日本代表の法務 ~日本代表の報酬、 報奨金をめぐる問題
日本代表の法務 〜日本代表の報酬、報奨金をめぐる問題
早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)、弁護士 松本泰介
2024年はパリオリンピックパラリンピックが開催された年でした。年末年始の番組でも、活躍されたオリンピックパラリンピックメダリストの皆さんが多数出演されています。このような選手についてよく話題になるテーマが、メダル獲得に伴う日本代表の報奨金のニュースです。2024年も、報道されているオリンピックパラリンピックの報奨金だけでなく、競技団体の報奨金、スポンサーからのボーナスなど、様々な報酬が提供されました。 そこで、今回は、日本代表の報酬、報奨金をめぐる問題に関して、解説してみたいと思います。
1.オリンピックパラリンピックの報奨金
よく報道されていますが、日本オリンピック委員会(JOC)は、オリンピックメダリストに対して報奨金(金500万円、銀200万円、銅100万円)を支給しています。また、あまり報道されていないかもしれませんが、パラリンピックメダリストも、日本パラスポーツ協会(JPSA)から報奨金(金300万円、銀200万円、銅100万円)が支給されています。オリンピックは1992年のアルベールビル冬季オリンピックから、パラリンピックは2008年の北京夏季パラリンピックから支給が開始され、現在まで徐々に金額がアップされてきています。
こちらは完全に非課税であることも有名はお話です。このような報酬は、メダリストの皆さんの収入となり、他収入と同様に税金がかかると考えられなくもありませんが、そこはオリンピックパラリンピックの報奨金として特別な扱いがされています。夢がなくなるようなお話ですが、オリンピックパラリンピックメダリストも1人の国家の構成員として納税義務を負っています。このようなメダリストは、帰国後のメディア出演などで当該年度の収入が大きくなり、税率も非常に高くなることがあります。ですので、非課税の報奨金をそのまま受け取ることができるというのは、報奨金を受け取ること以上に、大きなメリットの一つになります。
JOCやJPSAの報奨金に男女の差はありませんが、近年はオリンピックとパラリンピックで差が出ているのは平等ではないのではないかという視点から、海外では同額に設定する国も出てきています。日本は、支給元の団体が異なり、それぞれの団体の財務状況もありますので、一概に同額にすることは悩ましい問題もあります。
加えて、このようなJOCやJPSAの報奨金のほかに、オリンピックパラリンピックメダリスト向けに各国内競技団体が設定する報奨金もあります。こちらは全額非課税ではなく、一定金額まで非課税というルールになっています。一定金額まで非課税というのも、前述のとおり、税率が高くなるメダリストらにとっては非常にありがたい制度です。
各国内競技団体の報奨金の設定は各団体に委ねられていますので、競技によって報奨金がある競技もあれば、ない競技もあります。競技団体ごとの報奨金は、本当に競技団体ごとにそれぞれで、金メダリストが常に生まれる、比較的資金力のある団体でも設定していないこともあります。背景としては、競技団体の限られた強化資金をどこまで1人の結果に還元するか、という視点があります。確かに金メダリストが1人生まれることは大きな功績ですが、そのためにジュニア世代から多くの選手に対して強化資金を投入してきたからこそ、1人のメダリストが生まれることになります。実際若い選手に海外遠征など費用のかかるチャンスを与え続けることによって、より多くのメダリストが生まれるという考えもありますので、報奨金の設定の有無の良し悪しは一概にはわかりません。
パリオリンピックのゴルフはプロ選手が出場するということもあり、日本ゴルフ協会の報奨金が他の競技として比較してかなり高額に設定されていました。ゴルフは、普段プロスポーツとして1試合1試合のトーナメントの賞金を獲得しているプロ選手が出場することが可能でしたので、出場のインセンティブ含めて、報奨金を多額に設定する必要があったと思われます。ただ、112年ぶりにオリンピック競技に復活して期間が浅いことやプロ選手向けの国別対抗戦が少ないためか、どのプロ選手も賞金のないプレーに新鮮さを持っていたようです。普段何億も稼いでいるプロ選手が、賞金のない、純粋に順位を競った結果のメダル獲得に歓喜の表情を浮かべていたことは、非常に印象的でした。とはいえ、これも何回か開催していると、後述のプロスポーツにおける日本代表の報酬、賞金分配と同様に、報奨金の金額の多寡や選手が出場するかしないかといった課題は発生してくると思われます。
