進化し続ける「ボールパーク」東北楽天ゴールデンイーグルスの軌跡

進化し続ける「ボールパーク」東北楽天ゴールデンイーグルスの軌跡
森井誠之│株式会社楽天野球団 営業本部本部長

楽天野球団が、50年振りにプロ野球へ新規参入して13年。国民的なスポーツであるプロ野球に、楽天が培ってきたビジネスの考えを取り入れることで、新たな球団経営のあり方を示して来られたのではないかと考えている。以下、我々が行ってきた様々な取り組みを振り返るとともに、目指す方向を書き記したい。

ゼロからのスタート

プロ野球チームを運営するために必要なことは何か。
その答えを知らないまま楽天野球団のチャレンジは始まった。
プロ野球の歴史の中で、創設期より親会社が変わることなく球団が存在し続けるケースは稀有である。親会社の変更と共に、チーム名称や本拠地が変わったチームはいくつもあるが、経営に関わる人材やノウハウなどは継承されることがほとんどだった。しかし、我々は1954年以来50年振りの球界新規参入だったため、全てがゼロからのスタートであった。チームの編成、練習場の確保、ユニフォームのデザイン、球場の全面改修、チケット販売方法の構築、近隣への配慮――。対応すべき課題は多岐にわたった。さらに、それら全てを5カ月後に迫った開幕までに対応しなければならなかった。

健全経営に向けて

楽天野球団は創設以来、「The Baseball Enter-tainment Company」を理念として掲げている。さらに、「強いチームの創造」「地域密着の実現」「健全経営の実現」を行動の柱とし、これを行うことで、球団を持続的に発展していけると考えている。中でも「健全経営の実現」は球団にとって重要な位置付けだ。
かつてのプロ野球団の主な収入源は、テレビなどの放映権料と試合の入場料であった。プロ野球のテレビ中継が視聴率ランキング上位を独占した時代もあったが、我々が参入した2000年代以降は、娯楽の多様化やテレビ離れにより試合中継の視聴率はかつてほど期待することが出来なくなっていた。そのうえ、球団の赤字を補填するために親会社が広告宣伝費を支出するという従来のやり方では、プロ野球リーグの再編問題が再燃する恐れがある。
放映権収入に多くを頼ってきた既存プロ野球団のビジネスモデルから考えを大きく改め、親会社に頼らず、野球団単体で採算の取れる新たな形のビジネスモデルを確立することが、我々の目標となった。

「ボールパーク構想」の推進

そこで取り組んだのが、球団と球場の一体型経営による「ボールパーク構想」の推進である。球場を単に試合をするための興行施設としてみなすのではなく、周辺施設も含む球場全体を一体運営して幅広い客層がそれぞれに楽しめる場所や機会を提供し、「3時間のスポーツ興行を観にいく」から「1日中楽しめるボールパークに遊びに行く」というファンを増やすことで、着実に収益化を図るビジネスモデルである。
そのためにまず、宮城球場の管理許可と営業権の取得を目指した。それらが得られれば、興行をきっかけにより独自に柔軟なビジネス展開が図れるからである。球場の所有者である宮城県と話し合いのうえ、球場の改修にかかる費用を我々が負担して改修後の施設を寄付という形で宮城県に還元する代わりに、管理許可と営業権を得られることになった。これにより、球場内の広告をはじめ関連グッズや飲食の販売など、球場内で行われる全てのビジネスを球団主導で管理・運営し、球団の収入に結びつけることができるようになった。
楽天野球団の経営基盤は、今もこの「ボールパーク構想」と、それに基づくビジネスモデルで成り立っている。参入当時、こういった手法は革新的なものと受け止められたが、昨今では他球団でも球場との契約のあり方を見直す動きが相次いでおり、「球団と球場の一体型経営」は健全な経営を行うために重要な要素であるという証しだと考える。

