スポーツ産業学研究第32巻第4号

【原著論文】


慣性・地磁気センサとGPSレシーバを用いたアルペンスキーターンにおける回転半径推定に関する研究
廣瀬 圭, 近藤 亜希子, 白石 元, 伏見 知何子
JSTAGE


剣道熟達者はどのように相手の動きを「読む」のか?-対戦場面における読みの構造の質的分析-
安住 文子, 北村 勝朗
JSTAGE


運動部活動の顧問が認知する体罰関連要因と体罰行為経験との関連
霜触 智紀, 笠巻 純一
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【研究ノート】


コンディショニング管理システムを利用した競技力向上サポートの事例研究−大学男子バレーボール部を対象として-
石丸 出穂, 中村 祐太郎, 真野 芳彦, 白坂 牧人, 藤本 晋也, 梅津 龍, 安部 祐馬, 溝上 拓志
JSTAGE


米国大学に所属する適応期における日本人留学生アスリートの成果に影響を与える先行要因への認識-NCAA D1に所属する学生を対象とした質的研究-
塚本 拓也, 松尾 博一, 笠原 春香, 海老原 加英, 藤野 素宏
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日本ラグビーフットボール選手会によるPlayer Development Programの実践報告
川村 慎, 堀口 雅則, 小沼 健太郎, 山下 慎一, 小塩 靖崇
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慣性・地磁気センサとGPSレシーバを用いたアルペンスキーターンにおける回転半径推定に関する研究
廣瀬圭 久留米工業大学
近藤亜希子 久留米工業大学
白石元 久留米工業大学
伏見知何子 有限会社Area51s

アルペンスキーではターンを行いながら滑走し,その技術や速さを競うスノースポーツである.その滑走技術を解析し,定量化することができれば,指導能力の向上や怪我の予防を考慮した滑走技術の開発・検討が可能となる.しかし,広大な雪面を高速で滑走することから運動を捉えることが比較的難しいこと,着目すべき情報を得るためには適切な変換・解 析が必要である.
本論文では,慣性・地磁気センサとGPSレシーバを用い,アルペンスキーターンにおける回転半径の推定方法を提案している.ターンを行うことによって時々刻々と変化する回転半径をセンサ情報から得ることができれば,適切なターンを行えたかどうかについての有効な判断材料としても使用することができる.スキーターンの回転半径は滑走速度と角速度から推定し,滑走速度は慣性・地磁気センサとGPSレシーバからの出力を用いて推定している.
慣性・地磁気センサとGPSレシーバを装着したスキーヤーによる実滑走情報を用いてカービングターンとスキッディングターンの計測情報に提案した方法を適用し,回転半径の推定を行った.推定したスキッディングターンの回転半径は滑走軌跡から計算した回転半径よりも妥当な結果が得られ,推定したカービングターンの回転半径は連続的な変化を示した.また,スキッディングターンにおける横ずれによって回転半径が大きく変化すること,減速についての影響が示された.本方法に用いたシステムは,小型かつ低価格なシステムとしても開発することができる構成となっていることから,一般スキーヤーにおいてもスキル評価等に利用することが可能である.


