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北海道ボールパーク(仮称)構想におけるICT戦略─世界がまだ見ぬボールパークをつくろう─

北海道ボールパーク(仮称)構想におけるICT戦略 ─世界がまだ見ぬボールパークをつくろう─
森岡裕史│北海道日本ハムファイターズ・ICTアドバイザー

ファイターズについて

日頃よりファイターズに熱いご声援、ご支援をいただきまして、誠にありがとうございます。せっかくの機会ですので、より深くファイターズについて知っていただきたく、最初に球団についてお話しをさせていただきます。
ファイターズは1946年に創立しました。2004年に本拠地を東京から北海道に移転し、移転後はリーグ優勝5回、日本シリーズ優勝が2回の成績です。観客動員数も2017年から200万人を突破し、2005年と比較しますと、おおよそ1.5倍ほど動員が増え、クラブ会員様も今のところ14.5万人ほどいらっしゃいます。SNSのフォロワー数も着実に増えており、 Twitter(90万人)、Facebook(28万人)、YouTube(6万人)、Instagram(17万人)、LINE(27万人)とリーグ1位となっています。
ファイターズの球団理念は“SPORTS COMMUNITY” です。スポーツと生活が近くにある心と身体の健康をはぐくむコミュニティを実現するために地域社会の一員として地域社会との共生を図ることを理念としています。経営理念は “CHALLENGE WITH DREAM”です。既成概念や固定概念にとらわれずに、新しいことにチャレンジしていくこと、夢を持った挑戦を実現すること。北海道とスポーツの未来にコミットすること。それが“私たちにしかできない夢のある挑戦”だと考えております。そして、選手やスタッフも含めて活動方針である“FAN SERVICE 1ST”を日頃から徹底的に意識し、こだわりをもち運営・活動しているのが私どもファイターズです。

北海道ボールパークとは

“世界がまだ見ぬボールパークをつくろう”という本稿の副題は、本プロジェクトのスローガンでもあるのですが、ゼロベースでスタジアムを創る。世界がまだ見ぬ、世界の誰もまだ見たことがないようなボールパークを創ろうといった想いでプロジェクトを進めております。最近ではようやく日本でも“ボールパーク”という言葉が浸透しつつあると実感していますが、ボールパークとは、自治体や市民、賛同企業等の多様な方々が参画しながら野球スタジアムを中心に公園や商業施設などが複合的に併設されている空間であると理解しております。具体的には、まちづくり、都市計画事業そのものであり、自治体や民間のパートナー企業などと一緒に複合的に構成されるボールパークを創り、そこを中心として、野球に興味のない方も強くこの空間に惹きつける装置になること、そして、地元の人たちにも溶け込み、親しまれるボールパークを私たちは目指しています。
私たちが計画しているボールパークですが、まずは北海道のシンボルとなる“共同創造空間”を創りたいということ、地域に根づいて地域とともに発展する“まちづくり”の核となる成長型のボールパークにしたい。これは球団の理念でもあるSports Communityの実現に直結し、“北海道をもっともっとよい場所にしていくこと”に少しでも貢献できればという想いで計画を進めています。
私たちが取り組んでいるボールパークには大きな3つの重点テーマがあります。まず、ICT等のテクノロジーを利用した新しい拡張観戦体験の創造である“次世代ライブエンターテイメント”。そして、北海道の大自然の中でのアクティビティや、最先端の健康ソリューションの提供する“最先端ウェルネスライフ”。最後に、スポーツを核にしたオープンでフラットなまちづくりの“未来型リビングコミュニティ”。この3つの大きな重点テーマをもとに様々な施策を計画しているという状況にあります。
ボールパークの建設地は、北海道の道央圏に位置する北広島市です。北海道の人口は約537万人で、札幌を中心に形成される道央圏の人口は約250万人ですので、道民のほぼ半数がこの道央圏に集中しているという状況です。その土地に私たちはボールパークを建設します。具体的には、新千歳空港からJRで札幌方向に向かう途中に位置する北広島市の“きたひろしま総合運動公園計画地”と言われている場所で、JR北広島駅から北西に約1.5キロ、歩いておおよそ20分ぐらいの距離に位置しております。現時点では、ボールパークに隣接した新駅設置の可能性について、JR北海道様、北広島市様、球団、北海道ボールパーク(準備会社)による4者協議に入ったところです。ちなみに北広島市の人口は現在6万人弱です。プロ野球12球団の中で一番小さな都市にプロ野球球団の本拠地を置くことになります。建設地は北広島市様が所有するおおよそ32ヘクタール(東京ドーム7個ほど)の土地で、ここをお借りして、ボールパークを建築します。北海道は四季がはっきりしていて、かつ四季折々の豊かな自然に恵まれています。訪れる方々は海の幸や山の幸などを楽しみに訪れていると思います。ある調べでは国内の旅行満足度が全国第1位、観光入込客数も年間5,610万人で全国第1位でした。最近ではインバウンド、海外からのお客様も北海道に年間で230万人ほど訪れています。その他にも北海道ならではのポテンシャルや財産を多く持ち、他の地域にはない無限の可能性を秘めているのが北海道です。さらに、マクロ的なロードマップとして、北海道の空の玄関口である新千歳空港が2020年に民営化される計画があります。2023年にボールパークができ、また、2030年の冬季オリンピック・パラリンピック招致を札幌市様が計画していると伺っています。北海道新幹線は、今現在で東京から函館まで延びていますが、2031年には札幌まで延伸する計画です。このようなポテンシャルを持っている中で、2023年に北海道ボールパークを建築する計画です。
写真1は、現在の建設地の状況です。ご覧の通りに今は全く何もない状態です。この広大で何もない空間にボールパークの中核であるスタジアムをどのように建築するかということですが、私たちは北海道になじみ、北海道の自然に溶け込むようなデザインは何かということを最初に検討しました。

