スポーツ法の新潮流 東京オリパラは中止できるのか──開催都市契約2020

松本泰介 │ 早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士(スポーツ科学) 弁護士

東京オリンピックパラリンピック競技大会まで残り2ヶ月を切った中、日本国内での新型コロナウィルス感染拡大を理由に、東京オリパラを中止または再延期すべきではないか、という議論が起こっています。特に、東京オリパラ組織委員会や政府などが東京オリパラの中止をする場合に国際オリンピック委員会(IOC)に対してどのような対応が必要になるのかなどが論点として上がっています。このような論点は、私が専門にしているスポーツ法が大きく影響していますので、今回は、この問題について解説させていただきます。

1.オリンピックの中止、延期に関する法的権限

スポーツイベントの法律実務を検討する場合、最も重要なのは適用される法律(政治判断を含む)の理解ではありません。確かに法令遵守はもちろんですが、むしろ実際のスポーツイベントで最も重要になるのは、スポーツ業界の業界内ルールです。

スポーツの世界では、スポーツイベントの主催者がそのイベントに関するルールを定めます。スポーツイベントの主催者は、国ではなく民間団体がほとんどで、そのルールの法的性質は法律ではなく、契約上の権利義務に過ぎません。その内容に関しては、契約自由の原則から、主催者と関係者が合意します。したがって、スポーツイベントの法律実務を理解する上では、まず、このような合意、スポーツイベントの業界内ルールを把握することが最も重要になります。それでは、今回の東京オリパラの中止、延期をめぐる業界内ルールはどのようなルールになっているのでしょうか。

 オリンピックが開催される場合、主催者であるIOCと組織委員会、開催都市は、開催都市契約を締結します。公表されている開催都市契約2020を確認すると、組織委員会などが、IOCが定めるオリンピック憲章を遵守することを前提とする条項もあります。したがって、オリンピックにおける業界内ルールとしては、オリンピック憲章や開催都市契約2020が存在します(これ以外にも、様々な契約を行っていることが考えられますが、これらは公表されていません。そこで、本稿では、オリンピック憲章や開催都市契約2020を前提に解説します。)。

オリンピック憲章や開催都市契約2020では、主催者であるIOCにオリンピックに関する決定権が包括的に帰属するよう明確に定められています。そして、特に東京オリパラ大会の中止、延期に関する条項としては、開催都市契約2020第66条、第71条に定められています。これらの条項では、大会参加者の安全が深刻に脅かされる場合のIOCの単独裁量による中止権が定められ、組織委員会は、予測できない困難に応じた合理的な変更を提案できるに過ぎないことが定められています。一方で、これ以外に、東京オリパラ大会の中止、延期に関して、組織委員会などの決定権、関与権、拒否権などを明示する規定はありません。

となると、東京オリパラ大会の中止、延期に関する法的権限については、IOCに決定権があり、組織委員会などには何ら法的権限がありません(日本でも大きな話題となったマラソンの札幌移転についても、組織委員会などには何ら法的権限がありませんでした)。昨年、東京オリパラ大会が延期されたのも、最終的にIOCが延期することを決定したためです。

2.日本は東京オリパラを中止できるのか

前述のとおり、開催都市契約2020には、大会参加者の安全が深刻に脅かされる場合のIOCの単独裁量による中止権が定められているため、新型コロナウィルス感染拡大を理由としてIOCがその裁量によって東京オリパラを中止することは可能です。この場合、開催都市契約2020第66条には組織委員会などがIOCに対して損害賠償請求を行う権利を放棄する旨が規定されているため、組織委員会などが被った損害をIOCに賠償請求することはできません。

一方で、組織委員会などが中止した場合は開催都市契約2020ではどのようになるのでしょうか。

まず、開催都市契約第16条では、組織委員会などの東京オリパラ大会運営、実施義務が定められています。組織委員会などが中止する場合、この義務を一方的に放棄することになるため、契約法の一般原則としては、相手方であるIOCが被った損害を賠償する義務を負います。メディア報道の中には開催都市契約2020に違約金条項がないため賠償義務はないなどという暴論もありますが、それは明らかに誤っています。

