サンフレッチェ広島・新スタジアム構想
サンフレッチェ広島・新スタジアム構想
信江雅美│サンフレッチェ広島 スタジアム総合戦略推進室長
サンフレッチェ広島は、前身は東洋工業、今のマツダの蹴球部(サッカー部)として創部され、これは実業団として初めて天皇杯に出場した歴史のあるチームと言えます。そして、サンフレッチェ自体がプロサッカークラブとして誕生したのは1992年でした。93年にJリーグがスタートしましたので、そもそもの始まりの10チームの1つでございます。J1リーグで優勝3回、J2リーグで優勝1回。また、富士ゼロックススーパーカップが優勝4回、あと、ユースの高円宮杯で5回優勝しております。トップチームの活動成績が重要なのはもちろんのことですが、地方のチームとして自前で選手を育成して育てて成績を残していくということも非常に大切で、力を入れております。
サンフレッチェでは、「サッカー事業を通じて、夢と感動を共有し、地域に貢献する」というものと「日本一の育成普及型クラブを目指す」という2つのテーマをクラブ理念として掲げております。「地域に貢献」というワードが入っているとおり、サンフレッチェという会社は株式会社ではありますが、広島市から2.5%、広島県から2.5%、ユースの拠点がある安芸高田市という県北の自治体等に加えて、広島市の主要な企業の皆様にも株主に入っていただいておりまして、こういった意味からも、いかに地域に貢献するかというところは非常に大事です。
サッカースタジアム構想の経緯
2012年8月に、サンフレッチェと後援会と県サッカー協会の3者で署名活動して37万件(最終的には40万件)の署名が集まりました。それを広島市長に提出しまして、 2013年6月に検討協議会が設置されました。
翌年、14年12月に、「広島にふさわしいサッカースタジアムについて」という検討協議会の提言が出まして、6カ所の候補から2カ所に絞られました。宇品という港に近い場所と、広島カープさんがホームスタジアムを持っていた旧市民球場跡地(原爆ドームの向かい側)の2カ所です。その後、2015年に県・市・商議所による作業部会ができまして、候補地の絞り込みや事業主体等の検討に入りました。
翌年の2016年8月、サンフレッチェと県・市・商議所を加えた4者で第1回の会談が開かれまして、商工会議所の当時の会頭(深山英樹氏)が尽力くださって第3の候補地が提案されました。それが中央公園広場(今の予定地)で、その中央公園広場を含めた3候補地の検討を開始したのがその1カ月後の9月でした。
2017年12月に3候補地の比較検討資料が公表されまして、2019年の2月、中央公園を唯一の建設候補地として4者(県・市・商議所とサンフレッチェ)で合意がなされました。その3カ月後の5月には、サッカースタジアム建設の基本方針が策定されまして、それに基づいて今は基本計画の策定段階に入っております。今後2020年の3月には基本計画を決定し、その後、公告に向けて準備、事業者選定、並びに、設計作業に着手して着工という形で、2024年の開場を予定しているところでございます。
検討の推進体制ですけれども、建設に係る合意形成を図る場として、県知事・市長・商工会議所会頭ならびにサンフレッチェ広島会長(オブザーバー)からなるサッカースタジアム検討推進会議が設置されました。もちろん事業主体が広島市で公設のスタジアムですから、市議会・県議会での議決、承認が必要ですので、その前の段階の原案がここで策定されるということです。その配下に具体的な検討を進めていくべく、広島市、県、商工会議所、サンフレッチェ広島の職員を構成員とする「作業部会」が設置され、そこには、県・市・商議所・サンフレッチェの4者に加えて、オブザーバーとして県サッカー協会が入るという形になっています。
10月1日からふるさと納税制度を活用した個人向けの寄附金の募集が開始され、4週間で約1億円、11月末には約1億5,000万円の寄付金が集まりました。非常に好調な出だしで、皆さんの期待が高いことがわかります。まだ企業向けの寄附金は始めていません。広島の場合は、吹田のスタジアムや、セレッソさんの桜スタジアムと違って、寄附金を民間団体が集めて建設をして、建設したスタジアムそのものを行政に寄附するという形ではございません。事業主体が広島市になりますので、広島市のほうが条例による寄附基金をつくって、そこに直接寄附するという形になっています。
「まちなかスタジアム」の役割とスタジアムのビジョン
「まちなかスタジアム」には、収益性・集客性・地域性・シンボル性・柔軟性・拡張性の6つの役割があると考えています。運動施設であるならば郊外でも街なかでも一緒なのですけれども、「まちなかスタジアム」が街なかにある役割というのは、1つは集客施設並びに商業施設でなければならないということです。そういった意味では、公益性も考えてこの6つの役割が非常に大事かなと思っています。その上で我々サンフレッチェが考えるスタジアムのビジョンとコンセプトをお話しします。
