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スポーツ法の新潮流 チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《中編》

スポーツ法の新潮流
チケキャンはなぜメルカリになれなかったか? チケット二次流通をめぐる法的課題《中編》
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 弁護士

前回は、スポーツビジネスにおけるチケッティングを舞台に、インターネット上におけるチケット二次流通(いわゆるチケット転売行為)をめぐる法的課題の解説として、インターネット上のチケット二次流通を取り巻く日本の法的状況について整理してみました。指摘しましたチケット不正転売禁止法(正式名称は、特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律)は平成30年12月14日に成立し、本年平成31年6月14日から施行されます。概要としては以下のとおりですが(用語等の変更はあるものの、前回解説した内容のとおりです)、詳細は文化庁のウェブページに掲載されていますので、ご参照いただければと思います。


もっとも、このチケット不正転売禁止法の内容に注目が集まりがちですが、チケット不正転売問題対策については、そもそもチケッティングがどのような法的性質を有するビジネスなのか、チケットとはどのような法的性質を有する商材なのか、という本質的な思考から考えることが非常に大切です。そこで、今回は、チケットという商材の法的性質から解説したいと思います。

1)チケットという商材の法的性質~契約上の権利

チケット等は、「音楽、演劇その他エンターテイメント、スポーツなどの各種イベントのチケット、権利及びサービス」などと定義されますが、この法的性質は、「興行主等に対して役務提供を求める債権」と解されます。
そして、この債権は、法律上定められた権利ではなく、興行主等とサービス受領者との間の合意によって生まれる契約上の権利であると一般的には整理されます。この契約上の権利とは、目に見える有体物ではなく、著作権や商標権などの知的財産と同様の無体物です。
したがって、チケット等という商材は、見た目は紙を取引している場合もまだまだ多いものの、法的性質としては、このような無体物であるということを踏まえる必要があります。

2)チケットという商材の内容に関する決定権

~転売禁止の法的合理性を裏付ける根拠  そして、このような商材の内容を決定するのは、前述のとおり、これらの商材の法的性質が契約上の権利であることから、法的には当事者間の合意になります。そして、契約の内容は、公序良俗に反しない限り契約当事者が自由に決定することができます。
もっとも、チケット等の取引の実態としては、興行主等が座席の内容、販売数、金額などを決定し、それを合意する者のみが取引する形になっています。特に、人気の極めて高い興行のチケット等の取引については、興行主等が大きなバーゲニングパワーを有することになり、興行主等の自由な設定に基づくチケットであっても取引が成立してしまうため、事実上、興行主等の設定内容に従い、商材の内容が決定されます。
そして、このチケット等の内容の決定権に関連して、名古屋高等裁判所平成23年2月17日判決(最高裁判所平成25年2月14日判決にて確定)は、プロ野球というスポーツの興行に関して、「プロ野球は、他のプロスポーツと同様に、主催者の主催の下にそのスポーツを職業とする選手が球場で試合を行い、観客は入場料を支払って球場に入場しその試合を観戦することにより成り立つ私的自治の分野の事柄であって、憲法22条、29条等の規定に基礎を置く経済活動の自由(営業の自由)、契約自由の原則にかんがみると、試合の開催やその内容・態様、観戦契約の締結などを義務付けたり、規制したりする法令がない以上、試合を行うか否か、行う場合には、これをどのように行うか、どのようなイメージのスポーツを目指すか、いかなる範囲の人々に観戦を提供するか、観客席の雰囲気をどのようなものにし、どのように観戦環境を調整するかなど、その開催・運営に関する事項は、専ら主催者がその裁量によって決定することができるものであるし、主催者と観客との法律関係は、基本的に契約自由の原則によって規律されるものというべきであり、このことは、プロスポーツの試合において、観客が単なる興行の客体にとどまらず、試合の雰囲気を形成する一翼を担う部分があることによって、左右されるものではないというべきである。」と判示しています。  この事案は確かに応援団方式による応援を行う観客に対して観戦を提供するかが問題になった事案(実際上は反社会的勢力という属性をもった観客に対していかに観戦を拒否するかが問題となった事案)であり、このような属性を持たない観客に対してあてはまるかという課題は考えられるものの、判決中において、「そもそも、主催者は、どのようなイメージのスポーツを目指すか、観客席の雰囲気をどのようなものにし、どのように観戦環境を調整するかなど、その運営に関する事項をすべてその裁量によって決定することができるというべきであるから・・(略)・、当該団体について球場の秩序を乱す具体的な危険が認められなくとも、主催者が応援団方式による応援を許容するのにふさわしくないと判断した場合には、これを不許可とすることは、当然に許されてしかるべき」とまで言い切っています。
そして、この判示は、ライブエンターテイメントにおいてあてはまる内容であることから、プロ野球というスポーツの興行のみならず、音楽、演劇その他エンターテイメントの興行にも基本的にあてはまると考えられ、チケット等の内容の決定権は興行主等にあり、契約自由の原則に基づき規律されると思料されます。

3)転売禁止の法的性質

そして、特に興行主等が自由に設定している内容の一つが、興行主等が誰と取引をするか、すなわち、転売の禁止です。転売の禁止は、チケット等の流通制限を発生させるため、その法的有効性が問題となるようにも思えますが、このような設定を明確に禁止する法律はなく、前述のとおりそもそもチケット等の内容をどのようにするのかは基本的に興行主等が自由に決定でき、かつ前述の興行主等のバーゲニングパワーから取引が成立しますので、転売の禁止条件が付されたチケット等も法的に有効な商材となります。
また、昨今の興行主等は、この転売の禁止が条件とされたチケット等が実際転売されたことが発覚した場合、そのチケット等に表章された権利自体を無効化し、入場を拒していますが、これも興行主等が自由に設定しているチケット等の内容に過ぎず、また法律上禁止されるものでもないため、法的に有効な商材であることに変わりはありません。

4)まとめ

以上のことから、チケットという商材は、興行主等が基本的に自由に設定でき、興行主等のバーゲニングパワーからこの内容がそのまま成立した契約上の権利(無体物)です。そして、実態としては、興行主等がこの権利の内容を決定することができ、加えて転売禁止という流通までもほぼ完全にコントロールすることができる商材ということになります。
これまでは、チケットが紙という誰にでも譲渡できてしまう媒体で取引されていたことから、転売禁止という条件は事実上無力化されてしまっていました。しかしながら、近年科学技術の進展によりこのような法的性質がチケット不正転売問題対策のみならず、チケッティングというビジネスに大きく影響することになっています。それは電子チケットの誕生です。次回は、電子チケットの誕生により、チケッティングがどのように変化し、チケット二次流通に影響を与えているのかを解説したいと思います。

▶ Andre M. Louw, Ambush Marketing & the Mega-Event Monopoly – How laws are abused to protect commercial rights to major sporting events -, Springer、 2012
▶ Stephen Weatherill, Principles and Practice in EU Sports Law, OXFORD EU LAW LIBRARY, 2017
▶ T.M.C. Asser Instituut / Asser International Sports Law Centre & Institute for Information Law – University of Amsterdam, Study on sports organisersʼ rights in the European Union, February 2014
▶ 石岡克俊「著作権法に基づく権利の行使と競争秩序–頒布権・消尽・独占禁止法」『法学研究』76巻1号、慶應義塾大学法学研究会、2003年
▶ 加藤君人・片岡朋之・大川原紀之「エンターテイメントビジネスの法律実務」、日本経済新聞出版社、2007年
▶ 金井重彦・龍村全「エンターテイメント法」、学陽書房、2011年

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