欧米におけるスタジアム&アリーナの最新動向

欧米におけるスタジアム&アリーナの最新動向
間野義之│早稲田大学教授

スポーツ産業の市場規模を3倍に

2016年2月に「スポーツ未来開拓会議」がスポーツ庁と経済産業省との共同開催で立ち上がりました。この中で6回ほど議論しましたが、スポーツ市場の規模を5.5兆円から15兆円へと3倍にする。この10兆円かさ上げを何でどうやるのか。現状5.5兆円の内訳のうちスタジアム&アリーナが2.1兆円と一番大きな割合を占めていますので、ここを改善して3.8兆円まで成長させる、というところから議論が始まっています。
スタジアム&アリーナ改革の柱は、コストセンターからプロフィットセンターへという考え方の変革。世界のスタジアム&アリーナは実際に稼いでいまして、日本は周回おくれです。スポーツ産業、特にスタジアム&アリーナはきわめてドメスティックな産業です。これが半導体や自動車になると世界で競争しなければいけませんが、日本の消費者と日本の供給者が出会う場がスタジアム&アリーナでありますので、何か最先端の物を取り込めばすぐに成長できるし、それを外資に持っていかれるような恐れも簡単には生じない。  2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催されますが、前年の2019年にはラグビーのワールドカップが開催されます。ラグビーは激しいスポーツなので毎日試合ができません。1週間とか10日あけないとできない。そうすると大会期間が長くなる。オリンピックはわずか16日ですけれども、ラグビーワールドカップは44日間、しかも開催は北海道から九州まで12都市で開催します。ラグビーワールドカップの出場国(20カ国)のほとんどは先進国です。イギリス、フランス、オーストラリア、アメリカなどの先進国のお金持ちの人たちがオリンピックの前年に来て、ラグビーを北海道から九州まで見て帰り、その翌年、オリンピック・パラリンピックが来ます。
また、「見る」だけではなく「する」スポーツにつなげるための世界で最高の生涯スポーツの大会、ワールド・マスターズ・ゲームズが2021年に関西8府県4政令市で開催されます。つまり、3年連続、私は「奇蹟の3年、ゴールデン・スポーツイヤーズ」と名づけていますけれども、招致活動を全く別々にやっていたのが、スロットマシーンのようにたまたまそろったのです。  こういう千載一遇のときに、政府としては当然そういうことを見逃しません。アベノミクスでGDP500兆円を600兆円に増大させる。その100兆円のうち10兆円は少なくともスポーツでできるだろう、それぐらい「ゴールデン・スポーツイヤーズ」のインパクトは大きい。あとは私たちがスロットマシーンで「777」とそろったところを上手く活用して、どれだけジャラジャラ出すか。そしていいレガシーを残していき、国民の負担が少ない中で国民がスポーツや音楽を楽しめるような空間をしっかりつくっていくことが期待されているわけです。
この期に及んでは、今ある建物を単に同じように建てかえてもだめです。ただ単にサイズだけ大きくしたり、照明をよくしたり映像装置をつけるだけではだめです。根本的な発想として私たちは「スマート・ベニュー®」という多機能複合型施設を提唱しています。東日本大震災を思い出してください。あのときに体育館があったから避難ができたのです。グラウンドがあったから仮設が建てられたのです。いざというときには避難所、防災施設、減災施設になると考えれば、立地としては町なかにあるほうが望ましい。そういうことも含めた多機能複合型のスポーツ施設(スマート・ベニュー®)をサステーナブルな交流施設として街なかにつくっていくことを考えています。