メインコンセプトは「広島ピーススタジアムパーク」。ビジョンとしては、1)街の景観に溶け込み、開かれ、公園と一体となったスタジアムパーク、2)多くの市民・県民に親しまれ利用される多目的スタジアムパーク、3)環境に配慮された持続可能型スタジアム。4)コミュニケーションを育む地域のランドマークであること、5)エリア全体の活性化を牽引する賑わい施設、6)中央公園広場と平和記念公園が一体となった平和発信の拠点としていくこと。これらが広島に建設されるスタジアムとして大切な使命かなというふうに思います。
その上でターゲットは、第一に「20〜30代の独身層(ビジネスマン、OL)」ならびに「20〜30代のヤングファミリー」です。Jリーグの観客の平均の年齢層というのは大体40代と言われています。私自身はこれを特に危機的状況とは全く考えていません。なぜなら、日本人の平均年齢自体が48歳ぐらいですから、そういう国でやる以上、観客の平均年齢がそれぐらいになるのは当然と思っています。
ただ、年齢分布帯別の構成比が、平均と比べて極端に異なれば、それは問題です。具体的に言うと、20代30代の方が平均と比較して少ないというのが課題です。このスタジアムには、20代30代の独身層やヤングファミリーをしっかり引きつけていく、施設的な魅力が必要であると認識しています。
あと、アウエーチームの観戦者、インバウンド外国人旅行者、国内旅行者。また、今支えていただいてる中心層である40代以上のミドルシニア層がターゲットになることは当然のことと考えています。 施設のコンセプトとしては、1)施設環境、試合環境、観戦環境ともに最新最適な機能というのは当然ながら、 2)都市(まち)に対して開かれ、公園と一体となったスタジアムパーク、3)質の高い魅力的な水辺空間と接続する「水の都スタジアム」、4)上質なホスピタリティーとエンターテインメント機能、5)多世代のさまざまな人々が集い楽しめる空間づくり、ユニバーサルデザイン、などを構想しています。
あと、複合化のコンセプトとして、1)多様なニーズに対応した幅広い複合化、2)市民が日常的に利用しやすい魅力ある店舗を誘致、3)人々の集いの場となる多様な施設を配置、4)ファミリー層を強く意識した多様な複合施設、 5)都市生活機能を内包した多様な複合施設ということを挙げています。
ところで、現時点では国内のサッカースタジアムは郊外型がほとんどで、街なかにはなかなか造られていません。商業施設に郊外型と都心型がありますように、集客施設であるスタジアムについても立地が違えば、フォルムも違うし、コンセプトも違うのが当然だと考えています。郊外型のスタジアムは基本的にはマッチデー、もしくは試合日以外のイベント等で稼働させたときに入場していただいて、そこで楽しんでいただくという性格のものですから、周囲を壁で囲んだ、“閉鎖型のスタジアム”が主流です。
最新型のスタジアムの潮流ということで、我々が非常に意識しているスタジアムとしては、日建設計さんが設計されてるカンプ・ノウの新しいスタジアム。FCバルセロナのホームスタジアムとしてバルセロナの街に開かれたデザインということで、もちろんセキュリティーラインがございますので、マッチデーにノーチェックで入れるというわけではございませんが、コンセプトとしてやはり街に開かれたデザイン、壁を取り払ったフォルムになっています。 それと、フランスのボルドーにあるジダンのいたFCボルドーのヌーヴォ・スタッド・ド・ボルドーというスタジアムも、デザインに凝った特徴のある外観をしています。こういった街に向かって、市民に向かって開かれたデザインというのは非常に重要だと思います。
そういったことを勉強しながら広島のピーススタジアムパークというのを構想しているのですが、サンフレッチェとしては、7.7ヘクタールある公園の西側に立地させたいと考えています。公園の西側には旧太田川(本川)が流れており、メインスタンドが川に面したスタジアムと言えます。スタジアムに面して河岸緑地があり、ここではよくバーベキューを楽しむ方が多いのですが、アウトドア、シティーパーク、カップル、インバウンドと、そういったさまざまな方に喜んでいただける公園と一体型のスタジアム、また、川に面してますので、水辺の空間を非常に大事にしたスタジアムをつくりたいなと思っています。
広島の川には水門がありません。一級河川でも水門や河口堰がないので、カヤックであったりサップであったりカヌーというような川遊び、水辺の遊びが非常に人気がありますし、安全に配慮したうえで、そのまま海に出ることも可能です。そういった川遊びを楽しむ方も収容できるような、水辺のスポーツの拠点という性格を持たせることも、スタジアムの魅力になるのではと考えています。
