スポーツ産業学研究第34巻第3号

【原著論文】

OTT配信事業者による英国スポーツの放映権獲得の現状と課題
―サッカー・プレミアリーグ、ウィンブルドンテニス、ATPツアー、全英オープンゴルフの分析―
髙木ゆかり,畔蒜洋平,児玉ゆう子,平田竹男
JSTAGE


ブラインドサッカーにおけるボランティア経験と障害者に対する健常者の顕在態度・潜在態度との関連
相羽大輔,松崎英吾,宮島大輔,箱田裕子
JSTAGE


ホームファンの感情が行動意図に及ぼす影響: B3リーグのアリーナ観戦者に着目して
叢瑋,隅野美砂輝,北村尚浩,関朋昭
JSTAGE


【研究ノート】

スポーツチームでのオンライン心理検査実施からみた活動意欲と満足度との関連の実態
―中学生期の子どもを対象としたスポーツチームへの導入事例に基づく検討―
佐野孝, 松岡 亮輔, 桃田 茉子, 濱野 裕希
JSTAGE


視覚障がいを持つ競泳選手の支援者(タッパー)に求められる要因の探索的研究
福井邦宗
JSTAGE


指導死遺族の語りによる健康スポーツ科学を学ぶ大学生の体罰容認態度の変容
渡邊裕也西村 晃一, 八尋 風太, 池田 和司
JSTAGE


【レイサマリー】

OTT配信事業者による英国スポーツの放映権獲得の現状と課題

―サッカー・プレミアリーグ、ウィンブルドンテニス、ATPツアー、全英オープンゴルフの分析―
髙木ゆかり(IMG株式会社)
畔蒜洋平(早稲田大学)
児玉ゆう子(兵庫大学)
平田竹男(早稲田大学)

IT技術の発展によりOver The Top(以下、OTT)と呼ばれるオンライン配信が台頭してきています。FIFAワールドカップ カタール2022の日本国内での放送は、地上波放映に加えて、全試合をOTT配信であるABEMAが無料生中継しました。また、WBC(ワールドベースボールクラシック)2023は、TV放映に加えて、J SPORTSオンデマンドでの配信とAmazon Prime Videoでのライブ配信が行われました。このように、ビッグスポーツイベントでのOTT配信は日本でも定着してきています。
英国には、これまでのスポーツ放映を先駆的に牽引してきた世界的なスポーツコンテンツとしてサッカー・プレミアリーグ、ウィンブルドンテニス(ウィンブルドン)、ATPツアー、全英オープンゴルフ(以下、英国スポーツと称す)があります。本研究は、OTT配信事業者による英国スポーツの英国内外の放映権獲得状況を洗い出し、OTT配信事業者の放映権獲得の要因やテレビ放送局等メディアカンパニーとの競合関係の情勢を探ります。今後の世界のスポーツ放映の動向・潮流を予測する上で意義があると考えます。
英国内プレミアリーグ放映権は1992年にTV放映が一社独占契約で始まりましたが、その後複数のTV局との契約(分割独占方式)となっていきました。2019/20シーズンからはOTT配信が加わり、全試合を分割してパッケージごとにTVまたはOTT配信事業者と放映権の独占契約(分割独占方式)をしていました。欧州・北米は共に、TV局がTV放映権とOTT配信権を一社独占契約する傾向にあります。南米ではTV局からのサブライセンスによるOTT配信が見られました。アジア・パシフィックは、TV局を排してOTT配信事業者が独占配信権を獲得している.のは、日本を除いてローカルOTT配信事業者という傾向があります。
ATPツアー、ウィンブルドン、全英オープンの状況の詳細は、論文をご参照下さい。
また、これら3つのスポーツは、いずれもスポーツ団体自らが試合映像等を配信するD2C(Direct to Consumers – 視聴者に直接届けるサービス-)を提供していました。
OTT配信事業者による英国スポーツの放映権獲得方法として ①独占配信、②分割独占配信、③サブライセンス配信、の3つが確認されましたが、権利を取り扱うスポーツ団体や、国や地域の状況によって、放映権獲得の仕方や競争環境が異なる状況でした。分割独占方式の活用で、OTT配信事業者が権利獲得をするチャンスは十分あり、OTT配信によるスポーツの視聴環境が充実することが予想されます。
放映権を従来型の一社独占方式ではなく、分割独占方式にし、TV局とOTT配信事業者の競争環境を作りつつ、D2Cも含めたメディアミックスによって複数のTV放送、複数のOTT配信を行うことで、放映権収入、露出機会の増強を得る事がスポンサー価値の向上にも繋がり、ビジネスの拡大が期待される事となります。
今後資本力のあるビッグテックとメディアコングロマリットとのコンテンツ獲得競争が益々激化することが予想されます。


