北海道日本ハムファイターズが 「北海道ボールパークFビレッジ」 で描く事業戦略
北海道日本ハムファイターズが「北海道ボールパークFビレッジ」で描く事業戦略
株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメント執行役員 伊藤直也
写真・素材提供:H.N.F.
野球場からボールパークへ、そして、その先へ。プロ野球の北海道日本ハムファイターズが現在、本拠地として構えるエスコンフィールドHOKKAIDO(以下、エスコンフィールド)は2023年に開業した。そこには単なる野球場の枠に収まらない、一つの街を創造していく夢がある。さまざまな企画を講じて今後さらに成長を遂げていく「北海道ボールパークFビレッジ」(以下、Fビレッジ)に携わる伊藤直也氏がその事業戦略を語る。
「共同創造空間の構築」の4つのポイントと現状
私は2020年に北海道日本ハムファイターズ(以下、ファイターズ)に入社しました。そのときからすでに新球場に関するプロジェクトは走っている段階でした。大きなスローガンとして掲げられていたのは「世界がまだ見ぬボールパークをつくろう」です。見たことがない球場を、これまでにないスポーツ観戦の形を、そしてスポーツが暮らしに根づいた次世代の街を創造し、社会をよりよく変えていく空間や感動、活量を持った世界の実現を遂げるボールパークという大きな目標がありました。
プロジェクトにおいて最も大事だったのは「共同創造空間の構築」です。そこには以下の4つの大きなポイントがあります。
【1】スポーツと北海道を融合した新しい街づくり
単に新しい球場をつくって完結させるのではなく、スポーツと北海道を融合させることで、新しい街づくりに寄与することを目的としています。
【2】野球事業と非野球事業のミックス
今後、少子高齢化が進んでいくなか、野球そのものをエンターテイメントと捉えながら、野球を親しく近いものとして観戦する人口を増やしていきたいと考えています。その一つとして、野球に興味がない方々にも来場してもらえるようなエリアを構築します。
【3】パートナーとの共創による多種多様な方々が集うエリア
共同創造空間をファイターズだけで作るのではなく、官民学の多岐にわたるパートナーに参画してもらい、一緒に手がけていきます。
【4】球場を核としたプラットフォーム事業
我々ファイターズは、プロジェクトの運営者であり、プラットフォームの場を提供する立場であると定義しています。
ボールパークの発展は、3つの段階を踏みます。1つ目は「施設としての野球場」、2つ目「行楽地化」です。野球場という一つの競技施設をベースに行楽地の要素を加えていきます。具体的にいうと北海道の価値やイベント企画を掛け合わせることで、観光客を取り込み、試合がない日でも訪れるような場所になることです。そして、人口を増やすためにレジデンス(住居)やホテル、大学の誘致などを絡めて「街化」していく、これが最後の3つ目のステップです。現在、我々は第2段階におり、試合がない日でもお客様に足を運んでいただける状態を定常的につくることを目指しています。
開業初年度2023年を振り返って
プロジェクトは2015年4月に構想がスタートし、北広島市が誘致を表明したのが2016年6月、内定したのが2018年3月、と、かなりスピード感のある期間の中で進みました。2020年1月には球場名とエリア名が決定し、同年5月に工事が着工、2023年1月に竣工しました。
総敷地面積は32ヘクタールで、そのうちエスコンフィールドは約5ヘクタールです。残りは球場以外の用途で使用されています。球場はアジア初の開閉式天然芝球場で、汎用性のある施設としてほぼ365日営業しています。試合が開催されていない日でも外野コンコースエリアは無料で入れるようになっており、選手たちの練習風景を見ることができます。座席数は2万9000席弱と、国内の他球場と比べて少ないのですが、そのぶん、ゆったりとした座席を設置することで客席内の移動が容易になっているのが特徴です。
当初の構想どおり、次世代の新しいエンターテイメント空間として野球に興味がない方々にも楽しんでいただく仕掛けを作ることを掲げています。初年度は、開幕セレモニーをはじめ、屋根を開放しての6000発の花火大会、選手たちとのハイタッチ会やお笑いライブ、近隣の高校生ブラスバンドと一緒に応援する企画などを実施しました。