この点、新型コロナウィルス感染拡大のような不可抗力事由がある場合は損害賠償義務を負わないのではないか、という見方もありますが、開催都市契約2020においては、このような不可抗力事由が発生した場合に、組織委員会などが負っている大会運営、実施義務が免責されるという条項はありません。したがって、組織委員会などは、契約法の一般原則としては、IOCが被った損害を賠償する必要があります。

損害の対象としては、IOCが東京オリパラ開催のために支出してきた準備費用、中止に伴い新たに支出する必要が生じた追加費用のほか、東京オリパラが開催されることを前提にIOCが契約していた放映権契約やスポンサーシップ契約に関して、テレビ局やスポンサーに対して行う返金などが考えられます。

実際のところは、組織委員会などが中止する場合は、IOCと事前協議が行われるでしょう。IOCもテレビ局などが加入している保険金なども考慮した上でテレビ局やスポンサーなどと返金について協議を行い、最終的に組織委員会などに補てんを求める金額を提示してくると考えられます。

IOCが日本に賠償請求しないのではないか、という楽観論も見られますが、IOCとしても自らの組織の財務の安定のほか、世界各国のオリンピック委員会や国際競技団体(IF)への分配金の確保などの観点から、簡単に自らの損害補てんを放棄するとは思われません。

3.開催都市契約2020は不平等なのか

このような開催都市契約2020の規定については、あまりにもIOCが一方的で不公平ではないかという意見も見られます。

ただ、オリンピックなどのメガスポーツイベントは、主催者への権限集中、収益集中のため、主催者自体にスポーツイベントに関する様々な権利が集中する形で設計がなされます。このようなスポーツイベントに関する様々な決定権はOrganisers’Rightsなどと呼ばれます。そして、その内容は、前述のとおり、契約によって関係者との間の合意事項となることによって明確になります。したがって、このようなスポーツイベントの決定権について関係者が関与、あるいは拒否することができるようにするためには、契約締結以前の段階で、主催者と折衝の上、このOrganisers’ Rightsの行使に関する関与権や拒否権を定める必要があります。

オリンピックのようなメガスポーツイベントの場合、主催するIOCなどの国際競技連盟が極めて大きなバーゲニングパワーを有することから、このような主催者との折衝は難航を極めます。今回、組織委員会などが開催都市契約2020の締結以前にどれくらいIOCと折衝したかは明らかになっていませんが、ほとんど折衝はできなかったものと想定されますので、上記のような開催都市契約2020になることはやむを得なかったとも思われます。今後のパリ大会 やロサンゼルス大会 においても、同様な開催都市契約の内容が提示されており、日本だけでなく、フランス、アメリカ合衆国のような国であっても、IOCのOrganisers’ Rightsを中心とした設計がなされています。

4.まとめ

今回の新型コロナウィルス感染拡大の問題により、開催都市契約2020などのオリンピックに関する業界内ルールに大きな課題があることが明らかになりました。開催国がこれほどまでの金銭的リスクを負う場合、オリンピック開催を希望する国が今後減少することも考えられますので、より多くの国がオリンピックの開催を希望できるように、開催都市契約を中心としたオリンピックに関する業界内ルールの修正が求められています。このような支配的な業界内ルールがどのように変容していくのかは、スポーツ法の非常に興味深いところです。

▶東京都ウェブサイトhttps://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/taikaijyunbi/taikai/hcc/index.html

▶国際オリンピック委員会(IOC)ウェブサイトhttps://www.olympic.org/documents/olympic-charter

▶Host City Contract – Principles, Games of the XXXIII Olympiad in 2024

https://stillmed.olympic.org/media/Document%20Library/OlympicOrg/Documents/Host-City-Elections/XXXIII-Olympiad-2024/Host-City-Contract-2024-Principles.pdf

▶Host City Contract – Principles, Games of the XXXIV Olympiad in 2028

▶https://stillmed.olympic.org/media/Document%20Library/OlympicOrg/Documents/Host-City-Elections/XXXIV-Olympiad-2028/Host-City-Contract-2028-Principles.pdf

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