スタジアム・アリーナビジネスの未来 ~スタジアム・アリーナ基準再考
スポーツ法の新潮流㉝
スタジアム・アリーナビジネスの未来
〜スタジアム・アリーナ基準再考
早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)、弁護士 松本泰介
今年のゴールデンウィーク(GW)は様々なスポーツ観戦に行っていました。プロ野球やJリーグだけでなく、Bリーグ、そして今年から新リーグのSVリーグとなったバレーボールのファイナルなど、多くのスポーツが盛り上がりを見せています。今年のGWはスポーツ観戦するには過ごしやすい気候で、大きな観客動員を生んでいたとも感じました。これをけん引しているのが、相次ぐスタジアム・アリーナの開業です。今回は、スタジアム・アリーナビジネスの未来を考える上で、スタジアム・アリーナ基準に着目してみたいと思います。
スタジアム・アリーナの新設開業
2024年から、広島のエディオンピースウィングスタジアム(サンフレッチェ広島およびサンフレッチェ広島レジーナ)、長崎のピーススタジアム(Vファーレン長崎)、千葉船橋のららアリーナ東京ベイ(千葉ジェッツ)、長崎のハピネスアリーナ(長崎ヴェルカ)、神戸のジーライオンアリーナ神戸(神戸ストークス)など、スタジアム・アリーナの新設、開業が相次いでいます。
背景にあるのは、リーグによるスタジアム・アリーナ基準の設定、これに基づく建設です。プロスポーツリーグでは、トップリーグへの参入要件として、参入クラブが利用するスタジアム・アリーナ基準を定めています。このスタジアム・アリーナ基準を満たさない場合、原則としてトップリーグへの参入は認められないため、各クラブが利用するスタジアム・アリーナが建設されることになります。
スタジアム基準の先駆者は、Jリーグのスタジアム基準です。2025年度用のスタジアム基準は、「スタジアム規模等」「競技用設備」「諸室・スペース」「アクセス関係」「観客用設備」の5分野にわたり、様々な必須とされる設備、内容が定められています。アリーナ基準では、プロバスケのBリーグがリードしてきました。Bリーグは、26-27シーズンからのBプレミアリーグのスタートに向けて「ホームアリーナ検査要項」を定め、「施設要件」「設備要件」「競技要件」「スペース・入場口要件」「諸室要件」「顧客対応要件」「警備・緊急時対応要件」などの7項目にわたり、様々な必須とされる設備、内容が定められています。
このようなスタジアム・アリーナ基準が定められていることで、各クラブが利用するスタジアム・アリーナがスポーツビジネスを行ううえで最低限の仕様が整えられることになります。JリーグでもBリーグでも、このような最低基準が定められることによって、旧来のスポーツだけを行う競技場から、プロスポーツ興行を実施する最低限のスタジアム・アリーナに生まれ変わっています。
また、単にこのようなスタジアム・アリーナ基準を満たすだけでなく、クラブとしてのさらなる売上増のために、新たなスタジアム・アリーナを新設、移転するケースも出ています。広島のエディオンピースウィングスタジアムは、元々のスタジアムもスタジアム基準は満たされていましたが、観客の利便性や現代型のスタジアムを目指し、新設されたものです。昨今新設あるいは改築されているプロ野球のスタジアムも、さらなる売上増のために行われています。
今後のスタジアム・アリーナ
これからもスタジアム・アリーナの新設、開業は続くでしょう。各クラブの売上を増やしつづけるためには、よりキャパシティの大きなスタジアム・アリーナが求められることになるため、規模を拡大するスタジアム・アリーナが新設されることはとどまることはありません。
しかし、今後のスタジアム・アリーナビジネスについては、いくつか課題が考えられます。
①コンパクトなスタジアム・アリーナの新設
1つ目は、よりコンパクトなスタジアム・アリーナの新設です。これまでのスタジアム・アリーナの話は、よりキャパシティの大きい、観客動員を増やす方向のスタジアム・アリーナのお話でした。
しかしながら、トップリーグに所属するクラブが使用するスタジアム・アリーナではまだしも、スポーツの普及、振興を考えた場合には、より中小規模のクラブが使用できる高機能なスタジアム・アリーナが求められます。このような規模のスタジアム・アリーナがどのくらい普及しているのかが、そのスポーツの普及、振興の証ともいえます。
