メタバースが生み出す新しいスポーツ体験

メタバースが生み出す新しいスポーツ体験
田治 輝│NTT DATA,Inc. Digital Assets Sector

今ではよく聞かれる単語になったが、その定義は様々で、だからこそあらゆる分野で広がる可能性を持つ。そんな「メタバース」がスポーツ界にもたらすことができるものは何か。NTTDATA,Inc.が取り組むメタバースに関連する事業から、今後の展望を読み解く。

スポーツ界のビッグイベントをスポンサードするNTT
取り組みの事例と実状

私どもNTTDATA,Inc.はNTTグループの中でも比較的最近誕生しまして、グローバル事業を担当している会社になります。そのなかでもDigital Assets Sectorでは、スポーツやエンターテイメント業界向けに、AIやメタバースといった新しい技術を用いて、価値を創出することを事業として行なっています。
NTTグループとしては2019年頃から様々な産業に対して新しいテクノロジーを使って世の中を変えていく取り組みに着手し、その一つにスポーツ産業があります。それは非常にグローバルにわたり、野球のMLBとテクノロジーパートナーシップを締結したほか、自動車レースのインディ500や自転車レースのツール・ド・フランスへのスマートソリューションの提供、また最近ですと日本でも開催されたバスケットボールのワールドカップ2023に携わりました。世界的に有名なイベントでNTTの新しい技術を試すことによって、新しい価値を実際のフィールドで実証して、それをどんどん世の中に広げていく、それが私どものミッションになります。
具体的な内容を紹介します。まずMLBについては新しい観戦体験をファンに提供した事例になります。4、5台のカメラの映像を一つの画面上にリアルタイムで合成し、それを試合会場ではなく、遠隔の会場に投影することで、実際にスタジアムにいるような臨場感を楽しめるソリューションでした。実際に2019年にMLBの本社のスペースをお借りして、その年のオールスターゲームの試合映像を転送しました。アメリカは土地が広いだけになかなか現地に行くことが難しくもありますが、これによってさらに試合が身近になるのではないか、とMLBと一緒になって作り上げました。
次にインディ500においてはデータ分析とデータ予測、そして、それを可視化してファンに向けていかに届けることで楽しんでいただけるか、をコンセプトにしたソリューションになりました。具体的には、車やコースに搭載したセンサーから得られた色々なデータをプラットフォームに集約し、それをリアルタイムに分析、その結果を専門家でなくともファンが楽しめるように加工して、モバイルアプリケーションやパソコンのライブストリーミング、さらには会場周辺の大きなディスプレイに表示することで、実際にレースを観戦するだけでなく、プラスアルファの価値を提供するものでした。
そしてツール・ド・フランスでは、データ分析やアプリ開発などオフィシャルテクノロジーパートナーとして携わりました。実際のレースでは山岳地帯を走る区間もあり、ファンにとっては直接見ることが困難です。そこでテクノロジーを用いて、そういった山岳地帯を立体的に表示し、実際にレーサーが今どこを走っているかを可視化したり、データ分析技術を用いてレース展開をリアルタイムに味わえるような視聴体験を提供しました。
これらMLBやインディ500、ツール・ド・フランス、さらにはゴルフのTHE OPEN(全英オープン選手権)など様々な団体とは企業パートナーリングというスポンサー契約になりまして、そこで新しい技術を試して展開してきました。ですが、海外のスポーツビジネスにおいてはコンテンツの権利やスポンサー関係がすでに強固なものになってしまっており、新しいビジネスの創出が困難であるのが実状です。
例えばMLBにおいては、オフィシャルスポンサーになるのですが、その立場も様々な業界から募っており、NTTはあくまでもその一つ。ネットワーク機器の「Extreme networks」、クラウドやデータ分析の「Google Cloud」、通信業からは「T Mobile」などがスポンサーになっており、それぞれの分野において独占的な商業権がその契約に含まれています。ですので、MLBが契約している企業のものを使用しなければいけないという縛りや、映像配信業者にしてもアメリカ国内のケーブルテレビなどに完全にロックされていて、いかに形を変えて提案してもなかなか通りません。それらでMLB自体は収益を上げていますが、新しいビジネスモデルを生み出しにくい状況にあります。
NTTとしてはスポンサーをしてネームバリューを高めることはもちろんですが、“新しい価値の提供”と“新しいビジネスの創出”がターゲットになります。すでにコンテンツの権利ががんじがらめになっているような世界ですと、NTTとしては新しいビジネスの創出が難しい。ただのプロモーションや、そのスポーツを盛り上げるだけに費用を費やしてしまうケースが多々あります。

