スプリングトレーニングの地政学 アジアプロ野球キャンプが映す経済と文化の交差点
スプリングトレーニングの地政学
アジアプロ野球キャンプが映す経済と文化の交差点
鹿屋体育大学准教授 石原豊一
春季キャンプは、プロ野球におけるチームづくりの起点であると同時に、開催地域の経済や観光に波及効果をもたらす好例でもある。日本では沖縄、米国ではアリゾナやフロリダがその代表地として知られるが、近年、韓国や台湾の球団も巻きこんでのキャンプ地の国際的な争奪・誘致合戦が繰り広げられている。本稿では、沖縄と台湾を事例からキャンプ地をめぐる地域戦略とアジア野球の新たな交流圏を概観する。 日本代表「侍ジャパン」は恒例の宮崎合宿を行う。合宿地となる宮崎県総合運動公園は読売巨人軍のキャンプ地でもあり、ビーチリゾート青島地区の冬季の閑散期対策として名門球団を誘致したのが始まりとされる。以来、各球団が温暖な南九州や四国に拠点を置くようになり、キャンプは地域振興の一大事業となった。こうした背景のもと、地方都市の間ではキャンプ地誘致合戦が展開され、現在では沖縄が「キャンプ銀座」の座に君臨している。
MLBスプリングトレーニングの地域経済への波及効果と自治体による誘致合戦
スポーツチームの合宿は開催地に顕著な経済効果をもたらす。世界最大のプロ野球リーグ、メジャーリーグ・ベースボール(MLB)のスプリングトレーニングでは、アリゾナ州とフロリダ州に各球団が集まり、観客は観戦やグッズ購入、宿泊・飲食を通じて地域経済を潤す。1万円を超えるオープン戦チケットも珍しくなく、MLBキャンプが観光産業として定着していることを示している。
日本人選手3人を擁しワールドシリーズを連覇したロサンゼルス・ドジャースのキャンプ地と言えば、長年のメジャーリーグファンにとっては、フロリダ州ベロビーチの「ドジャータウン」だろう。1961年には読売ジャイアンツがここを訪れて「ドジャース戦法」を学び、その後のV9の礎を築いた。しかし2008年を最後に、ドジャースはアリゾナ州グレンデールの「キャメルバック・ランチ」へ移転した。スポーツ施設整備を進めるこの誘致政策が功を奏し、同市は21世紀以降、観光都市として発展を遂げている。
沖縄に春を求めて:韓国プロ野球KBOの「キャンプ銀座」進出
キャンプ巡りのツーリズム化は日本でも顕著で、沖縄では2月に国内外のファンが詰めかける。台湾からの観客がNPBのキャンプを見学する姿も多く、韓国からは自国プロ野球KBOのキャンプを訪れるファンもいる。
2月の寒さを避けるため、KBOでは国外キャンプが主流となっており、経済成長も後押ししてか、各球団は沖縄や高知といった日本、米国アリゾナ州、さらには南半球のオーストラリアでシーズン前のトレーニングを行う。
昨年、新ボールパーク効果もあって韓国シリーズに進出したハンファ・イーグルスは、ここ3年、1月末からの一次キャンプを米国や豪州で、2月下旬からの二次キャンプを沖縄・八重瀬町で実施している。
那覇の南約10キロのところにある2002年建造の東風平運動公園野球場は、かつてNPB球団の二軍がキャンプで使用していたが、短期間で撤退した。近隣に適当な宿泊施設がなかったことが要因とされるが、2012年秋季キャンプ以降ハンファ球団は町外の宿泊施設を活用し、両国間の関係冷却やコロナ禍による中断を挟みながらも、現在も「春のホーム」として使用している。
老朽化が進む施設の改修は課題だが、2〜3月はプロアマ問わず国内外のチームが施設を奪い合う状況で、当面はハンファ球団もこの施設の使用を継続する予定である。