写真1 ボールパーク建設地の現在の様子

北海道ボールパークのデザイン

北海道といえば、雪や雨に強い傾斜屋根が特徴的な“切妻屋根”が思い浮かびます。北海道らしく北海道民にとっても違和感のない形として、北海道の風景を壊すことなく、自然に溶け込み、あたかもずっと昔からこの地に存在していたような、この建物自体が北海道のシンボルとなるようなボールパークを目指しています。計画しているスタジアムは、可動式ルーフで屋根が開閉します。北海道は雪が降り積もり、寒い地域ですが、“野球は青空のもと、選手にも優しい天然芝で”という強い想いがあります。今は人工芝やハイブリッド芝も技術が進み、天然芝と比べても遜色がないと思いますし、天然芝にすることによる様々な問題点や課題があることを認識しています。それでも私たちは“100%の天然芝”にこだわっています。
スタジアムの延べ面積はおおよそ10万平米、建築面積が5万平米で、収容人数はおおよそ35,000人収容できる規模のスタジアムを想定しています。地下1階、地上4階建て、高さは地上から約70m。屋根は2枚ありますが、1枚は固定で、1枚がスライドする構造になっています。
CG1は、ルーフのオープン時の様子です。日光や風、湿度等のさまざまな条件の中で芝生を育成する必要がありますので、普段は屋根を開けた状態ですが、試合時には状況に応じて閉めるといった運用になると考えています。メインゲートは、段差によるストレスがなく、様々な楽しみや魅力を味わっていただける、お客様がワクワクしながら集まっていただけるようなメインエントランスを考えています。また、野球は、サッカーの観戦スタイルと違い、観客スタンド席からの高さや奥行き、すなわち全体を俯瞰的に見る競技ではないので、なるべく高低さを無くし、階段の上り下りをできる限り少なく、スタジアム内外を含めてお客様にストレスがないよう特にこだわりを持って計画しています。そして、北海道ボールパークのスタジアムの特徴的な構造物はグラスウォールです(CG2)。外野の後ろに巨大なガラスの構造物、横が約150メートル、高さが約70メートルの巨大なガラスの壁ができ上がります。これは丈夫で健康的な芝生の育成を考慮するとともに、お客様にとってもスタジアムの外と中との心理的な垣根、隔たりをなくすことも意味しております。

