アスリートのデュアルキャリアは、 誰がサポートするべきか?


廣瀬俊朗│元ラグビー日本代表キャプテン/株式会社HiRAKU 代表取締役
播戸竜二│元サッカー選手/Jリーグ特任理事
奥村武博│一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構 代表理事/株式会社スポカチ 代表取締役社長
モデレータ 藤沢久美│シンクタンク・ソフィアバンク 代表

試合が中止となったコロナ禍は、多くのアスリートにとって、自分の存在価値を考える機会となった。SNSなどを通じて発信するアスリートや起業するアスリートも出てきているが、現役引退後のアスリートのキャリアは、いつから誰が考え、サポートするべきか答えを出しているスポーツは、日本には存在しない。ここでは、トップスポーツの元アスリートに登場いただき、アスリートのデュアルキャリアについて、選手、チーム、リーグ等は何をするべきかを提言した。

藤沢 今日のテーマはデュアルキャリアですが、一体いつ頃引退後のことを考え始めたのかということと、考え始めて一体何をやったのかということを、自己紹介を兼ねて各々に伺っていきたいと思います。

まずはラグビー代表、廣瀬さんお願いします。

廣瀬 僕がセカンドキャリアをちゃんと考えたのは、本当に引退したぐらいの頃。なぜかといいますと、2015年のラグビーワールドカップイングランド大会まではそこにすごく注力していて、それが終わって日本に帰ってきたら、何だかんだ結構ラグビーが盛り上がっていて、メディア対応に時間を割かれていたので、そのまま引退したときに「ああ、これはやばいな」みたいな感じになって、引退して半年後ぐらいにビジネスブレークスルーというところでMBAコースに行こうと決断して、そこでいろいろなことを学びながら、アスリートのセカンドキャリアって何をしたらいいのかな、みたいなところを研ぎ澄ましていったというような感じです。

藤沢 ということは、MBAを取りに行かれたときは経営をやろうとか、具体的に何か目標設定があったわけではなかったと。

廣瀬 将来的にきっとビジネスというか、経営をしたいのだろうなというのがあったので、ただそれが何かというところのコアの部分はなかったのですけれども、先にある程度網羅しておいたほうがいいなというところと、そこでの学びを通じて自分がやりたいことが見えてくるのではないかといった期待もあったかなという気がします。

藤沢 では播戸さんはどうですか。サッカーを引退してから考えたのですか。

播戸 僕はそもそも結構早い段階でというか、選手になるときから既にセカンドキャリアのことも考えないとな、というのは漠然とありまして、その中で、自分でいろいろなビジネスもやってみたいなというのも含めて、2004年ぐらいに友達と一緒に会社をつくって、その会社を動かしながら、いろいろなことを勉強しながらというふうな感じになって、実際に真剣にしっかりとやらないとなと思い出したのは30歳ぐらいのときですね。2010年、僕はセレッソに移籍したのですけれども、その前がガンバで30歳ぐらいで代表とかにも入っていたので、ある程度いろいろなチームから話が来るかなと思ったら、そんなに人気がなく、そうなったときに、次のことをしっかりと考えておかないと先はないなと思いまして、将来自分がやめたときにしっかりとこういうメディアも含めていろいろなことをやるときの受け皿をつくろうと思って、2011年にマネジメント会社をつくり、そこから結局2018年まで選手をやって、今に至りました。

藤沢 現役中に会社を設立されたのですね。

播戸 2011年3月9日につくって、そのときは前に一緒にビジネスをやっていった人もサポートしてくれるというふうに言ってくれましたし、そのほかにもいろいろな人たち、テレビ関係の人や広告代理店関係の人もサポートしてくれると言っていたので、では思い切ってつくろうかということでつくったのですけれども、やはり選手をやりながらというのはいろいろなことが大変で、本当にしんどかったですし、でも選手をやりながらやったことによって、選手もしっかりと結果を残さなければいけないというふうな思いがあって、選手もセレッソのときは結構、11年、12年ぐらいはいい成績を残せて、やっても悪くはないんだぞということをいろいろな人にアピールできたかなとは思っています。