2028年には市場規模が約95兆円に到達という予想も
「メタバース」とは?
そうした実状の中でNTTがスポーツビジネスをいかにグローバルに広げていくか。そこで見出した新たな取り組みがメタバースになります。現実世界ではなく、新しいバーチャルの世界に価値を見出す。そこはまだコンテンツの権利やスポンサー関係が固まっておらず、これから始まっていくフィールドでもあるので、NTTがゲームチェンジして入れないか、さらには確固たる地位を築けないか、ということで現在チャレンジしているところです。このメタバースについては様々な解釈がありますが、私どもは「インターネット上で広がる3Dの仮想空間を総称したもの、その呼び方」と定義しております。基本的には、その空間のなかで自分だけでなく他のユーザーとも交流し、現実とは異なる世界での生活を楽しむことができる、それがメタバースのイメージになります。その空間はアニメーションなのか、ゲームのようなものか、はたまた実世界観を完全に模倣したものなのか、さらには自分自身のアバターについてもゲーム感覚のキャラクターにするのか、現実の自分と同じように仕立てるのか、といったようにメタバースの中にも様々な選択肢があり、テクノロジーの進化によって、その扱い方も変化しています。
インターネット上でいろんなユーザーが集まって、その空間を楽しむという動きが始まったのが1997年あたり。その後、流行り廃りもありましたが、2021年にFacebook社がメタバース実現に向けて社名を「Meta」に変更、新しいVRゴーグルを発売したほか、Apple社なども高スペックのVRデバイスを開発するなど、大手企業が再びメタバースにフォーカスする動きが加速しました。それに起因して、スポーツに対しても盛り上がり始めている段階です。
なおメタバース自体の市場規模に関しては、VRデバイスやコンテンツなどすべてを含めて、2020年度で476億ドル(約5.5兆円)。ここから2028年には8,289億ドル(約95兆円)に及ぶと予測されています。現在は基本的にゲーム関連の収益になるのですが、いずれはメディアやエンタメ業界に始まり、製造業にも広がると見られています。2028年には現在のスマートフォンのような感覚で、メタバースに入るためのVRデバイスが一人1個持っているような時代がくるのではないか、とも言われています。現状はそこまで至っておらず、VRデバイスを持っているご家庭も貴重なはず。ですが、価格低下やコンテンツの充実、テクノロジーの進化によって、かつて「小さい画面は見づらい」と言われたスマートフォンと同様の、技術革新が起こることも十分に考えられます。
メタバースを構成する要素は3つ、【VRデバイス】【ネットワーク環境】【サービス】になります。とはいえ、VRゴーグルがなくてもウェブブラウザ上の空間に関してはメタバースと認識できる見方もありますし、そこでのバーチャルツアーのようなサービスも生まれています。良くも悪くも定義が定まっていない、それがメタバースであります。