CG1 ボールパークのイメージ(ルーフオープン時)

CG2 グラスウォールと超大型ビジョンのイメージ

スタジアムの外と中がシームレスにつながっている空間。グラスウォール南東側のグランピング等の自然を楽しめる沢のエリアから歩いてそのままスタジアムに入れるように、できるだけシームレスな空間や導線を計画しています。また、場内のお客様の導線としてこだわっているのが、回遊型のコンコースです。スタジアムのどこにいても試合を観ることができ、また、一般のお客様以外にも、スタジアムに関係するさまざまなステークホルダー、例えば、サービス提供者様やチーム関係者、VIPのお客様等の様々な人々にとって最適な動線について徹底的に議論し、全ての方々にストレスがなく、快適な空間であるスタジアムを目指しています。さらに、さまざまなシートオプションやシート位置を検討し、どこの座席からでも、PCライン(ピッチャーからキャッチャーへのライン)に必ず向いていることが大切だと考えています。スタジアムはおおよそ35,000人収容できますが、席ごとの用途や目的、周辺環境との関係性を突き詰め、米国のスタジアムに多い、ライト側とレフト側がアシンメトリー(非対称)なスタンドになっています。また、現在ホームゲームを行っている札幌ドームは世界で一番ファウルグラウンドが広いスタジアムと言われています。すなわち観客席から選手までずいぶんと距離があるのですが、私たちは、ファウルグラウンドをできるだけ狭く、観客席からフィールドの選手までの距離を極限まで短くして、選手がより近くに感じられる、観客席から手が届きそうなフィールドを目指しています。スタンドはロウワー、メイン、アッパーコンコースレベルの3つの大きな層があります。全席のおおよそ3分の1はロウワーコンコースレベルに収め、階段の上り下りが楽で、スタンドからフィールドまでの距離が近いスタジアムを目指しています。そして、演出装置として、世界最大規模の超大型ビジョンを考えています。これについては、後ほど詳しくお話しします。また、温浴施設があるスタジアムを計画しています。温泉に入りながらのんびりと野球観戦ができるという環境は、恐らく世界中どこを探してもないでしょう。先ほどの北海道の特徴、ポテンシャルとして、日本で一番温泉の数が多いというのも特徴なのですが、温泉を楽しみながら、同時に野球観戦していただく設備を真面目に考えています。
スケジュールですが、去年の12月に正式に北広島市に建設地が決定し、2023年の開業に向けて、今現在は建築系の基本設計に入っております。今年の秋以降に粗造成、来年の2020年5月に建設着工を計画しています。今までの国や自治体主導によるスポーツ施設の計画は、施設本体であるハードを作り、その後にソフト面であるICTを検討するといった建てつけがほとんどだと思います。しかしながら、デジタル戦略を行う上での失敗の要因、もしくは理想とのギャップである問題や後々コストに直結する課題は、ハードに依存、または関連する部分だと考えています。したがって、今現在、建築系の基本設計を行っていますが、建築といったハードの設計とICT、ソフト面の計画や運用計画を同時並行で進めている状況にあります。ICTの施策を建築チームに伝え、ハードとソフトの両方を並行しながら、両輪で計画を進めているところが本プロジェクトの特徴の1つと考えています。

MLBとNPBの現況

ICTのお話しをする前に、世界の主要プロスポーツリーグの1クラブチーム当たりの年間平均収入の比較をデータで示します(図1)。1位がNFL(米国アメフト)で2位がMLB(米国メジャーリーグ)です。一方で、私たちファイターズが所属するNPB(日本プロ野球)の1クラブチーム当たりの平均年間収入は118億円で、ほぼLiga Española(スペインサッカー)と同じくらいです。
また、MLB(米国メジャーリーグ)の市場規模の推移(図2)をみると、MLBは年々着実に右肩上がりで市場規模が拡大していますが、NPB(日本プロ野球)はほぼ横ばいです。