藤沢 奥村さんのセカンドキャリアの苦労話はネットでも御覧いただけますが、改めていつからセカンドキャリアを考えられたのか。

奥村 元阪神タイガースの投手で、今は公認会計士をしております奥村武博と申します。お二人と違って、おまえ誰やねん、という感じかもしれないですけれども、僕がセカンドキャリアを考え出したのは本当に戦力外通告を受けてからというのが実際のところでした。そもそも自分のアスリートとしてのキャリアはいつか終わりが来るということは、現役時代から頭のどこかにあったのですけれども、具体的にその後どうしようとはほとんど考えていなかった。一軍で活躍して、その後解説者とか、監督、コーチと、野球界の中で右肩上がりにスイッチをしていくようなことだけはうっすらと妄想はしていたのですけれども、その後実際に仕事をするということは全く考えていなかったです。

そんな中、4年間やっただけで戦力外通告を受けて、その瞬間は何をしようということさえもあまり分からなくて、何となく野球選手のセカンドキャリアって飲食業界に行ったりというイメージがある中で、自分も何となくその道に行ってみたのですけれども、やはり入ってみて実際に携わってみると、その奥深さであるとか、ビジネス、お金を稼ぐということがこんなに難しいことなのだということにそこで初めて気付きました。それが引退して2〜3年ぐらいのところで、初めて将来本当にこのままでいいのかということを考え出してから、どうしようということを真剣に考え始めて、そこでたまたま縁があって公認会計士という資格に出会って、そこから目指し始めたというのがセカンドキャリアの最初です。

藤沢 野球をやめられたタイミングのときは何歳だったのですか。

奥村 21歳、大学を卒業したぐらいです。高卒でそのまま入っているので、現役4年間ですから。

藤沢 21歳で野球をやめて、たしかバーの経営に関わられて、大変だったとか。サッカーもラグビーもそうだと思うけれども、やはり播戸さんや廣瀬さんみたいにある程度、年齢を重ねられてから引退される方はまだいいかもしれないけれども、20代で突然引退となったら大変ですよね。

奥村 そうですね、本当に何の準備もない中で、世の中にどんな仕事があるかとか、実際そこに出てみて気付くのですけれども、こんなに自分って世間知らずだったのかということさえも、出てから初めて気付くのです。でも、そのときにはもうバーを始めてしまっていたり、動き始めている中で、いろいろ人に助けてもらいながら試行錯誤はするのですけれども、やはり思い描いていたようなセカンドキャリアを進められない。且つ、自分と一緒にやっていた同僚が活躍している状況がテレビ等で見えてしまうので、そことのギャップを比較したりして、本当にメンタル的に落ち込んでいく悪循環の中でかなり苦しい時代だったのが23、24歳ぐらいまで続きました。

いつから引退後のキャリアを考えるべきか

藤沢 なるほど。ここでまた皆さんに伺いたいのですけれども、セカンドキャリアといっても、20代でやめる方と、30代で引退する方と、有名人になって引退する方と3種類いらっしゃると思うのですけれども、いつぐらいにセカンドキャリアを考えるべきなのか。現役をやりながら何か考えたり動いたりしなければいけないのでしょうか。

廣瀬 個人的にはぼんやりでもずっと考えていくべきかなと思います。

奥村 僕もそう思いますね。実際に何かを始めるとか、播戸さんみたいに起業したり、会社をつくったり、始められる人は始めればいいと思いますけれども、そうではない人も何となく引退後世の中にこういう仕事があるのかとか、社会情勢や世の中で起きているニュースなどにアンテナを張っておくとか、そういうスポーツ以外のことに視野を広げておくということはすごく重要なのではないかと思います。

藤沢 でもそういうことって誰かがきっかけを与えてくれないと分からないですよね。プロになるまではスポーツを一生懸命やってきていて、自分がスポーツ以外の何かをやるなんて、廣瀬さんは考えていましたか。

廣瀬 僕は考えていましたね。ラグビーというか、スポーツって一生できるものではない。例えばゴルフなどをやっていたらもしかしたら考えなかったかもしれないですけれども、競技特性上いつか引退するということは考えていたということと、僕は自分自身のキャリアとしてはラグビーだけではなくて勉強もしてきたというところもありますし、いろいろなスポーツをしたみたいなところもあるので、そういった大事なところはもともと持っていた気がします。

