スポーツ産業学研究第36巻第1号

【原著論文】


大学運動部員の心理的要因に着目したスポーツ外傷・障害の受傷プロセスの検討
田島 勇人, 持田 慶貴, 小山 貴之, 髙橋 正則
JSTAGE

Jリーグアカデミーコーチにおけるメンタルヘルス不調と関連ストレッサーの探索的研究-横断的および縦断的調査による検討-
澁川 賢一, 黄田 常嘉, 川田 裕次郎, 村山 憲男
JSTAGE

心理的競技適応状況の判定基準の構築と各年代における分析:ABPQ-2の標準化を通して
田中 輝海, 須﨑 康臣, 水落 文夫, 杉山 佳生
JSTAGE


【研究ノート】
地方スポーツ政策における政策革新に関する研究:自治体間の参照関係のネットワーク構造と特性からみた政策革新に関する研究課題と実践アプローチ
和久 貴洋, 久保田 潤, 木間 奈津子
JSTAGE


大学運動部員の心理的要因に着目したスポーツ外傷・障害の受傷プロセスの検討
田島勇人(日本大学大学院),持田慶貴(日本大学大学院),小山貴之(日本大学),髙橋正則(日本大学)

スポーツ選手にとって,外傷や障害(ケガ)はパフォーマンス低下や経済的損失を招く大きな問題です.ケガの予防というと,筋力トレーニングやフォームの改善といった「身体的」なアプローチが一般的ですが,「心理的」な要因についても関連が指摘されています.また,うつや不安などといったメンタルヘルスが不調の選手や,ストレッサー(ストレスの原因)の高い選手は受傷しやすいことが報告されていますが,それらの関係性は十分に解明されていませんでした.そこで本研究では,受傷に至る心理的プロセスを明らかにすることを目的に調査を実施しました.これらを明らかにすることで,スポーツ現場において,心理的介入によるケガの予防のための基礎的資料となることが期待されます.
大学運動部員(男子個人競技選手)218名を対象に,心理的スキル,ストレッサー,メンタルヘルスを調査し,その後約3ヶ月間のケガの発生状況を追跡しました.
その結果,メンタルヘルスが不調(心理的苦痛)の選手ほど,実際にケガをするリスクが高いこと(オッズ比1.08)が明らかになりました.その後パス解析を行ったところ,「精神の安定・集中」や「協調性」といった心理的スキルが高い選手は,人間関係や環境変化によるストレッサーを感じにくく,その結果としてメンタルヘルスが良好に保たれ,最終的にケガのリスクが低減するというプロセスが明らかとなりました.
この知見は,リラクセーションなどのメンタルトレーニングや,チーム内の良好な人間関係を築くことが,単に心を整えるだけでなく,身体的なケガの予防にも有効であることを示唆しています.アスリートのコンディショニングや指導現場に新たな視点を提供するものと考えられます.


Jリーグアカデミーコーチにおけるメンタルヘルス不調と関連ストレッサーの探索的研究
〜横断的および縦断的調査による検討〜
澁川賢一、黄田常嘉、川田裕次郎、村山憲男

本研究は、Jリーグクラブに所属する男性アカデミーコーチを対象に、心理的健康度を評価するGHQ-12を用いた横断的および縦断的調査を実施し、メンタルヘルスの実態と関連する心理的ストレッサーの構造を明らかにすることを目的とした。その結果、メンタルヘルス不調が疑われるコーチの割合は28.0%であり、クラブのカテゴリ、指導対象の年代、役割、指導経験年数といった属性との間に有意な関連は認められなかった。このことから、メンタルヘルス不調は特定の条件のコーチに限られた問題ではなく、育成現場を支えるアカデミーコーチ全体に共通するリスクである可能性が示された。
また、「自分のパフォーマンス」「所属クラブからの要求」「指導者間の対人関係」が主要なストレッサーとして抽出され、個人・組織・対人関係にまたがる多層的なストレス構造が確認された。縦断的分析においても、これらのストレッサーはシーズンを通じて継続的にメンタルヘルス不調と関連しており、特にシーズン終盤にかけてストレス認識が高まる傾向が示された。
Jリーグクラブのアカデミーコーチは、単年契約が多く、成績やクラブ経営の影響を受けやすい不安定な雇用環境に置かれている。さらに、選手育成や保護者・学校対応など教育的役割も担うことから、心理的負担がより複雑になりやすい立場にある。本研究の結果は、こうした構造的要因がメンタルヘルスに影響している可能性を示唆している。
本研究の結果から、Jリーグクラブのアカデミーコーチのメンタルヘルス支援においては、競技シーズンを通じた継続的かつ包括的な支援体制の構築に加え、心理的負担が高まりやすいシーズン終盤に重点を置いた柔軟な支援介入が重要であることが示された。本研究は、日本のプロサッカー育成現場における人的資源マネジメント上の課題を示し、今後の人材支援体制の在り方を検討するための基礎資料となるものである。