1995年には、MLBとほぼ同じ市場規模でしたが、この十数年間で、なぜこのような差が生まれたのか。理由は大きく4つあると考えています。1点目は、MLBは野球観戦の提供だけではなく、エンターテイメント性に徹底的にこだわっていること、2点目は、ボールパークを核とした周辺産業との連携がうまくいっていること、3点目はライツの集約、収益の配分がうまく機能していること。4点目は、ICTの利活用ということです。AI(人工知能)やアナリティクス、画像解析、デジタルマーケティング等のテクノロジーを選手の育成等に活用し、選手の強化=コンテンツの価値と魅力が高まり、そこにお客様が集まり、収益が生まれ、それをまた選手の育成や設備等のエンタメ施策に投資していく、この循環、エコシステムが機能しており、そのツールとしてICTをうまく利活用していると言えると思います。MLBも一時期はファン離れの時期がありましたが、技術改革等によりスタジアムに来ても飽きない、毎回違う何かを考え、飽きさせない努力を続けてきた結果が、こういった差が生まれた要因なのかと考えています。
私は先週まで米国に行っており、MLB事情を視察して参りました。その中で米国の東部にあるとても有名なスタジアム、Red SoxのFenway Park 。米国で現存している最古のスタジアムで、1912年にオープンし、今でも使われておりますが、グリーンモンスターの通称でレフト側に37フィート(約11メートル)の大きなフェンスが特徴的で歴史のあるスタジアムです。Fenway Parkのように古い年代のスタジアムは、あくまでも野球の試合観戦の機会を提供する場所でした。目的は野球を見に行くこと、それがそれまでの常識でした。ところが、時代が変わって、テレビの大型化やハイスペック化、テレビ中継の充実化により、スタジアムに足を運ばずに、“テレビで十分”という世代が出てきました。特にミレニアル世代は野球の観戦だけでは楽しめなくなってきました。ちなみにスタジアムは今、第三世代目と言われています。第一世代はFenway Parkのように野球専用のスタジアム。第二世代は1960年頃から1980年代のアメフトと野球が兼用できる7万人ぐらいが入るような巨大なスタジアム。そして、1990年代に入って、○○Park、もしくは○○Fieldといった名称で、またもとに戻って野球専用の施設、野球を中心としたボールパークに形態が変わってきています。そしてそこでの売り物は何か。例えば一番新しい、2017年にオープンしたボールパーク、Atlanta BravesのSun Trust Parkは、私たちが目指しているボールパークの1つの参考モデルになると考えております。もともとここには何もなかった地域らしいのですが、Sun Trust Parkの中核であるスタジアムを中心にホテルや商業施設、レジデンスが創られ、一つの町に発展してきたそうです。ここでの売り物は、総合的な顧客体験として、スポーツビジネスのテーマパーク化が進展しています。いわゆる野球観戦だけではない付加価値の提供です。また、米国のスタジアムは、ソーシャライジング、すなわち、スタジアムが社交場になっています。日本で例えると、私の個人的な印象では“日本のお祭り”に近いのではないかと感じています。要するにお祭りの主人公は神社や神輿ですが、人々はお祭りに行っても、ずっと神社で手を合わせているわけではありませんし、ずっと神輿を見ているわけでもありません。お祭り会場で飲食を含めた“お祭りならでは”の雰囲気を楽しむことが目的となっています。それに近いのではないかという感覚です。すなわち、野球観戦だけではない付加価値の提供として、米国では野球を見ることだけが目的ではなく、スタジアムに来て価値体験をすることが目的になっていると感じました。言い換えると、野球が文化というよりも、スタジアムそのものが文化になってきていると。もちろん、野球興行をしている立場としては、野球を純粋に楽しんでいただきたいですが、野球が地域の文化なのではなくて、スタジアムそのものが文化になってきている。この辺が変わってきていると米国視察で感じたところです。もちろん、全てが米国からの輸入型でもいけないのは十分に理解しておりますし、日本の国民性、事情、嗜好性、日本ならではの観戦スタイルがありますから、全て米国をまねるのではなく、米国と日本のいいところをうまく取り入れながら進める必要があります。また、最高の施設、設備を整えても恐らく数回足を運べば必ずファンは飽きてしまいます。同じことをやっていれば、どんなにすばらしい施設、設備があってもお客様は感動が薄れ、必ず飽きてしまうと思います。ですので、最初から100%の施設を目指して建設し、設備を整え、それを10年維持するという考えではなく、 70%、80%程度の施設を創り、それを10年、20年かけて革新し続けること、革新できる余白と拡張性、柔軟性を備えた基盤を考慮したスタジアムであることが肝要だろうと私たちは考えています。

