチャンレジではありますがやりがいのある技術テーマだと思います。。

Q. 甲子園でも応援の歓声が強すぎて、フライを選手がぶつかって取れなかったシーンがありました。
A. 結果的にプレーの質を落とすことに繋がるので、強いスポーツを見せるという観点ではコミュニケーションがあっても良いのではと思うところもあります。既存のルール改正が必要ですが、そういうところにこういう製品がどんどん効果を見せることができると、観客から見てももっと広がりが出てきて面白いとも思います。
 コーチから選手にインストラクションとなるとルール的にまずいかもしれないですが、同じフィールドにいる選手同士であれば通常でも声を掛け合ってプレーしており、コミュニケーションの範囲をそれなりに絞れば、静かな球場だったらできてたことができなくなっていることに対して、質が上がる方向にもなるのかもしれません。

Q. 例えばカーリングでは選手が話している内容を拾って、観客に見せたり、聞かせることでより選手のリアリティを見せるという方法でとても人気が出たスポーツだと思います。
 この音の発達、開発が進んでいくと、もっとスポーツ観戦が楽しくなったり、もっと人気が出るということにつなげられるではないでしょうか。

A. .エンタメ的な要素を観客に与えるってことですよね。例えばアイドルグループのコンサートで、会場で生のコンサートを聞きながら、自分の推しのメンバーのボソッと喋った声がその人の耳に届くと、多分チケットもバカ売れするだろうと個人的には思います。カーリングの話も、ぼそっと選手が発したものが観客に届けば、それはもしかすると、ものすごいエンタメなのではないかとも思います。
 バスケットのワールドカップ最終戦で休憩中のホーバス監督の声など、本当に聞きたい音を拾うことは、今みたいな技術ですぐ変わると思うし、それが欲しいと思う場面はたくさんあると思います。

Q. 例えば東京ドームの音を閉じ込めることもできるんですか?
A. 大きな音を消すためには、それと同じぐらい大きい音圧で逆位相の波を出さなくてはいけません。多分、巨大なスピーカーを東京ドームの周りにたくさん置いて大きな音を出すことになるので、人間が耐えられないかも知れません(笑)。もう少し技術的にチャレンジが必要です。
 またスタジアム内の環境を集音して、その逆位相の波を作ることになるため、集音マイクが必要です。それなりの数のマイクとスピーカーを球場に配置することになるので、球場のデザインから、考えなきゃいけないかもしれませんね。スタジアムでのコンサートのときに、周辺の騒音がひどく、それを何とか消せないかという相談はよくあります。例えばコンサートの会場の生の楽器の音をある程度抑えて、それぞれの観客のパーソナルデバイスに流し、アーティストの生声とかけあわせるような音響演出がうまくできると、周辺への騒音も大きく軽減できる可能性はあるかと思います。

Q. 東京ドームのグランド上にステージがあるとしたら、その音が観客席に来ていれば良いので、しっかり聞こえるような音のデザインができるようになると良いですよね。スピーカーが観客席の背中にあったり、シートのそれぞれに設置するのは割と可能なのではないかと思います。
A. 野球の鳴り物の応援はなかなか難しいかもしれませんが、空間の音自体をコントロールするという発想がスポーツにおいて、喫緊の課題かもしれないですね。臨場感を失わずにどこまで消せるかということだと思いますので、技術的な要素かと思います。
 また、競技ではないですが、仲間内でサイクリングするような場面でのコミュニケーションへのニーズは高いんです。皆さんご存じかどうかわかりませんが、通常のイヤホンをつけて自転車に乗ると、警察の取り締まりを受けるんです。実は警察庁と、nwmのようなオープン型のイヤホンであれば周りの音はちゃんと聞こえるし、車の近づく音も聞こえるので安全ですよね、という話をしていて、先日「オープンイヤー型のイヤホンを適切な音量で聞いている場合は取締りの対象としなくてもよい」という主旨の通達を出していただきました。

 なるほど。それはすごい前進ですね。色々な規制が変わっていくと、競技のオプションだけではなくて、活用できる可能性や、コミュニケーションが可能な場面はすごく考えられますね。

本稿は2023年9月12日に開催されたスポーツ産業アカデミー(ウエビナー)の講演内容をまとめたものである。

関連記事一覧