観戦やトレーニング、ファンエンゲージメントなどメタバースの技術と活用例は多岐に渡る
では、そのメタバースにおけるスポーツへの活用例を具体的に説明しましょう。
まずはVRデバイスを使用することで、スポーツ観戦の仕方が大いに変わってきます。VRゴーグルを通して、スタジアムのあらゆる場所から臨場感たっぷりに試合を観戦する体験ができる。またバーチャル空間の中で、プレーしている選手のデータなど実際のスタジアムでは見えないような情報も合わせて、そこで表示されることでよりいっそう試合を楽しめる。また、その空間は自分だけのものではなく、リアルにスタジアムにいないもの同士で交流することもメタバースにおいては可能です。
そこから派生したサービスとして、例えばARデバイスもその一つ。VRゴーグルをさらに軽量化した眼鏡サイズのデバイスを着用して、スポーツ観戦の際には試合に関するデータや実況が表示される、といったような目に見える世界にプラスアルファの価値を提供することができます。このユースケースの一つには医療現場のものがあり、手術の際に必要な資料(レントゲン画像など)をARとして表示することで付与することもいずれは可能かと考えられています。これと同様にスポーツにおいても、トレーニングの際の筋肉の動きやあらゆる要素をデータ化してパラメータとして表示することによって、アドバイスの仕方も変化させられることでしょう。
トレーニングでいえば、実際にNTTのサービスとして「V-BALLER」という野球やソフトボールのシミュレーションがありまして、これはオリンピックに出場したソフトボール日本代表に活用していただきました。仮想空間の中では自在にプログラミングが可能なので、様々な球種を設定し、そこでほんとうにボールを打っているような感覚を体感したり、球筋を見る、インパクトの瞬間を確かめる、その結果をデータ上で確認する、といったことでプレーヤーのパフォーマンス向上につなげられます。
これはファンエンゲージメントにも活用でき、例えばメジャーリーガーの大谷翔平選手の時速160キロの速球を実際にバッターボックスで見ることは不可能に近いのですが、それをVR上でメタバースの空間の中で再現できれば、あのボールを体感できるというわけです。これらは現在、NTTのサービスとして野球の、大学生のアマチュアチームに提案したり、プロチームのファン感謝祭でイベントとして企画したり、と活用されています。
ほかにも海外ではVRトレーニングプラットフォームが使用されており、サッカーのイングランド・プレミアリーグの強豪マンチェスター・シティが実際に取り入れています。これはVR空間で試合後の分析データや仮想の対戦相手を使ってシミュレーションしながらトレーニングするようなものです。さらには、体を動かさずともイメージトレーニングからさらに現実に寄ったものとして取り組めるという、プロスポーツ界に存在するテクノロジーです。
また、NTTとして現在フォーカスしているテクノロジーに「デジタルヒューマン」があり、実際にスポーツの現場で活用されています。これは進化著しいAIを用いたもので、生成AIを用いて実在する人間に近いアバターを作成し、スタジアムのレセプションとしてディスプレイを配置して来場者の対応をする、というものになります。
ゴルフのTHE OPENではデジタルヒューマンにゴルフや大会に関するデータを学ばせ、ディスプレイに質問すれば現在の試合の状況や選手情報、会場近くの観光情報などを答えてもらえる、というサービスを展開しました。また、バスケットボールのワールドカップにおいてもフィリピン会場で導入し、このときのデジタルヒューマンは髪型、肌色、服装、振る舞いなどを現地のフィリピン人らしく仕立てることで、よりフィリピンのスポーツファンの皆様が愛着が湧く仕様となっておりました。
これらは現実世界向けの大きなディスプレイでの表示になりますが、デジタルデータなのでVR空間にも流用することが可能です。メタバースへの入り口としてかなり効果的なソリューションになっており、バーチャル空間でのサービス導入につながると感じています。
ちなみに実例としまして、私どもNTT DATA,Inc.の西畑一宏代表取締役をデジタルヒューマンに仕立てたアバター「AI-Kaz」が誕生しました。これは社長の声をAIレコーディングしたもので、まだ双方向の会話はできませんが、本人の表情や癖を反映した振る舞いをしながらしゃべることができるものになります。実験的な取り組みになりますが、いずれはプロスポーツ選手をアバターにして色んな宣伝や案内に活用したり、本人は直接足を運べずとも世界中のイベントにアバターを登場させられる、さらにはバーチャル空間内でアバターどうしによる交流を持てる、といったことが実現可能だと考えています。
最後にメタバースの進化として、「NFT」や「ファントークン」があります。
「NFT」はデジタルコンテンツが誰のものであるか、本物であるかをブロックチェーンという技術を使って証明するものになります。バーチャル空間においては、そのコンテンツが正当なものかを判別することが困難になっているという背景があります。デジタルデータで同じものを作ること自体はテクノロジー的には容易で、オリジナルを本物として紐づけなければ、価値そのものが揺らいでしまいます。たとえバーチャル空間でプロスポーツ選手と交流を持ったとしても、そのバーチャル上で獲得したものが本物かどうか分からない、という具合です。そのデジタルデータを担保するのが、NFTになります。
スポーツ業界におけるNFTの活用例としましては、バスケットボールの「NBA TOP SHOT」があります。これはデジタルカードにバーチャル空間上でのハイライト動画などが組み込まれており、収集できるコンテンツになっております。一時期、投機的な目的でその流通価格が高騰化したことで話題にもなりました。良くも悪くもNFTが、デジタルコンテンツの価値を証明することに活用されたケースになります。
将来的にメタバース空間がさらに広がって、スポーツビジネスが浸透した際、やはりこのNFTを使った新しい収益源が生まれることからも、魅力的なテクノロジーと言えるでしょう。
続いて「ファントークン」はいわゆる仮想通貨になります。トークン自体に価値があり、所有者どうしで交換することができます。一般的な仮想通貨との違いは、プロスポーツ選手やプロスポーツ団体が発行し、このトークンをファンが所有することによって、様々な恩恵を受けられる仕組みになっているという点です。例えばファン限定のコンテンツが閲覧できたり、プロ選手と交流する機会を持つ、限定グッズを購入できるといった使い方がされています。
これは日本国内でも様々な使用例がありまして、トークンを用いてチームへ投資することによって、チーム運営への発言権を得られるような仕組みもあり、チームの一員として参加できるといった具合です。スポーツ団体だけでなく、地域振興に広げることも可能であり、実際にそうしたケースも増えていることから、NFTやファントークンの技術がスポーツビジネスの拡大につながると考えられています。
地域振興の例を一つ挙げますと、NTTはニュージーランドの複合トレーニング施設「NZCIS」と手を組み、スポーツを通して街ぐるみでいかに発展させるかを検討しています。サービスを提供することはもちろん、新しい世界観でのビジネスモデルを構築するために最適なフィールドとして捉え、現地の多くのスポーツチームと地域を結ぶためにバーチャル空間やメタバース、NFTを用いた高収益化などを図っているところです。