サンフレッチェの提案として、周辺の原爆ドームや広島城など広島を代表する歴史とランドマークとの調和、町の景観を十分に考慮したデザインであること。町の真ん中につくるということは、もう人を拒絶したような要塞のような圧迫感のあるスタジアムでは、私はいけないと思っています。都市に対して市民に対して自由に開かれた開放型デザインでないといけないかなというふうに思います。
スタジアムの周りはペデストリアンデッキでずっと回遊できるようにしようと思っているのですが、そこに向けて自由にシームレスにアクセスできたらいいなというふうに思っています。公園に面したバックスタンド側の外側には公園利用者のためのカフェであったりレストランであったり、商店、サービス施設、また、コミュニティー施設などを設置し誘致していく。ペデストリアンデッキが公園や広島城、また、水辺空間をつなぐ役割をしていくというふうに考えています。
あと、芝生広場を中心に周囲に木造低層の店舗を連続的に設置することで回遊性を高めていきたいなと思っています。店舗を低層で公園のところで回遊性を高めて、無料で憩える芝生エリアと有料で楽しむ商業施設の融合。365日、市民・県民の憩いの場としてにぎわう価値の高い公共空間というのをつくっていきたいということです。
サンフレッチェコイン
ところで、スタジアムを街なかで立地すればそれだけで「まちなかスタジアム」となるとは我々は思っておりません。先般、「サッカー事業を通じて、夢と感動を共有し、地域に貢献する」というクラブ理念の下、サンフレッチェコインというアイデアを掲げて11月から実証実験を行いました。サンフレッチェコイン。よく地域通貨ですかとか聞かれるのですけれども、サンフレッチェというものは、お客さんとのつながりという面で、通常の販売業やサービス業と全く違うところが1つあります。それは、物を買ったり、サービスを提供したりした結果、お金が動いたときからお客さんとのつながりが始まるのではないということです。通常の商売は、買った時点からお店とお客様のお付き合いが始まります。買った時点というと、グッズを買ったとかチケットを買ったことになるのですが、そこではありません。サンフレッチェという存在は、応援されることで成立します。応援されるところからお客さんとのつながりが始まっています。従来、グッズ購入であったり、ファンクラブへの入会であったり、観戦したり、チケットを購入したり、という登録したり、お金をいただいたりする行為については、全てではありませんが、現状つながりを可視化することができています。データマーケティングをおこなう上でのデータ収集も可能です。
ただ、アウエーの試合を見に行ったり、テレビで観戦する、サンフレッチェを応援している店舗で買い物をする、イベントに参加する、SNSで応援する、友達と一緒に応援する。直接的にお金が動かない、様々な応援行為については、可視化することができません。それを可視化、見える化することが重要と考えていますが、では、どうやって可視化するんだということで、今回、サンフレッチェコインというものを今開発中です。
これにはいろいろな機能があるのですが、現在、実装しようとしているのが、1つが会話型AIサンチェというものとコイン発行プレートというこの2つの機能です。
AIサンチェ。サンチェというのはサンフレッチェのマスコットです。中国山地に住むツキノワグマがモデルです。このサンチェをAIボット化します。それによってスマホ内のAIサンチェがお客様に話しかけたり質問したりします。サンフレッチェコインというアプリにこれを実装していきます。話もしますし、質問しますので、質問したものは全てデータとして残していきます。もちろん我々の持っている顧客データと結んでいきますので、AI化することで、お客さんの属性、また、会話型で収集していったデータに基づいて、会話の内容がどんどん変わっていくという形になります。例えば、「僕の名前はサンチェだよ。君の名前は?」というふうに、質問します。ある程度仲よくなっていきますと、「今週末の休みは何をするんだい?」「何の予定もないな」「そりゃ、息子がかわいそうだろう」と。それで、もう少し仲よくなったら、「それじゃあ立派なお父さんと言えないなあ」とか、言いにくいことも言ったりして、「無料チケット上げるから観戦においで」みたいな、こういう会話を積み上げていく機能の実装をしようとしています。