また試合の開催日以外も、北海道を代表するタレントの大泉洋さんが司会を務めるイベントや、親子で参加できるグラウンド上でのキャンプ、冬にはスノーパークとして雪に触れて楽しむ企画など、道外やインバウンドのお客様をターゲットに行いました。
これらはFビレッジを365日稼働させて、多くの方々に足を運んでいただく環境に仕立てることで、行楽地化・観光地化を図った狙いがありました。
その結果、年間の来場者数は346万人、一日平均で1万1745人にのぼりました。元々は300万人を目標にしていたので、大きく超えたことになります。また試合がない日でも週末は7〜8000人、平日も4000人が来場しております。
大きな特徴として、以前の本拠地であった札幌ドーム時代と比べて、道外のお客様が約18%増えた点です。とりわけ、お盆の時期は集客に苦戦する傾向だったのですが、昨年はお盆の帰省と含めて、「一度見に行ってみよう」という来場者が非常に増えた印象です。
また世代別の来場者に関しては、20代〜40代の比率が増えました。これは球場にプラスアルファした天然温泉とサウナ、クラフトビール、グルメ横丁といった施設が「ちょっと行ってみると面白い」と支持された結果だと認識しています。
さらにFビレッジにおける来場者の滞留時間も重要視しています。14時試合開始の場合、一般的には2時間前に開門されますが、エスコンフィールドは4時間前の10時に設定しています。そこから夕方18時ごろに試合が終わったとしても、施設内の飲食店は21時ごろまで営業しています。温泉もあるので、場合によっては朝の10時から夜の21時までと、実に10時間近くを過ごされるお客様もいらっしゃいます。また試合がない日も平均して3時間ほど滞留していただけている点が特徴です。
そのほか、団体利用という点に関して、2019年と比較すると6倍近く増えました。団体利用とは、野球観戦だけでなく、試合がない日のスタジアムツアーなども含めたものになります。2023年開業時から平日のデーゲームを開催することで、従来とは異なる来場者層を増やす狙いもありました。具体的には平日がお休みの方や学生が対象になります。学生は課外授業や修学旅行の場合、平日昼間の時間帯を充てられるということで来場していただきたいターゲットとして設定しています。
オリジナルのアプリやSNSを事業展開に活用
2023年3月からFビレッジのアプリをリリースしました。昨年9月時点で約30万人、現在は50万人にダウンロードされています。これはスポーツ業界の中でも大きな数字になります。今ではアプリをきっかけにファンクラブに入会する流れも生まれました。
アプリ自体は施設体験に即したもので、ファイターズの試合に関する情報収集のほか、施設内でのキャッシュレス決済や利用予約、各種キャンペーン企画への参加などで活用できます。顧客IDを「Fビレッジアカウント」と称し、そのデータを元にプロモーションやカスタマーマーケティングに生かしているのが現状です。
また、X(旧Twitter)を多く活用しています。アカウント「Fビレッジおじさん」を展開し、ここにファンの方々が実際に体験したことをつぶやいていただいております。特に私たちが大切にしているのは「爆速改善」というキャッチコピーに表しており、SNSに上がった声や意見の中から“社内で改善できるもの”に関しては、徹底してハイスピードで対応しています。シャトルバスでの交通系ICのシステム改善や、無料ウォーターサーバーの設置、飲食店の待機時間の削減や、配送サービスの導入などを改善してきました。すべて100点満点の回答を出せているわけではありませんが、私たちにとってクリティカルかつお客様の利便性に寄与するものは、どんどん着手しています。
Xを使用している理由は、お客様同士がそれを見ることができる点にあります。改善したサービスについて、お客様が「すでに対応されているよ」と書き込むことでコミュニケーションが生まれるといった様子も見られ、それはSNSをうまく活用した事例だと感じています。
営業利益は242%増。
Fビレッジがもたらした経済的&社会的価値
