スポーツ産業学研究第32巻第1号
【原著論文】
東京マラソンチャリティランナーの現状とファンドレイジングに関する研究
醍醐 笑部, 阿部 拓真
JSTAGE
直接指導と映像指導によるタグラグビーのスキル向上の検討−小学生指導におけるスポーツデータの活用可能性−
中島 円, 田原 茂行, 鈴木 博文, 永野 智久, 神武 直彦
JSTAGE
運動部活動の顧問教員におけるスポーツ指導のコミットメント向上モデル-職場でのソーシャルサポートと指導者としてのアイデンティティに着目して-
八尋 風太, 杉山 佳生, 内田 若希, 萩原 悟一
JSTAGE
グリットの強さと運動部経験との関係
大橋 恵, 井梅 由美子, 藤後 悦子
JSTAGE
コロナ禍における大学競泳選手の心理状態に関する内容分析
工藤 慈士, 佐藤 大典, 草薙 健太, 杉山 佳生
JSTAGE
中学校における部活動と学業との両立のあり方-品川女子学院の事例から-
漆 紫穂子, 児玉 ゆう子, 平田 竹男
JSTAGE
日本プロ野球におけるレギュラーシーズン勝率の決定要因
熊谷 成将
JSTAGE
「するスポーツ」「ささえるスポーツ」における日本語版SCQ-2楽しさ因子の妥当性・信頼性の検討
元嶋 菜美香, 萩原 悟一, 宮良 俊行, 杉山 佳生
JSTAGE
Jクラブ経営におけるビジネス化戦略とローカル化戦略の諸相 : ABCDモデルを用いたマーケティング・ジレンマの発生可能性の推察
山本 悦史, 中西 純司
JSTAGE
【研究ノート】
日本における国際的なスポーツ人材育成のための海外短期研修の開発に関する事例的研究-3大学の事例を比較して-
塚本 拓也, 大山 高, 松尾 博一
JSTAGE
【レイ・サマリー】
東京マラソンチャリティランナーの現状とファンドレイジングに関する研究
醍醐笑部 筑波大学体育系
日本人は寄付やチャリティにあまり積極的でないといわれます.しかし,2019年の東京マラソンでは寄付金額が5億円を超えました.これだけ大きな金額を寄付するマラソンランナーたちの実態はあまり明らかになっていません.
本研究では,これまで東京マラソン財団が大会後に回収したアンケートデータから,チャリティランナーの現状を明らかにしています.また,筆者自身がメールマガジンを利用して実施したウェブサーベイのデータを利用して,ランナーたちの資金調達(ファンドレイジング)の状況を示しています.
アンケートデータの結果から,スポーツイベント参加の動機として先行研究で指摘されている家族や友人からの誘いをきっかけとして挙げるランナーが少ないことが明らかとなりました.これは,比較的高額の寄付金が求められるチャリティラン固有の特色であると考えます.またウェブサーベイの結果からは,ファンドレイジングを通したチャリティランナーの成功体験と課題が明らかになりました.特にチャリティランナーの認識している課題は,時間と情報に関する不足,周りからの目が気になるなどのチャリティランナー自身の持つ課題,お返しを気にされるといった寄付者や潜在的寄付者が持つ課題,東京マラソンチャリティに感じる課題,日本の寄付文化に感じる課題の4つに分類することができました.
東京マラソンを対象とした本研究の結果の汎用性については,様々な懸念点が存在していますが,上記のような課題はスポーツを通したチャリティ機会がもっと身近になることで解決できる可能性を持つことが示唆されています.
