Tokyo2020パラリンピックの果たす役割

Tokyo2020パラリンピックの果たす役割
大日方邦子│日本パラリンピアンズ協会・副会長

「トップスポーツビ ジネスの最前線」で講義する大日方邦子さん


リオデジャネイロを振り返って

リオの大会は、オリンピックの後(9月)に行われました。約210の世界新記録が出て、選手たちは力を出し切れた素晴らしい大会だったと思います。日本の選手たちもたくさん自己ベストを出しました。そして、今大会でなにより良かったと思うのは、リオ市民が、オリンピック以上にパラリンピックを楽しんでくれていたのではないかと思えたことです。テレビで大会中継映像を見ていて、オリンピック以上にパラリンピックの観客が多かったように思いました。チケットの値段がオリンピックよりも安く設定されていたためか、家族での観戦も多く見られました。オリンピック競技ではチケットの値段が高いので、スポンサー企業がお客様を招待する場合、仕事の仲間同士で見に行くことが多いと言われています。一方、パラリンピックの場合は、国際パラリンピック(I PC)は「家族連れで見に来てください」というようにチケットの値段が安いことを戦略的にアピールしています。
テレビ放映に関して申し上げますと、パラリンピックではオリンピックのようなジャパン・コンソーシアムではなくて、NHKがIPCと直接契約をしていますので、競技中継や報道など多くの放送はNHKが担っています。そのNHKのパラリンピック関連放送時間をみると、ロンドンの時には45時間だったものが、今回のリオ大会では120時間と大幅に増えています。また、視聴率も伸びていたようですので、パラリンピック競技をテレビで見た方はロンドン大会に比べてかなり増えたと思われます。

まだまだ知られていないパラリンピック

共同通信が10月7日に発表した調査によりますと、「オリンピックを毎日見た」という人が63%で、「パラリンピックを毎日または時々見た」という人は28.8%でした。さらに「見た人」にどんな印象を持ったのかを尋ねたところ、「競技がたくさんある」「技術や用具に感心した」「選手に感動した」「意外と面白いと思った」「勇気づけら れた」といったようなポジティブな反応が約8割近くあることがわかりました。見てくれた人は「パラリンピック面白いな、もっと見たいな」とすごく好意的に思ってくれることがわかったのです。
他方で、大会が終わった後にパラリンピックの日本選手の顔や競技の写真をみても、選手の名前が出てこなかったり競技種目さえ思い出せない方も多いのです。パラリンピックという言葉は知っている、オリンピックの次はパラリンピックが開かれることも知っている。でも、どんな選手がいるんだろうとか、競技自体への興味にはまだつながっていないのです。スポーツを楽しむためには、まずそのスポーツのルールを知ることが必要ですが、どんな選手がいるだとか、この選手とこの選手はライバル関係にあるのだとか、この国が強いといったことに興味を持てるようになると、より深く楽しむことができますよね。
上記の調査では、見た人のなかでも「2020パラリンピックを見てみたい」と思う人はまだ半分にとどまっていました。パラ競技への接触率を増やしていくことが、2020パラリンピックを満員にするための課題であると感じています。

金メダルの価値

ところで、今回のリオ・パラリンピックの日本チームは、金メダルを獲得することができませんでした。この「金ゼロ」ということを、私たちはどのように受け止めるべきなのでしょうか。「パラリンピックはオリンピックよりも国際競争力が低い」と受け止めることもできますし、一方で「パラリンピックで金メダルを目指す必要はない。メダル以外にもっと違う意義があるのでは?」という考え方もあるでしょう。私自身は、日本パラリンピック委員会( JPC)の運営委員という立場ですし、「金メダル10個、メダルランキング10 位」という目標を定めた以上、金メダルゼロ、メダルランキング17位という結果に対しては、今の選手強化・支援体制に何らかの課題があることを示している、と真摯に受け止め、2 020年大会に向けた取り組みをするべきと考えています。
選手たちは本当に勝ちたいと思い、メダルではなく金メダルを目指して頑張ってきた選手もたくさんいます。オリンピックとパラリンピック、何が違うのか、何が一緒なのかということについては色々な議論がありますが、選手が勝ちたいと思って出る、あるいは自分の目標に到達したいと思って出るところについては全く一緒です。選手をサポートする競技団体としても、目標を定めたのならその目標に向かって全力で突き進むべきだし、設定した目標が妥当だったのかという検証も当然必要だと思います。