今後ますます発展していく領域
メタバースの普及においては、まずルールの整備が必要です。バーチャル空間においては、国といった概念がありませんので、問題が生じた際の法律が課題に挙げられています。また商取引に関しても同様です。人が集まることによって犯罪が生じることや個人情報の取り扱いなど、法整備に関しては今後取り組んでいく課題といえるでしょう。これはチキン&エッグ(卵が先か、鶏が先か)のような見方もでき、流行してから一つずつ問題が解決されていく面もあるでしょうし、事前に想定されることをもとに法整備をしてからサービスがどんどん拡大していくこともありえます。
またコストに関してもどんどん膨れ上がることが大いに想像されますが、ニーズが増えることによってデータが増え、投資が増加することのほうが遥かにスピードとしては速いと考えています。NTTとしてはメタバースでいかにビジネスモデルを構築するか、投資以上のリターンがあるようにするかはクライアントと一緒になって考えているのが現状です。
何よりメタバースは今後ますます発展していくであろう領域ですので、ビジネルモデルの広がりとともに、現状の世界観からさらに変化していくと思ってやみません。

Q&A

Q. 日本国内におけるファントークンの実例はどういったものになりますか?
A. 最近ですとバスケットボールのBリーグで、チームが取り入れています。トークンを所有していることで、ホームタウンである地方都市の活性化とスポーツ振興を一緒に行うかたちになっています。

Q. 現在、スポーツに関しても世の中の動きとしては視聴者つまりユーザーが、各々の一日24時間をいかに使うか、その隙間時間にいかに入り込めるかを考えることがスタンダードになりつつあります
A. おっしゃる通り、モバイルサービスの基本的な考え方としては、いかに人間の隙間時間を取り込むかをターゲットにしていると聞いています。動画アプリの「Tik Tok」のような短い時間で楽しめるものは、最たる例です。ですから、スポーツの約2時間に及ぶゲームに対して、今のユーザーとくに若い世代は興味を持っていない傾向にあります。一試合丸々ではなくて、5分のハイライトで十分なのだと。
そうしたニーズに対して、今は試合映像からAIで自動的にハイライトを作成するようなサービスも出てきていますし、テクノロジーが追随するかたちで人間の隙間時間をいかに満足させるかに注力されているのが現実です。
メタバースに関しては、まだまだそうした人間の隙間時間をこちらに向けさせることはできていませんので、今度誘導するにあたっては、メタバースで過ごす時間をいかに増やせるかがサービスを提供する側として考えることになります。
それが人間活動として良いか悪いかは別の問題として、かつてはスマートフォンのなかった時代にはこれほど普及するとは思ってもいなかったわけで。バーチャル空間で過ごす時間や経済活動が増えていく可能性がありますし、それは怖さを感じる部分でもありますね。SF映画にように現実世界が廃れて、バーチャル空間が人間の欲求を満たしていくような世界観にシフトしていくかもしれません。

Q. メタバースを活用したスポーツ観戦の臨場感について、音響作りに関してはどのような技術や取り組みをされていますか?
A. NTTグループの中でも音響に特化して取り組んでいる会社もありますし、そこではいかに遅延性をなくすか、高い通信品質を提供するかなど、色んなアプローチを行なっています。例に挙げましたMLBの観戦体験に際しても、映像だけでは駄目で、実際にスタンドにいるような音響がなければ臨場感を満足に得ることはできません。そこはスピーカーできちんと音を拾って伝送することが欠かせませんし、既存の技術でもあります。それをバーチャル空間でも同じように展開していくことになると思います。
また、リアルタイム性も重要で、少しでも音がずれてしまうと一気にリアルタイム感が減少してしまうもの。ホームランの歓声にしても、打球の軌道を見たら場内が一斉に盛り上がるものですから。それを世界中で、どこでもどれだけの人でも同時に味わえることが臨場感につながると考えていますので、「IOWN」のような次世代通信ネットワークを活用していくことでさらに実現可能かと。ただしメタバースにおいて、いかに臨場感を表現していくかについて具体的なスタンダードはまだありませんので、そこは模索している段階になります。

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