スタジアムでの観戦スタイル


ファンはスタジアムにICTに何を求めているのか。米国のスタジアムに行くと、必ず『このアプリ(Ballpark)をダウンロードしてください。そうすると売店の場所がわかります。いろいろなゲームが楽しめます。リーグやチーム、選手の最新状況やデータがわかります。次回開催のチケットの購入やアップグレードが簡単にできます。』といった掲示があります。しかし、2017年に米国のリサーチ会社が調査した結果、『スタジアムでアプリを使った頻度はどのくらいですか?』という問いに対して、半分以上がほとんど使っていないという結果でした。これは当時の米国の通信設備や端末環境などの事情があるので、このまま日本に当てはめられないとは思いますが、米国のスタジアムではスマホのアプリをほとんど使っていないという調査結果でした。
スマホアプリだけがICTではありませんが、では、ファンはICTに何を望んでいるのでしょう。その前に先日視察したMLBのスタジアムの状況を少しご紹介します。写真2はSun Trust Parkの平日のデイゲーム、外野席からの風景ですが、このときの試合のMLB公式発表の観客動員数が23,746人でした。このスタジアムは約41,000人の収容ですので、稼働率が60%なのですが、どう見ても60%も埋まっていません。これは試合が始まって3回か4回ぐらい、中盤に差し掛かったころの風景ですが、ほとんど観客は座席にはいないという状態です。写真3はPetco ParkというSan Diegoにあるスタジアムです。これは土曜日の昼間の試合の3回か4回の風景ですが、公式発表の観客動員数が44,425人でした。同じカリフォルニアを本拠地とするDodgers戦という好カードで公表数値を見るとキャパオーバーの超満員なのですが、実際のスタンドは満員ではないのです。“席はがらがら”ではないかもしれませんが、スタンドを見ると公式発表どおりの満員ではありません。“では、観客はどこにいて、なにをしているのか?”と疑問が湧きます。
写真4はTexas Rangersの本拠地であるGlobe Life Parkのライトスタンドのテラスの風景です。観客はこういったテラスにいます。目の前でリアルな試合をやっているにもかかわらず、モニターを見ながらわいわいと飲食やおしゃべりを楽しんでいます。写真5もSun Trust Parkですが、席はがらがらです。反してライトスタンドのテラスはぎゅうぎゅう詰めで、賑やかに雰囲気を楽しんでいるという風景がありました。写真6はGlobe Life Parkで、試合中ですが、室内のラウンジは満員といった状態です。スタンドの座席で目の前で行われている野球をライブ観戦せずに、こういうところに観客が集まっています。写真7はPetco Parkの試合中の様子ですが、皆さんコンコースを歩き回り、飲食やおしゃべりを楽しんでいるという風景です。まさに日本のお祭りで見られる風景です。写真8はPetco Parkの外野席からの風景なのですが、スタジアム外野席からちょっと外に出たところに緩やかな丘というか、傾斜がある芝生のエリアがあります。そこで気持ちよさそうに寝そべり、右手にあるパブリックビューイングで試合の状況を気にしつつ、飲食をしながらおのおの自由なスタイルで野球観戦、雰囲気を楽しんでいるといった風景です。要するに、スタンドの座席には座っていないのです。そして、写真9はPetco Parkの外野席の後ろ側にあるThe Beachという砂場ですが、その他にもスタジアム周りには様々な子ども用の遊具や設備があり、そういったところで子ども達は楽しそうに遊んでいるといった状況です。野球観戦のスタイルとして、野球をずっとだまって座って観ているということではなくて、スタジアムに行って野球場ならではの雰囲気を楽しみ、歩き回り、おしゃべりし、お酒を飲み、食事を楽しむということがMLBのどこのスタジアムでも見られる普通の光景でした。

