スポーツ法の新潮流──㉚ 日本代表の法務 ──日本代表監督をめぐる問題

スポーツ法の新潮流──㉚
日本代表の法務 ──日本代表監督をめぐる問題
松本泰介│早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士(スポーツ科学)/弁護士

前回は選手の日本代表招集応諾義務があるのか、というテーマについて整理しました。競技団体が選手に日本代表招集を法的に義務付けることはなかなか難しく、既に選手のコンディションや選手キャリアを尊重し、日本代表事業への参加を選手の任意に委ねている競技団体も紹介しました。パリオリンピックパラリンピックの場合、4年に1回ということもあり多くの選手が出場を希望しますが、一方で、競技活動の一線から退き、早々に代表活動を辞退している選手もいます。
本年はこのような国際大会を控える中で、2024年2月には、ハンドボール日本代表監督が突然辞任するなど、日本代表監督をめぐる問題も発生しています。日本代表監督は、もちろん国際大会に向けた強化試合や予選などで戦績が芳しくない場合に辞任などを求められるポジションではありますが、それ以外でも日本代表監督の活動は多岐にわたり、背後には様々な課題があったりします。
そこで、今回は、日本代表監督をめぐる問題に関して、解説してみたいと思います。

1. 日本代表監督の契約
日本代表監督が選出された場合、その報酬が発生するかしないかに関わらず、中央競技団体と日本代表監督との間で、委任契約が締結されることになります。日本代表の監督業務はこのような委任契約に基づく業務になりますので、日本代表監督の変更の可否については、法律の定めのほか、このような監督契約の内容にしたがうことになります。
典型的なトラブルテーマは、日本代表監督を解除する場合の報酬です。

しかし、物事は単純ではありません。中央競技団体が解任するにあたって、残期間分の報酬を払えない、あるいは払いたくない場合、監督ともめることになります。競技団体が世間には成績不振に伴う「辞任」というリリースを行い、「辞任」を理由に残期間分の報酬を支払わないこともありますが、監督は「辞任」の申し出はしておらず、競技団体が監督を解任している場合もあります。このような場合は、上記のとおり、競技団体が残期間分の報酬を払わなければならなくなります。中には、監督が競技団体に対して、残期間分の報酬支払をもとめて訴訟提起するケースもありますので、競技団体としては、慎重な対応が求められるでしょう。
逆に、外国籍の日本代表監督などになると、他国の代表監督やクラブチームの監督など、様々なオファーがあります。より高額なオファーが提示される場合もあり、現状の日本代表監督に関する契約を解除することを狙っている場合があります。本来であれば監督の事情によって監督契約を解除するわけですから、契約を解除する場合、残期間分の報酬が支払われないことになりますが、中央競技団体としては、次の監督を選任しなければならないなど、その負担は並大抵のものではありません。したがって、監督契約の解除にあたって、競技団体としては、契約上の定めはもちろんのこと、監督(あるいはそのエージェント)と激しい交渉が求められます。
以上のことから、日本代表監督との契約は、その地位や名誉、そして報酬などの観点から、スポーツ界においてトラブルになりやすい契約の1つであり、実は監督契約締結にあたっては、その条件も含めて慎重な検討が求められることになります。特に外国籍監督との契約は、契約文言の細部にわたって交渉が必要になります。

2. 日本代表監督の選考問題
また、意外と隠されているそもそもの問題として、日本代表監督の選考問題があります。日本代表の選考というと選手の選考問題がクローズアップされがちですが、監督の選考も大きな問題です。
日本代表監督の選考は、日本代表の成績に直結し、中央競技団体の未来に大きな影響があるため、日本代表監督の選出、解任などは、競技団体の執行部にとって最重要事項の一つになります。その責任を一手に引き受けるのは強化委員会です。現状は、強化委員会が指名する監督がそのまま採用されるというのが実態でしょう。そして、強化委員長の選任が大きな意味を持ちます。強化委員長の選任は、競技団体の役員改選において、会長が誰になるかに次いで、極めて重大な政治問題になっています。その時代その時代の強化委員会が考える強化戦略に従い監督を選考し、国際大会での結果を踏まえ、強化委員会や監督が交代するしないを決めるというのが競技団体内の政治としても一般的かもしれません。
しかしながら、一部の中央競技団体では、このような政治を繰り返し、派閥ごとに強化委員長や日本代表監督を交代するため、一貫性のない強化戦略や監督選考によって、中長期的な国際大会でのレベルアップが実現できていない団体も存在します。
日本代表というのは、その競技にとって唯一無二の存在です。日本代表に関する強化戦略や監督による選手選考は、その競技の指導方法に大きな影響があり、また育成年代での指導方法にも影響します。既に一部に競技団体においては、このような影響力の大きさ、競技団体内の政治対立回避の観点から、一貫した強化戦略や監督選考を行っている団体も存在します。10年先や30年先を見据え、ジュニアを発掘し、一貫して育成するためには、競技団体としてブレない強化方針が必要です。そして、このような日本代表に関する強化戦略や監督選考には、対外的な説明責任が求められるとも考えられるでしょう。

3. 日本代表監督の指導と各選手のトレーニングをめぐるコンフリクト
現場において、なかなか悩ましい問題として、日本代表監督の指導と、選考された選手個人のトレーニングをめぐるコンフリクトをどのように考えるのか、という問題があります。

①チームスポーツの場合
チームスポーツであれば、選考された選手は、1人の日本代表監督の下、チームとしてプレーすることになるため、日本代表監督の方針にしたがって活動することになります。チームスポーツにおいては、日本代表監督の方針や戦術によってチーム作りがなされるため、選考された選手もその中で自分の能力を発揮していく必要がありますし、そもそも日本代表監督の方針や戦術に合わない選手は選考もされません。
ただ、厳格な方針を示して選手を管理するタイプの監督もいれば、ある程度放任しながら大枠の方針のみ示していくタイプの監督もいます。前者であれば、個々の選手に練習メニューを含めた様々な指導をする監督もいますが、昨今の選手は、個人でパーソナルトレーナーをつけ、その選手に合ったトレーニングを行ってきている選手も多いので、監督と選手の間で、練習メニューをめぐってトラブルになることがあります。
チームスポーツの日本代表監督といえども、選手のパフォーマンスを最大限発揮させ、チームを勝利に導くことを求められているので、自らの厳格な方針を貫くのか、それともある程度放任するのかは、監督の力量が求められるでしょう。

②個人スポーツの場合
一方、個人スポーツであれば、選考された選手は、1人1人別のコーチの下で指導を受けてきています。そのような指導の結果として日本代表に選考されているため、日本代表に選出されたからといって、一概に日本代表監督の方針にしたがった指導を受け入れられるものではありません。このような日本代表監督の指導方針と、選手個人の指導者との指導のコンフリクトは、個人スポーツではよく発生します。また、個人スポーツは、選手が出場する競技、種目がバラバラである中で、代表監督は、特定の競技、種目出身者で、すべての競技や種目をカバーすることができない場合もあります。 このような中で選考された選手のパフォーマンスを最大限に発揮させるためには、日本代表監督の指導方針を完全に優先することはなかなか難しいです。
ですので、個人スポーツの日本代表監督は、選考された選手の1人1人に個別の指導者がいること、競技や種目が違うことを前提として、日本代表活動の指導方針を決めていくことが求められます。

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