剣道熟達者はどのように相手の動きを「読む」のか?
-対戦場面における読みの構造の質的分析-
安住文子 日本大学理工学部
北村勝朗 日本大学理工学部

剣道は相手と1対1で対峙し,非常に敏捷性に富んだ多様な動きを通して打突,攻防を繰り広げ,有効打突を競い合う対人競技です.そのため競技場面では,相手との駆け引きによって多様に変化する状況に応じた,連続的で,かつ瞬間的な判断に基づく動作を行っていくことが必要となります.このような剣道の競技特性において,暗黙知とされる心の読み合いによる駆け引きは興味深いテーマと考えられます.そこで,本研究では,剣道の熟達者を対象として,実際の試合場面で,果たして何を見て,どのような情報を得て,どのように状況判断をし,どのように展開を予測し,どのように攻撃を組み立て,どのように動作を起動し,どのようにそれらを修正し,次の状況判断につなげていくのか,すなわち,対戦場面における剣道の読みの構造について明らかにすることを目的としました.
本研究では,剣道八段を保持し,国内の主要大会で複数回の優勝経験を有し,また指導経験も豊富である卓越した剣士1名を対象としました。データ収集は,筆者2名による2対1の半構造的,自由回答的,深層的インタビューにより実施し,そのデータはテキスト化した後に,質的分析法により分析しました.
分析の結果,剣道熟練者の読みは,『全体の見極め』『先の動きの顕示』『連動する動きの確立』『攻めの誘い』『必然の生成』『身体の自然な反応』の6つのサブカテゴリ―に分類された,最終的に【自他の共振】【相手を巻き込んだ攻めの組み立て】【場の構築から導かれる必然の攻め】の3つのカテゴリーに分類されました。
したがって,熟練剣士は,3つの要素で説明される卓越した読みの力を発揮して,相手の能力を見極め,動きを予測し,攻めの文脈を組み立て,相手と自身の動きの流れを方向付けという一連の流れの中に成立していことが明らかとなりました.
今後は,読みと実際の動作の関係や,他の熟達者に焦点をあてた研究が求められます.
本研究による現場への示唆として,対戦相手と対峙する際,相手の視点を取り込み,相手の思考や情緒を含めた関係性を構築するといった視点で相手の動きを読むことが重要であると考えられます.
本研究によって得られた知見も含め,こうした課題の解明へのアプローチが,様々な年代の人の剣道への関心を高めることにつながり,それが波及効果として,武道あるいはスポーツの発展につながることを期待します.


運動部活動の顧問が認知する体罰関連要因と体罰行為経験との関連
霜触 智紀 宇都宮共和大学子ども生活学部
笠巻 純一 新潟大学人文社会科学系

運動部活動における体罰問題は,2012年に発生した大阪市立桜宮高校バスケットボール部体罰事件以降,社会的に注目されてきました.これを主なきっかけに,文部科学省からは「運動部活動での指導のガイドライン」が示され,後にスポーツ庁からは運動部活動運営に関する総合的な内容を含む「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が示されました.こうした取り組みの成果として,体罰件数は減少傾向を見せています.しかしながら,昨今運動部活動の体罰に関する複数の報道がなされており,いまだ根絶には至っていない現状があります.
運動部活動における体罰問題の解決に向けて,先ずは体罰に関連する要因(以下,体罰関連要因)を把握する必要があると考えられます.そこで,これまでの先行研究を見てみると,主に被体罰経験者へのアンケート調査やインタビュー調査に基づく質的な検討が行われてきました.しかし,体罰行為のリスクを定量的に評価する方法は提案されておらず,また,体罰に至る機序あるいは要因間の関連性については未解明です.
従って本研究では,全国の中学校,高等学校に勤務する運動部活動の顧問を対象にアンケート調査を行い,得られた337名の回答から体罰関連要因にはどのようなものが考えられるのかについて検討しました.更に,体罰関連要因と体罰行為経験との関連を分析し,体罰行為の予測因子を探ることを目的としました.
その結果,顧問が認知する体罰関連要因には,5つの因子が存在する可能性が示唆されました.第Ⅰ因子には,顧問の指導の方針,あるいは生徒はこうあるべきといった顧問の信念を示す「顧問の指導方針・信念」が抽出されました.第Ⅱ因子には,顧問が生徒に望む達成度,試合の成績に届かないといった内容を示す「生徒・チームの目標未達成」が抽出されました.第Ⅲ因子には,顧問の勝敗に固執する指導の考え方を示す「顧問の勝利至上主義的指導観」が抽出されました.第Ⅳ因子には,主に勤務校のプレッシャーに関連する内容を示す「外圧的指導環境」が抽出されました.第Ⅴ因子には,生徒の部活動中の好ましくない態度に関する内容を示す「生徒のネガティブな態度」が抽出されました.更に,これらの体罰関連要因が存在することを仮定し,要因間の関連性について分析した結果,「顧問の指導方針・信念」,「顧問の勝利至上主義的指導観」の2つが体罰行為の予測因子となり得ること,更には体罰行為に至ってしまう背景には「外圧的指導環境」が潜んでいる可能性があること等が示唆されました.
これまでの先行研究では,体罰要因について質的に指摘されてきたものの,統計学的分析を用いた検討はなされておらず,要因の影響力の相違や相互関連は未解明であったため,本研究はパイロットスタディといえる研究です.今回,体罰関連要因の構造を検討し,体罰行為に関わる要因間の関連について仮説モデルを提示することができたことから,本研究は一定の新規性及び独自性を有すると考えられます.今後,本研究の結果が運動部活動における体罰防止を推進する上での一助となることを期待しています.