ファンが求めるICT

ファンはICTに何を求めているか。これは米国のあるリサーチ会社が調査をした結果ですが、『あなたが球場で求めるICTサービスは?』という問いに対して、2位が大型ビジョンで37%、Wi-Fiが21%と続きますが、約半数(49%)は『ない』と答えています。想定ではスマホによるオーダリングや拡張観戦等を予測していましたが、それらは望んでいないようなのです。たしかに米国のスタジアムで観客席を見ても、またはラウンジやコンコースにいる人々を観察しても、スマホを見ながら何かをしている人はあまりいませんでした。
スマホによる価値体験はそれほど望まれていないとして、次に私たちがICTを検討する上で着目しているのが大型ビジョンです。米国のスタジアムでは個性的な大型ビジョンが演出の装置として、うまく利用されています。ビジョンを使っての演出、観客やファンの方々を盛り上げるためのエンタメ装置としてうまく利用しています。そこでのコンテンツ、制御方式は重要事項としてこれから深く追求するのですが、私たちはまずハードウエア的にビジョンのサイズ、解像度等のスペックではなく、あくまでも他を凌駕するサイズにこだわり検討しています。MLBの全30球団のスタジアムの“大型ビジョンのサイズ”を比較調査したところ、1位がCleveland IndiansのProgressive Fieldに設置されているビジョンで、横67m、縦18mの異常なほどに巨大なサイズのビジョンです。具体的な数値はまだ言えませんが、その異常なProgressive Fieldのビジョンサイズを私たちはさらに上回ろうと、しかもその超大型のビジョンをスタジアム内に2基設置しようと考えています。デジタルによる空間演出はとても重要な要素なのですが、私たちは、特に臨場感や一体感、没入感にこだわり、スタジアムに行かなければ体験できないもの、最新のテクノロジーを使わなければできないもの、そして、魅力のあるコンテンツそのものがとても重要になると考え、コンテンツとデザイン、それからテクノロジーを掛け合わせた中で最高の“世界がまだ見ぬ”エンタメ空間を検討し、その演出装置としてこのばかげているほど巨大なビジョンが必要不可欠だと考えています。
また、余談になるかもしれませんが、『スマホ観戦する上で、あったら魅力的だと思う機能上位10』ということで、 J:COM様が2017年に調査した結果によりますと、マルチアングル、リプレイ、それからスロー再生という、いわゆる自由視点映像のニーズが高い結果がありました。確かにテレビ中継ですと、カメラの位置、固定カメラからのアングルが同じなのでいつも同じような中継シーンになってしまいますが、自分が観たい角度から自由に観られるような、そういった観戦環境を望んでいることがわかります。そして、そのテクノロジーの中核になるのが5Gです。すなわち超高速、超低遅延、多数同時接続を特長とした次世代の移動通信技術であると思います。2020年からスタートすると言われていますが、ボールパークが開業する2023年にはどうなっているか、コンシューマ側の端末が5Gに対応しているのか、コモディティ化され、広く一般的に5G端末が普及しているか、各キャリアの料金プランがどうなっているのかといったところが気になりますが、野外では4G/5G、屋内ではWi-Fi6と区分し、ボールパーク全体の通信環境を構築していく計画です。そして、先ほどの自由視点映像を含めた価値の高いコンテンツをお客様に届けられるように技術基盤を含めて検討しています。