ブラインドサッカーにおけるボランティア経験と障害者に対する健常者の顕在態度・潜在態度との関連
相羽大輔(国立大学法人愛知教育大学特別支援教育講座)
松崎英吾(特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会)
宮島大輔(特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会)
箱田裕子(特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会)

本研究では、アダプテットスポーツのひとつであるブラインドサッカーが心のバリアフリーを推進するのに有効であるか否かを検証するため、ブラインドサッカーのボランティア経験の有無によって、障害者に対する健常者の顕在態度・潜在態度がどのように異なるのかを比較検討した。
本研究の調査協力者は、日本ブラインドサッカー協会でボランティア登録をし、実際に活動をしている者(参加群136名)と、そのようなボランティア経験をしたことがない者(調査会社に委託して集まった非参加群195名)の計331名であった。調査はすべてオンライン形式で行われ、調査協力者は、それぞれ、日本ブランドサッカー協会が開発したオンライン調査システム「UB-Finder」(https://www.ub-finder.org/)にアクセスし、顕在態度(障害者への好意度)と、潜在態度(Implicit Association Test)を問う質問/課題に応えた。さらに、調査協力者のうち参加群については、これまでの活動を振り返らせ、その感想も自由記述で尋ねた。この上で、両側面の態度と、ブラインドサッカーのボランティア経験との関連を検討するため、顕在態度については好意度得点を、潜在態度についてはD得点を用い、それぞれ、参加群と非参加群ごとに平均と標準偏差を求め、対応のないt検定による群間比較を行った。
その結果、いずれの態度においても、参加群の方が非参加群よりも有意に態度が肯定的となった。このような相違の背景にある理由についても検討をするため、参加群が活動から得た感想を質的に検討した。特に目立ったのは、[プレーのすごさ](例えば、スゴイアスリートたちによる競技だから)、[見えないのにすごい](例えば、見えないと思えない動きに感動した)、[感覚の鋭さ](例えば、プレイを見ていて私たちにはない感覚やセンスを持っているように感じた)といった【アスリートのすばらしさ】に関する内容と、[ブラサカの迫力](実際に見ていると迫力に驚く)、[ブラサカの面白さ](スポーツとして観戦して面白い)といった【ブラサカの良さ】に関する内容であった。
このような感想からもわかるように、参加群は魅力を感じ、リスペクトできるアスリートたちとの出会いを経験しており、それが、障害者に対する彼らの顕在態度・潜在態度をポジティブにさせている可能性が推察できた。東京オリンピック・パラリンピックを経て、これからの心のバリアフリー研修の継続方法やその内容の在り方が問われているわが国において、障害者に対する健常者の態度を肯定的に変容させうるブラインドサッカーには今後一層の期待が寄せられる。例えば、地域のアダプテットスポーツの理解啓発活動、子ども向けの交流及び共同学習、あるいは、福祉教育プログラムという文脈の中で、誰もが気軽に参加できる取り組みを実現し、参加者に与える変化をより多角的に検討していくことが必要であろう。


ホームファンの感情が行動意図に及ぼす影響: B3リーグのアリーナ観戦者に着目して
叢瑋(鹿屋体育大学大学院;中京大学大学院)
隅野美砂輝(鹿屋体育大学)
北村尚浩(鹿屋体育大学)
関朋昭(鹿屋体育大学)

