スポーツ産業を測る スポーツ“サテライト”アカウントの意味

スポーツ産業を測る
スポーツ“サテライト”アカウントの意味
庄子博人│同志社大学スポーツ健康科学部准教授

スポーツ産業と他の産業との違いとは

本学会の機関誌であるスポーツ産業学研究第1巻1号にて宇土(1991)1)がスポーツ産業について論考していますが、約30年経過した現在に至るまで「スポーツ産業」という概念が確定しているわけではなく、スポーツ産業とは何かについて考えられ続けています。国内においては、3つの産業が複合的に関連し合いハイブリッド産業を生み出しているという原田(2011)2)のスポーツ産業モデルや、スポーツ産業をスポーツマネジメントとの関係性の中で捉えた松岡(2010)3)のスポーツ産業の2セクターモデルなどが代表的です。これまでそのような学術的な論考を通して、スポーツ産業に関する共通理解のようなものは形成されていると思いますが、今回は視点をすこしだけ変えて、そもそもなぜスポーツ産業は簡単に定義できないのか、他の産業との違いは何かについて考えてみたいと思います。
経済学においては、ミクロ経済学とマクロ経済学があります。ミクロ経済学とは、価格のメカニズムを理論化する学問であり、その価格決定の基本単位となっている「企業」の理論と言えます。一方でマクロ経済学とは、国民所得を集計した国全体のマネーの流れや構造を解き明かす学問であり、その基本単位は「全体」の集計であると言えます。さてそれでは、いわゆる「産業」はどこに存在しているのでしょうか。
宮沢(1975)4)は、「産業の経済学」の中で、産業という単位は、ミクロとマクロの中間に位置するものである、という趣旨のことを述べています。つまり、明確な集計単位であるミクロ経済学の「企業」、そしてマクロ経済学の「全体」、その中間に位置するものが産業であるわけですが、ミクロ経済側から見れば企業の集まりが産業であり、マクロ経済側から見れば、全体の分割が産業であるわけです。しかし、「企業の集まり」からのアプローチと「全体の分割」からのアプローチが必ずしも一致するわけではないところに産業を考える難しさと面白さがあると考えられます。
「企業の集まり」からのアプローチは、IT産業、ゲーム産業など、日常的によく使われる使い方にも現れています。専門的には、価格弾力性が同じで代替性のある商品・サービス群のことですが、要は「似たような企業の集計」と言えます。これはミクロな観点からの産業の言い方であり、「市場」とも言えるでしょう。良い点としては関連する同種の企業の集合として理解しやすいというところですが、一方で、〇〇産業、〇〇市場を沢山あげていっても、全体としては過小評価(集計漏れ)あるいは過大評価(二重計算)になってしまって、全体の集計にはならないという問題があります。
また、「全体の分割」アプローチは、経済統計などで登場する産業分類と言われる「部門」に現れます。おそらく一般的に、世界で最も有名な産業の理論は、産業が進化(変化)するという「ペティ=クラークの法則」ですが、これも「全体の分割」からのアプローチであると考えられます。この理論のポイントは、どの企業が1次・2次・3次に定義されるかということを考えたわけではなく、全体としてみたときに、農耕や漁業主体の1次産業からサービス業を主体とした3次産業に進化(変化)しているよね、ということです。したがって、「1次+2次+3次=全体」というマクロな観点からの理論であると考えられます。産業連関表やSNAの分類はこれに近く、全体を分割している、あるいは全体を集計するための「部門」である、と言えます。
さて、最後の問題は、観光産業やスポーツ産業など、同種の企業の集合とも言い切れないし、全体の分割というのももちろん違う、という産業の言い方が存在するということです。これは、観光産業なら観光、スポーツ産業ならスポーツという「人間の活動」が分類の考え方のスタートになっているためだと考えられます。したがって、スポーツ産業の場合、スポーツ活動に関連する企業が全て含まれるが故に、スポーツ施設を作る建設業や、スポーツ用品を売る小売業など、同種の企業とは言えない企業も含まれるわけです。さらには、同じ商品・サービスでも、人によってはスポーツ産業になる場合もあれば、そうでない場合もありえるということがスポーツ産業の定義を一層複雑にしています。
スポーツ産業は、人間とスポーツとの関わり方、あるいは、スポーツと商品・サービスとの関わり方、を産業集計の概念の出発点にしている、ということが明らかとなりました。私は、スポーツ産業とは、ミクロ・マクロ的概念を超えて、集計概念に人間の活動を加味する必要があるところが他の産業と異なる点であると考えています。
ただ、そうはいっても産業政策のツールとしては、概念だけにとどまらず、スポーツ産業は〇〇円である、という具体的な金額として、マクロ経済的な「全体の集計」のどの部分にどのように関わっているのか、を提示する必要があります。そのために不可欠なツールが「サテライトアカウント」というわけです。「サテライト」とは、「本体と離れて」という意味ですが、マクロ経済学で厳密に定義される国民経済計算を本体としたときに、本体から離れて、スポーツという見方から産業を横断して切り取った集計概念を使ったアカウントで計測しましょう、ということになります。

▶ 1)宇土正彦,スポーツ産業とスポーツ経営の構造的連関に関する研究,スポーツ産業学研究Vol.1,No.1,pp.1-11, 1991.
▶ 2)原田宗彦,スポーツ産業論,第5版,2011
▶ 3)松岡宏高,スポーツマネジメント概念の再検討,スポーツマネジメント研究,Vol.2,No.1,pp.33-45,2010.
▶ 4)宮沢健一,産業の経済学, 経済学入門叢書,東洋経済新報社,1975

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