JリーグクラブにおけるSNS活用の新たな視点

JリーグクラブにおけるSNS活用の新たな視点
桧野安弘│株式会社ホットリンク 執行役員CEO

Jリーグクラブ運営において、ソーシャルメディア時代の「クチコミ」の影響力は日毎に増しています。多くのサポーターがSNSでJリーグに関する情報を発信し、贔屓にしているチーム専用のSNSアカウントを作っている人も存在するくらいです。SNSで語られる内容の質(ポジティブ/ネガティブなど)は、既存のファンの中で話題を拡げるに留まらず、新規の集客にも寄与するのは明らかです。
私は日ごろからTwitterやブログ、掲示板などのソーシャルメディアビッグデータの解析と活用を仕事にしており、一般企業のマーケティングの支援をしております。企業のSNS活用の関心は、「フォロワーを集めること」だったものから、「ユーザーのクチコミをいかに起こせるか」に今ではシフトしています。Jリーグクラブも、フォロワー数だけに捉われるのではなく、今後はクチコミを自チームのサポーターにしていただくことが重要です、さらに、対戦相手や他チームのサポーターにも語られるように企図することが、大きな成果の果実を味わうことができる施策となるでしょう。

スポーツを取り巻くメディア環境の変化

昔のスポーツメディアはテレビが中心で、そこにラジオ・新聞・雑誌を加えた4マスが主流でした。しかし今では、「インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディア」の普及により、人々の可処分時間の過ごし方が変わり、視線の先はスマートフォンに集まるようになっています。結果、これまではスポーツメディアの王者であったテレビはセカンドスクリーンとなり、スポーツの生中継は減り、有料放送に移行してきました。スポーツに関わる、ラジオ、雑誌も減少傾向にあります。部数を減らしながらも、スポーツ紙はなんとか踏みとどまっているのが現状です。
マスメディアを活用するということは、企業側が情報発信の主体となった「1対n」への発信です。ここにソーシャルメディアの可能性を最大限に引き出せない思考の制約があります。多くのチームのSNSアカウント運用は上記のような思考で、フォロワーへ情報を伝える役割として利用されています。しかし、これでは情報を受け取るのは既にチームのSNSアカウントをフォローしてくれているサポーターでありリピーターである「現状の入場者層」にしか情報は伝わらず、来場者の新規層開拓には寄与しません。
一方、サポーターにうまくクチこまれるようになれば、サッカー観戦をしたことがなかったサポーターのフォロワーにも情報が届くようになり、新規層開拓が見込めます。私が支援している多くの一般企業もマスマーケティングの時代から変わらずに「発信するのは企業側」と言うスタンスが主流でした。SNSを「情報発信の主役は企業である」というマス同様の使い方では、「ソーシャルメディアの利点」を上手く活用できないということです。
そもそもソーシャルメディアとは、パーソナルメディアの集合体です。ソーシャルは社会、パーソナルは個人。個人の集合体が社会であり、その後ろに「メディア」がついたことが特徴的なのです。個人がSNSというパーソナルメディアを持って情報を発信できる時代となり、その総数は8000万ユーザーに達するところです。4マスの時代は、いかにテレビ、ラジオ、新聞、雑誌に自社の商品が掲載され、多くのn数の視聴者・読者へ伝えられるかがマーケティングの肝とも言えましたが、今の時代の人々は、自ら情報を発信することはもちろん、他者の情報を感受性鋭く受け止め、操作されていないクチコミを参考にするようになっています。パーソナルメディアの時代は4マスに掲載を依頼していたように、 8000万メディアの一つひとつに掲載(クチコミ)を依頼していくようなものです。

UGCを活用したマーケティングへのシフト

UGCとはUser Generated Contentsの略でいわゆるユーザーのクチコミです。UGCは信頼性が高い情報で、人々の消費行動に影響を与える情報です。企業の宣伝ではなく、知人・友人の「〇〇の商品、傷んでいた髪が生き返った!」のような投稿で、商品に関する興味関心を引き出し、購入意向も高めることができます。そうして次には、その商品の情報を詳しく知りたい、ネット通販等で購入してみたいと思い、商品名での検索行動(指名検索)が発生し、購入に至る、というわけです。SNS上で商品についての良い評判が自然発生的にされるように様々な仕掛けを施すことで、 SNSを活用して売り上げアップにつなげることが可能なのです。
このように、従来の「1対n」の情報発信を脱却し、多数のユーザーの発信する情報を活用する手法を「n対n」のコミュニケーションと呼びます。Jリーグクラブにおいても、今後は一般企業がUGCを活用するように、チームのサポーターを軸に「n対n」のコミュニケーションでレバレッジを利かせるマーケティングが重要になります。情報発信はチームだけでなく、サポーターにも熱心に行ってもらうのです。
図1は観客動員とクラブのUGC数です。クラブの人気、収益力、スタジアムの収容人数、地域格差によってフォロワー数の多寡に開きがあり、下記の図もそこを脱していません。


ヴィッセル神戸の事例

当社が扱うソーシャルメディアビッグデータから解析を行うと、それに近い運用ができているのが、ヴィッセル神戸です。
図2のとおり、UGC数と指名検索が連動しており、ソーシャルメディアデータの内容を精査すると自チームのサポーターだけでなく、他チームや一般層にまでクチコミが拡がり、新規ユーザーの獲得にまで及んでいることがわかりました。これはイニエスタをはじめとするスター選手を数多く獲得し、話題性が常に溢れている状況を作れているからでもあります。ニュース性が高く、話題に事欠かないので、いつもパーソナルメディア(個人のクチコミ)に掲載されているのです。神戸戦はアウェイでもスター選手見たさに集客増が続き、リーグに好影響を及ぼしています。

ちなみに、2018年シーズンのイニエスタの加入前後(第16節までと第17節以降を比較)で、観客動員数は17,170から24,752と44%の増加を示しましたが、「イニエスタUGC」は1,746件から12,652件に伸び(625%増)、「チーム名&ハッシュタグUGC」も1,744件から2,939件と68.5%増加しました。神戸のようなビッグクラブではなくても、UGCをうまく活用できれば、予算規模の小さい地方チームでも、「小よく大を制す」ようなマーケティングができるのもソーシャルメディアの魅力です。
Jリーグもフォロワー数や入場者数など定量的なデータだけではなく、サポーターや観客のUGC(クチコミ)などの定性情報のビッグデータを数理処理し定量化したうえで活用することが重要であると言えます。最近はサッカーに関わらず、スポーツチームや周辺のスポーツ関連ビジネスの企業からもソーシャルメディアマーケティングに関わるオファーが増えており、ソーシャルメディアビッグデータを活用したマーケティングの活用について広めていければと考えております。

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