藤沢 なるほど。播戸さん、これって競技にもよるのかしら。ラグビーの選手って、そういえばみんな立派な学校を出て、立派な企業のチームに入っていらっしゃいますよね。

播戸 やはりプロとか、今までの歴史とか、多分いろいろ違うとは思うので、Jリーグが1993年に始まって今27年ですけれども、僕らぐらいはちょうど高校からプロにならないと遅い、もうあかんぐらいの感じの年代だったのです。1998年に入団なのですが。そうなってくると、中学校2年生ぐらいでJリーグの始まりを見て、そこに行きたい、カズになりたい、そのためにはサッカー一択だ、勉強は見ない、やらないみたいになっちゃいましたね。今は大学へ行ったり、多少変わってきていると思いますけれども、そういうのを今後どういうふうに変えていくのか、どういうふうにしていくのかというのが今後の課題ではないですか。

藤沢 それって誰が言えばいいのですか。ラグビーはきっと、先ほどの廣瀬さんのお話を聞いていても、何かスポーツとして、この種目の文化として勉強とスポーツが両方という文化があるような気がするのだけれども、サッカーとかを見ていても、やはり若いうちで久保君みたいに海外へ行ったほうがいいよというと、日本で大学へ行くなんて考えないし、野球だって早く大リーグへ行ったほうがいいよねと言って、高校野球から上がっていくというケースも見られます。そうすると、キャリアについてはジュニアの時代、アカデミーの時代に誰かが言ってあげないといけないのかしら。

播戸 言っても多分分からないと思うのです。そんなこと言っても、今自分はサッカーをやろうというふうに本人たちは思うので、だから本当にOBが、やめた選手たちが「こうやで」という話と、「こうやっていたからこうやで」「こうやっていたから今があるんや」というロールモデルを見せてあげるの。あとは「じゃあこれを勉強しておけば」というしっかりとした仕組みを僕たちがつくらないといけない。

仕組みは誰がつくるのか? 

藤沢 アメリカのNFLでは、選手会が大学と提携していて、企業からお金を集めてファンドをつくって、奨学金を用意し、選手で勉強したい人は勉強するお金を出してあげる、この学校に紹介してあげるという仕組みがありますね。廣瀬さんはラグビーの世界で選手会を立ち上げられましたけれども、日本の選手会はそういうことをやらないのですか。

廣瀬 僕が選手会を立ち上げたときは、いわゆる選手会というよりも、僕たちは企業人という立場があったので、労働組合の関係からあまりそういうものを持てないという感じで、とはいえ選手の意見をまとめていろいろ言うことが大事だね、みたいな立場での法人化だったので、めちゃくちゃ労使交渉をするみたいな感じはなかった。

藤沢 なるほど。野球はどうですか。歴史が長いし、私の記憶ではもう20年以上前からプロ野球の選手会の人たちからセカンドキャリアと言われた記憶があるのですけれども。

奥村 そうですね、最近は選手会もいろいろな取組を始めていて、去年なども、退団した選手、「もう野球は続けません、別の世界に行きます」という方たちに向けた研修を初めてやったり、そういった取組は増えているという印象はあります。

僕が引退した20年ぐらい前と比べると今はかなり充実してきているという印象はありますが、それが十分かというと、まだそうではなくて、もっとうまく仕組みをつくっていく必要はあると思います。

播戸 僕は2011年ぐらいから8年ぐらい選手会の副会長をしていたのですが、サッカーでいうと、キャリアのサポートみたいなことも選手会の中の機能としてはあるのです。もともとJリーグが1993年にできて、川淵さんが選手のセカンドキャリアを重視して、リクルートさんが入ってキャリアサポートセンターができ、時代を重ねて選手会のほうに移管されました。選手会も、先ほど廣瀬さんがおっしゃったように労使の話であったり、選手を守る話であったり、そちらのほうに注力することも多くなって、選手会の中ではそこまでのマンパワーがなくてどうしてもその後のことはなかなかできない。では、それをリーグにやってもらったらいいのか。リーグはリーグでいろいろなことが大変だと。ではクラブなのか、クラブはクラブで目の前の選手、勝ち負けで大変だという感じで、みんな必要だとか、絶対にいいよねと思っているのですけれども、どこがやればいいのか、どうすればいいのかというのを模索している最中という形です。

