スポーツビジネスにおけるファンマーケティングの取り組み
スポーツビジネスにおけるファンマーケティングの取り組み
株式会社ドコモ・インサイトマーケティング
CXマーケティング部 秋田祐規(副部長)
鹿内賢吾(グループリーダー)
土橋央暉
昨今、スポーツビジネスにおいてファンマーケティングは事業の発展において欠かせない要素となっている。そこではCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント:顧客関係管理)の観点で、収益の拡大を図る動きも見られる。 今回は、日本有数の顧客基盤を活用する株式会社ドコモ・インサイトマーケティングのCRMの事例を紹介する。
顧客への理解を深め、適切な施策を講じて課題を解決する
初めに株式会社ドコモ・インサイトマーケティングはドコモグループの一つで、2012年にNTTドコモと、国内最大級のリサーチ会社である株式会社インテージの合弁会社として設立しました。強みとしては約9,700万人(2023年9月時点のdポイントクラブ会員数)のドコモユーザーという会員基盤に加え、それに基づく会員属性や位置情報といったデータを活用して様々な調査手法を展開できる点にあります。そうして既存の顧客だけでなく、現在は顧客ではないけれど今後なりうるといった潜在顧客を可視化することによって、顧客への理解を深め、適切な策を適切なタイミングで施すことで、クライアントの顧客獲得を支援するといったCRMサービスを手掛けています。
今回は具体的な弊社の実績をご紹介できればと考えておりますが、その前にCRMサービスで実現できることをお話します。
昨今、多くの業界で消費者行動の変化やニーズの多様化によって顧客理解を深めることがフォーカスされています。それはスポーツ業界も同じで、様々なクライアント(チームや運営組織・団体)が様々な課題を抱えていることでしょう。
その課題の具体例として3つ挙げますと
1.どんな人が顧客なのか、顧客になりうるのかが分からない
2.どんな施策が顧客であるファンに刺さるか分からない。そもそも実績がない
3.人材の体制が構築できておらず、そもそも分析できる人材がいない
といったところになります。このような問題を弊社のサービスを導入していただくことで解決する支援を行います。
例えば、1つ目の課題に関しては、ドコモのデータを活用して、まずはファンがどのような人たちなのかを可視化することができます。2つ目の課題に関しては、弊社のノウハウやアセットを活用して、施策設計までをサポートします。そうして効果的かつ効率的な施策を打っていただくことで、コストカットが可能です。また3つ目の人材についても、弊社が分析から実行、検証、次なる施策まで支援するので、少ない人件費で最大の効果を生むことができます。
〔図1〕はCRMサービスにおけるプロファイリング、いわゆる顧客の可視化を表したものになります。顧客を最上段の未認知層から一番下のロイヤル顧客層まで細かく分解し、それぞれに対して必要なアプローチをぐるりと囲って記載しています。
プロファイリング自体は携帯の基地局から取得できる位置情報や、インストールしているアプリの種類やその利用状況などを活用します。そこで判明した内容を元に施策を実行し、集客をはじめ、ゆくゆくは一般顧客から優良顧客へ、優良顧客からロイヤル顧客へと育成していきます。とはいえ、施策自体は単発ではなく、顧客=ファンを正しく理解し、適切なアプローチをサイクル化していくことで熟成させていくことが、このCRMサービスの全体的な流れになります。
3つのステップでサイクル化を図るCRMサービス
具体的には大きく3つのステップを駆使することになり、顧客の可視化は一つ目のステップになります。おそらくスポーツ業界の中で多くのクライアントがファンの全体像をぼんやりと把握しつつも、そのファンがどんな人たちなのか、どんな理由で観戦に足を運んでいるかといった部分に対して、それほど解像度は高くないと感じています。そこの解像度を弊社サービスで高めていき、ファンを“見つける”“掘り当てる”ことはもちろん、それらを“潜在顧客層”“顕在顧客層”“既存顧客層”と分類していきます。
見つける、そして掘り当てるためには主に3つの手法を用いますが、その前段階としてクライアントと「もしかしたら、こんな人がファンなのではないか」「こんな人がファンになってくれるのではないか」と仮説を立て、それを交えながら調査・分析を行い、明確にすることで施策につなげていきます。
手法自体は大きく分けると「定量調査」と「定性調査」になります。定量調査は
①NTTドコモとインテージが保有する様々なデータからユーザーの動向を把握する
②アンケートを実施して情報を得る