北海道ボールパークのICT戦略

資料1 北海道ボールパークにおけるICT施策計画


ボールパークにおけるICTですが、資料1(次頁)にある図の通りに私たちは大きく4つに分類して検討を進めています。まずは、パーキングやエコ設備、雪対策、ゲーティング、移動体通信不感知対策等の“ボールパーク全体のICT”。それから、スタジアム内の大型映像装置、照明装置、音響装置、中継・送出装置、セキュリティカメラやデジタルサイネージ等の“スタジアム内のICT”。そして、チケット販売、飲食販売、グッズ販売、顧客管理、広告管理やマーケティング支援等の“事業戦略系のICT”。さらに、今現在、球団職員は、選手を除いておおよそ160名ぐらいの規模の企業体ですが、2023年には野球興行に関連する事業だけではなく様々な事業を検討しています。そのために、人事、給与、会計、販売管理、財務やグループウエア等といった“会社機能としてのICT”も会社規模や形態に応じて再構築が必要です。このように、①ボールパーク全体のICT、②スタジアム内のICT、③事業戦略系ICT、④会社機能系ICTと大きく4つのICT領域があると考えています。
その中で、今現在は建築や躯体の重量、荷重に絡む部分のボールパーク全体のICTとスタジアム内のICTにプライオリティをつけて取り組んでいます。この建築、躯体構造に絡む領域(①、②)がある程度まとまったところで、次に躯体に絡まない領域(③、④)に取り組んでいこうと計画しています。実は、ICTの施策で実施したいことが沢山あり、当然技術の動向や費用対効果を考えなければいけないのですが、実施したいことをインフラ系、セーフティ・セキュリティ系、ビジネス系、サービス系、顧客価値体験系の5つのセグメントに分けて、その中で戦略ロードマップを作り、施策実行の優先順位を考えている状況です。すなわち、2023年の開業時に全てビッグバン的にローンチすることは全く考えておりません。先ほど成長型のボールパークとお話ししましたが、ICTに関しても状況に応じて成長させるようなことを考えています。そのためにも、それらを支えるインフラ設備、共通基盤やフレームワークが必要になりますが、ロードマップに基づいて、取り組んでいこうと計画しています。また、今からでも取り組めるもの、もしくは2023年まで待たなくとも、段階的に2023年に連携、リンクするようなICTの施策もあります。直近だとチケッティングシステムを刷新しようとしているところです。ネットワークインフラに関しても、IP統合ネットワーク、いわゆる施設のBEMSやEMSといった空調や照明など建物や設備を管理する上で様々なものがIP化されています。また、エレベーターやセキュリティカメラ、そういったものもIP化されています。それらを含めて、映像データやビジネス上の様々データを支える情報系のネットワークを論理的にはなりますが、IP統合できないかということを検討しています。いわゆるメインオペレーション、設備そのもののネットワークとゲームオペレーションとしてのネットワークをバックボーンネットワークとして、かなり技術的にもチャレンジングなことだと思いますが、IP統合できないか検討しています。そして、安心・安全を最大限に担保した上で、どう快適性や効率性を実現できるか。その結果として最大の価値である演出にどうつなげていくかということを検討しています。そして、インフラ基盤を検討する上で一重要視しているのが、拡張性や柔軟性といったスタジアムの成長と成長できる余白に対して最小のコストで対応できる基盤をどのように構築しておくかだと考えております。一方でアプリケーションの世界では先端系技術で様々なことが考えられると思いますが、実を言うと、今の段階ではアプリケーションについてはあまり真剣に考えていません。今考えたとしても恐らく4〜5年後には陳腐化してしまう可能性が高いので、要素技術の動向をウォッチしながら適宜検討するといったスタンスです。もちろんAI、Robotics、AR、VRやLPWA、Beacons、Sensor等のIoT技術は当たり前の技術として2023年には一般化しているのだろうという予測のもと、これらを支えられるような柔軟に拡張できるパワフルなインフラ基盤を検討しています(資料2)。