コンディショニング管理システムを利用した競技力向上サポートの事例研究
-大学男子バレーボール部を対象として–
石丸 出穂 仙台大学体育学部
中村 祐太郎 富山高等専門学校
真野 芳彦 仙台大学体育学部
白坂 牧人 仙台大学体育学部
藤本 晋也 仙台大学体育学部
梅津 龍 仙台大学体育学部
安部 祐馬 仙台市立富沢中学校
溝上 拓志 桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部 (旧所属) 仙台大学体育学部

競技スポーツにおいて高いレベルの成績を残すには,チーム全体や選手個人のパフォーマンスを可視化し,その情報を効果的に活用することが不可欠な時代となっています.近年ではテクノロジーの発展もあり,チームや選手のあらゆる事象を数値で表すことができるようになりました.この様々な情報は,チームや選手のコンディションを把握する上でも,大いに活用できると考えられます.筆者らが所属するチームには,コーチングの他にも,アスレティックトレーニング,ストレングス&コンディショニング(S&C),栄養,情報分析など,選手を支える様々な分野のスタッフが携わっています.しかしながら,これまでコーチング以外のサポートスタッフ間で情報を共有することは少ない,といった課題が存在していました.そのため,全ての分野のデータの蓄積と一元管理,そしてチーム全員を繋ぐことができるツールとして「ONE TAP SPORTS」を導入し活用し始めました.そこで本研究は,①競技スポーツチームにおけるONE TAP SPORTS導入直後の利用状況,②得られたデータの包括的報告,③コーチングの視点から複数分野のデータを一元管理することの有用性の総合的検討,を目的としました.
研究期間は2019年8月から11月で,本ツールを利用する対象者は大学男子バレーボール部に所属する選手36名およびスタッフ9名としました.情報分析分野は,「データの記録状況」と「選手へのアンケート調査」を実施しました.データの記録状況では,選手が日々記録するコンディションデータの平均入力率が73.5%でした.学生スタッフが頻繁に記録を呼びかけたこともあって,先行研究と比べ高い値を示しました.また,記録をしなかった日の要因は,「単に記録を忘れていた」という回答が97.2%を占めました.S&C分野では,攻撃の主要ポジションであるサイドとミドルの選手21名を対象に,スパイクジャンプとRSI測定を3回実施しました.ポジション別に測定日ごとの平均値を比較した結果,スパイクジャンプとRSIともに有意な差は認められませんでした.しかし,サイドの選手は第3回測定日の11月に最も低い値を示しており,これは測定日が全国大会を控え実践的な練習量が多い週であったことが影響したと考えられます.栄養分野では,試合にエントリーされる候補選手13名を対象とし,セルフマネジメント力の評価と酸化還元度の測定を実施しました.セルフマネジメント力は,対象者に対して食事内容が把握できる画像のアップロードと食品の推定量の記録を求め,栄養スタッフとの推定摂取量の一致率を用いて評価しました.その結果,日々の入力率が高い選手ほど,推定量の正確さが高まる傾向にあることが示されました.また,酸化還元電位(ORP)値を自炊である通常練習日と食事提供した強化合宿日で比較したところ,強化合宿日の方が有意に低い値を示しました.この結果から,酸化還元度つまりコンディショニングが食事管理によってコントロールされることが実践的に示唆されました.
本ツールを用いて様々な分野のデータを蓄積し一元管理することは,より客観的なコーチングを行いたいと考える指導者にとって非常に有用でした.新たなツールを導入したことによって,選手や各分野スタッフとの横断的な情報共有が効率化され,これまで以上に選手の傾向把握や個別アプローチが可能となりました.今後は,中長期的なデータの蓄積と多角的な分析を行い,年間をとおしたコンディションの維持向上に役立てることを目指します.