直接指導と映像指導によるタグラグビーのスキル向上の検討
−小学生指導におけるスポーツデータの活用可能性−
中島 円 田原 茂行 鈴木 博文 永野 智久 神武 直彦
タブレット端末による映像や、スポーツデバイスを活用したトレーニングが、さまざまなスポーツにおいて始まっています。正確なデータに基づき分析をし、適切なタイミングで具体的な指導をすることは大切なことです。
本研究は、指導者による直接指導と、動画による映像指導において、タグラグビーのスキル向上の効果の違いを明らかにすることを目的としています。直接指導はパスとキャッチの実演指導を行い、映像指導にはパスとキャッチの師範映像と遅延映像を使用しました。そして、検証方法としてGPSを含むGNSS(Global Navigation Satellite System:全球測位衛星システム)デバイスによって取得できるスポーツデータを使用しました。GNSSデバイスはスポーツデータ(移動量、速度、加速度)を容易に取得できることから、私たちは、パスとキャッチのスキルの向上によって、運動量やプレーの変化を確認できると考えました。
そして、この方法を小学校3年生約130人に適用した結果、直接指導、映像指導ともにパスをもらう時の手の形やボールをパスした後の腕の方向などの動作に改善が見られました。また、直接指導と映像指導による、運動量や性別による違いも確認できました。中でも1分間あたりの加速回数において、映像指導群に有意な結果が見られました。タグラグビーで加速回数を増やすためには、ディフェンスをする選手のラインが揃っており、相手チームがボールを展開する時にプレッシャーをかけるため、前に出ることがポイントになりますが、ゲーム中の記録映像からは、ラインを揃えてディフェンスをしていることが確認できました。このことは、師範ビデオ映像を見たことから、パスを繋げるために併走し継続的に前進するイメージがつき、映像指導群にのみ回数が増えたと考えられます。
以上のことから、映像やスポーツデータを利用することで、小学生のタグラグビーにおいてスキル向上に役立つ一つの指導手段となる可能性を示すことができました。
グリットの強さと運動部経験との関係
大橋 恵・井梅由美子・藤後悦子
長期目標に対して情熱をもって粘り強く取り組み続ける力を意味するグリットは,人生の成功に寄与する要因として近年注目を集めている。本研究では,グリットの得点と青少年期の定期的なスポーツ活動がどのように関連しているかを,専門学校および大学の新入生を対象とするオンライン調査で検討した。
高校での引退時期まで運動部で活動をしていた者415名と中高を通して運動部に所属しなかった者88名について分析した結果,定期的なスポーツ参加をしていた者の方が,そうではない者よりもグリットのうち努力の粘り強さの得点が高いことが示された。さらに,グリットには,同じ目標に対して長期間にわたって努力を投入する情熱に関する「興味の一貫性」と,目標に対して継続的に努力する粘り強さに関する「努力の粘り強さ」という2つの側面があるのだが,スポーツを定期的に行っていた学生の中では,活発に活動していた人ほど,また課題関与的指導(指導者が個人レベルの熟達や努力を高く評価し,生徒同士の協力を称賛するような雰囲気の指導)を多く経験しているほど努力の粘り強さが高いことが,性格5因子を統制したうえで示された。
一度のみの調査であるため因果関係を断定することができないという限界はあるものの,継続的なスポーツ実施の肯定的な効果やコーチングスタイルがグリッドに及ぼす影響の可能性が示されたことに意義がある。今後は,多様なサンプルを用いた縦断的な調査が望まれる。
コロナ禍における大学競泳選手の心理状態に関する内容分析
工藤慈士 びわこ成蹊スポーツ大学
2020年3月11日にWHOは新型コロナウイルスの感染がパンデミックとなり,世界各国で流行していることを発表しました.日本においてもスポーツ大会など種々の活動が制限され,アスリートは体験したことのない自粛活動を余儀なくされた.社会的情勢によって活動が数ヶ月できなくなったアスリートの心理はどのような状態だったのでしょうか.本研究では,大学生アスリートを対象に自由記述によるアンケート調査を実施しました.
調査では,自由記述から抽出された内容を質的・量的の両側面から解析し,大学生アスリートがコロナ禍で感じたことを探索的に検討することを目的としました.
分析の結果,【感染予防・対策】【感謝】【再開への準備】【先の見えない不安】【身体的衰退】【心理的衰退】の6つのコアカテゴリーが生成され,記述内容を計量的に分析したところ,「水泳-感じる」「感じるー泳げる」など語句間の関連性が確認された.
これらの結果から,スポーツ活動が制限された大学生アスリートは新型コロナウイルスに感染しないなどの感染症に関する記述の他に,自宅にいながら競技力を維持するための工夫,アスリートとしてのキャリアを大学生で終えると決断していたにも関わらず,統制可能性が低い社会情勢によってアスリート人生を終えてしまう不安感などが示唆された.
今後もコロナ禍は続くと予想されることに加え,社会情勢が目まぐるしく変化する時代では,アスリートのメンタルヘルスの観点も踏まえてアスリートの心に寄り添う存在が求められるだろう.
中学校における部活動と学業との両立のあり方
―品川女子学院の事例から―
漆 紫穂子(学校法人品川女子学院) 児玉ゆう子(星槎大学大学院教育学研究科) 平田竹男(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)
学校内で行われる日本の部活動は、世界的に見ても特徴ある教育活動と言われており、その効果として、「学校生活への適応を高める」「社会的スキルを獲得する」などが挙げられています。一方、オーバーヒートや勝利至上主義の弊害などのマイナス面の指摘もあり、なかでも、多くの研究・調査において、親子とも部活の悩みの上位に挙がってくるものが、「学業との両立」です。
「文武両道」という言葉に表されるような、部活動と学習を両立している人たちは、どのようにそれを実現しているのでしょうか?その人たちにはどのような共通点があるのでしょうか?