プロスポーツリーグとそれに属するクラブにおいては,スポーツファンが欠かせず,スポーツファンの心理や行動の理解が求められます.プロスポーツクラブの運営という視点に立った際,スポーツファンの心理や行動を解明,理解することはクラブ運営において重要な課題であります.近年日本では,バスケットボールの新リーグである日本プロバスケットボール(以下Bリーグ)の2016年設立を発端として,新リーグが相次いで創設されています.これらの新リーグを代表とするBリーグの入場者数に関するデータを見てみると,2020-21シーズンにおいてB1リーグの平均入場者数は3,236人,B2リーグでは1,405人,B3リーグでは580人となっており, B3リーグのような下部リーグに所属しているクラブは入場者数が少なく,不安定な経営に陥る傾向にあるのが現状であり,入場者数を増加させることが喫緊の課題であることがわかります.
これまで,観戦者の行動意図に着目した研究においては,日本プロ野球やメジャーリーグ,サッカーのJリーグやプレミアリーグ等の成熟度の高いプロスポーツリーグのスポーツ観戦者行動を焦点に当てた研究が多く行われており,誇りや怒りなどの感情が再観戦意図に影響を及ぼしていることや,感情が将来のファン行動に影響を及ぼしていることが明らかとなっています.また,チームアイデンティフィケーション(以下チームID),ファンコミュニティアイデンティフィケーション(以下ファンコミュニティID)レベルが高い観戦者は,行動意図(再観戦意図,クラブ支援意図)が高いことが明らかとなっています.地域愛着が高い観戦者も同様に,再観戦意図が高いことが明らかとなっています. しかしながら,これまでのところプロスポーツにおいて観戦者の感情を包括的に,再観戦意図とクラブ支援意図の両方を同じ分析モデルに含めた検証は行われていないのが現状で,このような研究の必要性があると考えられます.
そこで,本研究では,B3リーグ観戦者のホームファンを対象に,これまでのアリーナ観戦で経験したことのある感情が行動意図に及ぼす影響を明らかにすることを目的としました.
2022年1月~4月のB3リーグに所属する鹿児島レブナイズ,岩手ビッグブルズ,岡山トライフープのホームゲームにてのホームファンを対象にアンケート調査を行い,有効回答の442部を分析に用いました.また,サンプルを無作為に2分割し,一部を探索的因子分析に,もう一部をモデル検証に用いることとしました.
感情の項目を「ポジティブ感情」と「ネガティブ感情」の2つの要因に統合したモデルが最適なモデルであり,適合指標を満たしました.感情と各因子間の関連性について検討した結果,ポジティブな感情がチームID,ファンコミュニティID,地域愛着さらに行動意図に正の影響を及ぼしており,すべての因子に対して有意な影響が見られました.ネガティブな感情もチームIDにポジティブな影響を及ぼしていたことが明らかとなりました.分析の結果から,クラブ運営には勝敗といった試合結果のみを重要視するだけでなく,例えば,ポジティブな感情とネガティブな感情の両方を生じさせるような接戦等の試合内容で観戦者の感情を揺さぶり,行動意図を高められる可能性があると考えられます.そのため,チームの競技力が拮抗するようなリーグ運営などが求められるかもしれません.しかしながら,ネガティブな感情は,不満足や悪い口コミ,再購買の中止など,ネガティブな評価や行動に繋がるという報告もあることから,これらの感情については慎重に取り扱う必要があると考えられます.
今後,本研究では試合中の感情に焦点を当てましたが,感情の発生要因を問う調査は行いませんでした.そのため,感情の発生要因にまで言及した提言を行うことができませんでした.今後インタビュー調査などの質的研究により感情の発生要因,発生場面を具体的に明らかにし,行動意図との結びつきを詳細に検証していきたいです.


スポーツチームでのオンライン心理検査実施からみた活動意欲と満足度との関連の実態
―中学生期の子どもを対象としたスポーツチームへの導入事例に基づく検討―
佐野孝(中京大学)

