スポーツ産業のイノベーション 「生き残る戦略」から「三方よし」そして「四方よし」へ
スポーツ産業のイノベーション
「生き残る戦略」から「三方よし」そして「四方よし」へ
植田真司│大阪成蹊大学経営学部教授
景気が低迷している日本経済、企業が生き残るために様々な戦いを強いられている。しかし、一部の企業が生き残ったとことで、我々は安心して暮らしていけるのだろうか。一部でなく、多くの企業が生き残ることが必要ではないのだろうか。今回は、これからの企業の役割変化について考察した。
変化する企業の役割
2015年に持続可能な開発目標「SDGs」が採択され、企業はサステナビリティに取り組む社会的責任が求められるようになった。その結果、環境問題や格差問題を誘発した企業は、それらの問題を解決する責任を負うことになった。しかし、利益追求や一人勝ちを目指している企業が多く存続している。例えば、格安商品を海外から輸入し、消費を促し、大量に販売する企業には、問題が隠れている。
「コスパ病」の著者、小島尚孝は、内外価格差を利用して、安価な輸入品で儲けてやろうと考えた日本の輸入業者が、海外に製法や技術を持ち出し、安価な輸入品を国内で販売することにより、地場産業が崩壊・低迷し衰退したと述べている。
また、13年前にも、経済学者の浜矩子が著書「ユニクロ型デフレと国家破産」のなかで、ユニクロが安価な衣料を販売し、消費者が購入すると、衣料業界で価格競争が始まり、他業界でも価格競争が始まり、企業の収益悪化につながり、リストラで失業者が増えると述べている。
いくら勝ち残るといっても、他企業の足を引っ張る行為、下請けを踏み台にする行為などは賞賛されるべきではない。
今企業に求められているのは、近江商人の考えである「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」である。自らの利益のみを追求せず、社会の幸せを優先する精神である。偉大な経営者の松下幸之助も、経営学者のドラッカーも、「人間が幸せであるためには、社会そのものが正しく機能しなければならない」と説いている。
大切なことは、自分だけが生き残ればよいのではなく、みんなが生き残る方法を考えることである。
「三方よし」から「四方よし」へ
また、「人間がよければすべてよし」という訳ではない。我々人間の活動により、地球の環境が悪くなれば、結局自ら首を絞めることになる。人間も地球に住む生き物で、母なる地球に生かされているのである。これからは、対象を人間から地球へと広げた「四方よし」の精神が必要になる。
現在、人間が地球上で生活するために地球がいくつ必要かを表す「エコロジカル・フットプリント」では、地球1.75 個必要であり、日本人と同等の暮らしをするには地球2.9個必要な状態である。1972年にローマクラブが『成長の限界』を発表してから約半世紀が経つが、今も目先の利益を優先している企業が多くあり対応が遅れている。
その中で、今注目されているのが、経済学者ケイト・ラワースが提唱する「人間にとって幸せな社会を維持するために最低限の経済活動(ドーナツの内側の輪)と地球の環境にとって限界となる経済的活動(ドーナツの外側の輪)、これらの間で最適な経済活動をする」というドーナツ経済システムである。
また、パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードは、1973年の創業以来、世界を変えようと環境問題に取り組んできたが、企業も政府も変わらなかったという。後は、消費者が変わるしかないと考えているようだ。
目先の利益に囚われる消費者
しかし、消費者にも問題がある。モノゴトを深く考えずに、表面だけを見て損得で判断する人が多い。学校教育の問題なのか、知育中心で徳育を大切にしない教育に原因があるのだろうか。
例えば、ショールーミング。これは、店舗で商品を確かめて、ネットショップで購入することである。シューズの場合、店舗でシューズを選んでもらってもそこで購入せず、ネットで安い同じ品番の商品を購入するのだ。消費者はこれを賢い選択と考えている。小売店は家賃・人件費とコストが掛かっている。それを、消費者が賢い選択としてショールーミングするのは、スポーツマンシップに反する行為である。これが原因で小売店が倒産すれば、シューズを選んでもらえる場所が無くなり、結局、消費者が困ることになるのである。
株、土地、絵画、時計への投資によるバブル現象など、目先の利益追求による馬鹿げた話はいくらでもある。
しかし、一方でスローライフ、スローファッションなど、北欧や若者層を中心に確実に環境を重視する人が増えている。これからの消費者に期待したい。
社会の変化と消費者への期待
これから3つの変化が起きると考えている。①社会的責任による企業の役割の変化。②消費者のライフスタイルの変化。③消費者の企業評価基準の変化である。
消費者が、地球環境や人間への影響、子どもたちのことも考慮して、適切な商品や企業を選べば、粗悪な商品やブラック企業が激減する。そのために「四方よし」の精神が必要なのである。
スポーツ産業も同じである。自社よし、顧客よし、世間よし、地球よしの精神とスポーツマンシップの精神で、スポーツ界からイノベーションをおこしてほしい。