2020パラリンピックへの期待

2020Tokyo大会が2013年9月に決まった後、日本ではパラリンピックへの関心が急に高まりました。どうして皆がこれほどに関心を持ってくれるようになったのでしょうか。
あくまでも私見ですが、今の日本社会に足りない考え方や生き方を示してくれる、あるいは社会課題の解決のヒントがパラリンピックから得られるのではないかという期待感が、パラリンピックへの関心を高めているのではないかと思っています。
それは何なのか。今、日本では多様性とか共生社会を実現するとか、一億総活躍社会、全員参加型社会、それから、ダイバーシティ&インクルージョン。これらの言葉を耳にする機会が多いですよね。裏返していえば、多様性を認め合える社会を作りたいけれども現実にはなかな かうまくいかない、と感じている人が多いのではないかということです。
本来、多様性は身近なところにあります。多くの人たちは、自分のことを健常者だと思っているでしょうが、周りを見渡すと、メガネを外すと視力が著しく低くなる人や、杖を使って生活している人はたくさんいます。また、国籍や母国語、宗教など、自分と全く同じ人のほうが少ないでしょう。でも、こういう自分とは違う人がいることを全く意識しないで生活しているか、もしくは逆に、意識しすぎるとある種の溝を作ってしまって、交じりあって溶け込んでいくことがうまくできていない部分もあります。お互いの多様性を認めあえずに、ある種の息苦しさ、生きにくさを感じているように思います。だからこそ、「多様性を受け入れてまじりあう社会のありよう見せてくれるのではないか」という期待がパラリンピックに寄せられるのではないかと、私は思うのです。
「パラリンピックには人々の意識を変え、社会を変える力がある」といわれています。「できないと思えるようなこと」も、道具を工夫し、努力を重ねると、「実はできるんだ」と証明してくれるのがアスリートたちなのです。そして、パラリンピックを見た人たちが「無理だろうなと諦めていたことが、工夫すれば、努力すれば実はできるかもしれない。よし、自分もやってみよう」と前向きに考えるきっかけになれば、2020 年東京パラリンピックは成功と言えるでしょう。
みなさん一人ひとりが、「オリンピック・パラリンピックを東京で、日本で開催して良かった」あるいは「前向きに進める力をもらえたとか、自信をもらえた」と思ってもらえること、これが東京大会の成功の証だと思っています。
パラリンピックは、メッセージを発する力が特に強いとも言われていて、みなさんの心の中にある、ある種のステレオタイプな思い込みを打ち破ることが期待されます。
よく、「○○しなければいけない」という考え方がありますよね。たとえば、「オリンピックの後にはパラリンピックをやることになるから(仕方なく)やるのだ」とか、「バリアフリーにしなければいけない」とか、あるいは「法律で義務付けられている」といったような事柄です。これは、その事象をコストだと位置づける考え方です。
でも、見方を変えると、コストではなくて成長のチャンスと捉えることもできます。パラリンピック開催によって発想を180 °変えられる機会になると面白いと思っています。階段を作った後にエレベーターを作れば確かにコストなんですけれども、初めからみなさんがスロープで行けるように設計をしていれば、ベビーカーを押す人や階段を使いにくい高齢の方など、どんな人にもアクセスがしやすくなってより多くのお客さんが来てもらえるというように発想を変えることもできます。
2020年大会によって、コストではなく実はチャンスなのだというように、多くの皆さんの見方が変わるきかっけになってもらえればいいなというふうに思っています。

