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《2020年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文》 GNSS(全球測位衛星システム)を利用したスポーツデータの分析フレームワーク

《2020年度日本スポーツ産業学会・学会賞受賞論文》
GNSS(全球測位衛星システム)を利用したスポーツデータの分析フレームワーク
中島 円│慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
神武直彦│慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科

GNSSで何がわかるのか

GNSSはGlobal Navigation Satellite Systemの略で、日本語では全球測位衛星システムと訳されます。一般的には米国が運用するGPSが有名ですが、世界各国においても同様の衛星測位システムを運用しており、GNSSはこれらすべてのシステムを含んだ総称です。GNSSはヒトや車の位置情報を取得しトラッキングをすることができるため、スマートフォンによる見守りサービスやカーナビゲーションなど広く社会に利用されており、スポーツ分野での利用も増えてきています。もっとも身近なスポーツに適用したものはランニングウォッチです。ランニング中の走行距離、スピード、スプリットタイム等がわかるため、アマチュアランナーから競技選手まで多くの方の必需品となっています。また、測位衛星が発する電波を受信するスポーツ専用のデバイスをGNSSデバイスやGPSデバイスと呼びますが、FIFA(国際サッカー連盟)は2015年から試合での装着を承認しており、 2019年に行われたラグビーW杯では代表チームの多くの選手がユニフォームに着用してプレーをしていました。サッカーやラグビーのトップチームではGNSSデバイスは欠かせないものの一つとなっており、試合や練習の強度、つまり走行距離やスピードに加えて、スプリントや加速・減速の回数など選手のパフォーマンスに関するデータを取得しています。さらに先端的なGNSSデバイスでは、他のセンサーを追加して体の傾き、方向転換などを検出することもできるようになってきました。
読者の皆さんの中には昨年ヒットしたTBSテレビのドラマ「ノーサイド・ゲーム」をご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、大泉洋さんが演じる君嶋GM(ゼネラルマネージャ)がGPSデバイスの導入に関する資料を見た際、『これはなんだ?』とチーム監督に質問をするシーンがありました。導入の効果は「トレーニングの効率化」「分析の緻密化」となっており、費用はおそらく年間費用だと思いますが720万円となっていました。この金額が高いか安いかは別としまして、取得したデータはチームにとって宝の山ですし、丁寧に分析をすれば大きな成果につながります。

スポーツデータの分析

スポーツ専用のGNSSデバイスを使うと選手のさまざまなデータを取得できますが、大切なのはそのデータをどのように分析しコーチや選手にフィードバックをするかです。このフィードバックの方法を誤るとコーチや選手にネガティブな印象を与えてしまい、想定していた効果が出ない場合があります。例えば、多くのスポーツ選手にとって走力は大切な要素の一つですが、走行距離ばかりを重視しますと、「走行距離が少ない=さぼっている」といった誤解が生じます。試合中であれば相手チームによって変化があったこと、また、ポジショニング技術の向上によって短くなったこと、さらには、実はケガをしていたといった場合もあるので、正しく分析をしてその情報を共有することが大切です。同様にスプリントや加速・減速の回数のみを評価するのではなく、プレーの前後の状況をビデオ映像で確認したり、心拍数や他のデータと組み合わせたり、さまざまな工夫をした結果をフィードバックする必要があります。

図1 フィールドホッケー選手のヒートマップ

また、目標とする選手のデータと比較することができれば、練習時のモチベーションを向上させるといったことも可能になりますし、試合中は練習の時よりついオーバーワークをしてしまいケガをすることがありますが、データを取り溜め、コンディショニングデータと組み合わせることでケガの予防につながる可能性もあります。さらに、選手のトラッキングデータを可視化することで、選手のポジショニングや動きを把握し、ゲーム戦術の強化につなげることも可能です。図1はフィールドホッケーの選手のトラッキングデータをヒートマップによって可視化したものです。試合中にどのエリアでプレーをしていたのか分かりやすく表示されています。この選手は得点圏内のサークル内に多く侵入できていますが、相手チームとしては守備がしにくいTスポット(エンドラインとサークルの交差点)が使えていないことが分かります。もし、試合中にこのようなデータをコーチが見ることができれば、的確なアドバイスをすることが可能になります。

スポーツデータ分析フレームワーク

大きな可能性をもったGNSSによるデータ分析ですが、サッカーやラグビーの普及状況と比較して、他のフィールドスポーツではあまり使われていません。その理由の一つにはGNSSデバイスの費用や分析コストによるところもありますが、私たちはGNSSの効果について議論が正しく進んでいないのではないかと考えています。例えば、テニスにおいてGNSSを利用する場合、サッカーと同じ指標で評価をすることはできません。テニスコートはサッカーグラウンドと比べ小さいですし、選手は最長でも14メートルの短い距離を全力で絶え間なく動くため、サッカー並の持久力とサッカー以上の俊敏性の両方が求められます。その一方で、サッカー選手と同様にダブルスの選手は、ポジショニングの技術が大切になります。また、どのスポーツにも共通したことですが、トップチームの選手とアマチュア選手やユース世代では評価の基準は異なります。ですので、サッカーやラグビーのトップ選手で成功している方法を参考にしつつも、細かいところをそのスポーツの特性や年代によって改良する必要がでてきます。そこで私たちはGNSSで取得したデータ(GNSSデータ)の分析方法や評価基準について、さまざまなスポーツで共通の議論ができるフレームワークを作成しました(表1)。

このフレームワークの特徴は、GNSSの貢献項目ごとにデータの収集と分析方法、評価の基準を分けて、議論を進めやすくしたことです。従来は取得したデータが一体何の目的を達成するものなのか、どのように分析し評価をすればいいのか、議論が混在してしまいがちだったものを、まず貢献項目として「トレーニング」、「モチベーション」、「ケガの予防」、「ゲーム戦術」に分けました。そして、この4つの貢献項目ごとにデータの分析方法を示し、評価の基準を数値化することで、コーチと選手が納得してデータと向き合うことができることを目指しました。 フレームワークの使い方ですが、はじめに4つの貢献項目のうち必要なものを選択、または優先順位を決めます。ただし、「モチベーション」と「ケガの予防」を分析するには「トレーニング」によるデータの分析が必須になります。次に、スポーツの特性を考えて評価基準に示した内容を選択していきます。この時、スポーツの特性だけではなく年代によってスプリントや加速などの考え方も異なりますので具体的な数値を決めていきます。ここまで整理ができましたら、GNSSデバイスの選定や分析するための人材についての議論に入ります。時々、GNSSデバイスの選定から入ったり、チームにデータ分析のできる人材がいないため諦めたりする話を聞きますが、まずはコーチや選手の実現したいことを、このフレームワークにて明確にすることをお勧めします。

私たちはGNSSの活用とともに本フレームワークを使い、フィールドホッケーやテニス、さらにはトライアスロンなど屋外スポーツに適用し、良い結果を得ています。今後は他のスポーツへの展開を進めるとともに、数年前から始めている小学生などへの学校体育や、地域スポーツの普及活動を続けていこうと考えています。

中島円,太田千尋,神武直彦,GNSSを利用したスポーツデータ分析フレームワークの設計,スポーツ産業学研究,Vol. 29, No.2,pp.109-124,2019.

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