スポーツ産業を測る 地域とスポーツGDP

スポーツ産業を測る 地域とスポーツGDP
庄子博人│同志社大学スポーツ健康科学部准教授

1.地域のスポーツGDP
本稿では、地域とスポーツGDPの関係について考えてみたいと思います。近年、各自治体が地域活性化に資する事業として、スポーツに取り組んでいる事例が多くみられます。スタジアムやアリーナの建設、プロスポーツクラブの誘致、そしてスポーツイベントの開催など、どれもスポーツが地域活性化に役立っているように見えます。地域活性化にも様々な観点があると思いますが、以下では経済的な価値について論じていきたいと思います。
一般財団法人アジア太平洋研究所(2020)は、「関西のスポーツ産業振興に係る基礎調査報告書」において、日本版スポーツサテライトアカウントの方法に準拠し、関西地域間産業連関表を利用した関西スポーツ産業規模を推計しています。その結果、2府8県の関西スポーツ産業の付加価値は1.25兆円と推計され、全国に占める関西のスポーツ産業の割合は18.8%であることを明らかにしています。この18.8%は、全国のGDPに占める関西圏のGDPの割合とほぼ同程度のようです。今後、関西地域間産業連関表の改定に合わせて、スポーツ産業の付加価値の推計も改定できることが明記されており、スポーツ産業政策の評価ツールとして活用できることに大きな意味があると思います。
また、川島ら(2020)は、日本経済研究所の日経研月報にて、「地域版スポーツサテライトアカウント(RSSA)の開発と広島県スポーツGRPの推計」と題して、広島県のスポーツ産業を計測しています。広島県と広島市の協力を得て、地域版スポーツサテライトアカウントを開発した上で、広島県のスポーツ GRP(地域内総生産)は1,790億円で県内総生産(GRP)に占めるスポーツの比率は2.37%(全国平均1.41%)であることを明らかにしています。
上記2つは、ある域内で一定の期間に発生したスポーツGDPを計測するという研究ですが、プロジェクト単位で着目したのが、横田ら(2020)の「スポーツ施設の整備及び運営に伴う経済効果の検証:スポーツ関連事業への地域付加価値創造分析の適用」です。本誌の別稿で横田先生がこの論文の解説を詳細に書かれていますので、そちらも合わせてご覧ください。この論文では、地域付加価値創造分析という手法を用いて、雇用者の可処分所得、事業者利益、地方税収の3つを地方に残る経済付加価値と定義しています。長野県東御市のスポーツ事業において、14億円の付加価値が生まれ、そのうち市内の経済付加価値は約5億円、市外に発生した経済付加価値は約9億円であることを明らかにしています。このように地域内外の付加価値を計測できること、また、プロジェクト単位で投資効果も検討できることから、今後、スポーツ事業の経済付加価値を明らかにする手法としてとても有効だと思われます。

2.自給率と波及効果
横田ら(2020)で論じられているように、ある地域内に付加価値が残るためにはスポーツ事業のあり方を工夫しなければなりません。ポイントは2つあると思います。まず1つ目のポイントは「自給率」の問題です。自給率とは、地元に需要が発生して地元で生産できる割合のことを指します。例えば、ある地方で計画されたアリーナ整備事業が、その建設会社の本社は東京、運営会社の本社はニューヨーク、という状況がもしあれば、地元で生産が行われていないので、自給率が低い状態にあるといえます。この例の場合、その事業者の利益は東京とアメリカに移転され、地方税も含めて付加価値が地元に残らないかもしれません。つまり、域内の事業者が発注を受けて、域内の事業者が生産するということが、地域に付加価値をより多く効率的に残すために重要になります。ただし、1次請けの大手ゼネコンなどは、地方にない場合がほとんどでしょうし、その場合、東京本社の企業にならざるをえないでしょう。そうであれば、2次請け以降の調達で地元の企業に発注する、地元の人を雇用するなど、下請けの構造によって自給率を高めることも可能です。建設工事などで受注事業者に対して地元企業を下請けに利用することが義務付けられている場合があるのは、この自給率を高めるためと言えます。
また、2つ目のポイントは、域内における「波及効果」です。ある域内に産業があって取引関係が構築されていれば、需要が生産を生み、その生産に必要な資源等を生産している企業にも生産が波及していく、という形で連鎖して付加価値が生み出されます。これを波及効果と言います。この波及効果は、ある域内で産業として取引のネットワークがあることが前提になるため、過疎地域などで、産業と呼べる集積がそもそもない場合は、波及効果は発生しないことになります。その場合は、域内に残る付加価値は、域内で雇用した人に対する人件費くらいでしょう。スポーツ産業は、人の役割が大きい労働集約的な側面がありますので、むしろ雇用を生み出すという意味では地域活性化に向いているかもしれませんが、地域の産業の育成を念頭に、波及効果も生み出すようなスポーツ事業を利用した地域活性化のあり方を考える必要があると思います。

▶一般財団法人アジア太平洋研究所;公益社団法人関西経済連合会委託調査,関西のスポーツ産業振興に係る基礎調査報告書,2020.
▶川島啓,他;地域版スポーツサテライトアカウント(RSSA)の開発と広島県スポーツGRPの推計,日経研月報,2020.
▶横田匡俊,他;スポーツ施設の整備及び運営に伴う経済効果の検証:スポーツ関連事業への地域付加価値創造分析の適用,スポーツ産業学研究Vol.30,No.4,pp.357-367,2020.

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