の2つの手法になり、定性調査では
③インタビューを通して消費者の声を聞くことで質的な情報を得る
という手法を講じています。
①については、弊社独自のDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)「di-PiNK®※」を活用します。これは携帯電話の契約者情報や会員登録情報から性別・年齢・居住地といった基本データのほか、サービスやアプリの利用履歴、定期的に実施しているウェブアンケートの回答結果やウェブの閲覧情報などのデータを掛け合わせることで顧客をより深く理解できるものになります。それをレポート化してクライアントに提供します。※di-PiNKは株式会社ドコモ・インサイトマーケティングの登録商標です
実例として2019年のラグビーワールドカップ日本大会では、現地とテレビそれぞれの観戦者はどんな人だろうか? と比較しました。現地では携帯電話の位置情報を元に、テレビは視聴履歴を分析材料として、結果的に現地観戦は50代男性が、テレビは40代女性が多いことが判明しました。傾向としては現地観戦者のほうがやや世帯年収が高く、職業においても会社役員や管理職といった比較的高年収の方が足を運んでいることがわかりました。さらに補足情報として、現地観戦者はスポーツ以外にも国内外の旅行やランニング、登山といったアクティブな趣味を持っている一方で、観戦者はインテリアや生活雑貨に興味関心が高い、ということも分かりました。またデータを元に顧客の消費活動の傾向もつかむことができ、現地観戦者はECサイトで書籍やスポーツコンサートのチケットといったものへの購入金額が高く、対するテレビ観戦者はファッションや生活用品が多い、という具合です。
こうした傾向から、現地観戦者を“顕在顧客層”、テレビ観戦者を“潜在顧客層”とタグづけすることができます。そのうえで、現地観戦者の消費行動をさらに活性化するためには、テレビ観戦者に現地へ足を運んでもらうためには、それぞれどんな施策を打つべきかの仮説を立てていきます。
②のアンケートについては、主にインターネット上で調査を行なっています。メリットとしては、郵送や会場調査と比べると、大量のサンプルを素早くかつ低コストで収集できる点。また、回答内容に応じた項目の出し分けが可能な点や、アンケートの回答漏れの減少、静止画や動画を提示できる点にあります。
そうしてアンケートの結果を元に、9つのセグメントに分解して分析するフレームワークを用いて(以下、9セグメント)、市場構成を明らかにします。なお、顧客をいかに分解するかという項目についてはクライアントと話しながら決定するのがほとんどのケースです。
〔図2〕は一つの事例に関する市場構成を9セグメントに当てはめたものになります。アンケート上では、観戦回数や当該スポーツの経験の有無、また、そもそも当該スポーツを知っているかどうか、などの項目を設けて、その回答を元に顧客を分析しました。図に記載されている赤色や青色の矢印が、我々とクライアントが目指していく方向になり、例えば、競技を知らない未認知層には、「まず知ってもらうことから」。知っているけれど、観戦したことがない、もしくは最近は観戦していない、という認知層には「一度足を運んでもらおう」という意向を実現する。など、各セグメントに応じた施策を打っていきます。
③のインタビューについては、定量調査(①や②)では数値化できないデータを収集・分析し、生活者の心の動きや行動の理由を探ることを目的に実施します。その形式についてもクライアントの要望を元に、主に「グループインタビュー」「デプスインタビュー」の2つで行います。
グループインタビューはモデレーター(司会)が進行し、5〜7名程度の調査対象者にテーマに沿った話し合いをしてもらうことで情報を収集する手法です。調査対象者同士の会話や意見、アイディアから顧客インサイトを探ります。デプスインタビューは1名の調査対象者と1対1でインタビューを実施し、深層心理を解き、本音を探る手法です。どちらの形式も、アンケートなどと比べるとサンプル数は多くとれませんが、定量調査では分からない深い、一人一人の深層心理を捉えることができるのが特徴です。
例えば、“好意の高まる経験”をテーマにインタビューを実施したとします。スタジアムへ観戦に足を運ぶことに対して、「そもそもの競技との接点は?」「初めて現地観戦したきっかけは?」「リピートしようと思った理由は?」といった声は、それぞれの顧客層に対して有効な施策を打つための検討材料となりえるわけです。
