相撲部屋のマネジメントについて

相撲部屋のマネジメントについて
杉野森竜児│元関脇・安美錦

大相撲界は伝統ある封建的な社会で「親方の言う事は絶対」の世界である。自分の予定があっても部屋の予定が入ってくれば優先しなければいけない世界である。又結婚相手選びや子供の進学先、旅行の計画に至るまで、親方へのお伺いとご許可が必要な世界である。師匠と弟子の関係は、実の親子より結びつきが強いと言われている。古来より伝わる教えを大切にしつつ、これまでみてきた部屋の経営、弟子のスカウト、稽古を踏まえて、これからの時代や人にあった新しい方法を融合させていき、次の世代に託していけたらとの思いで私見を述べたい。

23年の力士生活を振り返って

1)部屋の経営
日本相撲協会に所属する相撲部屋は現在46部屋。各々弟子を集め一緒に暮らしそして稽古するのが相撲部屋である。運営は弟子の人数によって協会から支給される育成費などに加えて、応援してくださる後援会の方々からの支援によるところが大きい。
部屋によってその規模には大きな差があり、弟子の人数が20人を超える部屋もあれば2〜3人の部屋もあり、全国にいくつもの後援会がある部屋もあればほとんどない部屋もある。両国国技館の近くの部屋もあれば埼玉や茨城に部屋を構えるところもある。
各々の部屋は親方の地道な努力によって経営されており、強い力士を育てる事が一番大事であるが、その場所に足を運び交流し応援してくださる方を増やす。それが少しづつ身を結び後援会という形になっていくのである。
私が所属する伊勢ケ濱部屋では、本場所と本場所の間に各地で合宿を行う。その地域の中学生高校生が練習に来たり、老人ホーム慰問やイベント参加、激励会を開催など交流を深めている。部屋の経営という方向からみると、弟子を使って応援してくれる人を増やす、合宿する場所の提供や差し入れなどのお陰で、光熱費水道代食費などの節約にもなるのではと推測している。

2)スカウト
力士がいなくては部屋は成り立たない。その為全国何処へでもスカウトに足を運ぶことになる。相撲部のある学校は勿論、体が大きい子がいると聞いたら会いに行き、小学校の時から声をかけておくのはよくある事である。後援会の方が情報を提供してくださる事や部屋に連れてきて下さる事もあり、中学や高校、大学の相撲大会の会場に足を運び声をかけることもある。
今の高校相撲は大学と結びつきが強く高校卒業後、指導者の出身大学に進学するケースが多い。その大学卒業生が親方をしている部屋に卒業後に入門するという流れもある。伊勢ケ濱親方は近畿大学出身で、近畿大学から入門したケースや親方の地元の高校から入門したケースがある。
そのようなルートをもたない親方はスカウトに苦労しているように感じる。

3)稽古
稽古しないと強くはなれない。昔に比べ稽古量は減ったと思う。昔の人はとにかく稽古、稽古。土俵の中での稽古を重視していた。今の殆どの力士がしている筋力トレーニングも「そんな事する暇あったら稽古しろ」と言う時代もあったし、怪我をしても「休む」という事はなく、「稽古しながら治せ」とも言われていた。情報量が多くなった今日、効率よく力を強くする方法は調べたらすぐ分かるのだが、昔からある稽古にはいいところもある。
四股や鉄砲、すり足といった相撲独特のトレーニングは相撲に大切な動きの強化にかかせない。私も現役生活の晩年は土俵の中での練習は減ったが、四股を踏んでおけばそれなりに動けたように思う。股関節の柔軟性、横への体重移動、足を上げた時の体幹強化など、相撲に直結した練習になる。そしてぶつかり稽古。これは胸を出す「受け手」めがけて当たっていき押す稽古。押す側の限界を見極め力を出させるのが大事である。誰でもきつい事はしたくないと思うし、量より質の傾向が今は強い。しかしながら、量をする事で得られるものも大きいと私は思っている。
私は入門当初183cm、105キロと力士としては痩せていた。とにかく沢山食べて沢山稽古した記憶がある。「食べる事も稽古」と指導頂き、お腹いっぱいでも食べ続け、気持ちが悪くて吐き続け、満腹で横になれない苦しい思いが毎日のようであった。稽古も1日100番を超える日もあり、いま考えれば効率が悪いなと思うところもあるがそういう経験の中、精神的に強くなったと感じている。 2004年の7月に右膝の前十字靭帯断裂、半月板損傷の怪我を負った。その時の番付は幕内の下の方であり、手術をすると3場所は休場しなくてはならない為、関取の座を失ってしまうことになる。それゆえに、手術を回避するべく膝に負担がかからないよう立会いのスタイルを変える等、相撲を変える事にした。その後も数え切れないほど怪我をしたが、怪我をするたびに考えて工夫してきた。2016年の5月場所での左アキレス腱断裂の時はその集大成であったのではないかと今では思える。
アキレス腱断裂の次の日に手術。その翌日には上半身トレーニングしていた。この時は妻の支えもありいい治療があると聞いたら全国何処へでも行った。整体や針治療、温泉など数え切れないほどであった。その中でも自分の血液から血小板を取り出し怪我の箇所に注射するPRP治療や 自分の体から採取した幹細胞を培養しそれを直接患部に 注射する再生医療も試した。自分の体で試し良いものは ドンドンやる。また今まで使っていた装具を見直し、妻が アメリカの装具メーカーに連絡し得た情報をもとに、日本 の代理店である「日本シグマックス様」に連絡を取り、妻 と伺い装具を提供してくれないかとお願いし、協力してい ただけることになった。その甲斐あり1場所休場し次の9月 場所で復帰でき、そこから約3年関取を務めることができ た事で、関取出場117場所(歴代一位タイ)とい記録を作 る事が出来た。
カーボンのサポーターを着けたり、再生医療など今まで あまりやる人がいなかった事を実験のようにしてきた事が良 かったのかもしれないが、やはり若い頃ひたすらに「量」の 稽古をしてきた事、30台後半になっても四股などを大事に してきた事がここまで長くやれた一因でないかと私は思っ ている。