第3期スポーツ基本計画では,「する」「みる」「ささえる」といった多様な形でのスポーツへの自発的な参画を通して,楽しさや喜びを感じることが,スポーツの本質的な価値として明示されています.そして,そのことは人々の生活や心をより豊かにするというウェルビーイングの考え方にもつながり,生涯を通してスポーツを「好き」でいられる環境を整えることが,今後より一層重要になってくると考えられます.
本研究では,運動・スポーツの充実した環境づくりのためのアプローチの一つとして,中学生年代の選手が所属するスポーツチームにオンライン心理検査システムを導入し,チームでの選手の活動意欲と活動や生活への満足度との関連の実態を明らかにすることを目的としました.中学生期は,学校部活動への参加などにより,運動・スポーツへの参加率が高まる時期です.その参加者が,日々の活動に充実感や意欲をもって取り組むこと,そしてそのための環境を整備することは,アスリート育成のみならず,多くの人々が生涯にわたり運動・スポーツに親しむ社会づくりにつながっていくと考えています.
対象は,中等教育学校の部活動である女子ラクロスチーム(チームA)と,中学生対象の硬式野球クラブの男子チーム(チームB)でした.各チームに対して,株式会社トワールが提供するオンライン心理検査システム(NOCC for Sports)を導入し,検査を実施しました.実施方法は,チームの代表者が指定した期間内に受検用QRコードを配布し,選手本人がスマートフォンやタブレット,PCから受検する形としました.検査に含まれる指標のうち,本研究で使用した指標は,「活動意欲」,「家族との関係」,「チームメイトや練習仲間との関係」,「先輩との関係」,「指導者との関係」,「家に対する満足度」,「自分の時間に対する満足度」,「学校に対する満足度」,「人生に対する満足度」,「自分の成長に対する実感」でした.
検査への回答を分析した結果,チームAでは,「自分の成長に対する実感」,「先輩との関係」,「指導者との関係」のスコアが高い選手は「活動意欲」が高い傾向にありました.一方,チームBでは,「自分の成長に対する実感」,「チームメイトや練習仲間との関係」,「指導者との関係」,「家族との関係」のスコアが高い選手は「活動意欲」が高い傾向にありました.
このように,性別,活動形態(学校部活動,民間クラブ),競技特性などにより,選手の活動意欲を支えている要素はチームごとに異なると考えられます.オンライン心理検査を効果的に活用すれば,チームの活動場面だけでは気づけなかった選手の不安や悩みを早期に把握し,心理面のサポートにつなげられる可能性があります.スポーツへのDX推進の流れを鑑みると,選手の活動意欲を高め,チームのマネジメントを円滑に進める上で,オンライン心理検査の活用が多くのスポーツチームに拡大していくかもしれません.今後も様々な特性をもつチームを対象に事例を積み重ね,その有効性を検証したいと考えています.


視覚障がいを持つ競泳選手の支援者(タッパー)に求められる要因の探索的研究
福井邦宗(日本福祉大学)

パラスポーツの大きな特徴の一つとして,競技アシスタントの存在が挙げられる.競泳における競技アシスタントとして,全盲泳者がターンする際またはゴール時に壁にタッチする際に激突しないよう,選手の頭や背中をタッチ(タッピング)して知らせる介助者であるタッパーがそれに該当する.タッパーの存在は競技者にとって重要で,競技の実施の可否のみならず,安全の確保や傷害予防,競技成績の向上または低下に関連する等,競技生活の様々な観点において不可欠である.それにも関わらず,人的資源不足やタッパーに関する周知の不十分さ等の問題から,全盲泳者にとって安全な競技環境が十分に整っているとは言えない現状にある.よって,タッパーの知識・技術の制度化と周知が喫緊の解決するべき課題と言える.これらを踏まえ本研究は,全盲泳者の支援者であるタッパーに求められる要因を探索的に検討し,現場で活用可能な知見を導き出すことを目的に研究を行った.タッパーの経験と併せて,競泳および競泳の指導経験を有する2名を研究の対象とし,半構造化インタビュー調査を実施した.調査で得られた発話データを,KJ 法を参考に,①ラベルづくり:インタビューを基に作成した逐語録を発話データとし,その発話データから関連する語りを切り分け,単位化することでラベルを作成する.②ラベル広げ・集め:作成したラベルを広げ,類似した内容のラベルを収束する.③表札づくり:収束したラベルの内容をまとめ,「要するにこんな感じである」と一文で表す「表札」を作成する.④グループ編成:②と③の作業を繰り返し検討することでラベルをさらに集約し,いくつかのグループとしてまとめる.の4つの手順の下で分析を行った.その結果,135のラベルが作成され,それらを12のカテゴリーに収束し,最終的に,【選手とのコミュニケーション】,【経験を活用した自己研鑽】,【信頼関係の構築】,【軸を持つ】,【タッパーの役割の理解】,【試合時の柔軟な対応力】の6つのカテゴリーグループを導き出した.これらの成果から,タッパーに求められている要因を理論的に明らかにすることが出来た.上述の課題として挙げたタッパーに関する知識・技能の一般化に向けて,これらの知見を提示することにより,それを基にした他者学習によって初学者タッパーの育成に寄与することが可能となる.また,経験者の知見を未経験者や初心者が類推し活用することにより,タッパー実施への心理的障壁が軽減し,その結果として,タッパーを担当する人口の増加に寄与出来ることも考えられる.


