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《2020年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文》チーム活動は個人競技選手のパフォーマンスに 影響を与えるのか?

《2020年度日本スポーツ産業学会・奨励賞受賞論文》
チーム活動は個人競技選手のパフォーマンスに 影響を与えるのか?
野沢絵梨│慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科

テニスはチームスポーツだと思いますか?
「テニスはチームスポーツだと考えています。チームで努力して勝ち取るものだと思っています。」
この言葉は、プロテニスプレーヤーとしてキャリアグランドスラムを達成し、2011年以降何度も世界1位の座に輝き、現在もプロテニス界のトッププレーヤーとして活躍し続けているノバク・ジョコビッチ選手の、大会優勝後のスピーチの一部です。2010年頃から世界ランキングトップクラスのプロテニス選手のジョコビッチ選手やフェデラー選手、錦織選手などが、コーチをはじめとした各分野のスタッフや自らを支える存在を「チーム」と総称して活動するようになってきました。そして、チームの存在が自らのパフォーマンスに良い影響を与えていると発言するようになり(内田,2014; Fubic,2015; Fein,2017)テニスは個人競技であるにも関わらず、トッププロ選手の中で、「チームとしてツアーを戦う」という文化が浸透してきているように思います。
他の個人競技ではどうでしょうか。例えば、競泳においても、ロンドンオリンピックで戦後最多のメダル数を獲得した競泳日本代表チーム“トビウオジャパン”のヘッドコーチを務めた平井氏は「チームのまとまりの良さが好成績の原動力」であったと述べていました(平井、2012)。具体的には、選手同士のコミュニケーションはもちろん、指導者・スタッフと選手の風通しを良好にし、互いに勝つための積極的な情報共有がされる関係を築いたとされています。チームのまとまりを象徴する言葉として、背泳ぎ200mで銀メダルを獲得した入江陵介選手が、レース後のインタビュー(松原,2012)で
「競泳は27人でひとつのチーム。27人のリレーはまだ終わっていない。」
と述べたことが印象的です。
その他にも、フィギュアスケートにおいては、ブライアン・オーサーコーチのもとに羽生結弦選手をはじめとした世界のトップスケーターを含めたさまざまなレベルや年齢の選手が多数集まり、20人以上の指導者、専門スタッフと共にチーム・ブライアンを形成している事例もあります。チーム・ブライアンに所属する選手が、オリンピックや世界選手権での多くのメダルを獲得するなど数々の成功を収めていることについて、ブライアン・オーサーコーチは著書(2014)の中で「『チーム・ブライアン』が選手の力を発揮できるコミュニティを築いていることが成功の鍵である」
と述べています。私はこのような世界トップレベルで活躍する選手達の事例を耳にするうちに「個人競技における選手のパフォーマンスと、チーム活動との関連性」について非常に大きな関心を持つようになりました。

選手・指導者経験からの疑問を研究へ

そして、この関係性について研究しようと決意したきっかけとなったのが、指導していた選手からの一言でした。
「一人一人が強ければ個人戦も団体戦も勝てると思うんです。テニスは個人競技なんだからチームであれこれ活動することに意味があるように思えないんですけど。」
当時私は大学体育会テニス部の指導者を務めており、日々「どうしたらもっと選手を強くするサポートができるのか。どうしたらもっと選手の成長を後押しできるのか。」を考え続けていました。その中で、選手の中でも、自分が所属しているチームの一員であるという意識が強く、チームに愛着を持ってコート内外で活動をしている選手は、競技パフォーマンスが向上する傾向が見られることを実感するようになりました。しかし、選手から先程の言葉を聞いた時、立ち止まって考えると私はなんとなく経験値から、チーム活動の重要性を選手に説いてきましたが、『個人競技であるテニスでチームと関わることが必要な根拠はどこにあるのか?』という問いに対して、私自身がそのメカニズムをわかっていないことに気付きました。
団体競技の中でも、特に一人一人のプレーの連携が必要な野球やサッカー、ラグビー、バスケットボール、バレーボールなどにおいては、選手同士のコミュニケーション、意志疎通、協力関係が出来上がり、集団としてまとまりが高まる、いわゆるチーム力が向上することによって、より高いパフォーマンスを生み出すことは容易に想像できます。しかし、水泳、陸上、体操、卓球、柔道、テニス、バドミントンなどの個人競技において、チーム活動と選手のパフォーマンスとの間に関連性があるということは、想像できない人が多いのではないでしょうか。
私は、私自身のテニス選手としての経験や、指導者としてさまざまな選手を見ていく中で、確かにチームに対する意識と個人の競技パフォーマンスとの間に関連性を実感していました。しかし、なぜ個人競技において関わりがなさそうな「チームとの関わり」が、パフォーマンスに影響をもたらす可能性があるのか。本当に関わりがありそうなのか。指導者として、このメカニズムを理解した上で指導にあたりたいという思いが高まりました。
このような、私の選手・指導者としての経験と、近年の個人競技のトップアスリートがチームで活動する傾向を踏まえ、『個人競技においても、選手のチームとの関わりが、より高いパフォーマンスを発揮するための要因の一つになるのではないか』と考えるようになりました。そして、もしこのことについて研究を進められれば、個人競技の指導者や選手にとって有意義な知見になり、選手の成長の支援に役立つ可能性があると考えました。