藤沢 誰が取り組めばいいのでしょうか。例えば、奥村さんみたいに21歳で引退する人、21歳とか20代だったらまだ第二新卒という形で、メンタルさえしっかりと誰かが見てあげれば、どこかに就職するということは1つの選択肢としてあるような気がするのですが、30歳過ぎまで現役をやって、子供も妻もいます、そこから引退して年収が突然ゼロになる世界ってとても大変な気がして、第二新卒で企業にも入りにくいだろうし、そういう人たちのために誰がサポートをすればいいのだろうと思うのだけれども、そういうことを考えることが甘えなのでしょうか。

廣瀬 いや基本的に、例えばラグビーだとニュージーランドなどは基本は協会が主導でやっていますね。そこでお金を出して、選手会とうまく連動してやって、PDP(プレイヤーディベロップメントプログラム)みたいな感じで、そこに週に1回ぐらいそういうプログラムをやる人が来るというか、それでディスカッションするみたいなことを義務付けている。これはクラブというか、現場はやはり勝ちたいし、そんなところに時間を費やせないので、そこはルール、仕組みとして入れてしまうという。こういうやり方はすごく大事なことだと。

サッカーでいうと、水戸ホーリーホックさんとかは結構いろいろなことを先進的にやられていると思いますけれども、そういう事例がもうちょっとふえてきて、ラグビーのピッチ以外、オフザグラウンドでどんなことができるのかというのがすごく大事みたいな、そういった傾向が出てくるとおもしろいなと思っています。

藤沢 ニュージーランドは引退してからなのですか。

廣瀬 いや、現役のうちです。

藤沢 現役のうちからそういうことを学びに行かなければいけない。

廣瀬 学びというか、クラブに来てくれるのです、講師というかサポートする人が。

藤沢 どんな話をしてくれるのですか。

廣瀬 それこそ将来自分がやりたいこととか、実は関心があることとか、好きなことは何ですかとか、どんなことをやりたいですかとか、そういったことをディスカッションしながら自分がやりたいことを見出していくみたいなことを若いうちからやっています。

藤沢 なるほど。アスリートって必ずコーチがいるし、あと目標設定したらそれに向かって何かやっていくというのがあるから、そういう目標設定を手伝ってくれる人がいるといいですね。

廣瀬 ラグビーを1つの手段ととらえられているかどうかというのはありますよね。ライフのほうがもっと大事で。そこは日本は、何かスポーツイコールライフみたいになっているから、ちょっとしんどくなるというか、その辺はラグビーは割と外国人選手が多いから、そこから教えられることはたくさんあると思います。

藤沢 なるほど。野球もサッカーも、もうちょっと外国の方が入ってくると変わるのかしら。

奥村 どうでしょう、あと競技特性などもあると思うのですけれども、野球はシーズン(公式戦)で145試合やって、春先にはオープン戦があって、年間多分170試合ぐらいするとなると、1年の半分以上は試合をしている。春、秋にキャンプをやったりして、結構拘束時間が長いですね。試合も長いですし、その前の練習時間も長くて、1日当たりの拘束時間も長いので、なかなか外部からいろいろな勉強の仕組みを入れることは難しさもあるなと感じます。

藤沢 奥村さんは、デュアルキャリアを支援する社団法人を立ち上げましたね。

奥村 デュアルキャリアというと、スポーツと同時並行で勉強なり仕事をするイメージがあると思いますけれども、それだけではなくて、先ほど廣瀬さんや藤沢さんがおっしゃったように、スポーツを手段としてとらえて、ゴールからの逆算だったり、仮説検証だったり、そういったビジネスでも役立つような考え方って実はスポーツの中で当たり前のようにやっていて育っているのだなということです。僕は引退してから気づきましたが、それを現役時代から意識的に、意図的にやれているのであれば、引退してから後の目標設定、どの方向性に自分が向かうのかというところだけ設定できれば、あまりキャリアに困るケースはなくなるのかなと思います。そういう意味でスポーツの学びをいかにビジネスと融合させて考えられるのかというのを現役時代から考えておくことが大切です。

