スポーツメーカーとラグジュアリーブランドが交錯する場所 ―COMME des GARÇONSのケース―
スポーツメーカーとラグジュアリーブランドが交錯する場所 ―COMME des GARÇONSのケース―
早稲田大学大学院スポーツ産業研究所 松下尚道
1976年、カール・ラガーフェルドがオートクチュールのランウェイにテニスシューズを登場させたとき、ファッション界の反応は冷ややかだった。優雅で高尚な舞台に、日常の象徴ともいえるスニーカーを乗せることは、当時の価値観からすれば「場違い」と映ったのである。それから46年後、ルイ・ヴィトンが発表したナイキとのコラボレーションモデルは、200足限定でオークションにかけられ、その1番ロットは35万2,800ドル(約4,075万円)で落札された。こんな時代の到来を、1976年の誰が想像しただろうか。この46年の間に、スポーツメーカーとラグジュアリーブランドの関係はどのように変化してきたのか。そして、いま私たちはどんな局面に立っているのか。本稿では、その一断面としてコム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS=以下CDG)の事例を取り上げる。
誰と、どこで、何を作るのか
近年、スポーツメーカーとラグジュアリーブランドの協働(以下コラボ)は、一発勝負の話題づくりから、長期的な「シリーズもの」へと変化している。カプセルコレクションがシーズンを重ね、コラボモデルがアーカイブとして語られるとき、そこには単なるタイアップ以上の関係性が生まれている。
CDGは、1990年代末から四半世紀にわたり、Nike、New Balance、ASICS/Onitsuka Tiger、Mizunoといったスポーツメーカーと途切れなくコラボしてきた、日本でも稀有な存在である。
本稿では、1999年のJunya Watanabe COMME des GARÇONS(以下Junya)×Nikeを起点に、2025年までに確認できたCDG系列とスポーツブランドのスニーカーコラボを俯瞰する。そのうえで、いつ・どのブランドと組んできたのか、スポーツメーカーごとにどんな役割を担っているのか、CDGグループのラインごとにどのように機能が分かれているのか、という三つの視点から、「コラボが見せてくれる地図」を描き出すことを試みる。
ここでは、あくまで両ブランドの名前が正式に併記された「スニーカー」だけを扱う。
調査のベースは、CDG専門サイトやスニーカー情報サイト、ニュースメディア、公式リリース、さらには古着店ブログやオークション履歴といった「周縁のアーカイブ」である。特に1999〜2000年代前半のJunya×Nikeは一次資料が少ないため、いくつかの記述を突き合わせながら「この年だろう」と判断している。
集めたコラボを四つに分けた。
1)Junya×Nike(1999〜2000年代前半)
2)CDG本体×Nike
3)HOMME PLUS/BLACK/GIRL×Nike
4)New Balance/ASICS/Onitsuka Tiger/Mizuno×CDG 系列。
正確なカタログを作ることよりも、ここでは「どういう流れに見えるか」をつかむことを優先している。

CDG が踏みならしてきた「コラボの道」
CDGとスポーツメーカーのコラボは、JunyaがNikeに別注したZoom Havenから始まる。ハイテク感の強いランニングシューズを、カラーもロゴも抑えたミニマルな姿に変えてしまう。その後もAir Super Fly、Waffle Racer、Cortez、LDV……と、ランニングのアーカイブがいくつもJunyaの手を経て生まれ変わっていく。
まだ「コラボスニーカー」がニュースになる前夜。店頭に並んでは静かに消えていったであろうこれらのモデルは、振り返ってみると「ファッションブランドがスニーカーを自分の言語で語り直す」最初の実験だったと考えられる。
2010年代後半になると、CDG本体と Nikeのコラボが一気に前景化する。Air VaporMaxやFlyknitRacer といった最先端のテクノロジーを積んだモデルと、ShoxTLやOutburstのような90〜00年代のハイテク/ローテクが、いずれもモノクロを纏い再登場する。
ボクシングブーツにヒールを付けた HeeledBoxingBootsや、サッカースパイクをヒール化した NikePremierは、「走れないランニングシューズ」という逆説を体現。スポーツのために磨かれてきたフォームやソールが、ここでは純粋な造形として扱われ、ジェンダーや機能性の前提がずらされていった。
HOMME PLUS×Nikeのラインは、AirMax180、Mowabb、AirPresto“Tent”、AirJordan1、AirMax95/97、Air Carnivore、Foamposite、ACG Mountain Fly 2……と、スニーカーヘッズが喜ぶモデルから通好みの機種までをモノクロで塗り替え、ランウェイに並べた。一方、BLACK COMME des GARÇONS×Nikeは、BlazerやWaffle Racer、Footscapeなどクラシック寄りのモデルを使い、より手に取りやすい価格とデザインで「CDGらしいスニーカー」を日常側へ広げている。
2025年12月MEXICO66がついに発売
Nikeが最も目立つ相手であることは確かだが、2010年代以降、New BalanceやASICS、Mizunoの存在も無視できない。
New Balanceとは、まずeYe JUNYA WATANABE MANによるM1700や CM1400などの別注があり、その後、COMME des GARÇONS HOMME と組んだ997S, RC1300, 550, 580, 1906R, 610/610S, 860v2 へとつながっていく。いずれもグレー〜ブラックのミニマルな配色で、「通勤もできるスニーカー」という位置に落ち着いている。
ASICSとは、COMME des GARÇONS SHIRT が TARTHER や GEL-LyteV、VICNBD、EX89、GEL-TERRAINといったランニング/スケボー/バッシュ/トレイル系のモデルを選び、白と黒をベースに様々な模様を散りばめた。
Mizunoと組むのは COMME des GARÇONS GIRLで、スクールシューズ型のモデルを展開した。白いアッパーにガムソール、そこにポルカドット化したランバードが載るとき、「女の子らしさ」と「部活や体育の記憶」が一足のなかで重なり合う。
そして2025年12月1日、Onitsuka TigerとCOMME des GARÇONSによるMEXICO66が発売。オニツカの象徴的スニーカーは、CDGの言語で今後どう書き換えられるのか。
コラボで表すブランド・アーキテクチャー
こうして並べてみると、CDG がスポーツブランドと組むとき、そこにはかなりはっきりした役割分担が見えてくる。
Nikeは、コレクションの中で「実験と記号化」を担うパートナー。New BalanceやASICSは、「日常の足元」をCDG的に塗り替えるパートナー。
同時に、CDGグループの内部で分担している役割を、それぞれスポーツブランドの力を借りて増幅していると考えられる。単に「人気モデルの別注」ではなく、CDGグループという大きな樹の枝ぶりを可視化する働きを持っているのではないか。どの相手と、どのモデルで、どのラインが組むのか。その選択の積み重ねが、そのままブランド・アーキテクチャの地図になっているように見える。
ナイキのテクノロジー、ニューバランスのランニング、アシックスの機能性、ミズノの日本的な体育文化。それらが、CDGというフィルターを通ることで、どのような物語に組み込まれてきたのか。本稿は、そのごく一部を、粗いスケッチとして描いたにすぎない。だが、この足跡を丁寧に追っていけば、「スポーツメーカーとラグジュアリーブランドが交錯する場所」で、価値観の変容の輪郭が見えてくるのではないだろうか。