イギリスのサッカー女子スーパーリーグの試合は、もちろん男子のプレミアリーグが使用する大規模スタジアムを使用することはあるものの、日常的には、都市中心部から少し離れた郊外にある、キャパシティが3000人程度のスタジアムを使用しています。このようなスタジアムであっても、簡易なVIPスペースや飲食スペースなども存在し、様々なエンターテイメントなども実施できる施設にはなっています。イギリスには、このようなコンパクトな高機能スタジアムが数多く存在し、スポーツのグラスルーツを支えています。このようなスタジアム・アリーナが存在することが、女子スポーツや大学、高校などアンダーカテゴリーのスポーツの普及、振興を進めていくことになるでしょう。
②ソフトコンテンツの充実
2つ目は、ハードであるスタジアム・アリーナが整備される中で、エンターテイメントとしてのソフトコンテンツの充実です。昨今新設、開業しているスタジアム・アリーナでも、現代型のスポーツエンターテイメントを十分に実施できていないケースもあります。もちろん従前は公立の競技場、体育館などでやっていた興行がいきなり新設のスタジアム・アリーナに変わりますので、ソフトコンテンツが追い付いていないケースはまだまだ見られます。また、既にお気づきの読者の方もおられるかもしれませんが、新設、開業したスタジアム・アリーナでも、どこか他で見たことのあるような演出が続けられているケースもあります。エンターテイメントも予算次第なところもありますが、多くのスタジアム・アリーナビジネスが見られるようになり、既に10年15年経過してくる中では、より目新しい演出が実施されないと、簡単に飽きられてしまいます。そのような中で、よりファンに魅力的なソフトコンテンツが求められることになるでしょう。 日本では、ハードであるスタジアム・アリーナなどハコモノを整備するのは得意だったりしますが、その後のソフトコンテンツを充実させることは意外に苦手だったりします。今後のこのようなソフトコンテンツを充実させることが、他のクラブや他のプロスポーツとの差別化につながり、より大きな売り上げにつながるでしょう。今、日本の様々な都市で、野球、サッカー、バスケ、バレーなど様々なプロスポーツのビジネス競争が苛烈になっています。どこが生き残るかは、スタジアム・アリーナもありますが、その後のソフトコンテンツの充実にあるでしょう。
③スタジアム・アリーナ基準の再考
3つ目は、スタジアム・アリーナ基準の未来です。スタジアム・アリーナ基準は、プロスポーツリーグのトップリーグのスタジアム・アリーナの最低限のレベルを規律し、よりスポーツビジネスの売上安定のために大きく貢献しています。プロスポーツリーグは、このスタジアム・アリーナ基準をよりハイレベルに引き上げることにより、クラブ経営を牽引しています。
しかしながら、あくまでスタジアム・アリーナ基準はあくまで最低限のレベルを規律するにすぎません。これからさらに魅力的なスタジアム・アリーナを作っていくために、今後スタジアム・アリーナ基準をどうしていくべきか再考する必要があります。
もちろん1つの方法はスタジアム・アリーナ基準の引き上げです。ただし、基準の引き上げは従前の基準の延長線上にあるため、よりイノベーティブな魅力的なスタジアム・アリーナを生むのにベストな方法とはいえません。
意外に見落とされている点ですが、日本のプロ野球はスタジアム基準を持っていません。野球規則に最低限の競技場基準はあるものの、それ以外にJリーグやBリーグが定めるようなスタジアム・アリーナ基準はありません。にもかかわらず、広島のZoomZoomスタジアムや、2023年に開業したエスコンフィールド北海道など、極めて特徴的なエンターテイメント性に優れたスタジアムが誕生しています。
先日、千葉幕張のZOZOマリンスタジアム近くに、千葉ロッテマリーンズの新スタジアムが建設されることがリリースされていました。この新スタジアムもまた他の12球団の本拠地と異なった特別なスタジアムが完成するでしょう。理由はスタジアム基準がないため、それぞれの球団が自由な発想から魅力的なスタジアムを構想しやすいからでしょう。スタジアム・アリーナ基準の未来がどのようになるのかは、日本のスタジアム・アリーナの未来を決めることになります。
参考文献 拙書「スポーツビジネスロー」
(大修館書店、2022年) 原田宗彦編著「スポーツエンターテイメント」
(大修館書店、2025年)