日本の風土とスポーツ産業
日本の風土とスポーツ産業
同志社大学スポーツ健康科学部准教授 庄子博人
京都に長く暮らしていると、観光の京都と日常の京都の姿は大きく異なることに気づきます。観光客には湯豆腐や八つ橋といった食べ物が印象的ですが、実際の京都の人々が日常的に食べるものは牛肉、パン、そしてコーヒーです。意外にも味付けは濃く、新しいものを好む風土があり、古いものを守るだけでなく、変革にも前向きな一面が見られます。任天堂や天下一品、餃子の王将などの企業は、観光の京都よりも、現代の京都の本質を象徴しているのかもしれません。
そんな京都は伝統産業の宝庫でもあります。西陣織、京菓子、京漆器、酒造りといった産業は、宮廷文化の需要を背景に発展しましたが、それだけではありません。地下水の質の良さや適切な湿度が保たれる気候、自然環境がこれらの産業を支えてきました。さらに、京都は盆地で面積が狭く、都市外にも目を向ける必要があったため、早くから大阪や全国、さらには海外市場に展開していく風土が根付いていました。江戸時代から明治にかけて日本海を航行した北前船は、京都の産業を全国へ広げる重要な役割を果たしました。
そして現代の京都でも、その革新的な精神は健在です。任天堂や京セラ、日本電産など、世界に名だたる企業が京都から生まれています。これらの企業は伝統の地にありながら、最初から全国や世界を見据えたビジョンを掲げてきました。歴史と革新が絶妙に共存する風土が、京都に新しい産業を生み出し続けているのです。
こうした地域産業の成り立ちには、自然環境が深く関係しています。和辻哲郎は「風土」の中で、気候や地理的条件が文化や生活様式に与える影響を示しました。自然環境は産業そのものにも間接的に影響を及ぼすと言えます。また、宇沢弘文の「社会的共通資本」によれば、経済成長には社会制度やインフラ、そして自然環境が重要な要素として挙げられています。日本全体に目を向けると、自然環境の多様性が地域ごとの文化や産業に大きく影響を与えています。日本の海岸線は約35,000kmにおよび、世界第6位の長さです。島国である日本はリアス式海岸をはじめとする複雑な地形に富んでおり、海運や漁業といった産業が発展しました。一方で、日本の国土の約70〜80%は山地で構成されており、森林資源や木材産業の基盤が整っています。加えて、日本海側や東北地方、北海道には世界でも有数の豪雪地帯が広がります。山が多く水が豊かなため、河川や湖が発達し、人々の生活や産業を支えています。
こうした豊かな自然環境は、スポーツやレジャー産業にも大きく活用されています。日本には四季折々の美しい風景が広がり、季節ごとのアクティビティが豊富に楽しめる環境が整っています。冬は北海道や東北、上越を中心にスキーやスノーボードが盛んであり、雪質の良さから国内外の観光客が訪れています。夏には登山やトレイルランニング、さらに海岸を活かしたサーフィンやウィンドサーフィンが人気を集めています。また、日本には山間部や河川が多いため、カヤックやラフティング、フィッシングといったスポーツも盛んです。これら多彩なアクティビティは、地域ごとの自然環境と密接に結びついており、日本ならではの「自然資本」を存分に活用したものと言えるでしょう。
こうした自然資本とスポーツ産業の発展において、注目されるのがレジャーボート製造業です。日本のレジャーボート産業は、世界的にも高いシェアを誇り、特にヤマハ発動機を筆頭に、スズキ、ホンダ、トーハツといった企業が技術力と品質で国際市場をリードしています。これらの企業は、エンジン性能や船体設計において世界的な競争力を持ち、厳しい環境基準にも対応した製品を提供しています。2022年のデータによると、ヤマハ発動機は24.12%の世界市場シェアを占め、スズキは11.15%、ホンダは5.47%、トーハツは3.21%のシェアを記録しています。これら日本企業のシェアを合計すると、世界市場の約半分近くを日本勢が占めていることがわかります。このような圧倒的なシェアの背景には、各企業の技術力や品質管理への努力があるのはもちろんですが、日本の自然環境も重要な要因として挙げられるでしょう。
このように、地域に根付く伝統産業や革新的な企業は、自然環境や地理的条件に支えられて発展してきました。そしてそれは京都に限らず、日本全体の地域産業や文化に共通する要素でもあります。自然資本を最大限に活かすことで、新たな産業や文化が生まれ、世界に広がっていく可能性が今後も広がるでしょう。