ドラフト会議を声で支えて――司会者・関野浩之の10年

ドラフト会議を声で支えて――司会者・関野浩之の10年
西山慶士│早稲田大学スポーツ科学部3年

取材が進むにつれて関野氏の話にも熱がこもる

「第一巡選択希望選手 中日 根尾 昴 内野手 大阪桐蔭高校……」
会場が一瞬静まり、司会の声に聞き入った。
「根尾昴選手は指名が重複いたしました。これより抽選に入ります」
毎年10月に行われるプロ野球ドラフト会議。プロ野球選手になることを夢見る若者の運命が決まる会議である。ドラフト会議において印象的な声で選手の名前を読み上げる男がいる。かつてはパ・リーグ広報部長伊東一雄の名調子で知られたドラフトの司会だが、2009年からは関野浩之(56歳)が進行役を務めている。スポーツ情報番組でのナレーションやサッカー日本代表戦のスタジアムアナウンスをしていた経験が評価されての抜擢であった。
関野には司会進行を始めた2009年から今に至るまで、この10年持ち続けてきた信念がある。多くの人が注目をする一巡目指名の選手の読み上げから最後の育成選手として指名される選手の読み上げまで、同じテンションで行うことである。
「順位に関係なく、プロ野球選手という夢を叶える瞬間というのは同じなんです」
ドラフト会議に思いを懸けるのは選手だけに限らない。選手の家族、球団関係者、野球ファン、多くの人がドラフトに夢を託す。だからこそ、一人一人の選手の夢の叶う瞬間を関野は大切にしている。
「指名の瞬間を最高のものにしたい」。ドラフト会議のアナウンスを務めるようになってから関野がずっと考え続けてきたことだ。ドラフト会議のアナウンスを務める上で最も難しいことが読み上げの仕方であると関野は言う。ドラフト会議という名前である以上、会議としての体裁を一定以上は守る必要がある。しかし、その一方で2009年からは公開ドラフトになったこともあり、会場には一般人が入ることが許され、ある種のエンターテインメント性が求められるようになったのだ。会議としての形を守りつつも、会場に足を運んでくださった方やテレビを通して指名の瞬間を見守る選手に最高の瞬間を提供しなくてはならない。
悩んだ末にたどり着いた読み上げの仕方が、指名した球団名と選手の名前の読み上げの間をほんの少しだけ空けることと、選手の名前の読み上げの際のトーンを変えることであった。間をほんの少し空けることによりそれまでとはリズムが自然と変わり、聞いている人達に情報がすっと入るようになると関野は言う。名前の読み上げの際のトーンの変化も同様の狙いである。野球において投手が打者との駆け引きで直球と変化球を織り交ぜるかのように、関野もリズムやトーンに変化をつけてアナウンスをしているという。
もう一つ、関野がドラフト会議で心がけていることがある。スムーズな司会進行だ。ドラフト会議はテレビでの中継などもあり、丁寧に司会進行をすることが求められる一方で、スピードが求められる現場でもある。
だとすれば、いかにスピーディーにアナウンスすることができるか。
考え抜いた末に二枚のシートが生まれた。
一枚目のシートは指名の際の順番と球団名が先に書かれており、実際に各球団から選手の指名があると所定の欄に事前に用意しておいた選手の名前、ポジション、所属が書かれたテープを貼っていくものである。一巡目指名においてのみ、事前に公表があった球団に関しては先にシートに打ち込んでおくという。
二枚目のシートは重複が見込まれる選手のためのものである。このシートには重複した際に読み上げるセリフとどこの球団が指名と抽選を行ったのか、そして結果的にどのチームが交渉権を獲得したのかが分かるようになっている。これらの二枚のシートの活用によってスピーディーな進行が可能になる。また、これらのシートにはもう一つの意味がある。読み上げる際の原稿がシートに記されていることで、万が一の時に備えられるということである。
ドラフト会議は多くの人の夢が叶う場所でありながら、同時に夢が叶わない場所でもある。その事実が関野を毎年悩ませている。プロ野球という世界の厳しさも、その世界に進むことのできる野球選手がほんの一握りの存在であることも分かっている。その事実を理解していても、多くの人が夢を掴んでほしいと関野は願っているのだ。  今年、本指名と育成指名を合わせて指名された選手の数はわずかに104名。プロ志望届を出した251名の選手の半数以上がプロ野球選手になるという夢を果たすことが出来なかった。関野は毎年、ドラフト会議に向けて野球雑誌などを読むことで候補選手の情報を収集する。ドラフト会議で指名がなかったらその年で引退をするという選手や、一定の順位までに指名されなければプロの道には進まない選手がいることを関野は知っている。ドラフト会議当日、指名が進んでいく中でそうした選手の名前が上がってこないことを最初に知るのが関野である。
読み上げに集中しつつも、頭の片隅には気になる選手の名前がある。彼の名前はまだ出てこないか……。スポットライトを浴びるのは指名された選手である。しかし、その裏には夢破れた数え切れないほどの選手の存在がいる。夢の交錯する場所で、関野の声が現実を届ける。
最後に関野にこんな質問をぶつけてみた。
あなたにとって、年末恒例の今年の一字のようにドラフト会議を一字で表現すると何になりますか――。
少し悩んだ後で、関野は「叶」という字を選んだ。
「ドラフト会議では選手がプロ野球選手になるという夢を叶えることはもちろんのこと、ドラフトに向けて動いてきた球団関係者の思いも叶う場です。アナウンスという立場は、名前を呼ぶことでみんなの夢が叶う場所を作ることかな」
ドラフト会議の裏側に長年携わってきた関野ならではの答えであった。  来年以降も関野はドラフト会議でマイクの前に立ち、私たちに夢が叶う瞬間(とき)を提供してくれるだろう。「伝える」ことのプロとして。(文中敬称略)

関連記事一覧