世界の先端事例から

米国西海岸サンタクララの“Levi’s® Stadium”は、NFLの施設ですが、2015年のVenue of the Year Awardを受賞しています。ここでまず驚くべきところが、建設費が約1,545億円、新国立競技場とほぼ同じ金額ですけれども、このうちの1,400億円を民間が出資しています。これは、出資ですから寄附ではありません。当然、リターンがあることを前提にしています。民間が1,000億円を超える資金を出資し、回収できる見通しがあるということです。
アメリカンフットボールはアメリカで最大の人気のスポーツですけれども、年間でホームゲームの試合は8試合しかありません。つまり年間8試合だけで1,000億円の投資を回収できる可能性があると民間では踏んでいるわけです。  要は、単価です。先ずはチケット単価。そしてそこで滞在して落としていく一人当たりの単価をどれだけ大きくするか。と同時に、そのときに集められる広告料収入や、放送権料収入などの試合あたりの単価です。機会が少なければ少な過ぎるほど希少価値が高まるという面もあるわけです。 ここには、スタジアム専用のアプリがありまして、チケットが買え、駐車場が予約できて、飲食の注文ができて席まで配達もしてくれます。ナビゲーション(動線案内)として空いているトイレを案内し、見逃したら手元でハイビジョンリプレイができる、高密度Wi-Fiが備わっているということです。
アトランタの“Mercedes Benz Stadium”は、さらに新しいスタジアムで、2017年8月に開業したばかりです。ここにももちろん多様なITアプリケーションが入っています。これからのスタジアム&アリーナはアプリ、ICTは当然のインフラとして入っています。これも約1,800億円という大きな金額ですけれども、やはり民間投資を中心につくられています。また、ここはテナントがNFL以外のメジャーリーグサッカーやNCAA等の大きな試合も予定されています。
ここのユニークなところはシャッター型の開閉式の屋根です。LEDパネルもふんだんに使われています。稼げる仕組みが充実しています。VIP席にしろ、コーポレートボックスにしろ、飲食とホスピタリティー施設が多種多様で本当に充実しています。つまり、LEDや広告でもちろん稼げるし、飲食を含めたホスピタリティーとして1枚当たり、1人当たりの単価を上げています。
実際、座席に座って見ている人ばかりではなく、みんな思い思いの場所に行っている。そのかわりどこにでも全部LEDビジョンがあり、手元でも試合を見ることができるし、どこにいてもゲームを見ることができる。要は試合観戦だけではなく感動体験、特別な体験、そういう体験価値を売っている。もちろん試合の勝ち負け、試合の質の良し悪しも大事ですが、それだけではない。そこへ行ってワクワクする、そこへ行って1日楽しむことができる、何か少し贅沢な充実感を味わえたりする、そういうようなことが求められています。
フットボールやサッカーを開催するときには屋根が空いていますが、コンサートやバスケットボールのときには屋根を閉めます。バックヤードのホスピタリティーも相当に充実していて、他にも国際会議場、ホテルなどいろいろなものが集積しています。
ポーランドのワルシャワに2011年につくられたナショナルスタジアムがあります。元々は2012年のユーロ、ヨーロッパの国別の対抗戦のためにつくったサッカースタジアムですけれども、バレーボール、オートバイのレース、インドアサーフィンのレースも行う58,000人収容のスタジアムで、もちろん、コンサートにも使う多目的スタジアムです。エントランス、ビジネスラウンジ、ファンクラブのラウンジ、レストランなどなど、飲食も含めたホスピタリティーを充実させています。試合の観戦だけではなかなか稼ぐことはできない。この屋根もセンターからの開閉式になっています。  でも、屋根を閉めると芝生は生育できません。