またインタビューを通して一人一人のカスタマージャーニーを形にすることも有効な定性調査の一例です。これは顧客とクライアントの接点をライフイベントごとに可視化するものです。幼少期から現在に至るまでの経緯や体験を深掘りし、「どんなタイミングでファンになったのか」「どんなきっかけでスタジアムに足を運んだのか」を、最初は大人につれていってもらったという受動的な期間を経て、やがて、自ら観戦に行くようになる能動的なステージに移るケースなど、インタビューで一つずつ読み解いて明らかにしていきます。
以上のように、定量調査と定性調査を組み合わせることで、顧客がほんとうに考えていることを深掘りし、それぞれのファンがどのような人なのか(どの層に該当するか)を見極め、抱えている課題を明確にすることが、我々が手掛けるCRMサービスのステップ1になります。
そうしてファンを詳細に理解したうえで、次に集客というステップ2へと移ります。分類化したファンのそれぞれの階層に応じて最適な施策を打つことで、ファンの新規獲得や裾野拡大につなげていきます。弊社保有データを活用し、どのような人に広告を配信していくべきか、ターゲットを設定し、相性のいい広告媒体やSNSなどを利用しながら展開、集客につなげます。
やがて、それらのファンを育成するのが最後のステップ3になります。集客した顧客や今後ファンになりそうな顧客に対して、リピートを促進する施策を実施していき、また同時に施策の効果を判定・分析しながら、集客の訴求ポイントを探り、新たなサイクルに生かしていきます。それがクライアントの事業の成長に貢献できると我々は考えています。
ドコモ・インサイトマーケティングが手がけたCRMサービスの実例
ここからは具体的なCRMサービスの事例を2つ紹介します。
◼事例その1
〔クライアントの課題〕
・試合来場者がコロナ禍前の水準まで回復しない。特に、平日における試合で苦戦している
・改善に向けて施策を実施しているが、効果検証があまりできていない
こちらは期間としては8ヵ月ほどをかけて調査を行いました。2022年に調査依頼を受け、そこからファンの可視化に取り組みました。2023年と比較して、どのような変化があったか、取り組んだ施策がどのような効果があったかを振り返るケースになります。
2022年に「抽選で無料の観戦チケットが当たる」キャンペーンを実施したところ、チケットの当選に関わらず応募者の中でも一定の数が来場していることが判明しました。かつ、応募者の中には今まで観戦したことがない顧客がかなりの数いることも明確になり、新規層を呼び込むという観点では一定の効果があったキャンペーンであると評価できました。
そのうえで翌2023年も、来場につながっているかどうかをトラッキング調査したところ、平日・休日いずれも1回以上の来場が計測できました。キャンペーンをきっかけとした新規層がある程度継続して観戦に訪れていることが分かりました。
2023年に実施したキャンペーンについては弊社やインテージのデータを掛け合わせながら可視化したところ、実際に狙っていたターゲットが一定数、会場に来場していた様子が見えました。一方で、それほど狙っていなかったターゲットも来場していることが分かりました。そのことを一つの材料として、このキャンペーンが、別のターゲットにも刺さる施作だという振り返りになりました。
また、クライアントとファンの接点になるコンテンツをそれぞれ比較して、どのような傾向があるかを振り返りました。すると、公式のアプリケーションの利用者は実際に会場へ来場されている方も多く、相関傾向があることが見えた一方で、ECサイトのアクセス率が低く、なかなかオンラインを介して購入しないという傾向が見えてきました。
仮説ベースにはなりますが、公式ホームページにアクセスして来場される顧客はそもそも来場回数が多いので、現地で購入される機会も多いのではないかと推察されます。
この競技はシーズンの直前に国際大会が催されたことで、かなり関心は高まっていました。それが観客数の増加につながったと考えられるので、あとはいかに定着させていくか。引き続き2024年の変化も見ていきたいと考えています。
◼事例その2
〔クライアントの課題〕
・ファンクラブ会員を増加させたい。特に、20-30代の若年層の増加に取り組みたい
・LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)を増加させたいが、そもそも現状を把握できていない
こちらもおよそ6〜8ヵ月ほどかけて調査を行なった事例になります。まずは定量調査を踏まえ、9セグメントで現状を把握することから始めました。「実際に来場した経験はあるか」「ファンクラブに入った経験はあるか」といった項目を設定し、それぞれはどのような構成になるのか、かつLTVがどれほどかを分析しました。