これ以外にも、競技団体のスポンサーや選手個人のスポンサーが、オリンピックパラリンピックメダリストに対して、ボーナスを支給していることもあります。このようなボーナスには、上記JOCやJPSAの報奨金のような税制優遇はありませんので、受領した選手は、他の収入と合算し、確定申告において納税することになります。
日本代表の報酬、賞金分配
競技団体によっては、選手に対して、国際大会の出場に関して一定の報酬を支払ったり、賞金分配を行っている団体もあります。プロスポーツだけではありません。以前から報酬と無縁だったアマチュアスポーツも、最近は、賞金が支払われる国際大会への選手参加を認めたり、その場合に一定割合を競技団体が取得し、残りの賞金取得を選手に認めたりすることになっています。プロスポーツみたいな話と思われるかもしれませんが、まさにいろいろな競技がプロスポーツ化していっていることの表れです。このような報酬を獲得できるようになった競技は、選手が多額の報酬を受領することになるため、所属する企業や競技団体において、選手のマネーリテラシーを高めることも求めていたりします。
プロスポーツにおける日本代表の報酬、賞金分配も、近年重要な問題になっています。プロとしてのレギュラーシーズンに加え、日本代表としての試合もあり、日程的にも移動的にも過密になってきています。このような中で、どこまで日本代表活動に参加するかは報酬次第のところもあります。競技によっては、日本代表活動に関して、有力選手が集まらない競技も存在します。実際日本代表活動でけがをしたとしても、プロとしてのレギュラーシーズンの報酬を補償してくれるものは何もありません。プロ選手として多額な報酬を受領している場合、以前のような日本代表の名誉だけで出場できるものではなくなっています。また、欧米を中心として、海外に生活の本拠をおき、プロ選手としてプレーすることが増えてきた今の時代では、日本に帰ってきて日本代表の試合に出場することもまた別の意義が必要になっています。某競技団体で、選手と監督の関係がクローズアップされていましたが、やはり今の時代は、どのように日本代表活動を理解してもらうか難しい時代であることを痛感させられました。競技団体も選手への報酬や賞金分配を検討し、どのように日本代表の強化や価値を向上させるのか考えなければならない時代です。そのために、競技団体としても、大きな収入を獲得する必要が出てきています。
その中で競技団体も可能な限り日本代表活動において選手に報酬を支払うようになっています。国際大会に勝利給などを設定している団体だけでなく、出場給を用意する団体もあります。ある程度固定の出場給を用意しないと、選手に日本代表としてプレーしてもらえないことの表れとも思われます。また、国際大会で日本代表チームとして賞金を獲得できた場合、それを競技団体と選手間で折半するケースも出てきました。女子サッカー日本代表は、前回の2023年W杯から大きな賞金分配を得られることになったことも報道されていました。この背景には、W杯の賞金分配における男女格差をなくすことも大きなテーマとして上げられています。競技団体自体は、海外での日本代表活動における移動、宿泊のコストなども負担しており、その中で賞金を折半するということは非常に大きな負担に感じられますが、日本代表活動に伴うスポンサー活動などにより競技団体は一定の収入を得ているため、賞金については別扱いの検討がなされています。賞金とは結果に伴う収入で、結果が出なければそもそも受け取ることができませんので、賞金をあてに日本代表活動に伴うコストを支出するわけにもいきません。ですので、賞金を競技団体と選手間で折半するのは非常に公平感のある結論とは思われます。
海外では、さらにスポンサーボーナスや競技団体収入の一定割合を競技団体と選手でレベニューシェアするケースも出てきています。毎年、国際大会ごとに、選手への報酬、賞金分配などを個別に計算する負担も非常に大きいので、競技団体の収入拡大を競技団体と選手の運命共同体にする意味で、レベニューシェアは効果が高い分配方法です。このように、日本代表の報酬、賞金分配についても、日本代表価値の向上に向けて、競技団体と選手が工夫している事例もあります。
参考文献:拙書「スポーツビジネスロー」(大修館書店、2022年)