もしそれを定量的に示すことができれば、両立のコツがシェアできるかもしれない、そう考えて、中学生222人の3年間のデータを分析しました。具体的には「学内成績」「模試成績」の実際の数値およびアンケートによる「平日・休日の学習時間」「睡眠時間」「睡眠開始時間」「国数英の定期試験勉強開始時期」「学校生活の満足度」が、「部活動と学業との両立感(アンケートによる)」に与える影響を回帰分析しました。
その結果、両立感が高いほど学内成績も模試成績も高いことが分かりました。また、両立感の高い子は学習時間が長く、その時間をどのように確保しているのかを見ていくと、早く就寝する一方で睡眠時間が長いわけでない、いわゆる朝型傾向にありました。さらに、定期試験前の学習開始時期が早く、計画的に学習時間を確保していることがうかがえました。これらの結果から、両立感の高い子は、日々のタイムマネジメントによって学習効率を上げていることが示唆されました。そして、こうした生活習慣の傾向に加えて、両立感は学業だけでなく、学校生活の満足度にもプラスの影響を与えていることも分かりました。
教育問題は、個人の経験に基づく議論になりがちです。昨今は、教員の働き方改革の文脈で部活動の縮小や外部への委託が議論されることも多くなってきました。この研究が、親子とも葛藤を抱える「部活動と学業との両立」を果たす上での一助となり、また、部活動の教育効果について、エビデンスに基づいた慎重な議論が行われるきっかけとなれば幸いです。
日本プロ野球におけるレギュラーシーズン勝率の決定要因
熊谷成将 西南学院大学
プロ野球選手個人のパフォーマンスを評価する研究が、近年、日本においても進んでいますが、投手力や得点力など球団別のデータを用いて、これまでに、レギュラーシーズン高勝率の決定要因が2つのリーグの間で異なるかが明らかにされていません。この点を明らかにするために、本研究では、両リーグの救援投手陣の力量差が注視されている点に留意して、レギュラーシーズンの勝率決定要因を計量的な手法でリーグ別に解析しました。2013-2020年シーズンの球団別のデータを用いた解析の主な結果は、次の2点に要約されます。双方とも球場の大きさに関連しています。
第一は、投手の「奪三振数/与四球数」の上昇が勝率を高めるインパクトはセ・リーグよりもパ・リーグの方が大きいことです。他方、1試合あたり四球数が1個増加する時の勝率に対するインパクトが1試合あたり安打数1本増加のそれを上回っているセ・リーグ球団は、投手のパフォーマンス悪化を攻撃力アップで補うことができます。
第二は、1試合あたり盗塁数の増加が勝率の上昇に寄与しないことです。解析の結果は、パ・リーグの一部の球団は盗塁を戦術として選択可能であるものの、セ・リーグ球団は盗塁を戦術として選択しない方が良いことを示唆しています。
このようなリーグ間の差異が見出された理由として、相対的に小さい球場における試合数が多いセ・リーグ球団の方が、ホームランへの依存度が大きいことを挙げることができます。1試合あたり被本塁打数の少なさが高い勝率の決定要因であることを重視し、1試合あたりの被本塁打数を減らすような配球をセ・リーグの投手が工夫すると良いと考えられます。
「するスポーツ」「ささえるスポーツ」における日本語版SCQ-2楽しさ因子の妥当性・信頼性の検討
元嶋 菜美香 九州産業大学
運動やスポーツを行うことで、楽しさを感じ、また参加したいと思うことはありませんか。運動やスポーツによって得られる楽しさは、「するスポーツ」の継続において最も重要な心理的要因の1つです。同様に、スポーツ指導やスポーツイベントの運営といった「ささえるスポーツ」においても活動の楽しさが継続的な参加を促進する可能性が示されていますが、関係性を説明するモデルや測定する尺度はありませんでした。そこで、「するスポーツ」を対象に作成されたスポーツコミットメントモデル2を「ささえるスポーツ」に援用し、スポーツコミットメント尺度2(SCQ-2)の日本語版を作成することで、「ささえるスポーツ」の楽しさと参加行動の関係を示すことができるのではないかと考えるに至りました。