藤沢 確かにビジネスではバックキャスティングという言葉があって、ターゲットを決めたらそれに向かって今から何をやっていくのかというのを考える。これは、アスリートにとっては日常茶飯事なのですね。

奥村 日常茶飯事ですし、長期目標もそうですし、瞬間ごとの短期的なスパンで同じことを繰り返したりして、本当にこれを言語化して意識化できると、スポーツの学びというのがそもそもビジネストレーニングにつながるのだという意識が浸透していけば、アスリートのセカンドキャリア問題というのは勝手に無くなっていくのではないか。それが理想的な姿なのかなということを僕は思い描いているので、そういったものをどんどん発信していくことが重要なのかなと思います。

引退後に勉強する

藤沢 実は3人の共通点というのがあって、皆さん引退後に勉強されています。奥村さんは会計士の資格を取るという勉強をされていて、廣瀬さんはMBAを取りに行かれていて、播戸さんは今スポーツヒューマンキャピタルの10期生でいらっしゃる。

播戸 Jリーグがやっているスポーツヒューマンキャピタルはビジネスマンがサッカーとかスポーツのほうに転身したい人たちのためにいろいろ勉強できるような講義等をする勉強の場なのです。僕はサッカーのこと、選手のことは分かっていますけれども、経営者とかそういうことはあまり分からないところがあったので、そこをちゃんと勉強して将来的にサッカーのほうへ行ったときにちゃんと生かせるようにしたいというのと、あとはやはり、選手が学んでその後経営層に入っていくみたいな流れもつくりたいという思いもありました。

藤沢 なるほど。播戸さんは将来チェアマンを目指してもらわなければいけないから、幅広く勉強してもらわなければ。でも、体系的に学ぶってすごく大事なことだなと思いますね。そういう意味では廣瀬さん、今度そういう学びをつくられたのですね。

廣瀬 そうですね、2021年1月にローンチしたのですが、まさにアスリートのセカンドキャリア、デュアルキャリアに対して、どちらかというとスキル的なところというよりもマインドセットを重要視している。「次はおれはこの道で生きていくのだ」というものが見つかったら、そこから頑張る力はあると思うので、この道はどの道なのかとか、今までスポーツを通して学んできたものは何かみたいなところを、アスリート同士の学びとかビジネスパーソンとの学びを経て見出していくというようなところをスタートしました。プロジェクトという社団法人があって、その中にA−MAPというアスリートマインドセットアポロプログラムというものをつくった状況です。

播戸 僕たち全員引退していますけれども、選手ってやはり、引退する前とか、その後のマインドを変えるみたいなキャリアトランジションと言われるような、そのあたりは結構大変だと思うので、現役のうちからいろいろなことを勉強できたり、現役をやりながら次の目標も含めて決まって、次のキャリアに対してワクワクできるような状況がつくれたら、すごくポジティブだと思うのです。

藤沢 では播戸さん的にはA−MAPみたいな取組はぜひやったらいいと。

播戸 今、奥村さんもやられていて、廣瀬さんもやられていて、これはおれも何かやらなければあかんなと。

藤沢 そこにはアスリート以外は入れないのでしょうか。

廣瀬 その後半に関してはビジネスパーソンとの対話はもちろんありますし、スポーツにすごく関心がある、例えばコーチとか、そういった方も追々は入っていければいいなという思いは持っていますね。

播戸 ビジネスも、よく言うじゃないですか、40歳ぐらいになったら将来自分がどこへ行くのか分かってくるみたいな。だから本当に何を選んでいくのか、選択していくのかを決めていかなければいけないというのも、アスリートと一緒だなと思いますものね。

藤沢 すごく思います。起業家などは、起業したら上場後や、会社を売却した後に、次はどうしようと考えるところがあって。

播戸 久美さんがそうだったのですか。

藤沢 そうですね。様々なことに取り組んできて、次はどうしようと思って、スポーツの勉強に行きました。

退職金あるいは年金?