チケット上げるだけじゃなくて、いろいろな質問をしたり、いろいろなやりとりをすることで、ファンと365日つながることが大事かなと思っています。プロスポーツというのは基本的には試合の回数によってお客さんの関心の波動の回数が決まります。サッカーですと40回、カップ戦などで若干の増減がありますが、大体40回。野球ですと143回。試合の回数だけでいえば、この時点で負けています。じゃあどうやってそれを少しでも挽回していくのか、何か挽回するツールが要ると考えています。試合が最も重要なコンテンツでありますが、ファンと365日つながっていく。それと、まだファンじゃない方についても、こういったAIサンチェという非常に敷居の低い、また、おもしろい話ができるAIボットと会話することを楽しみにして、ファンがふえていくというようなことをやっていきたいなというふうに思っています。
もう1つ、コイン発行プレートというのがあります。NFCタグを使った3種類のプレートです。まず、応援の可視化をするのが応援プレートです。スマホをこのプレートにかざすだけで、コインがたまります。スマホがあって、NFCタグがあるサンフレッチェ応援プレートにかざします。このサンフレッチェ応援プレートは、駅やスタジアムや公共交通機関などなど、いろいろなところに設置します。ある特定の場所に出向くことが応援につながる行為を可視化するために活用します。スマホをこれにかざすと、「応援したね」ということでコインがたまるという仕組みです。
先日、テレビ局さんと話をしていて、テレビを見て応援している人はどうやって可視化すればいいかなと尋ねたところ、Dボタンを押すと情報が出るので、そこに1回こっきりのQRコードを出して、それを読み込むことで可視化することが可能かもしれないというような話も進んでおります。
次に、スタートプレートとゴールプレートの説明をいたします。サンフレッチェを応援していただいている市中の商店、商業施設に来店して、例えば飲食店でご飯食べたり、物を買ったり、そういったようなことも応援行動じゃないかと。それも可視化していこうということでつくったものです。お店にスタートプレートとゴールプレートというのを一式置きます。ある店に、例えば洋服屋さんでスタートプレートにタッチすると、例えば向いのおそば屋さんで天ぷらそばセットを食べたら50コイン上げるというミッションが出ます。おなかもすいたし、向かいのおそば屋さんで食べました。それをお店の方に言って、ゴールプレートにタッチさせてもらいます。するとコインが50コインもらえて、またスタートプレートがその店にはありますので、スタートプレートにタッチすると、2軒隣のスターバックスでコーヒーを飲んだら?という数珠つながりにお店がつながっていくという、これがサンフレッチェコインです。こういったお店とお店をつないでいくツールをつくっていこうという実証実験を行っています。
先ほどのAIサンチェもこれに絡ませまして、例えばAIサンチェが、その角を曲がったらおいしいパスタの店があるから行ったら?みたいな提案もします。そこに行ってスタートプレートにかざすと、どこどこの店に行ったらコインがもらえるよと。例えば今回シャレオという広島中心部の地下街で1カ月ほど実証実験をやりましたが、その場合には、先ほど言ったアストラムラインという鉄道の駅の拠点にスタートプレートを置きまして、何々の洋服屋さんに行ったらコインがもらえるよと。交通施設については、乗っていただくだけでマネタイズされていますから、その時点でスタートプレートを置くことは非常に歓迎されました。そういったようなことで地域ぐるみで店と店をつないでいこう、交通拠点と店をつないでいこうという、実際のツールです。お客さんがやってるところを見ると、ほとんどポケモンGOをプレイしているところと姿形は変わりません。スマホを見ながらお店とお店を回っていくというような感じになっています。
こういったサンフレッチェコイン、こういったようなものを応援することで集められ、スマートフォン上でコインを集めて使ってもらうことで消費を促進し地域経済の活性化につないでいこうということで、将来的にはこのサンフレッチェコインに決済機能を入れたり、お店でも使えるコインとして機能を実装していきたいなというふうに思っています。
新スタジアムがオープンしたあかつきには、スタジアムと店舗、店舗と店舗をつなぎ、スタジアムパークと周辺の商業施設をつなぐ、サンフレッチェコインプラットフォームによるネットワークを完成させておきたいと考えております。
以上が検討中の新スタジアムです。公設のスタジアムですので、あくまでもサンフレッチェがどのようなスタジアムにしようかということで考えている内容です。現在は、基本計画をつくっている段階で、その後、これから公示されて、入札をして、設計施工する会社が決まり、設計が行われるということになります。
▶︎本稿は、2019年12月17日に早稲田大学で行われたスポーツICT研究会の講演内容をまとめたものである。