WBCバブル」は欧州野球に革命を起こすか? ―チェコ野球のプロ化の野望―
WBCバブル」は欧州野球に革命を起こすか?
—チェコ野球のプロ化の野望—
鹿屋体育大学准教授 石原豊一
世界中のトッププロが集う野球の国際大会、ワールドベースボールクラシック(WBC)。2006年の開催以降その認知度を高め、今やその収益は1億ドルを超えるという。その人気は、「大谷フィーバー」に沸く日本では絶大で、今大会のチケットは、侍ジャパン戦はもちろん、日本戦以外の試合、それに大会前のエキシビションゲームでもソールドアウトが続出している。決勝戦のチケット価格を調べてみると、正規価格の一番安い席で484ドルとなっていた。
この盛り上がりを支えているのは、日本などの強豪国だけではない。国際大会をビジネスとして成功させるには、「出場することに意義がある」脇役的な国が出場する試合でいかに集客するかがカギとなる。その中で、前回大会において、「世界の大谷にひたむきに挑むアマチュア軍団」という物語を生み出したチェコの存在は大きい。高校球児並みの球速の投手が大谷から三振を奪い、佐々木朗希の剛球を体に受けながらも、ダッシュを見せた東欧の小国の選手の姿に日本のファンは虜になった。
チェコ野球の現状
チェコの野球は、チェコスポーツ連盟傘下にあるチェコ野球協会によって統括されている。大会は年齢別に行われ、22歳以上に関しては、競技力の高さに応じてトップチームであるレアリザッチニ(Realizační)と一般成人チームに分かれている。このレアリザッチニが、クラブを代表して「リガ」と呼ばれる2部制の全国リーグに参戦する。このリーグ戦はサッカーで採用されている昇降格制度のあるオープンリーグ制を採用しており、1部リーグがエクストラ・リガと呼ばれている。
各クラブは、この制度に基づき、独立採算で運営されている。エクストラ・リガ最多の26回の優勝を誇る名門チーム、ドラチ・ブルノの事例を挙げると、トップチーム以下、成人のC、U21以下、総計12チームで構成されている。この他、多くのチームは女子ソフトボールチームも保有しており、このトップチームが男子野球同様、広告塔となっているクラブもある
チェコ野球のビジネスモデル
近年、複数のNPB(日本プロ野球)経験者が、移籍していることで、メディアでは「プロリーグ」と紹介されることが多いが、欧州の他のリーグ同様、エクストラ・リガは本質的にはアマチュアリーグである。チェコでは、球団は単独の野球クラブとして運営されており、メンバーからの会費、トップチームによる興行収入、それに伴う物販、飲食と公共団体からの補助金、それにスポンサー収入によって運営されている。ただし、収容500人ほどの球場からの入場料収入や物販・飲食からの収入は決して大きなものではなく、スポンサー収入がクラブ経営の柱となっている。球場などの施設は市など公共団体から借り受けている。
- マスコットを導入するなど集客の努力がなされている
- エクストラリガ最多優勝を誇る名門ドラチ・ブルノ
収入の柱であるスポンサー集めの役割を担っているのがトップチームで、ゆえに、メンバーたちは野球道具やユニフォームの支給を受け、ナショナルチームレベルのメンバーになると、試合出場に対して少額ではあるが、報酬を手にする。また、オープンリーグという性格上、エクストラ・リガへの残留は、クラブ経営にとって命綱とも言え、それゆえに各球団はプロ契約で外国人選手を雇い入れる。彼らには多くの場合、給料の他、住居(その多くがホームステイだが)、食事が提供されるが、その一方で、プレーだけでなく、ジュニアチームへのコーチングというタスクが課される。
プロ化への胎動
現地選手のほぼ全員が職についているため、エクストラ・リガの試合は基本的に週末に行われる。レギュラーシーズンは各チーム35試合。参加8チーム中、上位4チームが優勝を争うプレーオフに進み、下位4チームは2部リーグの上位2チームとともに残留をかけた延長リーグ戦に臨む。またプレーオフは、1回戦シリーズの敗者同士でも3位決定シリーズが行われ、年度チャンピオンを決める「チェコシリーズ」はNPBやMLBと同じ7戦制で行われる。昨年のシリーズは、「チェコ野球の都」・東部モラヴィアの中心都市、ブルノの2チームが進出したとあって、両チームの本拠地球場は連日満員となった。
チケット価格は日本円で1000円ほど。名門クラブであるドラチ・ブルノは全試合で入場料を徴収しているが、ライバルのフロシ・ブルノの方は、プレーオフなど客入りの見込めそうな試合のみチケット販売を行っている。決勝シリーズの最終戦では、スタンド外の立ち見を含めて1000人が集まったが、100人ほどの観客しかいなかった3位決定戦のスタンドが通常の風景なのだろう。
それでもフロシ・ブルノの球団スタッフは、「遠い目標」とは断りながらも、エクストラ・リガのプロ化の希望を語っていた。
欧州におけるプロ野球リーグ挑戦の歴史
歴史を振り返ると、欧州においてプロ野球設立の挑戦はこれまで4度試みられてきた。そのうち2度は戦前の英国でのことで、野球黎明期の19世紀末にオフシーズンのサッカー選手の副業の場としても期待されたが、ビジネス的には成功を収めることができず1シーズン限りで消滅した。その後、1930年代中葉にイングランド中南部を中心として3つのプロ野球リーグが活動したものの、いずれも短期間で解散している。
戦後、欧州における野球の中心はイタリアやオランダに移っていくのだが、これら国のトップリーグはやがて一部選手には報酬を支払い、スポンサーシップやチケット販売などによる収益化を目指したセミプロ化の道を歩んでいく。そして、2010年にはイタリアにおいて、従来のアマチュアトップリーグであったセリエAのトップ8チームによるクローズドリーグ、イタリアン・ベースボール・リーグが発足するに至った。しかし、現実のクラブ運営状況と乖離した全球団へのチケット販売と選手への報酬支払、それにファームチーム保有の義務付けなどのプロリーグとしてのフォーマットは、相次ぐ各球団の離脱つまり、アマチュアトップのセリエAへの事実上の降格を招き、結局このプロ野球設立の挑戦も、8シーズンをもって終焉を迎えることになる。
また、一方で、欧州各国リーグのトップチームによる国際プロリーグとしてユーロリーグ・ベースボール構想が立ち上がり、2016年に実行に移されたが、予定されていたイタリア、オランダの「トップ2」のクラブは参加することなく、ドイツ、チェコの3チームが自国リーグの合間に各々8試合を消化するだけに留まり、これも頓挫した。このリーグにチェコから参加したのが、ドラチ・ブルノで、ドイツ勢を退けて見事優勝を飾っている。
チェコ野球プロ化への挑戦
それでも、チェコ野球はプロ化を見据えて歩み進めているようだ。前回WBCでは、初めて国内で野球のテレビ中継がなされ、少なからぬ国民が野球というスポーツに興味をもったという。そして世界野球のアイコンとなった「さわやかチェコ」は、日本や韓国、台湾での興行試合に招待され、またチェコ国内でもシーズン後に国際シリーズを実施するようになっている。
また、一部スタジアムでは、大型スクリーンを導入し、選手を写真入りで紹介するなど、観客を呼び込むための工夫もなされるようになっている。また、独立リーガー中心だった日本からの選手受け入れに関しても、近年はNPBで主力を張っていた選手を入団させるなど、競技力を高める努力もなされるようになっている。
「さわやかチェコ」が侍ジャパンの脅威になる時、それは真の意味で野球がグローバルスポーツになる時だろう。



