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「新型コロナウイルス感染症」流行における世界の動きとアシックスの取り組み

「新型コロナウイルス感染症」流行における世界の動きとアシックスの取り組み
尾山 基│日本スポーツ産業学会・共同会長 株式会社アシックス代表取締役会長CEO

「新型コロナウイルス感染症」流行下における世界の動き

新型コロナウイルス感染症により、私たちが考える日常がかつてないほど脅かさせています。国内でも緊急事態宣言が発令され、多くの人が会社に出勤できず、子どもたちは保育所や学校に通えず、お店や映画館は閉まり、多くのスポーツイベントも中止や延期となっています。また、人と人との当たり前の触れ合いも制限を余儀なくされているこのような状況で、不安を抱える人々も多いのではないでしょうか。
4月に国際通貨基金が発表した「世界経済見通し」では、2020年の世界経済の成長率をマイナス3.0%とし、1月の見通しから大幅な下方修正をいたしました。世界金融危機の影響を受けた2009年を超え、「1930年代の世界大恐慌以来の経済悪化」となる可能性が高いと評しています。株価も急落し、国内外でも多くのホテル、飲食店、小売店、ブランドが経営破綻するなど、かつてない影響を及ぼしています。日本国内における、新型コロナウイルス関連の企業の経営破綻は6月1日時点で197件と発表され、大変厳しい状況となっています。(出典:東京商工リサーチ)我々の取引先も休業などを余儀なくされている状況です。先日、日本国内の主要取引先に対して、激励のお電話をかけましたが、彼らも販売が厳しい状況の中で必死にお客様と向き合っておられました。このような時こそ、取引先とも協力し、その先のお客様のために何ができるのか、考えていかなければならないと強く感じています。
一方で、外出しなくても買い物ができたり、音楽や映画などを楽しむことができるEコマースやサブスクリプションサービスは急激な発展を遂げています。飲食店も、テイクアウトや自宅配送サービスを活用し、お店に足を運ばなくても料理を楽しんでいただける工夫をこらしています。  アシックスも各国で実店舗の一時休業が続き、売上減を招いていますが、そんな中でも自社ECの売上は、ほぼすべての地域で前年より倍近く伸びている状況です。

アシックスの取り組み

アシックスも世界中の企業と同様、大きな危機に直面しています。このような状況の中で、当社が取り組んだ内容についてご紹介いたします。
4月、国内のお客様に向けて「深くしゃがんで高く飛ぶ」というメッセージを発信しました。「きっと世界は今、膝を深く曲げている時間。放たれたときに私たちは高く飛べる。だから今はみんなでこの状況を乗り切ろう。」この言葉には、そのようなメッセージが込められており、お客様のみならず、社員の心も勇気づけられるメッセージとなっています。 加えて、身体活動が減っている今、外出自粛が続く中でなかなか身体を動かすことができない人々も自宅で気軽に運動できるように、デジタルを活用したサービスの提供も積極的に実施しました。一つ目は、有料コンテンツである在宅ワークアウトアプリケーション「ASICS Studio」の期間限定の無料開放です。アプリ上で動きの見本を見ながら、ストレッチ、トレーニング、ヨガ、マインドフルネスなど、希望の強度に合わせて活用できるサービスなので、在宅勤務中のお客様にも大変好評でした。また、当社が展開するフィットネス・トラッキング・アプリ「ASICS Runkeeper」の登録者数は、5月時点の累計で前年比約200%以上に増えています。これら2つのアプリケーションは、世界スポーツ用品工業連盟(WFSGI)がWHOからの依頼で取りまとめを行ったスポーツコンテンツ一覧に掲載されました。二つ目は、一時休業中に東京・豊洲にある都市型低酸素環境下トレーニング施設「ASICS Sports Complex TOKYO BAY」からYouTube上で配信しているトレーニング動画「在宅『筋』務」です。合わせて、同施設では、会員向けプログラムとして、トレーナーによるリアルタイムでのオンライントレーニングを実施しました。これらのプログラムは、実際の施設内のスタジオから動画の撮影やリアルタイム配信を行い、視聴者の皆様にも臨場感を持って運動していただくことができました。三つ目は、当社がサポートしているトップアスリート達からSNS上で配信されたトレーニング動画を「#宅トレ部」としてアシックスジャパンのホームページやSNSから発信しています。彼らからの前向きなメッセージは、全国の部活生やアスリートに勇気と希望を与えています。
これらの取り組みは、社外のお客様のみならず、在宅勤務が続くアシックス社員にとっても、貴重な運動の機会となりました。
また、このような環境下でも企業活動を行っていくため、スピード感を持ってアシックス社内の環境整備も進めました。1月下旬に危機対策本部を立ち上げ、全社方針の発信ならびにグローバルでの危機状況の管理を開始しました。3月からは全社で在宅勤務を実施。会議はほぼ全てをオンラインに切り替え、紙が必要となっていた業務も工夫を凝らしペーパーレス化を進め、自宅にいながら通常の電話対応ができるようIT環境を整えるなど、手法を変えてこれまで通りの業務ができる体制を整えました。
急速な状況の変化に合わせて整備を行った結果、当初は全ての業務がリモートとなることに不安を感じる声も挙がりました。しかし、日を追うごとに社員も新しい状況に慣れ、今では当たり前に社内外でオンラインを介してのコミュニケーションが行われています。子どものいる家庭の社員は、「在宅勤務になることで家事と仕事の両立がしやすくなった」など、ワークライフバランスが良くなったとの声も挙がりました。社外の方々との面談も少し工夫すればオンラインでの実施が可能です。
一方で、在宅勤務中で全社員向けに行ったアンケートの中で「運動する時間/運動量が減った」「コミュニケーションの不足」などの課題が挙げられました。その対応策として、前述のアプリケーションや動画の活用に加え、社員向けにもASICS Sports Complex TOKYO BAYにて、トレーナーによるリアルタイムでのオンライントレーニングを実施し、ヨガや筋トレなど、日替わりで運動の機会を提供しました。また、コミュニケーション促進の対応策として、オンラインでのコーヒーブレイクや懇親会を推奨し、在宅勤務におけるコツを発信するなど、長期化する在宅勤務の中でソフト面でのサポートも行いました。
このように新しい手法が浸透していき、将来的には出張などの在り方も変わってくるのだろうと感じている次第です。