米国大学に所属する適応期における日本人留学生アスリートの成果に影響を与える先行要因への認識-NCAA D1に所属する学生を対象とした質的研究-
塚本 拓也 帝京大学経済学部経営学科スポーツ経営コース
松尾 博一 筑波大学体育系
笠原 春香 筑波大学人間総合科学学術院
海老原 加英 筑波大学アスレチックデパートメント
藤野 素宏 株式会社second place

本研究では、米国大学に所属する適応期における日本人ISAの成果に影響を与える先行要因への認識を明らかにすることとした。NCAAのD1に所属経験がある12人の対象者(男性5人と女性7人)へ半構造化インタビューを行い、内容をテキスト化した上で、質的データ分析を用いて分析したところ、64のコードが抽出され、37小カテゴリー、16中カテゴリー、6大カテゴリーに整理された。
その結果、まず日本人ISAの学業成績に影響を与えると認識された先行要因として、個人的要因の【能力】、認知的要因の【現実的な期待】と【社会的支援】が抽出された。次に、日本人ISAの競技成績に影響を与えると認識された先行要因として、個人的要因の【能力】、認知的要因の【現実的な期待】と【社会的支援】、文化的距離の【環境】、対人的要因の【指導者】が抽出された。さらに、日本人ISAのキャリアの満足度に影響を与えると認識された先行要因として、認知的要因の【現実的な期待】と【社会的支援】が抽出された。最後に、日本人ISAの全体の満足度に影響を与えると認識された先行要因として、認知的要因の【現実的な期待】と【社会的支援】に加え、対人的要因の【友人】が新しく抽出された。
本研究で示された日本人ISAの学業成績及び競技成績に影響すると認識された先行要因は、ISAを対象とした先行研究に示されている要因と共通するものであり、これまでの研究を支持すると考えられた。他方、日本人ISAには他の先行研究にみられない、満足度にキャリア形成が影響すると認識していることが明らかとなり、SAや他国のISAと比較し、卒業後の就職活動に不安を抱いていると考えられた。また、全体の満足度に【友人】である<日本人留学生>が新しく抽出されたことから、日本人は他国のISAに比べ、「チームメイト」より日本語が話せる「日本人留学生」との交流の機会を求め、リラックスできる環境が必要であると推察できた。


日本ラグビーフットボール選手会によるPlayer Development Programの実践報告
川村 慎 日本ラグビーフットボール選手会
堀口 雅則 日本ラグビーフットボール選手会
小沼 健太郎 日本ラグビーフットボール選手会
山下 慎一 福岡大学法学部
小塩 靖崇 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部

本稿は、日本ラグビーフットボール選手会(JRPA)が主体として実施したPlayer Development Program(PDP)のトライアルの実践報告です。PDPとは、海外諸国のラグビーやクリケット等の競技選手会で中心に実施されている、現役中からキャリア教育、財務財産管理、ウェルビーイング/メンタルヘルスについて多面的なサポートを提供するシステムです。国際学術誌や報告書等によれば、PDPの導入によりパフォーマンス向上に寄与する可能性があるとされています。
JRPAでは、2020年12月から2021年10月まで、現役ラグビー選手11名とPlayer Development Manager (PDM) 11名を1対1の組み合わせに、月に1回オンラインで話す機会を設定することで、PDPトライアルを行いました。トライアル期間中、11組のうち10組がトライアルを完了しました。トライアル後のフィードバックから、選手の満足度は非常に高く、参加したPDMの全員が自身の現役時代にも必要だったと思うと回答していたことから、概ね高評価を示していたと考えられました。今後、日本スポーツ界でPDP導入を進めるための課題は、PDPの日本仕様化、PDP運営のための財源確保が考えられます。さらには、PDM人材の確保も重要な検討事項です。
近年、アスリートのメンタルヘルスへの関心が高まっています。国内外での実態調査研究から、アスリートのメンタルヘルス不調や障害の主な要因としてキャリア移行に対する心配やそのプロセスでの不適応が指摘されています。この喫緊の課題であるアスリートのメンタルヘルスケアに対して、PDPの導入は、メンタルヘルス不調の早期発見・対処、重症化の予防、あるいは、日々の心配事や困りごとを軽減させ、これによる心の安定、さらにはパフォーマンスの向上への貢献が期待されます。

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