本研究の目的は、大学生を対象に「するスポーツ」「ささえるスポーツ」の楽しさを測定する日本語版SCQ-2の楽しさ因子の妥当性および信頼性を検証し、楽しさと実施状況・実施経験との関係を明らかにすることでした。この目的のために、研究1では「するスポーツ」、研究2では「ささえるスポーツ」を測定対象とした日本語版SCQ-2の下位因子である楽しさ因子の妥当性および信頼性を検証しました。
研究の結果、研究1において、第5項目の文言を「楽しい」と意訳することで妥当性と信頼性が確認されました。研究2において、原版の5項目1因子構造に比べ、4項目1因子構造の妥当性が高いことが明らかとなりました。研究1で対象とした大学生は「するスポーツ」の継続年数および活動頻度が高く、活動を通して「喜び」をはじめとした強い肯定的感情を得ている一方で、研究2で対象とした大学生は子どもを対象とした地域スポーツにおける「ささえるスポーツ」の活動頻度が低く、活動に対して強い肯定的感情を有していないことが推測されました。
また、「するスポーツ」「ささえるスポーツ」ともに、非実施群・未経験群に比べ、現在活動を継続している、もしくは活動経験を有する大学生の方が楽しさを高く評価していました。今回作成した日本語版SCQ-2の楽しさ因子を用いて「する」「ささえる」視点から複合的に研究を行い、運動やスポーツの継続的な参加行動を規定する楽しさを明らかにすることで、スポーツ実施率の向上やスポーツ環境の発展に寄与することができれば幸いです。
Jクラブ経営におけるビジネス化戦略とローカル化戦略の諸相:ABCDモデルを用いたマーケティング・ジレンマの発生可能性の推察
山本悦史 新潟医療福祉大学
国内外に限らず,多くのプロスポーツクラブでは,収入を増やし,支出を減らし,利益を獲得するといった「ビジネス化戦略」を展開しながらも,同時に地域社会の一員として,地域が抱える様々な課題の解決を図るといった「ローカル化戦略」を遂行していくことが重要視されてきました.しかしながら,国内における地域密着型のプロスポーツ経営モデルの普及に関して先導的な役割を果たしてきたJリーグでも,ビジネス化とローカル化を高い水準で両立させているJクラブはほんの一握りであり,その多くは,今もなお,自組織における経営のあり方をめぐって試行錯誤を続けているものと推測されます.筆者らは,ビジネス化戦略とローカル化戦略を両輪としたクラブ経営を難しくしている原因が,これら2つの戦略の間で生じる矛盾や葛藤(マーケティング・ジレンマ)に見出されるのではないかと考えました.そこで,本研究では,各Jクラブのビジネス化戦略とローカル化戦略をめぐる実態を関係当事者の認知という側面から定量的に把握し,それぞれのJクラブを類型化することを通じて,Jクラブ経営におけるマーケティング・ジレンマの発生可能性について推察することを目的としました.
本研究では,はじめに,2019シーズンにJリーグに所属していた全55クラブのうち,35のJクラブからの協力を得たうえで,それぞれのJクラブが自組織におけるビジネス化戦略とローカル化戦略の実践状況をどのように評価(認知)しているのかを測定するための「ビジネス化指標」と「ローカル化指標」を開発しました.結果として,Jクラブのビジネス化戦略については「スポーツサービスの安定供給」「経営の合理化」「経営基盤の確立」という3つの要素(因子)からなる3因子8項目,ローカル化戦略に関しては「地域連携の基盤構築」「地域スポーツの活性化」という2つの要素(因子)で構成される2因子9項目を用いて,それぞれの戦略の実践状況が測定可能であることが明らかになりました.続いて,ここで抽出されたビジネス化指標(3因子8項目)とローカル化指標(2因子9項目)を用いて,Jクラブの類型化に関する検討を行いました.その結果,J1・J2・J3リーグのすべてのディビジョンで,それぞれのJクラブが,「先進型クラブ(Type-A: Advanced Club)」「ビジネス志向型クラブ(Type-B: Business-oriented Club)」「コミュニティ志向型クラブ(Type-C: Community-oriented Club)」「発展途上型クラブ(Type-D: Developing Club)」という4つのタイプのいずれかに分類できることが確認されました.こうした一連の分析結果を踏まえ,先述した4タイプ(2軸マトリックス)に基づくJクラブ経営の分析視座を,各タイプの頭文字から「ABCDモデル」と命名することにしました.