今後のあるべき姿

私たちは今回の出来事をきっかけにして、大きく変化することが求められるでしょう。そして、多くの人々が充実し満足する生活ができる新しい世界を作っていくべきなのだと思います。企業はお客様の動向や政府の規制などが大きく変化したことを踏まえて、製品やサービスの戦略、広報活動などステークホルダーとのリレーションシップを再考する必要があります。働き方も、リモートワークなど場所を選ばないスタイルが浸透していくことが考えられる一方で、この時期を超えてさらに進化する企業と、これまでどおりの働き方に戻っていく企業が出てくると思います。
今後は、企業活動が新たなフェーズに移るにあたり、社員同士のシームレスな信頼関係の構築、自律した働き方、そして何よりも経営理念を浸透させることが大切です。こうして新しい状況に適応しながら、創造力を発揮し、新しい戦略へ移行していくことが重要だと考えます。この危機を乗り越えた先には、きっと大きく変化した世界が待っています。これからは、変わりゆく時代の変化に対応できる企業が生き残っていくのではないでしょうか。
また、持続可能社会の実現のため、これまで以上にSDGsの達成とESG経営に目を向ける必要がございます。ものづくりの側面でも、生産の中国一極集中是正など世界的なサプライチェーンの再構築が起こると考えます。海外の大手企業は、すでに製造拠点の分散などを進めています。そして、ゼロエミッション、脱プラスチックなど環境配慮した製品の生産が企業の義務となっていくでしょう。私が会長を務める世界スポーツ用品工業連盟でも、「環境配慮」が今後の重要なストラテジーとなっています。加えて、人々のフィジカルアクティビティ、つまり身体活動を促すことも大きな戦略として掲げられています。小さな子どもから高齢者まで身体を動かす世の中にマッチした製品・サービスを、我々スポーツ業界がリードして創出していきたいと思っています。
この数か月間、多くのスポーツイベントや大会も中止になり、日常でも思うように身体を動かせないという状況が長く続きましたが、アスリートのみならず、人々が末永く健康に暮らすためにスポーツは大変重要な要素だと改めて認識された方も多くおられることかと思います。これまで当たり前だと考えられてきた常識に捉われない方法で人々がスポーツを楽しむ社会がもう目の前まで来ているのではないでしょうか。日本スポーツ産業学会には、スポーツ製造業、プロスポーツ関係者、広告代理店、スポーツメディアなどの民間企業と、経営学、法学、医学など、様々な分野の研究者らがいます。来るNew Normalの時代に、会員の皆様の英知を掛け合わせ、これからのスポーツの在り方を考え、実現していきましょう。
最後になりますが、東京2020オリンピック・パラリンピックは2021年7月に正式に延期が決定いたしました。関係各社の皆様はさまざまな影響や対処すべきことが発生してくるかと思います。トップアスリートが心置きなく全力を出して戦える、大会を支えるボランティアや関係者が何の心配もなく務めを果たせる、そして多くの人々が思いっきり応援出来る、そんな大会を全力で応援していきましょう。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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