藤沢 ここで、参加者の方からの質問です。「プロ野球の場合、入団時の契約金がありますが、引退時の後払いのような仕組みを設け、お金の心配を低減させるような仕組みがあったりするのですか」という質問です。

奥村 僕も同じようなことを実現できたらいいなと考えているのですが、現状そういう制度はないですね。よく「契約金は退職金代わりだから」と言われるのですけれども、やはりプロに入ったときは皆さん僕みたいに稼いでいく前提でいるので、もちろん残している方もいらっしゃいますけれども、結構すぐになくなっているケースもありますし、かなり税率が高くなっているので、退職金のような優遇された税制ではない。「退職金」と言うのだったらそこも合わせてくれたらいいなと思ったりもしますけれども、現状そういった仕組みがないので、そういったものを入れられないかというようなことは、今考えたりはします。

藤沢 ラグビーはどうなのですか。

廣瀬 ラグビーはそういった年金みたいなところはまだまだ整っていないので、これからもっと勉強させてもらわなければいけないところかなと思います。まだ60〜70%ぐらいは何だかんだで社員なのではないかという気がします。

藤沢 やはり企業スポーツというのはちょっと強みなのですね。

廣瀬 そうです。こういったとき、今でこそ強みみたいなところがありますよね。

藤沢 Jリーガーとかも大変ですものね。

播戸 Jリーガーは、J1、J2、J3合わせて、日本人選手だけでも1500人〜1600人ぐらいがいます。現在、選手会では、小規模企業共済という制度に加入している選手に対して補助金を出すということをしています。節税しながら個人事業主自らが自身の退職金を貯めるという制度で、JFA、Jリーグ、選手会の三者で、選手の為に制度加入者へ年間上限10万円まで補助しています。掛け金自体の限度は月額7万円となっていて、掛けている時は節税をしながらお金を貯めておく事ができ、引退したら 各自の退職金として受け取れるという流れをつくりました。

藤沢 だけど、多分全然足りないですよね。

奥村 そうですね。あと、長くやればその分貯めていられますけれども、早くに引退する選手だとそもそも貯まっている額が少ないので、そういった部分は課題の1つ。でも、そういうものをうまく活用するというのはすごくいいシステムですよね。

引退後にも活躍できる資質

廣瀬 セカンドキャリア、引退した後も活躍できるような資質というか、素質って何なのでしょうか。

播戸 学ぶとか自分が成長したいと思うかというのは、選手であっても、選手をやめてからも必要なところとは思います。でもスポーツでやっているということは、それをずっと小さい頃からよくなるためにやってきたということなので、それを選手をやめても次のときにもそういうふうなことが見られるようなものを自分が見つけたり、見つけてあげたり、それに寄り添ってあげたりしたら、良いサイクルができるのではないかと思います。

藤沢 そうか、資質としてはやはり学び続ける意欲ですね。

播戸 そんなような気がしますね。

藤沢 播戸さんは、ものすごい学び意欲ですものね。いろいろなことに興味があるという。

播戸 サッカーしかしていなかったので、それ以外のことが本当に分からないことが多すぎて、知りたいのです、本当に。

藤沢 あと、播戸さんを見ていて思うのは、目標設定力みたいな、常に目標をつくっていますね。

播戸 選手をやめたときに、次にどうしようかという目標がなかったのです。メディアに出たり、イベントとか、サッカースクールとか、そういうものは漠然とあったのですけれども、でも何か1つ、自分のことを講演等で話していくときに、そういえば自分が小学校の頃にJリーガーになりたいとか、Jリーガーになった後に代表になりたいとか、そういう目標の設定をちゃんとしていたなと思って。ではやめて目標を設定しようと思って、何かなと思ったときに、チェアマンとかいいなと。やはり選手がそういうふうになったらサッカー界もいいよねというふうなのもあったり、それでちょっと設定しようと思ってしましたね。

藤沢 設定して、と言えるのがすごいと思います。奥村さんはどうですか、アスリートが引退後も活躍できる資質みたいなものは。

奥村 自分の現役時代の反省から、やはり練習とか試合とかをいかに頭を使って考えてやっているかというところが、次のキャリアにも生きるなと。先ほど播戸さんもおっしゃったように目標設定力だったり、結局これって何のために今やっているんだったっけみたいなところを考えながら、ただやみくもに監督、コーチに言われたから走るのではなくて、そういうことを考えながら常に目的意識を持ってやっていることが次につながるというのはすごく感じるので、本当に現役中にもっとそういうふうにやっていたらもっとパフォーマンスが上がっていたのだろうなという後悔がすごく強い。現役時代にどうやって考えてやっているのか。僕も選手向けに講演等をやらせてもらって思うのは、スポーツとビジネスの両サイドを経験させてもらっているというところで、翻訳しながら話せるというのがすごく強いかなと思うので、反省を踏まえていつも伝えています。