なので天然芝はサッカーの試合のときに運んできて置きます。スタジアムの床はコンクリートのスラブで、床下は駐車場です。サッカーの試合は年間の回数が限られているわけですから、芝を持ってきて置けばいいだけだと。ウィンドサーフィンのときはそこに柵をして水を張り、片側から巨大な扇風機で風を起こしてそれでレースをやる。私が見に行った時期にはバドミントンのコートが何十面とありました。スタジアムであっても、こういった多機能型になってきています。そういったものが、元社会主義の国のナショナルスタジアムとして存在するわけです。
次は複合型のほうを見てみたいと思います。2005年にできた32,000人入る“Ricoh Arena”です。ロンドンの北部のコベントリーにあります。もともとサッカー場をつくりましたが、2015年のラグビーワールドカップに向けてラグビークラブが買収しました。しかし、売上を見ると、ラグビーの試合では年間の3分の1で、それ以外のもので多くを稼いでいます。実際にここでは、エキシビションホール、イベントホール、カンファレンスルーム、ラウンジ、スイートルーム、ホテル、レストラン、そして地下にカジノがあります。イギリスで最大の面積を誇るカジノは、このスタジアムの地下にありました。
メキシコシティーにある“Estadio Azteca”は、87,000人入る非常に巨大なスタジアムです。古いスタジアムですが、驚いたのは3フロアにまたがる特別閲覧席です。企業向けの本当に大きなスイートが20室、比較的にカジュアルな8~10人が入るビューボックスが856室、そしてさらに高額な特別閲覧室が42室です。8万人のうち11,000人、10%以上の人はこのVIP席で見るのです。
スタジアムにはいろいろな収入がありますが、シーズン前に売れれば全部キャッシュが入ってきて、当然固定収入になるわけで安定しますし、金額も大きい。スポーツと社交がヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国あるいはメキシコでも密接に結びついています。日本では銀座や北新地での接待や商談もありますが、それは家族ぐるみのおつき合いの場にはなりません。商談としていろいろな種類があっていいのですが、スタジアムは、居酒屋のようにして使う人もいれば、「ご家族でどうぞ」と言われて奥さんとお子さんを連れてくることもできるという場所になっています。そういうふうに社交や商談の機能がスタジアムやスポーツの中に組み込まれてきています。
スイスの首都ベルンにある“Stade de Suisse”にも行ってきました。できたのは2005年ですけれども、環境に優しい世界一の面積を誇るソーラーパネルが屋根についています。そしてショッピングモールなど全て一体化していまして、地下は駐車場とショッピングモールが半々ずつです。普通、ピッチの下に何かあるのはおかしいと思いますが、考えてみるとその下は一番荷重がかからないのです。空間として使ってしまえばいいわけです。スイスのスタジアムはピッチの下をショッピングモール、駐車場にして使うケースが多いです。
日本の場合は地下工事はお金がかかると言われていますが、面積が少ない中でなるべく容積率を使っていこうと思うと、地下利用は参考になるかもしれません。
日本で、あるいは世界で最も成功しているのは東京ドームビジネスだと僕は思います。人工芝で屋根がかかっていて、いつでも何でも使えるので、年間300日以上稼働しているという世界でもまれに見るスタジアムビジネスの好例です。この日本の中にも東京ドームやヤフードームなど、いろいろ参考にできるビジネスがあります。そういう日本の好例をうまく使って世界最先端のスタジアムビジネスのノウハウを組み合わせて、最新の日本の持つ世界最先端のテクノロジーを活用すれば、スタジアムビジネスも一気に3倍どころか4倍、5倍に飛躍できる可能性があるのではないかと私は思っています。