パラリンピック・アスリートのスポーツ環境

日本パラリンピアンズ協会ではリオ大会直前に、パラリンピックに出場する選手を対象に競技環境調査を行いました。その結果、「障害を理由にスポーツ施設の利用を断られたり、制限されたことがある」という人が、5人に1人いました。パラリンピックに出場するトップアスリートの話です。理由としては、例えば車いすでスポーツをすると体育館の床が傷つくとか、視覚障害の人が一緒に泳ぐとコースまたいでしまって危ない、といったことのようです。私の知人の知的障害者は、ある時、更衣室でちょっと大きな声を出してしまったところ、「もう二度と来ないでください」と言われたこともあるそうです。知的障害のある人が何かの理由でパニックになることがあることもあるが、人を傷つけるようなことではないと理解してもらえただろうと残念に思いますが、これが今の日本の状況です。
障害がある人に対して多少の不便とか不利益はあるのは当たり前とか、階段があるから、車いすユーザーは断られても仕方ないと思う人もいるかもしれない。でも、身体に障害あるだけで、機会を奪われる社会は、多くの人にとっても住みにくい社会です。
私自身の経験もお話ししましょう。「障害がある方のご利用は危ないので」という理由で、スポーツクラブの利用を断られたことがあります。「車いす対応になっておらず、階段があるので」という理由です。私は車いすを使っていますが、少しの距離は歩くことができます。そのことを説明して、「自分で歩けるので階段があっても大丈夫です」と伝えました。でも「車いすユーザーの利用はお断りしています」の一点ばりなんです。結局のところ、「危ないから」というのは、私が怪我したら危ないではなく、私が利用すると「周りの人に迷惑をかけるかもしれない」
「面倒なことに巻き込まれたくない」という意味でした。
例えば「車いすを置いていると邪魔だ」というクレームが他のお客さんから出たときに、自分たちがどう対処していいかわからないからということだったのです。「危ない」という言葉にもいろいろな意味があるのですね。私も、障害者として生きてもう40年ぐらいになるのですが、いろいろな経験を通じて学ぶようになって、だんだんその人が「危ない」ということの真意を理解ができるようになりました。最近だと、不安材料を取り除き、解決策をピンポイントで提示することも時にはできるようになりました。

パレードの成功と課題

10月に銀座で行われた、リオのオリンピック・パラリンピック合同パレード。すごい人出でした。今回は私も一観客として見に行ってきましたが直前まで、実は、混雑が予想されるパレードを見に行くのは無理だろうと思ってました。私は、かなりアクティブに動き回るし、どこにでも出かけていく人間だと自認しているんですが、ひどく混雑している所に車いすで行くことは避けています。押されたり、人にぶつかったりして危ないのです。何よりも、車いすだと背が低い状態になりますから、最前列じゃないと、とても選手の姿を見ることはできません。でも、今回は、車いす観覧席エリアがあるということが直前になってわかったので、じゃあ是非、行ってみようかという気持ちになりました。
さあ車いす観覧席はどうだったか。こんな感じでした(写真)。

リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック日本選 手団合同パレード車椅子観覧エリアの様子

車いす観覧席にはそれほど多くの車いすユーザーが来ていなかったので、実際のところ、スペースはかなりゆとりがありました。みなさんは、これを見てどのように感じるでしょうか。フェンスで囲まれた車いす観覧席の後ろには、他の沿道と同じように、大勢の観客が詰めかけています。周りにいる人たちから見ると、「なんであそこだけが空いているんだ」と不満に思った人もいるかもしれませんし、「車いすユーザーの観客はそれほどいないのだからスペースを広くとりすぎたのでは」という感じる方もいるでしょう。車いす席にお客さんがそれほど来なかったことをどう考えるべきか。でも、その前に、今回のパレードの意義をお話ししましょう。
今回のパレードで特筆すべきなのは、オリンピックとパラリンピックの選手が一緒にパレードできたということです。4 年前のロンドン大会の時はパラリンピック直前に、オリンピック選手だけが参加するパレードが銀座で行われ、5 0万人の人が見に来たのです。そのときパラリンピックの選手は大会に出発する直前で、地元で市長の表敬訪問などをしていました。一方、開催国のイギリスではパラリンピック閉会式の翌日にオリ・パラ選手が合同パレードをして盛り上がりました。「日本でもオリ・パラ選手が一緒にパレードするともっと盛り上がるよね」というみなさんの声に後押しされて、4 年後の今回は、日本でも合同パレードが実現しました。これは、東京オリンピック・パラリンピックに向けた大きな大きな前進だったと思っています。そして、準備をしていくなかで、「車いすユーザーが観られるスペースを設置しよう」と動いてくれる人がいました。これは、さらに大きな一歩です。
大きな進歩があったことについては十分に評価したうえで、次回以降、さらによくするためには「なぜ車いす席に人が集まらなかったか」理由を考える必要があります。パレードを見たい車椅子ユーザーが少なかったのか、本当はもっと来たい人がいたのではないか、どちらでしょうか。
車いす観覧エリアが設置されること、そして設置場所について、ホームページに情報がアップされたのはパレードの2日前の夕方でした。立場上、一般の人よりはこのパレードに関する情報に接する機会の多い私ですら気づかなかったので、一般の車いすユーザーの方には観覧エリアが用意されていることが伝わっていなかったと思います。パレードを実施するとプレスリリースしたとき、あるいは10日ぐらい前に行われたメディア向けの取材説明会の時にでも、車いす観覧スペースがどこにあるか発表していれば、もうちょっと報道されて、もっと多くの方々に情報が届いただろうと残念に思います。
また、もう一つの問題として、「車いす席に至るためには歩道と車道との20cm以上の段差を降りる必要があった」ということがあげられます。私たちパラリンピックのアスリートだと、20 cmぐらいの段差を降りることができる人もいるのですが、障害が重い方、あるいは電動車いすの方はそれが困難です。電動車いすの中にはユーザーを含めて100 kg以上になる方もいらっしゃいます。人力で降ろすことはかなり大変で、降ろすほうも降ろされるほうもお互いに危ないのです。ではどうすればよかったのか。比較的簡単な方法で解決できたと思います。「ひな壇」のようなものをベニヤ板で作り、歩道を拡張させるように、車道にせり出して一時的に設置すれば良かったのです。仮設のひな壇は比較的簡単にできますので、イベントではよく行われる方法です。ひな壇の下段、つまり車道に降りられるスロープもあればさらに良いですね。降りられる方は下の方に行き、降りられない方は上の段でということにすると、もう少したくさんの人が見ることができたでしょう。今回は、車道に設置された車いす席に行きつけないと諦めて帰ってしまった人もいたそうですが、残念なことです。
観戦エリアの設置場所はすごく良かったです。地下鉄の駅から直結で上がってこれるエレベーターのすぐ前だったので、地下鉄を使えばパレード観客で混雑する歩道を歩かずに安全に観戦エリアまで行くことができました。少し話がそれますが、車いすユーザーが地下鉄を乗り継ぎながら東京の街を歩く場合、周到に下調べをして、移動計画を立てる必要があります。どの駅がバリアフリーなのか、駅構内のどこにエレベーターがあるのか、A路線からB路線に乗り換えるにはどの駅を使えば、階段がないかということを、いろいろなホームページを見ながら詳しく調べてからいかないと目的地に行けない時があります。このように、車いすユーザーが電車で移動するには、下調べに時間を費やすというハードルもまだありますので、こうした情報がもっと簡単に得られるようになると、電車で東京の街を楽しむ車いすユーザーが増えると思います。

真の共生社会を目指して

このように考えていくと、今回のような人が多く集まるイベントの運営サイドに、もっともっと障害がある当事者が入って、より多くの人がイベントを楽しむための知恵を出していけるといいなと思います。2020年のオリンピック・パラリンピックでは8万人のボランティアを募ることになっていますが、そこに障害がある人もたくさん参加できる工夫をしてほしいと思っています。人数だけではなく、多様な障害、つまり車いすユーザー、視覚障害者や聞こえにくさのある人も、知的障害のある人たちが障害のない人と一緒に働ける場所にすることが大切です。運営側の仕事にはたくさんの職種がありますが、それぞれのセクションで障害のある人もない人も一緒に働くにはどんな工夫をすればよいのか考え、工夫していく。年齢も性別も国籍も様々な人、そしていろいろな障害カテゴリーの人々が集まり、それぞれの個性や強みを生かして、アイデアを出し合いながら一緒に働くモデルを大会運営で示すことができれば、ダイバーシティ&インクルージョンの社会への一歩になるのではないかと思っています。

▶おびなた・くにこ/1972年東京都生まれ。3歳のとき交通事故により右足を切断、左足にも重度の障害を負う。当初は水泳に力 を入れていたが、高校2年生のときにチェアスキーを始め、冬季パラリンピックに19 94 年リレハンメルから2 010年のバンクーバーまで5大会連続出場し、アルペンスキー競技で合計10 個のメダル(金2個、銀3個、銅5個)を獲得した。

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