指導死遺族の語りによる健康スポーツ科学を学ぶ大学生の体罰容認態度の変容
渡邊裕也(日本経済大学)

2012年の大阪府の運動部主将自死事件を機に、体罰や行き過ぎた指導が社会問題として大きく取り上げられました。しかしながら、体罰といった暴力的指導は根絶に至っておらず、さらに近年は体罰に代わり有形力を伴わない言葉による暴力が増えているともいわれます。体罰は選手の競技離脱を引き起こしたり、精神的ダメージを与えたりするだけでなく、理性や情緒に関係する脳の前頭前野の容量に対しても悪影響を与えるとされています。スポーツ現場から体罰等の暴力的指導を一掃することは社会的意義が高く、多方面からアプローチを仕掛けていく必要があります。
本研究は、未来の指導者を育てている大学教育の立場から、望ましいコーチング実践者を養うことを目的に学生の体罰容認態度を変容させる教育実践を試み、その効果を検証するものです。筆者はスポーツコーチングを専門とし、本科目の中で体罰に関する問題を講義中に取り扱ってきましたが、通常の講義を通した学習では、学生の体罰容認態度への効果が不透明であると感じ、課題感を持っていました。そこで、「指導死」遺族による教条的講話を通し、行き過ぎた指導の先にある重大事件の被害者の立場から語られる話を聴講することで、指導者の一挙手一投足の影響力を正しく理解させる教育実践を計画しました。「指導死」遺族の講話という特殊な教育実践を行うことで、より現実的に本問題を捉え、体罰容認態度の変容を起こすことを目指したものです。
調査方法は、「指導死」遺族の教条的講話の前後に聴講した121名の大学生に対して質問紙調査を行いました。得られたデータの中で講話前と講話後の両方に回答をしていた59名を分析対象とし(有効回答率48.8%)、その前後間の量的データを統計的に比較しました。質問内容は、①被体罰経験、②体罰の受容、③体罰を用いた指導の必要性、④体罰に関する認識の4種を設定しました。
結果は、次の通りでした。
1)被体罰経験
被体罰経験有り17名、被体罰経験無し42名
2)体罰の受容(受け入れられる体罰はあるか)
講話の前後間で有意差はありませんでした。
3)体罰を用いた指導の必要性
講話の前後間で有意差があり、体罰を不要とする回答が増加しました。
しかし、被体罰経験がある者だけを抽出して回答を確認すると、体罰を用いた指導は必要であるという回答を変化させていませんでした。
4)体罰に関する認識
「示威・叱責型」による指導と「懲罰型」の指導に対して有意差があり、これらの指導を体罰であると認識するようになっていました。
また、競技歴が長く被体罰経験を有していた学生が講話前は「感情移入型」の指導を体罰と捉えていませんでしたが、講話後に体罰であるという認識を持ったと予想される結果となりました。
今回の研究では、「指導死」遺族の教条的講話が学生の体罰容認態度に肯定的な影響をもたらしていたことが確認できました。学生の体罰に対する認識を問い直す機会となり、体罰によらない指導の追求の重要性を認識させることに繋がっていると考えられます。また近年暴言等の有形力の伴わない高圧的な指導が問題視されていますが、「示威・叱責型」の指導を望ましくないと認識するようになっていた結果は、注目に値するものでした。しかしながら、被体罰経験がある学生は体罰による指導の必要性については態度を変化させておらず、課題も残る結果でした。まだ指導者としての立場に立っていないことから当事者意識を持ちづらかったこと、講話が学校現場を対象としていたものでありスポーツ現場が対象ではなかったこと等も影響していたのかもしれません。今後は、教条的講話だけにとどまらずシェアワークなどを織り交ぜながら、より体罰容認態度に対して効果的に働きかける教育実践を検討していくべきであると考えられます。本研究で得られた知見が、指導者養成の一助となり、指導死被害者と遺族が二度と生まれない望ましいスポーツ・教育環境の実現に貢献していくことを願っています。

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