アリーナの先進事例

今度はアリーナの話ですけれども、稼働率を上げるためには床の制約なしにいろいろなスポーツやいろいろなイベントをどれだけ早く切りかえられるかということが重要です。ロサンゼルスの“Staples Center”の例ですが、アイスホッケーで使ったら直後にフォークリフトやトラックなどいろいろな重機もアリーナに入ってきて、すぐにバスケットボールコートに転換ができます。センタービジョンを上げたりおろしたりしながら、レイカーズの試合が終わると今度はクリッパーズという別のチームの床にすぐに転回することも可能です。
要は下がコンクリート・スラブ状態で、そこにコートを置くのです。先ほどのワルシャワのサッカー場に芝を置くよりもはるかに簡単なことです。これができるのは、搬入口が巨大で大型トラックが入れることと、フォークリフトが入ってくるのが全然平気なようにつくっていること。また、これを展開できる資材を裏に置けるバックヤードに十分なスペースがあります。コンサートの場合は10トントラックが10台ぐらい来て、それが絶えずに荷をおろしては出ていくという展開ができるスピード感があります。事前に10台が滞留できるスペースも必要で、表には出てこないところにそういう搬出入道路と設備があります。当然、搬出入路とスラブが同じフロアでないと、この超速展開は行えません。
日本はなぜそれができないのか。木床だからです。木床にシートを敷いて補強して養生して設営して、また撤収してとやっていると、あっという間に人もお金も時間がかかるわけです。そこの発想が全く違うところです。  2016年竣工のラスベガスの“T-mobile Arena”は、米国で最新のアリーナで、アイスホッケーがメインですが、コンサートなども行うところです。ラスベガスという土地柄もありますけれども、高級ラウンジなどプレミアムルーム、富裕層向けのところ、つまり高額席、高額室が本当に充実しています。
下はただ単にコンクリートで、床など何も置いていません。LEDリボンやセンタービジョンなど、広告料収入に直結しますから、これらが充実しています。この建物の外側自身もLED照明になっていまして、そこにも広告が出ます。バスケットボール、アイスホッケー、ボクシング、コンサートも含めて、ここまで来ると巨大なナイトクラブという感じで、アリーナ中央でのナイトショーを、周りでソファーに座りシャンパンを飲み、上質な会話を楽しみながら、観劇・観戦するようです。
アリーナの中でも世界で最も稼いでいると言われているのがロンドンにある“The О2”です。ロンドンオリンピックのときにはバスケットボール決勝の会場で、同じように多機能・複合型です。音楽コンサートもアイスホッケーもできるし、テニスのATPツアーファイナルもここでやっています。周り全体がミレニアムドーム化しており、その中に映画館、ダンスホール、ボーリング場、レストラン等、かなりいろいろものが複合化しているエリアです。
ここがすばらしいのはバックヤードです。テニスのATPツアーファイナルのとき、世界の男子のトップ8だけが来てやるテニスの最終戦ですが、非常にショーアップされています。1週間で約100億円を売り上げていると言われています。ここも当然、コンクリート・スラブで、そこにテニスコートを置いてつくります。注目していただきたいのは、選手やコーチが来たくなるようなアリーナだということです。
要は、観戦者だけではなく出演者やスタッフもとても大事な顧客だということです。観戦者とスポンサーはお金を出してくれる最重要顧客ではありますが、世界中のアリーナが希少で高額なコンテンツを取り合っていることを考えると、そこに出演する人たちやスタッフも来たくなるような仕組みをつくることも重要になります。観客側には見えないところにプレジデント・ラウンジがあり、真っ赤な革張りのソファーが並んでいて、厨房もありました。出演した人、例えばコンサートをやったあとそのまま盛り上がり、友だちや仲間、家族とパーティーをやりたいけれども、当然、出待ちがいる。もしそのままこの施設の中でできて、最高のワインと最高のフード、最高の仲間がいると楽しいですね。そうすると「年1回ぐらい“The O2”に行きたい」とアーチストたちも言い、好んで行く、喜んでいく、そういう仕組みにつながります。
加えて言うと、ウインブルドンのテニス施設ではメディアに対するホスピタリティーが非常によくできています。メディアセンターには記者1人1人のデスクに画面があって、ウインブルドンの試合のときは19のコートを使用しますが、手元の操作で19全てのコートを見ることができます。それぞれのコートに行かないでもそこで記事が書けるわけです。
要は、プレミアムのスタジアム&アリーナというものは、お客さんも来たくなるし、出演者、選手、コーチあるいはアーチストもメディアの人たちも、みんなが来たくなるような仕掛けをつくっているのです。
中国の上海にも“Mercedes-Benz Arena”というアリーナがあります。ここでも82室のVIP席がつくられています。


効率的かつ効果的なスタジアム・アリーナの整備・管理を進めるためには、民間の資金や経営能力、技術的能力を活用していくことが重要であり、 PPP/PFI手法等の中から、地域や施設の実情に応じた適切な手法を用いるべきである。
▶スポーツ庁「スポーツ未来開拓会議(第7回)配付資料2」(2017)より
ソウルワールドカップスタジアムと同じですけれども、アジアの中で日本が最先端だと思ったら大間違いです。既に上海やソウルには抜かれていると思ったほうがいいと思います。逆に言えば、ドメスティック産業ですから、向こうが繁盛してもこちらが損するわけではないので気にしなかったのです。ただ、さらにそれを越えるのであれば、どんどん稼ぐことができる、そういう勝機でもあると言えます。

今後の展望

今、スタジアム&アリーナ推進は官民連携で協議会をつくることが前提です。これまでは官主導でスポーツ団体にインタビューだけをしてつくっていましたが、もうそういう時代ではない。運営は民間と一緒になってコストセンターからプロフィットセンターにするということは、税金の無駄遣いをしないという意味でもあります。税金を使わないでもできることは税金を使わないでやっていこうという、そういうことを話し合いながらやらなければいけない。この幹事会も鈴木大地長官を会長にして立ち上がっています。
そして2017年6月には「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック」を出しました。そこでも改革指針の概要が出ていますし、改革のための4つの項目、14の要件を出しています。さらに詳しく、どうやって資金調達するのか、民間などどうやって投資していくのかということについても、単なる運営権を取得するだけではなく、ハードも含めて投資していくことのできる環境をつくろうということを準備しているころです。

▶本稿は、2017年12月14日(木)に早稲田大学国際会議場で開催された「緊急シンポジウム:スタジアム&アリーナの新展開」の講演内容をまとめたものである。

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