こうした取り組みの結果、2023年の営業利益は当初の目標である26億円を大幅に上回る36億円という過去最高の数字が出ました。売上高に関しても、札幌ドーム時代の最高値であった2019年の157億円から、2023年は251億円と推移しています。
特徴的な点は、チケットや広告収入が大幅に増えたことに加え、従来は無かった飲食や不動産収入が新しい収入源になった点です。営業利益の増加により、それをチームの強化費や顧客の利便性向上、ハードの新設・改修に充てられると考えています。
そして、Fビレッジがもたらした経済的価値は、北広島市に年間500億円の経済効果、北海道では年間1000億円超の価値があると評価されました。社会的価値についても、今後、人口減少の緩和に少しでも貢献できればと考えております。また北海道全体の観光業振興についても、道外から約100万人が来場されたと検証されました。このほか不動産価値についても最大150%以上の不動産価値や地価の上昇が見られました。
今後も様々なパートナーが参画されるなか、ビジネス機会の創出や産業イノベーションの促進、キャッシュレスやモバイルオーダーといった新しいソリューションを活用できる環境を整えていきます。これらがスポーツ産業のモデルケースとして、他の自治体やスポーツチームに提示することで、社会的価値がさらに上がると考えています。
とはいえ、収益基盤を確立するための最重要事業が集客・動員であることは変わりません。現在、近隣来場者は札幌近郊60分圏内で約200万人以上の商圏が広がっており、そこを第一のターゲットに据えています。
2024年はファイターズが誕生50年ということで、同じ50年の節目を迎えたハローキティとコラボしたり、チームの50周年記念ユニフォームのプレゼントや、北海道のグルメを絡めた企画や夏祭り等を展開しました。毎年トライをして、できるかぎり定番化した企画を増やしていくことが目標です。
同時に、道内の観光需要が高まるゴールデンウィークやお盆と関連させ、Fビレッジが旅の目的になるような大型企画も検討しています。例えば、2024年7月23日にプロ野球のオールスターゲームがエスコンフィールドで開催されましたが、その前日には「日韓ドリームプレーヤーズゲーム」という特別試合を企画、主催しました。これは韓国におけるFビレッジの認知度を上げることが目標の一つでもありました。またシーズナルイベントと題しまして、「年柄年中、足を運べば何か楽しいことをやっている」という状態をつくっています。
ファイターズが、Fビレッジが、エスコンフィールドが、目指すもの
球場が完成する前の準備段階に私個人で“このプロジェクトが目指すもの”をイメージできるようストーリーに仕立てました。それは、一人の方が生涯にわたってFビレッジとどのように関わっていくか、を描いたもので、
「子供の頃は無料で試合を観戦し、Fビレッジの施設で家族とバーベキューをする。青年期になって恋人とFビレッジでデートし、社会人になればビールを片手に試合を見る。やがて子供、孫の3世代にわたって、家族でFビレッジの宿泊施設を利用する」
といったライフヒストリーになります。そこではファイターズが身近なチームとして、またFビレッジ・エスコンフィールドがアジアナンバーワンのテーマパークとして存在しています。「進化を止めない」をキャッチコピーの一つに掲げ、施設の改善や整備を手掛けることでこれからも毎年、お客様の満足度や利便性を上げていくことにチャレンジしていきます。
また、街づくりの観点では2028年に新駅の誕生が控え、同時に北海道医療大学の誘致やホテルの開業が予定されています。その頃には700万人の来場を目指しています。これはもはや野球の来場者と括らず、Fビレッジ全体にどれだけの人が集まるか、という数字になります。
現状、ファイターズという「プロ野球事業」とエスコンフィールドの「球場事業」は収益の連動性が高いものです。一方で、Fビレッジによる「ボールパーク事業」は収益の関連性はあるものの、独立性も抱えています。ですから、「ボールパーク事業」が発展することが集客につながり、同時に「プロ野球事業」と「球場事業」が不動産価値の貢献につながる。そのサイクルを今後はいっそう循環させていきたいと考えています。