ハード面での「ボールパーク」の実現

観戦に訪れた人がとにかく野球を楽しめる空間、野球がない日でも訪れるだけで楽しくなれる場所として、ホームグラウンドを作り上げる。その礎は参入時も今も変わることはない。
2004年末から進めた宮城球場の改修工事では、単に古い施設をリニューアルするだけではなく、既存の野球場とは異なる「観客の目線で楽しめる」球場作りを目指し、日本で初めてとなる砂かぶり席やフィールドシートといった臨場感を味わえる席を設置した。ファミリー層向けにボックス席の拡充を図るなど、その後も大小様々な改修を繰り返し、常に観客の立場で席の整備と増設を行ってきた。昨年は、「ボールパーク構想」をさらに加速するために、内野・外野フェアグラウンド部分の人工芝を天然芝へ張り替えた。仙台の寒冷な土地にも対応する3 種類の寒地型芝種を配合し、大リーグなどアメリカのプロスポーツ競技で導入されている芝生育成システムを日本の球場として初導入した。見た目にも美しい天然芝ならではのフィールドで、選手たちのよりダイナミックなプレーを楽しめる空間を作り上げた。
また、左中間後方の観覧席スペースを拡大して、観覧席と公園が一体となった「スマイルグリコパーク」を新設し、試合が観戦できるエリアでは日本で初となる観覧車とメリーゴーラウンドも設置した。同パークは試合日以外もオープンしており、野球以外にもレジャーや観光としてスタジアムに訪れる機会の創出にも貢献している。

ソフト面での「ボールパーク」の実践

「何回来場しても飽きないボールパーク」を目指し、お客様の期待に答えるべく球団スタッフは日々、新しい企画に取り組んでいる。
本拠地である「Koboパーク宮城」では、全試合日程で様々なイベントを行っており、試合開始の3時間以上前から大勢のお客様がイベント目的で来場し、球場外周は盛り上がりを見せている。
2015年からは、スタジアム内に問い合わせ窓口「イーグルスデスク」を設置した。対応を行うスタッフは全員、球団が直接雇用している職員である。球場内の施設案内や各種サービスへの対応をはじめ、きめ細かな対応によってソフト面での顧客満足の向上を図っている。職員とファンとの会話から新しいアイデアが生まれることもあり、それをすぐサービスの開発や改善に反映することができている。これらは全て、「球団と球場の一体型経営」だからこそ実現できることである。

地域経済への貢献

宮城県が試算した2016年シーズンの楽天イーグルスの一軍公式戦開催の県内における経済効果は213億円となり、初年度(2005年)の121億円に比べ約2倍となった。レギュラーシーズンとしては過去最高額である。
一軍二軍の公式戦開催による経済効果以外にも、シティセールス効果(各種メディアでの報道による地域・都市宣伝効果)もあげられている。宿泊を伴う遠方からのお客様が増えたので、観客一人当たりの消費額が上がっていることが最たる理由であろう。

新たなチャレンジ

今シーズンからは、全試合・全席種を対象とした観戦チケットの販売価格を変動制とした。「ダイナミック・プライシング」と呼ばれるこの手法は、日本のプロ野球界では斬新な取り組みとして捉えられたが、ビジネスモデルとしては決して目新しいものではない。すでに大リーグでは過半数の球団が導入している。
2009年から、日本プロ野球団としては初めて、4 段階の料金価格で設定する「フレックス・プライス」を導入していたが、年々増加する観客動員数は昨シーズン、球団史上最多となる約162万人を記録した。「観客収容率」(平均観客来場者数をスタジアムの収容人数で割った率)が85%に達したことで、改めて需要と供給のバランスを見直すことにしたのだ。柔軟な価格設定を可能にすることで、幅広い層のファンの声に応えるのが目的である。
この変動制により、多少高めの価格のチケットでも、人気投手の登板試合や節目の試合などを確実に観戦したいというコア層の希望に沿えるだけでなく、通常の試合のチケットが安価となることで、より多くのお客様に観戦機会を提供できると考えている。

顧客満足度最大化の追求

我々の取り組みの全てが、お客様に受け入れられ成功したというわけではない。コアなファンのニッチな要望とライトファンのマスな要望に同じように応えていくことは、決 して容易なことではない。それでも既存の提供サービスに満足せず、様々なスポーツ分野での成功例を参考にし、新たな試みを模索し続けたい。お客様により満足いただくことが観客増加に繋がると考えているからだ。
魅力的なスタジアムを作り、多くの人が楽しめる空間を提供する。ハード、ソフトの両面でファンの皆様に満足していただき、チームにより大きな声援を送っていただきたい。チーム、ファン、球団の三者にとって良い循環が生まれたときこそ、我々が常に目指している「優勝」の二文字が現実のものとなるだろう。

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