すると、現状ではファンクラブ会員ではないが、入る意向がある、かつ観戦の経験もある部分のボリュームが高めでした。その層に向けたキャンペーンの提案をしました。一方で、現在はファンクラブ会員ではあるが、継続の意向がない層も一定数おり、解約させないためのフォローが必要という見解から、そのための取り組みも一緒に検討しました。
また定性調査としてデプスインタビューを実施し、ファンクラブ会員になるまでにどのようなカスタマージャーニーを描いているかを深掘りしました。これに関してはクライアントも様々な比較をしたいということで、「現在のファンクラブ会員」「過去のファンクラブ会員」「ファンクラブ未加入者」「若年から継続している長年のファンクラブ会員」の大きく4つの顧客層を対象にインタビューを行い、可視化しました。
調査を通じて見えたのは、幼少期から家族や周囲の人間がファンであったこと、ほかにも、一度観戦したことでインスピレーションを得たこと、進学や就職、結婚といったライフステージが変わるタイミングで誘われたこと、など周りの環境が非常に重要ということでした。
また、事例その1と同様に、ファンとの接点である各媒体を、メディア別にプロファイリングしました。色々な公式サイトを運営しており、どのサイトでどんな訴求していけばいいのか、といった媒体戦略に活用いただく意図で調査を行ないました。例えば、地元に根付いているかという観点からでは、実は地元以外の方々から応援される様子がアクセスデータから見られました。そういった顧客層に対して、実際に試合に来られずとも、ファンクラブ会員になってもらうような仕組みを考える提案をしました。
継続したデータ活用
私どものサービスの目的は大きく、【新規顧客の獲得・増加】と【優良顧客の育成ならびにLTVの向上】の2つになります。
スポーツチームを運営される団体は、毎年継続してマーケティングの予算を取るのが難しいという声を聞くことが多くあります。
スポットで施策を打っても、なかなかファンの獲得にはつながらない。とはいえ、そもそもファンの構造や、変化を捉えないと、施策自体の効果が把握できません。そこで、我々は9セグメントといった定性調査を元に物差しを設定し、継続していくことで各施策の精度や費用対効果、コスト効率が高まっていくと考えています。
また、クライアントが抱える課題についても、それ自体が氷山の一角であるケースも見られ、それを把握し、戦略を立て、実行に移せるマーケターの存在もスポーツ業界においては特に重要だなと思います。スポーツを事業としてさらに繁栄させるために、データをしっかりと読み込んで活用し、かつ継続的に取り組んでいくことが必要になるでしょう。
Q. 株式会社ドコモ・インサイトマーケティングとしては、NTTドコモのグループとは違うクラブに対しても関係なくコンサルティングを行うのでしょうか?
A. そうですね。私どもはドコモグループの位置付けになりますが、様々なクライアントから引き合いがあれば検討させてもらいたいと考えています。強みとしては、ドコモユーザーの情報を持っていることにありますので、なかでもdポイントやd払いといったサービスやコンテンツを契約されていたり、連携している企業であれば、豊富なデータをより組み合わせて、顧客の解像度を高くできるとは考えています。
Q. セグメント分けしてからターゲットへの絞り込みは、どこまでを想定して行うのでしょうか?
A. 絞り込みに関しては「ここまで絞り込むと成功する」「ここまで緩いと成功しない」というほどの明確なものは正直ないと感じています。というのも、コンバージョン数(サイトにアクセスしたのちに購買につながった数字)をたくさん出したい事例ですと、絞り込みを拡張してたくさん配信することで成功確率を上げることが必要ですし、反対に、特定の人にだけアクセスしないということであれば、一定の絞り込みが必要です。ケースバイケースになるのかなと思います。
Q. 事例にもありましたファンクラブ会員については、クラブ側が顧客データを所有していると思いますが、どのようにトラッキングしたのでしょうか?
A. NTTドコモ側が持っているdポイントクラブ会員のパネルと、インテージ側のパネルがあり、そこにむけて一斉にインターネツトでの定量調査を実施しまして、それを元に集計しております。
株式会社ドコモ・インサイトマーケティング 2012年4月2日設立 〒170-0013東京都豊島区東池袋一丁目18番1号
Hareza Tower 17階 代表取締役社長:伊丹亨 資本金:9億5,000万円 株主構成:株式会社インテージホールディングス 100% 事業内容: 1.リサーチ・モニター事業 2.データプラットフォーム事業 3.エリアマーケティング事業 4.コミュニケーション事業 5.その他コンサルティング事業