アスリートが社会に還元できるスキル

藤沢 もう1つ質問です。「アスリートの方が社会に還元できるようなスキルってどんなものがあると思いますか?」、これは資質にもつながりますね。

廣瀬 僕が最近思ったのは、アスリートがいいのはとにかくアクションできるということかなと思いました。体でやることの大事さを知っている、これは僕はアスリートならではかなと思っていて、ビジネスパーソンとかにありがちなのが、本だけ読んでいるとか、考えはめちゃくちゃすばらしいのですけれども、実際にそれをアクションできるかというと、何かちょっと頭でっかちのような気がして、アスリートはまず動かなければ分からないみたいな。

奥村 今の廣瀬さんの話はむちゃくちゃ共感できる、まず動くというところ。後は失敗してもそれを学びに変えて次にチャレンジする力ですかね。それはすごく周りの人にも影響を与えられるのではないかと思います。

藤沢 野球のバッターだって、3割ですごいですものね。

奥村 そうなのです、野球は失敗のスポーツと言われますから、本当にそこでなんで失敗したのかと。失敗した結果にへこむのではなくて、なんで失敗したのだろうと考えて、では次に失敗しないためにはどうするのだろうという思考に変えていけると、常に前向きに転がっていく。それはスポーツ選手は強いのではないかと思います。

藤沢 そうですよね、失敗力、だって仕事で7割失敗するのは怖いけれども、野球だと7割の失敗ですごい。

奥村 3割成功したら超優秀ですから。

藤沢 そうですね。播戸さんだって、サッカーで必ずゴールするわけではないしね。

播戸 僕はとりあえずシュートを打とうという感じですね。打たないと入らないので、とりあえずシュートを打つ。だからそれはやめてからも、この人と御飯を食べに行きたいなとか、話を聞きたいなと思ったら、知り合いはバーッと行ったらいるし、いなかったらSNSとかもあるし、とりあえずシュートを打って、入るかどうかは向こう次第ですから、とりあえずこちらは打つ。「川淵さん、御飯に行きましょう」みたいな。案外「いいよ」と言ってくれるのです。そんなものですよ。

藤沢 アスリートの力はアクション力と失敗力、そしてきっとそれは社会に還元できるスキル。

最後に、「アスリートに向けてのキャリア教育は、特にどの年代へのアプローチに力を入れるべきだと思いますか」という質問に、一言ずついただけますか。

奥村 僕は学生時代、子供のうちからやることが重要だと考えて取り組んでいます。プロになってからいかに仕組みを整えても、やはり学び方ということに苦労する部分、僕自身がそうだったから分かるのですけれども、やはり子供のうちからデュアルキャリアが当たり前に育ってきた選手であれば、プロになってからもそれができると思いますので、いかに源流をさかのぼって子供のころから、そのために親や指導者や大人の方々がそういった仕組みを整える、ないしはキャリア教育の重要性を認識してそういう環境を整えたりすることが大事だと思います。

播戸 育成というか、もうサッカーも野球もラグビーも小さい頃からやらないとうまくならないので、それと一緒で、スポーツもやりながらそういうことも一緒にやっていくというのがこれからのスタンダードになるのではないか。

廣瀬 いろいろなスポーツをやったらいいかなというのはありますね、スポーツの中でも。それも大事にできるということだと思います。

藤沢 いろいろなスポーツを、いつ?

廣瀬 なるべく小さいときがいいのではないですか。

藤沢 今日はデュアルキャリアについて伺いました。アスリートの持っている力、社会に生かせる力をたくさん教えていただいてすごく参考になったし、やはりアスリートだけではなくていろいろな人たちと学び合えたら素敵だなと、今日改めて思いました。

▶本稿は、2020年10月6日(火)に開催された、スポーツビジネスジャパン2020オンラインで開催された同名コンファレンスの内容をまとめたものである。

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