キャンプが観光コンテンツ化する昨今、ファン対応が課題となる。その点、国外キャンプはある意味選手にとっては集中できる環境となるが、その一方で、球団側は、ツアーを企画してファンの沖縄訪問を促す試みも行っている。日本観光ブームもあり、東風平球場には熱心な韓国ファンが訪れることもあるが、その数は多くない。受け入れる八重瀬町側としても、チームが町外で宿泊している現状ではあるが、長期間にわたる施設使用料だけでも町の財政にプラスの貢献があるという。
キャンプ地は国境を越えて:台南・亜太国際棒球訓練中心に見るアジア野球の現在地
KBOが国外キャンプを行う一方、台湾のCPBLでは温暖な気候を生かした国内キャンプが主流である。このリーグでは6球団中4球団が北部に本拠を置くが、ファームは南部の各地に本拠を置き、キャンプももっぱら南部のファーム施設で実施される。
台湾屈指の名門球団・中信兄弟は親会社の福利施設であった屏東郊外にあるスタンド付き球場や室内練習場を備えた複合施設を整備し、ファーム本拠、そしてキャンプ地として使用している。筆者が視察した際には、KBO球団との練習試合が行われていた。
6球団しかないCPBLにとって、シーズン前に「手の内」を見せる機会を減らせるという意味で、国外チームとの練習試合は理想的だとある指導者は言う。同時に、近年KBO球団が台湾でキャンプを実施するようになったのは、一昨年秋に行われた国際大会「プレミア12」での優勝に代表されるように台湾野球のレベルが向上し、KBOにとってCPBLが実戦練習の相手に相応しいものになってきたからではないかとの私見を述べている。
そして、インフラ整備もキャンプ誘致の追い風となっているのは間違いない。
台南にはCPBL最多の10回の優勝を誇る名門球団・統一ライオンズが本拠を置いている。このチームがホームとして使用している市立球場は、日本統治時代の1931年に建造されたもので、幾度かの改築が行われているものの、老朽化は否めない。そこで2018年、当時市長だった頼清徳現総統の下、台南市は郊外に「亜太国際棒球訓練中心(アジア太平洋国際野球訓練センター)」の建設を開始。歴史博物館を要とした広大な敷地に、国際規格のスタジアムの間に練習グラウンド、スタンド付き少年野球場計7面が扇状に広がる一大複合施設の建設を開始した。
この施設はその名の通り、各年齢層の台湾代表チームのトレーニングや国際大会など、グローバルな視点での使用を念頭に置いて作られている。2019年、最初に完成した少年野球場はU12ワールドカップの主会場として使用された。2025年1月には2万5000人収容のメイン球場が完成し、地元球団・統一とKBOのロッテ、NCがキャンプ地として利用している。
KBOが台湾で初めてキャンプを行ったのは2018年のロッテで、以降、キウムやSSGなども続いた。コロナ禍を経て2025年には上記2球団を含む3球団が台湾でキャンプを実施。期間中は、夜市風の屋台も立ち並び、多くの台湾人ファンが訪れるなど、キャンプは観光イベントとしての性格を強めている。この賑わいを目にすると、今後、この施設がその名の通りアジア野球の中心となる予感さえする。
統一球団は、元の本拠・市立球場のスタンドが台風で破壊されたこともあり、今シーズンからここのメイン球場を本格的にホームとして使用することになっている。キャンプの詳細はまだ明らかになっていないが、おそらく1月中旬からの前半を例年通りここで行い、2月からはKBOに明け渡すと思われる。 年々高まるプロ野球熱の中、すでに統一球団はこの新しいキャンプ施設でのブルペンでの写真撮影やフィールドでのプレー体験を商品化し、チケット販売も行っている。将来的には、KBO球団との試合の興行化も見据えていくべきだろう。プロ野球の観客動員が世界的に伸びる中、アジアにもスプリングトレーニングの商品化の波が押し寄せている。キャンプ地誘致は、いまや国境を越えた競争の時代に入ったといえるだろう。るだろう。




