アメリカNCAAにおけるAcademic Progress Rate(APR) ― 導入背景、運用実態、そして成果 ―
アメリカNCAAにおけるAcademic Progress Rate(APR)
— 導入背景、運用実態、そして成果 —
帝京大学医療技術学部 教授
束原文郎
連載「アスリートの教育とキャリア形成」、 第7回はアメリカ大学スポーツ統括機関NCAAの発明した学業進捗を管理するための指標、学業進捗率(Academic Progress Rate、APR)を取り上げる。NCAAは、学生アスリートの学業的成功を担保しようと取り組んできた一連の事業Academic Performance Programの一環として、2004年にAPRを導入した。
APRの導入前夜
1980年代から90年代にかけてNCAAが実施してきた学業改革(具体的にはプロポジション 48およびプロポジション16)は、GPAや標準テストを入学要件とする“入口管理”の手法であった。しかし、計量心理学者が参画したパネルデータ分析が、標準テストへの過度な依存がマイノリティや低所得層の学生を不当に排除する副作用の存在を明るみにし、改革の方向性は大きな転換を迫られた。2003年、インディアナ大学学長を経てNCAAの会長に就任したマイルス・ブランド(Myles Brand)は、学業改革の哲学を「誰を入学させるか(初期適格性管理)」から「入学した学生をいかに卒業させるか(学業進捗管理)」へと転換させた 。この改革パッケージの目玉として 2004 年に導入されたのが、APRである。
APRの制度設計と運用メカニズム
APRは学期ごとの学生の修学状況をリアルタイムで測定し、即座にフィードバックとペナルティを与えることで、大学、チーム、そして学生アスリート本人の行動変容を促すことを目的として設計された。その算出方法は、以下のとおりである(図1)。まず、チーム内のスポーツ奨学金受給学生(奨学金がない大学の場合はリクルートされた学生)全員を対象とし、学期ごとに次の 2 種類のポイントを付与することから始まる。一つは適格性(Eligibility)ポイントであり、NCAA が定める進級基準(GPA、履修単位数、学位取得に向けた進捗率)を満たしている場合に1点、もう一つは定着(Retention)ポイントであり、次の学期も同じ大学のチームに在籍している(または卒業した)場合に1点が付与される。すなわち、1人の学生につき各学期最大2ポイント、年間(2学期制の場合)で最大4ポイントが付与される。そして、チームAPRは、チーム全員が獲得した合計ポイントを最大に獲得可能なポイント総数で除した時の商を1000倍した値となる。
APRは、基準値を下回った場合に適用される具体的かつ厳格なペナルティ構造を伴う。ペナルティは過去4年間の平均APRスコアに基づいて決定され、以下の3つのレベルで段階的に適用される。2024-25年度版 NCAA D-Iマニュアルの規定(Bylaw 14.8)に基づき、APRのスコア状況(APR 930未満の継続年数)と、それに対応する具体的制裁(レベル1−3)の詳細を確認する(表1)。このペナルティ構造により、大学の競技スポーツ局長(Athletic Director)やチームにとって、APRの維持が勝利と同等に重要な目標となった。
導入後の成果とトレンド
APR導入直後の混乱期を経て、2024年時点におけるD-I全体の4年間平均APRは984点に達し、コロナ禍期間を除けば2010年代なかば以降は非常に高い水準で安定して推移している 。
APRが“プロセス”の指標であるのに対し、最終的な“成果”を測る指標としてNCAAが独自に開発したのがD-Ⅰにおける「卒業成功率(Graduation Success Rate、GSR)」である。これは、連邦政府が定めるFGRへの対抗措置として生まれた。
FGRの計算式では、最初に入学した大学(例えばA大学)を卒業しなかった学生はすべて非卒業(non-graduate)としてカウントされる。たとえその学生が学業成績優秀で、より良い競技環境を求めて他大学(例えばB大学)へ転学し、そこで卒業したとしても、元の大学(A大学)のFGRにおいては非卒業としてカウントされる。他方、他大学(B大学)から別の大学(例えばC大学)に転学して卒業した学生も、転学後の大学(C大学)のFGRの卒業にはカウントされない。つまり、FGRの「入学した大学で卒業する」という前提は、一般学生に比べて流動性が高い傾向のあるアスリートの現実を把捉するのに適さず、したがってアスリートの卒業実態を過小評価する恐れがあるのだ。
GSRは、FGRの欠点を補正し、転学者の扱いをNCAAの立場から適正に評価するために設計されたD-Ⅰ独自の指標である。まず、学生が学業的適格状態で転学した場合、GSRの計算ではその学生を分母(コホート総数)から除外する。つまり、計算上は最初から存在しなかったこととし、卒業率を押し下げる要因とならないようにする。反対に、他大学からの転入生はコホートに追加(分母と分子に算入)する。
この計算方法により、GSRはFGRよりも常に高い数値を示す。例えば、NCAAの報告によれば、全体のGSRは90%に達しても、FGRで計算すると69%程度にとどまるケースが多い。NCAAの立場からは、不当な過小評価が是正されたことになる。
同様に、GSR特筆すべき成果としては、適格期間終了後に大学に戻り、学位を取得した元学生アスリートが過去21年間で21,977名に上ることが挙げられる。特にプロ志向の強いアメリカン・フットボール(6,428名)、男子バスケットボール(1,657名)、野球(2,416名)、女子バスケットボール(761名)での復学・卒業が多く、APRの遅延卒業ポイント(Delayed Graduation Points)制度が、転学・退学した学生を呼び戻すインセンティブとして機能していると見られる(図2)。
ペナルティ対象校については、APR 930(GSR 50%相当)の導入時(2012-13年頃)には基準を下回るチームが一時的に急増(183チーム)したが、その後、急減した。現在は49チームのみが基準を下回っており、全体の1%未満に留まっている(図3)。

注:2007年までにほとんどの小規模チームでの調整が廃止された。2023年に930の基準値を下回り、2024-25年度にポストシーズン出場資格を失うはずだった全チームは、条件付き免除により救済を受けた。2024年度ペナルティ及びポストシーズン出場資格喪失状況については、本レポートが公開された2025年5月1日時点において、レベル2ペナルティ及びポストシーズン出場資格喪失免除に関する2件の異議申し立てが係属中。出典:NCAA(2025)より筆者訳
ただし、学生アスリートにとっての教育とチームや大学にとっての競技資格の維持(Eligibility)のうち、実際には後者を優先させるようになる、という批判もある 。現実には、コーチやスタッフによって、アスリートに対する楽勝学科への誘導(アカデミック・クラスタリング)や楽単履修の推奨が発生し、不正に加担したりする学業不正が横行している。また、現在も基準(930)を下回っているチームの多くは、リソース不足の大学(Less Resource Institutions、LRI)や歴史的黒人大学(Historically Black College and Universities、HBCU)に集中しており(LRIの76%、HBCUの49%)、リソースの格差が学業パフォーマンスの格差に直結する現実がある。
ともあれ、学生アスリートの学業と競技の両立の成否は、既に本人の意志を超えたところにある。したがって、業界として学生アスリートの学業と競技の両立を促そうと企てるなら、業界として学業進捗を可視化する指標を策定し、学業達成の責任をチームと大学に負わせる仕組みを構築できるかにかかっているといえる。
参考文献
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