「ライフスキル」と競技パフォーマンス

そして、私が研究を進める上で注目したのは選手の「ライフスキル」でした。ライフスキルとは、日常生活の中で起こる様々な問題に対処するための能力(WHO,1997)を指します。近年では、このライフスキルと競技パフォーマンスの間に正の関係性があることを示した研究が多数存在します。私は自身の選手・指導者経験からも、選手のパフォーマンス発揮にはこの「ライフスキル」が技術面、体力面、戦略面と同様に重要な要素になると感じていました。そこで私は、『選手がチームとの関わりによって獲得するライフスキルが、選手のパフォーマンスに影響を与えている』という仮説を立て、調査することにしました。
研究は、大学生全国大会でトップレベルの競技成績を残した元学生体育会テニス選手9名を対象にインタビュー調査を実施しました。彼らがチームでの競技活動を通して獲得したライフスキルは一体どういったスキルなのか。特に人との関わりによって獲得される対人スキルに着目しました。そして獲得したライフスキルが競技パフォーマンスに望ましい影響を与える要因を検討しました。結果として、彼らが獲得したライフスキルに「意思表現」スキル、「他者感情の思慮」スキル、「ミーティング」スキル、「役割遂行」スキル、「組織貢献」スキルが含まれることを示しました(表1)。そして、選手が獲得したライフスキルがパフォーマンスに影響する要因を先行研究と照らし合わせて検討したところ、チームとして仲間と共通の目標に向かう中で「意思表現」「他者感情の思慮」「ミーティング」の3つのライフスキルの獲得が良好なコミュニケーションを促し、それが「役割遂行」「組織貢献」のライフスキルの獲得に影響を与えていると推測できました。さらに「役割遂行」「組織貢献」ライフスキルの獲得が、競技に対する他者志向的動機の強化に繋がり、それが選手のパフォーマンスへ望ましい影響を与えると考えることができました(図1)。

チーム活動が選手の「成長」を促す

ライフスキルは、その名の通り、競技パフォーマンスの向上だけでなく、人生の様々な場面で応用可能なスキルです。この研究結果で示されたライフスキルを見ても、競技場面でいかされるだけでなく、ビジネスなど社会生活を営む上でのパフォーマンス発揮に繋がることが想像できます。そのため、個人競技においても選手を取り巻く環境で『チーム』を形成することによって、選手の「競技者としての成長」そして「人間的な成長」を促す効果が期待できると言えます。私はこの研究を通して改めて、選手にとっての「チーム活動の価値」、そして選手の人生に与える「スポーツの価値」の大きさを実感しました。今後研究や実践を通してより多くの選手の「成長」を支援できるよう、活動していきたいと考えています。

▶野沢 絵梨, 大谷 俊郎「大学トップクラスのテニス選手がチームでの活動を通じて獲得したライフスキル−対人スキルに着目して−」スポーツ産業学研究、Vol. 29、pp.253-268、2019.

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