このとき,先進型クラブ(Type-A)と発展途上型クラブ(Type-D)では,それぞれの指標に対する自己評価の水準には差がみられるものの,ビジネス化戦略とローカル化戦略が相乗効果を生み出すような関係性として捉えられている状況にあることが予測されます.また,先進型クラブでは,これら2つの戦略の間に生じるマーケティング・ジレンマに直面しながらも,様々な経営努力や創意工夫を通じて,ジレンマを超克した経験を有している可能性が高いことが予想されるほか,発展途上型クラブでは,2つの戦略が互いに足を引っ張り合うことで,それぞれの戦略に関わる成果が伸び悩んでしまうといった状況が発生している可能性を想定することもできます.これに対して,ビジネス志向型クラブ(Type-B)とコミュニティ志向型クラブ(Type-C)では,ビジネス化戦略またはローカル化戦略のいずれか一方が先行することで,もう一方の戦略に悪影響が及んでしまうといったトレードオフや二律背反の状況が生じている可能性があるものと推察されます.
本研究の貢献は,ビジネス化戦略とローカル化戦略に関わる指標の構成要素を実証的に明らかにするとともに,これらの指標を用いて,各JクラブがABCDモデルのいずれかのタイプに分類できることを立証した点にあると言えます.したがって,今後は,各Jクラブの組織文化や組織構造,組織内外のステークホルダーとの関係性に生じた時系列的な変化を明らかにするために,各Jクラブの関係当事者に対するインタビュー調査を行っていくことが急務の課題となります.組織の能力(できること)が,組織の無能力(できないこと)の決定的要因になるという先行研究の指摘を参考にするならば,ビジネス化戦略またはローカル化戦略のいずれかを推進していくために必要となる能力が確立されていくことで,逆にJクラブの経営が柔軟性を失ってしまうような状況が起こり得る,ということです.そのほか,ビジネス化指標およびローカル化指標を構成する個別の因子・項目間の関係性に着目した分析を行っていくことに加えて,各Jクラブの経営成果や活動実績に関わる客観的データを用いた検証,国外や他競技のプロスポーツクラブとの比較分析などを積み重ねていく中で,本研究で提案されたABCDモデルがより実用的な分析視座として精緻化されていくことも期待されます.
日本における国際的なスポーツ人材育成のための海外短期研修の開発に関する事例的研究ー3大学の事例を比較してー
塚本拓也 仙台大学
本研究では、国内のスポーツ分野における複数大学の海外短期研修の開発事例を分析し、その開発を事例的に明らかにすることで、今後の日本の国際スポーツ人材育成における海外短期研修の在り方を検討した。
その結果、スポーツ分野における海外短期研修の開発の現状として、「海外短期研修の単位化」と「海外短期研修に参加する学生の金銭的負担への軽減の仕組み」に対する考え方が3大学とも共通していることが明らかとなった。まず、「海外短期研修の単位化」について、海外短期研修を効果的に活用するためには、開発された研修が学部カリキュラムにしっかりと位置付けられた一貫性のある科目として、事前・研修中・事後と継続した研修内容を構築し、教員が期間を通して学生に対する効果的な教育的介入をする必要があると示唆された。また、「学生の金銭的負担を減らす仕組みづくり」について、大学が主催する海外短期研修では、収益を生むのが目的ではなく学生の教育が目的であるため、なるべく多くの学生に機会を与えたい大学側の思惑があると示唆された。
さらに、スポーツ分野における海外短期研修の開発に必要な経営資源の考え方には、共通点と相違点があることが明らかとなった。まず、経営資源における「ヒト」の内部資源は、大学経営幹部、教員、事務職員であり、外部資源に研修先の大学関係者、旅行代理店、エージェントとなり、「モノ」の内部資源は特になく、「モノ」の外部資源は研修先の施設と3大学とも共通の認識があることが明らかとなった。他方、3大学とも「カネ」における外部資源の調達方法が異なり、各大学の経営事情に合わせた柔軟な対応をしていることが示唆された。また、「情報」について、筑波大学と帝京大学が海外短期研修の情報が内部資源として体系化できていないという課題を抱えているのに対して、仙台大学は研修先大学と基本合意者を締結し、その過程で研修先に本学の教員を配置するなどの長期的な視点から体制強化を図れている違いがあった。
一方で、スポーツ分野における海外短期研修の今後の在り方について、仙台大学と帝京大学の研修タイプは中塚・小田切(2016)が示す「価値発見型」と認識され、筑波大学の研修タイプは「交流型」と認識されていることが明らかとなった。その上で、3大学とも中塚・小田切(2016)が示す「課題解決型」や「知識共有型」への研修タイプに進化させたいという思いがみられた。研修タイプを「課題解決型」や「知識共有型」に進化させるには、学生を主体と捉えつつ大学教員が積極的に関与する開発の仕組みを考慮した上で、研修内容を研修先による講義及び研修先の視察など一方的な形にするのではなく、研修の依頼側からも研修を通して新しい卒業研究及び共同研究プロジェクトの創出を行うなど双方向に共有できる関係構築を行う必要性が示唆された。