Q. ボールパークとしてのターゲットや目標にする施設はありますか?
A. ここがベンチマーク、と決めているわけではありませんが、いくつか参考にしている中にMLBのアトランタ・ブレーブスの「Truist Park」が社内での代表的事例となっています。また、私が昨年訪問した際に勉強になったのはNFLのグリーンベイ・パッカーズの「タイトルタウン」です。特にタイトルタウンは人口約20万人の小さな町に、試合日には10万人近くが来場します。さらに年間100万人近くの来場者がいるほか、マイクロソフトとのジョイントベンチャーとして企業誘致に取り組んでいるなど、私たちが目指す一つの形として参考にできると考えています。
Q. 街づくりに関して、専門的なバックグラウンドを持った方々を採用して事業を推進されているのですか?
A. 携わる人間のバックグラウンドは多岐に渡ります。北海道生まれで地域に根ざして20年以上努力されている方もいれば、野球だけでなく、まったく別の業種から中途採用された方もいます。
事業を進めていくなかで、「この人はこれ」と決めつけることはなく、本当にやりたいことやその人間に向いていることをどんどん推進していく流れがあると感じます。
Q. 道外からの来場者はどのような比率で構成されていますか?
A. 道外都市では、日本の上から大都市順に来場者数は多いです。また交流戦の際に道外の方々が来場されるケースが見られ、例えば横浜DeNAベイスターズ戦だと、横浜のファンが4割を占める、という試合もありました。道外から野球の好きな方々に足を運んでいただいている印象です。
インバウンド関係でいえば、完全にキャッチアップできていませんが、約1〜2万人ほどに来場いただいています。比率としては野球の親和性が高いことから韓国、台湾が非常に多いです。
Q. 今年、主催された「日韓ドリームプレーヤーズゲーム」はどのような背景で実現したのですか?
A. 日本と韓国は野球界において以前から国際試合はやっていましたが、ビジネス面でのつながりはそれほどなかったと記憶しています。そのなかで、弊社の事業統轄本部本部長が10年来、韓国の野球界とのネットワークがあったことが一つのきっかけです。韓国プロ野球事業は、分野によっては日本のプロ野球より進んでいるところもあります。また韓国プロ野球のKBOリーグでも、各チームで新球場が計画されています。私たちとしてはノウハウを自分たちの中で留めておくつもりはまったくなく、是非とも国際的な野球の振興のために、お互いにいいものは学び合っていこうと考えており、実現しました。
2028年にはSSGランダースが新球場をオープンするということで、そのときは相手の新球場で「韓日ドリームゲーム」が開催できればいいよね、という意見も出ています。
Q. エスコンフィールドは小学生以下の入場料が無料とのことですが、他球場に比べての割合はいかがでしょう
A. どの球団も子供の来場者数が低下している現状を抱えていると思います。私たちとしては入場無料のほか、積極的に学校行事で来場していただく取り組みも行なっています。やはり若年層との接点を増やす努力が必要ですし、そこは札幌ドーム時代と比べて、私たちの武器がまるで違います。「野球場も足を運ぶと楽しいね」と感じてもらえる度合いを高めていこうと考えています。
Q. 伊藤さんは事業に携わるにあたり、ライフヒストリーを描いたと仰られていましたが、その意図は何でしょう?
A. データマーケティングといったものは現在、あらゆるところに溢れています。ですが、どこまでもいってもサービスを提供する側、サービスを受け取る側はどちらも“人”です。一人の人間として、「自分はどうだ?」「自分だったらどう思うか」という視点がないと、机上の空論に終わったり、一方的な都合で物事が進んでしまうケースが多いと感じています。
まだ球場が完成していない段階ですと、想像で物事を語るしかありません。そこで「こうあってほしい。こうあるべきだ」というものを自分なりに描きました。これは私も含めて社内の上層部も、血の通ったサービスや人情の泥臭さのようなものがなければ、という思想は同じです。ロジックで数字を追い求めることも当然やりますが、そことは違う部分も踏まえて取り組むということは、一貫しています。