引退後の展望
1)部屋の経営
①後援会の新しい形を構築できないか 古くからの「タニマチ」と呼ばれる方々に応援して頂く仕組みも大事だが、部屋の応援をしてくれる方々同士の異業種交流会など「サロン」の様な場所としてできないか。また若い年齢層や女性ファン、外国人などが気軽に入れるファンクラブやインターネット後援会などで集められないか。
②企業や他のスポーツとのコラボレーション サプリや装具の提供。呉服屋やデザイナーなどとの着物、浴衣デザインコラボ。呉服屋関係と連動して着物を着て稽古見学、一緒にちゃんこを食べるなどツアーの様な事。他のスポーツ観戦者に対し「相撲デーと」称しちゃんこ販売やファン交流など。 ③クラウドファンディングなど目的に共感してもらう資金集め トレーニングルームを作りたい。治療器購入、地方交流のイベントの為などを目標に掲げてクラウドファンディングにも取り組みたい。

2)スカウト
①勉強できる環境作り
力士として現役を続けながらの高校、大学進学。資格取得など。現在でも通信教育で高校に通う力士はいるが、小さい時から相撲漬けの子も多く常識に疎い子も少なからずいる。勉強や資格を取る事で力士としての面だけではなく人として自立できるようにしていけたらと思う。
②引退後の就職先 親御さんは何を心配するかというと、ほぼ皆「ダメだった時(関取になれなかった時)どうなるの?」という質問が必ずある。その為に勉強や資格もそうであるが就職先を確保しておく事も重要である。後援会の会社や、「やりたい仕事へのサポートなどができます」と言えるように準備しておけばダメでも大丈夫だから挑戦してみようと安心して入門できると思う。
③クラブチーム これは夢に近い事であるが、学校とは別の相撲部屋のクラブチームを設立できないか。
学校の分け隔てなくプロと練習できる環境。高校や中学の相撲の大会に垣根を超えて出場する事は現状は無理だと思うが、このようなクラブ組織が作れたら、小さい時からプロと関わる事はプラスになると思うし、スカウトの面でも良いし、この組織を運営する為に引退した力士が働けたら、就職先としても良いと思う。

3)稽古
①映像を使った分析
すでに取り入れている部屋もあると思うが、その場で相撲が映像で観られどこが悪かったかまた、良かったところなど確認できるよう、機器を設置する。
②トレーナーや整体師と契約 土俵の中の稽古はあまり変えようがないと思う。土俵外の事、トレーニング方法やリハビリ、治療。できれば栄養学などのアドバイスもすぐいただける状況にしていきたい。
③アイシング設備 疲労回復や炎症抑制が目的。稽古後に入れるアイスバスなどを設置。

以上、私が思いつくままに書かせていただいたが、部屋を設立するにあたり現実にはまだまだ沢山の課題がある。
部屋の土地、建物。これも自ら準備しなくてはならない。 4m55cmの土俵を設置しなければならない為大きさは最低でも50坪以上、又親方の住居も兼ねる為、高く立てても良い場所(準工業地帯等)、又弟子たちの自転車を何台も並べたり、普通の住居より沢山のゴミが出るので、周辺住民の方のご理解・ご協力を頂ける場所を見つけなければならない。独立する時に今の部屋の弟子、後援会は連れていけないので、全て1からやらなければならない。私の3人の子供はまだ未就学児であり、3人の子供を育てる妻に「おかみさん」という給料も出ない責任だけが付きまとう事を任せるか否か。不安しかない。
私には今すぐ相撲協会を変えるような力は全くない。1番下の新米親方である。しかしながら、現役中からずっと、 “どうしたら相撲界が良くなるか”については考えてきた。各相撲部屋の充実が土俵の充実に繋がり、その先に相撲界の充実があると思っている。
それゆえ、私が相撲部屋を経営する立場になったとしたら、なによりもまず、力士が安心して稽古に励めるよう、部屋を運営していきたい。私が述べている事は机上の空論に過ぎないかもしれないが、それを実現するためにこれから様々な観点から勉強したいと思っている。今後、人口の減少に伴い相撲部屋も淘汰されていく可能性もあるが、生き抜いていくためには学び続けることが何よりも必要なのではないかと思う次第である。

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