心理的競技適応状況の判定基準の構築と各年代における分析:ABPQ-2の標準化を通して
田中輝海(駿河台大学スポーツ科学部)
須﨑康臣 (島根大学教育学部)
水落文夫(日本大学文理学部)
杉山佳生(九州大学大学院人間環境学研究院)

スポーツ領域において、これまでさまざまな心理尺度が開発されてきました。しかし、選手の心理的な競技への適応状況を、一定の基準に基づいて判定する尺度はありませんでした。そこで、幅広い年代別に心理的競技状況を判定するための基準を作成するとともに、各年代での特徴を検討しました。選手の心理状態を測定するために、スポーツ選手がバーンアウトの発症までに辿るとされる「熱中:夢中になって練習している状態」「停滞:上達を感じられていない状態」「固執:競技は続けなければならないと考えている状態」「消耗:競技活動に疲弊している状態」への当てはまりの程度(適合度)を測る「スポーツ選手版バーンアウトプロセス尺度第2版(ABPQ-2)」を用いました。
調査対象者は競技スポーツを継続している中学生1、007名、高校生907名、大学生722名、若年層(20代から30代)929名、高年層(40代から60代)918名でした。まず、年代別にABPQ-2で評定される4つの競技状態因子を「低得点」「中得点」「高得点」の3段階に区分する基準を作成しました。次に、この基準に基づき得点傾向を分析し、4つ競技適応状態(「熱中状態」「停滞状態」「固執状態」「消耗状態」)と4つの競技適応傾向(「熱中傾向」「停滞傾向」「固執傾向」「消耗傾向)」および無関心状態の計9つの心理的競技適応状況に分類しました。
各年代における心理的競技適応状況を4つの競技適応状態に着目して整理すると、まず中学生では「熱中状態」が最も多いことに特徴があり、高校生では、「熱中状態」の割合が中学生よりも少なくなり、代わって「消耗状態」や「停滞状態」「固執状態」が相対的に多くなっていしていました。大学生では、「停滞状態」は他年代に比べて少ない一方で、「固執状態」が多いことが示されました。社会人では、若年層の多くが「固執状態」に該当しているのに対して、高年層では「消耗状態」が約半数を占めていることが確認されました。
これらの結果から、心理的競技適応状況は年代によって傾向が異なることが示され、それぞれの年代に応じた支援の必要性が明らかになりました。今後は、心理的適応状況を判定するためのマニュアルの作成や判定ツールの開発が求められます。これにより、選手個人のみならずチーム全体の指導にも活用でき、ひいては適応的な競技活動の促進につながることが期待されます。


地方スポーツ政策における政策革新に関する研究:自治体間の参照関係のネットワーク構造と特性からみた政策革新に関する研究課題と実践アプローチ
和久貴洋(日本スポーツ振興センター)

近年、急激な人口減少や社会インフラの老朽化、気候変動、国際情勢の不安定化など、様々な社会環境の変化に直面しています。地方行政はこうした社会環境の変化への対応に取り組んでいます。スポーツ行政も同様に、これからの時代や環境にあったスポーツを地域住民に提供できるよう、より良いスポーツ政策を立案・実施しなければなりません。このために、自治体はそれぞれ互いの政策を参照し合っています。これを相互参照と言います。自治体がどの自治体を参照するかについては、観光や子ども支援、教育などの政策において、地理的に近い自治体(地理的近接性)や人口規模が類似する自治体(規模類似)が相互参照先の条件であることが分かっています。しかし、スポーツ政策に関してはよく分かっていません。本研究はこの点を明らかにしました。全国自治体のスポーツ政策部局を対象に、よく参考にする他の自治体(5つ)を調査し、社会ネットワーク分析という手法を用いて相互参照の構造と特性を分析しました。また、参照関係にある2自治体間の距離を県庁・市町村役所所在地の経度・緯度から算出しました。さらに、スポーツ推進計画、スポーツ予算、過去3年度間の新規事業の有無をアンケート等により調査しました。その結果、参照先として460の自治体が挙げられ、この中で507の相互参照関係が確認されました。また、自治体間の距離が86km以内の参照関係が全体の90%以上を占め、参照関係にある2自治体間の平均距離は約37kmでした。また、3団体以上で構成される参照グループ内の組合せの多くは同規模の自治体でした。これらのことから、スポーツ政策における相互参照は、ごく近隣又は同規模の自治体に限定されていることが分かりました。しかし、一部ではそれ以外の条件による相互参照も行われている可能性も分かりました。さらに、スポーツ推進計画やスポーツ予算、過去3年度間の新規事業の状況をみると、よく参照される自治体は、新規事業を創設しているか否かに依らず、小都市以上の比較的規模の大きい自治体が多いことが明らかになりました。これからの社会環境に応じたスポーツ政策を立案・実施するためには、より広範囲の、或いは先進的政策を実施する自治体を積極的に参照することが重要であると考えられます。

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