資料2 北海道ボールパークにおけるICTレイヤ

Sports×ICT として、ICTメーカー、ベンダーに望むこと

ボールパーク構想の発表後、ほぼ毎日のように、ICT系のメーカー企業様やベンダー企業様の方々とお話し、ご提案をいただいている、またはプロジェクトを推進している状況にあります。そうした中でいつも感じている1つの違和感というか、ICT関連企業様にお願い事項があります。私たちはSportsビジネスを行っていますが、ICT×Sportsなのか、Sports×ICTなのか。この両者は、“掛け算なので答えは一緒”ということではなく、少し違うことをぜひご認識いただければと思います。2016年にスポーツ庁が発表した “スポーツ未来開拓会議の中間報告”で、スポーツ産業は “2025年には15.2兆円の巨大市場”になる。恐らくICT企業の皆さんは、この“3倍に成長が期待されるスポーツ事業で利益を上げたい”、“今持っている製品、サービスやテクノロジーが恐らくスポーツにも適用できるのではないだろうか”そういったお考えでいろいろとお話を持ってきていただいています。とても有難いことではあるのですが、しかしながら、私たちユーザー企業側から見ると、やはりテクノロジーオリエンティッドと言いますか、要素技術やシーズが先行してしまっているように感じています。スポーツビジネスは結構特殊なビジネス形態です。私たちの説明も不十分なのでたいへん申し訳ないのですが、スポーツビジネスの戦略や事業モデル、権利系やステークホルダーの理解が少々足りていないかもしれません。例えば、CRMやマーケティング系のサービスを行っている企業様が必ずご提案されるのが、カスタマー(ファン)ジャーニーに基づくソリューションです。『タッチポイント、すなわちお客様との接点を増やして、売上を拡大しましょう』という一見ロジカルなお話しを必ずされます。しかしながら、ジャーニーマップを見ると、どうもそのご提案される企業様にとって有利な、都合のよい願望マップになっていないかと感じることがあります。SportsにおけるICTは、できれば主人公はあくまでもSportsであり、たとえば実際にスタジアムに足を運んでいただき、その中でのペインポイント(課題)を発見していただき、課題を解決する施策や更なる価値を提供できる施策をご提案いただければ、私たちとしましても大変助かります。システム、サービス、テクノロジーは目的ではなくて手段なのです。目的はあくまでもファンや地域、自治体、メディア、スポンサー等に対する価値の提供です。これが目的であり、その目的を実現するための手段としてテクノロジーやシステム、サービスがあるということです。

最後に

私たちは期待を裏切ろうと考えています。もちろん、いい意味でです。人々が抱く期待値や先入観、皆様が思い描くボールパークへの期待と現実とのギャップが大きければ大きいほど感動につながり、人々の心を動かすと思いますので、ワクワクする体験、言い換えれば、“新しい違和感”を創造していければと考えています。
私たちは共創による新しい価値を生み出す、あくまでもイーブンな関係でのパートナーを求めています。自治体や市民、ご賛同いただける企業等の多様な方々にご参画いただきながら、継続的、持続的に成長するボールパークを目指してします。
ぜひとも皆様と一緒にライブエンターテイメント性の高いサービス、施設空間を考えるとともに、社会や地域が抱える諸問題の解決契機となる“世界が未だ見ぬボールパークの実現”に向けて取り組んでいければと考えております。ぜひともご指導、ご助言、ご支援や様々なご提案をいただけますと幸いでございます。よろしくお願いいたします。

▶︎本稿は、2019年5月14日(火)に、早稲田大学で行われた「スポーツICT研究会」での講演内容をまとめたものである。

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